15 / 111
一章
第15話 兄と妹
しおりを挟む
あれから、特に瑞穂にも新谷にも変化はなかった。
あの日は様子がおかしかった新谷だったが、翌日登校してきた時にはいつも通りに戻っていた。
何日もすると、舞の頭の中からもあの時の新谷の言葉はすっかりと消え去っていたのだった。
「今更だけどさ、七瀬、ほんと変わったよなー。」
その日舞と新谷は、2駅ほど離れた場所にあるカフェに来ていた。
週に1度は新谷と出かけたり、こうやってお茶をしたりしている。
舞の計画通り、新谷と舞の距離は急速に近くなっていった。
新谷はコーヒーカップを手で持ちながら、じろじろと観察するような粘着力のある視線を送ってくる。
舞は一瞬顔を上げて新谷と視線を交わしたが、すぐに視線をそらした。
「そう、かな。」
「前はさ、地味っていうかダサかったけど。」
「……」
「可愛くなったじゃん。いいと思うよ。」
予想していなかった言葉に、舞は視線をうろうろと彷徨わせる。
調子が狂うな、と思いながらも無言で笑みだけを返した。
ここ何回か新谷と会ってきて、舞は彼に対してちょっとした違和感を感じ始めてきていた。
その違和感の正体が、何なのかがまだ分からない。
まるで、喉に魚の骨が刺さったように、気持ちが悪かった。
舞は振り払うように首を軽く振ると、自分の注文したカプチーノを一口含む。
「そういえば、妹さん…愛美ちゃんは元気?」
さりげなく話題を変えると、新谷は表情を崩した。
やはり妹の話になると、表情筋が緩くなるらしい。
「元気だよ。そういえば七瀬、愛美に会いたいって言ってたよな?」
「あ、あぁ、うん。言ったね。」
「あいつ、いつも同じダチとしか絡んでなくてよ。クラスでも、なんだその…ハブられてるらしいんだ。本人はいつも強がって、そのダチとお兄ちゃんがいればいいなんて言ってるけど、俺としては心配なんだよ。」
そう言って、新谷はどこか遠くを見つめるかのように窓の外に視線を移す。
今まで見せたことない切なげな表情に、少しだけドキリとする。
「だから、友達になってやってよ。あいつも、たぶん喜ぶんじゃないかな。」
「そっか。そういうことなら、私でよければ喜んでだよ。」
これは、願ったり叶ったりだ。
愛美に友達がいない、となればよけいにこちらとしてはやりやすいかもしれない。
「日曜日にさ、ちょうどあいつと昼飯食う約束してるんだ。七瀬も来ない?」
「もちろん。楽しみにしてる。」
舞は、目を細めて微笑んで見せた。
**********
舞は、向かいに座る新谷愛美の丸みを帯びた肉感的な顔を見つめる。
約束の日曜日、舞と友樹、そして妹である愛美は、友樹が提案したレストランで待ち合わせをし、食事をすることになった。
聞くと、愛美がずっと行ってみたいと言っていたレストランらしい。
愛美はとても小柄で色が白く、大人しい子だった。
弱々しく、どこか守ってあげたくなるような、そんな雰囲気を纏っている。
最初に会った時から、愛美は唇をきゅっと引き締めたまま目を反らして、舞の顔を見ようともしなかった。
こうしてレストランに入ってからも、一向に目を合わせようともしない。
隣に座る兄の友樹の横にくっつくように座る姿は、何かに怯えてる小動物を彷彿させた。
こういう感じじゃそりゃ友達もできないだろうな、と思ったが、それは当然心の中だけに留めておく。
「愛美ちゃん、何がいいかな?何でも好きな物頼んでいいよ。」
舞は優しく愛美に声をかけながら、メニューを愛美の手前に持っていく。
愛美は答えない代わりにかすかに首を縦に振ると、メニューを開いた。
しばらくしてサンドイッチセットを指さしたので、店員を呼んで注文をする。
友樹はハンバーグ定食、舞はドリアを頼んだ。
「愛美ちゃんは、サンドイッチが好き?」
「……はい。」
やっと口を開いてくれたかと思ったら、蚊の鳴くような声で返事が返ってきた。
「そっか。愛美ちゃんよくこんなオシャレなお店知ってるね。」
「……友達が、教えてくれたから。」
"友達"と聞いて、愛美にはたった一人だけいつも一緒にいる友達がいると言っていたことを思い出す。
「お兄ちゃんと来るのは初めて?」
「はい」
「仲がいいんだね。羨ましいな。」
兄の名前を出されて嬉しかったのか、愛美の口元がほんの少し緩む。
そこからは愛美も緊張も解けたのか、少しずつ口を開いてくれるようになっていった。
「七瀬、先輩は一人っ子なんですか?」
「そうだよ。私も、こんなに優しいお兄ちゃんが欲しかったなー」
そこで店員が、注文したサンドイッチセット、ハンバーグ定食、ドリアを順にテーブルに置いていく。
店員が見えなくなったのを確認して、舞は愛美にサンドイッチセットを渡して食べて、と勧める。
よほどお腹が空いていたのか、愛美は頷くと勢いよくサンドイッチにかぶりついた。
「こら愛美、お行儀悪いぞ。」
「だって、お腹空いてたんだもん。」
「食べながら喋るな。飛ぶ。」
目の前で交わされる兄妹の会話に、不覚にも思わずクスリとしてしまう。
舞の視線に気づくと、愛美は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
その時初めて愛美と視線が合い、彼女の顔をしっかりと見ることができた。
たれ目がちな目元が、友樹によく似ている。
「……あの、七瀬、先輩。」
「舞、でいいよ。」
「…まい、先輩。」
「うん?どうしたの?」
「良かったら、あの……また一緒にご飯食べてくれますか?」
舞は、友樹と顔を見合わせる。
友樹は白い歯を見せてニッと笑うと、指でピースを作った。
あの日は様子がおかしかった新谷だったが、翌日登校してきた時にはいつも通りに戻っていた。
何日もすると、舞の頭の中からもあの時の新谷の言葉はすっかりと消え去っていたのだった。
「今更だけどさ、七瀬、ほんと変わったよなー。」
その日舞と新谷は、2駅ほど離れた場所にあるカフェに来ていた。
週に1度は新谷と出かけたり、こうやってお茶をしたりしている。
舞の計画通り、新谷と舞の距離は急速に近くなっていった。
新谷はコーヒーカップを手で持ちながら、じろじろと観察するような粘着力のある視線を送ってくる。
舞は一瞬顔を上げて新谷と視線を交わしたが、すぐに視線をそらした。
「そう、かな。」
「前はさ、地味っていうかダサかったけど。」
「……」
「可愛くなったじゃん。いいと思うよ。」
予想していなかった言葉に、舞は視線をうろうろと彷徨わせる。
調子が狂うな、と思いながらも無言で笑みだけを返した。
ここ何回か新谷と会ってきて、舞は彼に対してちょっとした違和感を感じ始めてきていた。
その違和感の正体が、何なのかがまだ分からない。
まるで、喉に魚の骨が刺さったように、気持ちが悪かった。
舞は振り払うように首を軽く振ると、自分の注文したカプチーノを一口含む。
「そういえば、妹さん…愛美ちゃんは元気?」
さりげなく話題を変えると、新谷は表情を崩した。
やはり妹の話になると、表情筋が緩くなるらしい。
「元気だよ。そういえば七瀬、愛美に会いたいって言ってたよな?」
「あ、あぁ、うん。言ったね。」
「あいつ、いつも同じダチとしか絡んでなくてよ。クラスでも、なんだその…ハブられてるらしいんだ。本人はいつも強がって、そのダチとお兄ちゃんがいればいいなんて言ってるけど、俺としては心配なんだよ。」
そう言って、新谷はどこか遠くを見つめるかのように窓の外に視線を移す。
今まで見せたことない切なげな表情に、少しだけドキリとする。
「だから、友達になってやってよ。あいつも、たぶん喜ぶんじゃないかな。」
「そっか。そういうことなら、私でよければ喜んでだよ。」
これは、願ったり叶ったりだ。
愛美に友達がいない、となればよけいにこちらとしてはやりやすいかもしれない。
「日曜日にさ、ちょうどあいつと昼飯食う約束してるんだ。七瀬も来ない?」
「もちろん。楽しみにしてる。」
舞は、目を細めて微笑んで見せた。
**********
舞は、向かいに座る新谷愛美の丸みを帯びた肉感的な顔を見つめる。
約束の日曜日、舞と友樹、そして妹である愛美は、友樹が提案したレストランで待ち合わせをし、食事をすることになった。
聞くと、愛美がずっと行ってみたいと言っていたレストランらしい。
愛美はとても小柄で色が白く、大人しい子だった。
弱々しく、どこか守ってあげたくなるような、そんな雰囲気を纏っている。
最初に会った時から、愛美は唇をきゅっと引き締めたまま目を反らして、舞の顔を見ようともしなかった。
こうしてレストランに入ってからも、一向に目を合わせようともしない。
隣に座る兄の友樹の横にくっつくように座る姿は、何かに怯えてる小動物を彷彿させた。
こういう感じじゃそりゃ友達もできないだろうな、と思ったが、それは当然心の中だけに留めておく。
「愛美ちゃん、何がいいかな?何でも好きな物頼んでいいよ。」
舞は優しく愛美に声をかけながら、メニューを愛美の手前に持っていく。
愛美は答えない代わりにかすかに首を縦に振ると、メニューを開いた。
しばらくしてサンドイッチセットを指さしたので、店員を呼んで注文をする。
友樹はハンバーグ定食、舞はドリアを頼んだ。
「愛美ちゃんは、サンドイッチが好き?」
「……はい。」
やっと口を開いてくれたかと思ったら、蚊の鳴くような声で返事が返ってきた。
「そっか。愛美ちゃんよくこんなオシャレなお店知ってるね。」
「……友達が、教えてくれたから。」
"友達"と聞いて、愛美にはたった一人だけいつも一緒にいる友達がいると言っていたことを思い出す。
「お兄ちゃんと来るのは初めて?」
「はい」
「仲がいいんだね。羨ましいな。」
兄の名前を出されて嬉しかったのか、愛美の口元がほんの少し緩む。
そこからは愛美も緊張も解けたのか、少しずつ口を開いてくれるようになっていった。
「七瀬、先輩は一人っ子なんですか?」
「そうだよ。私も、こんなに優しいお兄ちゃんが欲しかったなー」
そこで店員が、注文したサンドイッチセット、ハンバーグ定食、ドリアを順にテーブルに置いていく。
店員が見えなくなったのを確認して、舞は愛美にサンドイッチセットを渡して食べて、と勧める。
よほどお腹が空いていたのか、愛美は頷くと勢いよくサンドイッチにかぶりついた。
「こら愛美、お行儀悪いぞ。」
「だって、お腹空いてたんだもん。」
「食べながら喋るな。飛ぶ。」
目の前で交わされる兄妹の会話に、不覚にも思わずクスリとしてしまう。
舞の視線に気づくと、愛美は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
その時初めて愛美と視線が合い、彼女の顔をしっかりと見ることができた。
たれ目がちな目元が、友樹によく似ている。
「……あの、七瀬、先輩。」
「舞、でいいよ。」
「…まい、先輩。」
「うん?どうしたの?」
「良かったら、あの……また一緒にご飯食べてくれますか?」
舞は、友樹と顔を見合わせる。
友樹は白い歯を見せてニッと笑うと、指でピースを作った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる