三日月の契り

蒼井 結花理

文字の大きさ
上 下
8 / 17
第一章

第7話

しおりを挟む
星夜は美桜を抱きかかえると、風の如くあっという間に空を駆けてゆく。


あまりの速さに目も開けれずにいたが、我が家から充分離れたところで星夜は美桜をそっと降ろした。


美桜はふぅ、と息を吐くとゆっくりと瞼を開ける。


顔をあげると、美桜のことをどこまでも愛おしそうに見つめる星夜の顔があった。


琥珀色の瞳に、形の良い鼻梁。潤いのある唇は艶っぽく、数年前の彼よりもずっと色っぽい。


妖というのはとても恐ろしい生き物で、時には人間を喰らうと聞いていたが、やはり星夜からはそんな禍々しさは一切感じなかった。



「ごめん美桜。こんな乱暴に連れ出すつもりではなかったんだけど、美桜が僕を呼んでくれたからつい……」


星夜は照れくさそうにポリポリと頭をかいた。


数年前と変わらない、優しく染み渡るような声色に、じんわりと心があたたまっていく。


「私が……呼んだ?」


「それだよ。」


そう言うと、星夜は美桜の手首を指さした。


美桜が腕を上げると、ちりん、と鈴の涼やかな音が鳴る。


「そう。それはね、美桜が何か強い思いを発した時に俺に居場所を伝えてくれる、特別な鈴なんだ。…言ったでしょう?美桜を絶対に迎えに来るって。」


「約束を、覚えていて…くれたの?」


「1日たりとも、美桜のことを忘れたことはない。この数年、ずっと美桜のことを考えてきた。迎えに来るのが遅くなってすまない。」


星夜は申し訳なさそうに頭を下げた。


美桜は両手を胸の前に出して思い切り振った。


「そ、そんなことありません!こうして迎えに来てくださっただけで、私は…」


美桜がそう答えると、星夜は柔らかい笑みを浮かべた。


ただでさえ美しい顔から放たれる笑顔は、反則的なほどの破壊力がある。


美桜の顔は、自ずと火照っていく。


「それなら良かった。美桜があの約束を忘れてたら落ち込んでたよ。」


そう言って明るく笑った後、星夜はふっと表情を引き締めた。


「だけどずっと気になっていたんだ。美桜があの家族にひどい仕打ちをされていることは調べがついていたし、すぐにでも迎えに行きたかった。だけど俺にも事情があってすぐに迎えにいけなかったんだ。本当にすまない。」


唇を噛み締め苦しそうにしている星夜の顔を見て、美桜はぎゅっと胸元を握り締める。


「ううん、そんなことない!あの約束があったから、私はあの状況でも生きてこれた。生きようって思えたの。…星夜を、信じていたから。」


もしも星夜という存在がなければ、私の心はボロボロになっていただろう。


自分がなんのために生きているのか、見失っていたかもしれない。



「……美桜。」


優しい声が頭の上から降ってきて、美桜ははっと顔をあげる。


星夜は、そっと美桜の頭に手を乗せた。


「数年前の約束を、果たさせてくれ。」


そう言って、星夜は美桜の前に手を差し出した。


「やっと、君を迎えに来ることができた。俺は数年前に君に出会った時から、君のことを一生守るって決めたんだ。もう絶対に離さない。だから、君の人生を俺にくれないか。俺の花嫁になってほしい。」


美桜は、一瞬何を言われているのか分からなかった。


突然のことに、思考が追いつかない。


「私が、星夜の…花嫁に……」


「どうだ?美桜。もちろん美桜があの家に戻りたいと言うのであれば、俺は強制することはできない。愛する君の意見は尊重したいと思っている。だが、もし俺を選んでくれるのであれば、この手を取ってほしい。俺は美桜を幸せにしたい。」


美桜が見ると、その手がぷるぷると小刻みに震えているのが分かった。


きっと彼も、不安だったのだ。


ずっと、天涯孤独だと思っていた。自分は愛されない人間なのだと。


だけど…この人なら、私を愛してくれるかもしれない。


美桜は差し出された星夜の手を、そっと握り返した。


「私なんかでよければ…これからよろしくお願いします。」


そう答えると、ほっと胸を撫で下ろしたように星夜が笑顔を浮かべる。


子供っぽい無邪気な笑顔に、美桜の頬は自然と緩んでしまう。


星夜は美桜の顎に手を添え顔を上げさせると、そっと額にキスを落としてきた。


優しく、触れるだけのキス。

 
何をされたかを理解して、かぁっと体の内側から熱くなっていく。



「これからよろしく、美桜。」


触れられた額だけがずっと熱を帯びているような気がして、星夜に連れられて彼の屋敷に向かう間、ずっと美桜は恥ずかしさで俯いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...