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一章
第17話 崩れた信頼
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「どういう、ことですか?」
愛美は目を吊り上げると、舞をまっすぐ睨み上げてくる。
今まで見せたことのない、射るような瞳。
あんなに弱々しく大人しい性格の愛美が、兄のことになるとここまで強い表情を見せるのか。
舞は愛美の刃物のような鋭い目つきに一瞬ひるみそうになるが、その視線をしっかりと受け止めて見つめ返す。
「言っている意味が分かりません。」
「そんなに怒らないで。もしそうだったら、っていう仮定の話よ。単なる質問。もしも大好きなお兄ちゃんが、あなたの思うような人じゃなかったら、愛美ちゃんはどうする?変わらず好きでいれる?」
少し挑発的な舞の言葉に、愛美は舞を睨みつけたまま、軽く鼻を鳴らした。
「もしも、なんていうことはないので、馬鹿馬鹿しい質問ですが…もし、お兄ちゃんが悪いことをしていたとしても私はまったく変わりません。お兄ちゃんのことはずっと好きですよ。」
「そう。」
「もう、ここでいいので。今日はありがとうございました。」
愛美は、まるで機械が喋っているような感情の籠っていない挨拶をすると、背を向けて歩き出す。
舞はその背中が見えなくなるまで、じっとその後ろ姿を見つめていた。
**********
「え?愛美ちゃんのお兄ちゃんが?」
向かいに座っている紗耶香がチューッと音を立ててオレンジジュースを飲みながら答える。
今日は日曜日で、愛美は紗耶香の家に遊びに来ていた。
紗耶香はいつもは学校では髪を一つに結わっているが、今日は珍しくおろして後ろに蝶のバレッタを付けている。
そのせいか、いつもよりも大人びて見えた。
肩甲骨のあたりまで伸びた黒よりも少し明るめの髪が、窓から差し込む光で亜麻色に色づく。
愛美は紗耶香に、今回舞とあった出来事をすべて紗耶香に話した。
紗耶香は、愛美の兄のことをよく知っている。
愛美の家に遊びに来た時、これまで何度も一緒にご飯を食べたりしているし、兄は紗耶香のことも可愛がっていて、愛美と紗耶香にお揃いのストラップやヘアピンなどを買ってくれたこともあった。
紗耶香もそんな兄に対して悪い印象などあるはずがなかった。
だから当然、"そんなことあるわけないって!"と笑い飛ばしてくれるだろうと思っていたのだ。
しかし話を聞き終えた紗耶香は、腕を組むと難しい顔をしてうーんと唸っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、紗耶香ちゃん。紗耶香ちゃんだって、いつも優しそうなお兄ちゃんだねって言ってくれてたじゃない。」
「……あのね、愛美ちゃん。これはあくまで噂で聞いただけだから私が直接見たわけじゃないよ?」
紗耶香は髪を耳にかけながら、ほんの少し肩を竦めてみせる。
紗耶香が声のトーンを落としたため、思わず背筋をピンと伸ばした。
「友樹先輩と女の人が、よく放課後に体育館に入っていくのを見ている人がいるのよ。」
「…お兄ちゃんと女の人が?」
愛美は鼻の付け根に皺を寄せる。
紗耶香はバツが悪そうに、静かに頷いた。
「そう、しかもいつも連れてるのは同じ女の人らしい。それでね、そこからいつも音が聞こえるって。」
「音?」
「うん。…バチン、バチン、ていう音と……その……女の人の叫び声が…」
愛美は思わず息を呑んでいた。
「そ、それ、って……」
「うん、つまり…暴力をふるってるんじゃないかってこと。」
「なんでお兄ちゃんが?!!」
思わず抗議の声を上げると、紗耶香は"落ち着いて!"と胸の前で両手で振る。
「あくまで、噂だってば。私だって信じたわけじゃないよ。友樹先輩見てると、とてもそんなことするような人には思えないし…愛美ちゃんにはデレデレだし。」
「……うん。お兄ちゃんが、そんなこと、するわけがない。」
「そんなに不安にならなくても大丈夫よ、きっと。だって誰よりも愛美ちゃんが一番友樹先輩のこと知ってるでしょう?愛美ちゃんが見ている友樹先輩を信じてあげよ。」
紗耶香は明るく言うと、ポンッと愛美の背中を軽く叩く。
紗耶香はそう言ってフォローしてくれたが、愛美の頭からはずっと紗耶香の言葉が離れてくれなかった。
兄に対して鉄壁と思われていた信頼が、崩れた瞬間だった。
愛美は目を吊り上げると、舞をまっすぐ睨み上げてくる。
今まで見せたことのない、射るような瞳。
あんなに弱々しく大人しい性格の愛美が、兄のことになるとここまで強い表情を見せるのか。
舞は愛美の刃物のような鋭い目つきに一瞬ひるみそうになるが、その視線をしっかりと受け止めて見つめ返す。
「言っている意味が分かりません。」
「そんなに怒らないで。もしそうだったら、っていう仮定の話よ。単なる質問。もしも大好きなお兄ちゃんが、あなたの思うような人じゃなかったら、愛美ちゃんはどうする?変わらず好きでいれる?」
少し挑発的な舞の言葉に、愛美は舞を睨みつけたまま、軽く鼻を鳴らした。
「もしも、なんていうことはないので、馬鹿馬鹿しい質問ですが…もし、お兄ちゃんが悪いことをしていたとしても私はまったく変わりません。お兄ちゃんのことはずっと好きですよ。」
「そう。」
「もう、ここでいいので。今日はありがとうございました。」
愛美は、まるで機械が喋っているような感情の籠っていない挨拶をすると、背を向けて歩き出す。
舞はその背中が見えなくなるまで、じっとその後ろ姿を見つめていた。
**********
「え?愛美ちゃんのお兄ちゃんが?」
向かいに座っている紗耶香がチューッと音を立ててオレンジジュースを飲みながら答える。
今日は日曜日で、愛美は紗耶香の家に遊びに来ていた。
紗耶香はいつもは学校では髪を一つに結わっているが、今日は珍しくおろして後ろに蝶のバレッタを付けている。
そのせいか、いつもよりも大人びて見えた。
肩甲骨のあたりまで伸びた黒よりも少し明るめの髪が、窓から差し込む光で亜麻色に色づく。
愛美は紗耶香に、今回舞とあった出来事をすべて紗耶香に話した。
紗耶香は、愛美の兄のことをよく知っている。
愛美の家に遊びに来た時、これまで何度も一緒にご飯を食べたりしているし、兄は紗耶香のことも可愛がっていて、愛美と紗耶香にお揃いのストラップやヘアピンなどを買ってくれたこともあった。
紗耶香もそんな兄に対して悪い印象などあるはずがなかった。
だから当然、"そんなことあるわけないって!"と笑い飛ばしてくれるだろうと思っていたのだ。
しかし話を聞き終えた紗耶香は、腕を組むと難しい顔をしてうーんと唸っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、紗耶香ちゃん。紗耶香ちゃんだって、いつも優しそうなお兄ちゃんだねって言ってくれてたじゃない。」
「……あのね、愛美ちゃん。これはあくまで噂で聞いただけだから私が直接見たわけじゃないよ?」
紗耶香は髪を耳にかけながら、ほんの少し肩を竦めてみせる。
紗耶香が声のトーンを落としたため、思わず背筋をピンと伸ばした。
「友樹先輩と女の人が、よく放課後に体育館に入っていくのを見ている人がいるのよ。」
「…お兄ちゃんと女の人が?」
愛美は鼻の付け根に皺を寄せる。
紗耶香はバツが悪そうに、静かに頷いた。
「そう、しかもいつも連れてるのは同じ女の人らしい。それでね、そこからいつも音が聞こえるって。」
「音?」
「うん。…バチン、バチン、ていう音と……その……女の人の叫び声が…」
愛美は思わず息を呑んでいた。
「そ、それ、って……」
「うん、つまり…暴力をふるってるんじゃないかってこと。」
「なんでお兄ちゃんが?!!」
思わず抗議の声を上げると、紗耶香は"落ち着いて!"と胸の前で両手で振る。
「あくまで、噂だってば。私だって信じたわけじゃないよ。友樹先輩見てると、とてもそんなことするような人には思えないし…愛美ちゃんにはデレデレだし。」
「……うん。お兄ちゃんが、そんなこと、するわけがない。」
「そんなに不安にならなくても大丈夫よ、きっと。だって誰よりも愛美ちゃんが一番友樹先輩のこと知ってるでしょう?愛美ちゃんが見ている友樹先輩を信じてあげよ。」
紗耶香は明るく言うと、ポンッと愛美の背中を軽く叩く。
紗耶香はそう言ってフォローしてくれたが、愛美の頭からはずっと紗耶香の言葉が離れてくれなかった。
兄に対して鉄壁と思われていた信頼が、崩れた瞬間だった。
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