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しおりを挟む授業が一通り終わり、僕はイピリアに乗って王城に来た。
お爺様のいる何時もの部屋の前に来ると、部屋の中からは声の高い女性の声が聞こえる。
楽しそうな笑い声につられて僕の表情も緩んだ。
部屋をノックすると声が止まる。
開いた扉からは、何時もは見かけない人が。
「お入りくださいませ」
「あ、はい」
てっきりロダンさんが開けてくれると思っていたので、変に緊張してしまった。
そっと中へ入ると、黒い髪色が一番最初に目に入る。
次に手招きしているお爺様が見え、ぱあっと笑顔になった。
二人は部屋の中にあるソファーに、向かい合って座っている。
「こんにちは!」
てててーっとソファーまで小走りで向かう。
そっと後ろを向くと、扉を開けてくれた人はそのまま横で待機している。因みに扉はもう閉まっていた。多分、お爺様の侍従なのだろう。
一緒にくっついてきたアクリスは、サッとお爺様の膝の上に飛び乗る。
「お久しぶりですね、ローレンさん」
「ご無沙汰しております、リーンオルゴット様」
金色の瞳を細め、口角が綺麗に上がる。
揺れた黒髪に、見惚れそうになった。
「良く来た、リーンや~」
膝にいるアクリスを撫でながら、笑顔を向けながら話すお爺様。
〈主 おやつ〉
「あ、はい」
抱っこしていたカルキノスに催促され、いそいそとローレンさんの隣に座る。
ソファーにカルキノスを座らせて、インベントリから適当にデザートを出す。
肩にいたイピリアは食べないようで、僕の肩からは降りないようだ。
「ロダンはレーモンドへの指導でいないからの、今代わりの者に飲み物を用意させるでな。暫くはお互いの近況を話したらどうじゃ?」
「そうですね! サルエロ王国の状況とかどうかな?」
お爺様がくれた時間で、僕はローレンさんと色々と話すことに。
直ぐに王城のメイドがティーセットを持ってきたので、喉も潤す事が出来た。
カルキノスはモグモグしているし、アクリスはお爺様の手にじゃれている。
お爺様とローレンさん、僕と聖獣達。賑やかで幸せな時間だ。
サルエロ王国は、あれから直ぐに作物の育ちが良くなったとか。
ユズノハ様が宰相のガノスさんに教わりながら、公務にも積極的になったとか。
そんな二人も時折喧嘩になって、ユズノハ様が愚痴を言いに来るんだとか。
重鎮の入れ替えもアルペスピア王国主導の元行われ、きちんと仕事が出来る人になったとガノスさんがぼやいていたとか。
ローレンさんも感じる程、民は穏やかになってきたとか。
黒髪への忌避感はまだ少し残っているらしいけど。先祖返りでとても縁起が良いことだと、何度もユズノハ様が説き伏せているらしい。あのユズノハ様が。
僕が色々と作ったポテチとかサツマイモの甘味とかは、あの後も作り方はしっかりと引き継がれ、ちょっとだけ甘味ブームが巻き起こったとか。
甘味という言葉。食べ物だと感知したカルキノスに、質問攻撃を受けたローレンさん。
カルキノスの可愛さにメロメロになりながらも答えていた。
僕は友人の成長の話や、友人達の面白話等を熱く語ってしまった。
暫くそんな会話を楽しんでいたら、お爺様からローレンさんがテステニア王国へ行く話に。
〈テステニア王国ですか〉
今まで聞き専でいたイピリアも反応した。
「あの時、穢れが向かった方向がテステニア王国だったのです」
「でもそんなに力が残っているようには感じなかったけどなぁ」
「穢れは人の心の闇に直ぐに入り込みます。一人、また一人と増えて……力を大きくして行くのです」
暗い表情になったローレンさん。一番被害を受けていたのは、多分ローレンさんだろう。
巫女として汚れた魂を浄化して来たのだから。
「なるほど。人は楽な方楽な方へと行きやすいものじゃ。一歩道を踏み外しても、なかなか気がつかずにおる。そして、気がついた時には手遅れ……なんて事もあるからのぅ」
お爺様の言葉で、僕は従兄のラッセルを思い出す。
彼等が進んだ道は間違いだった。本人達も気がついていた筈なのに、あんな所まで落ちてしまった。
「お爺様……」
僕はローレンさんがここにいる意味を今知った。
お爺様の孫は、僕だけでは無いのだから。
少し話し難そうに眉毛を下げるお爺様。そんなお爺様の表情を見たローレンさんも、僕をジッと見る。きっと先に話を聞いていたのだろうなぁ。
優しい人達だと、心が熱くなる。
「当事者の許可を貰えれば、正式にローレン・サルビエラ様へ依頼できるんじゃが?」
「是非、お願いしたいです」
「お願いしているのはワシの方じゃてな……」
「僕は勿論許可をします!」
お爺様も沢山悩んだのだろう。僕はそこまで酷い目に遭った気がしていないので、救える命は救って欲しい。
多分、父様にも話を通しているのだろう。ルーナ領の領主だし。実際に大変だったのは父様な気が。
「では、正式に後程依頼しようかのぅ。書類の作成は出来ておるはずじゃて」
お爺様のホッと溜め息が抜ける音が聞こえた。
「……質問、良いですか? あの、リーンオルゴット様にです」
「僕に? どうぞ~」
ローレンさんからの質問って、ちょっとドキッとなる。
「ジールフィア様から先に、どういった事をされた方達なのかを聞きました。罪には罰がある。なのに、何故救おうと思いなのでしょうか?」
「僕の中では、もう罰は受けたと思っているよ。まだ未来がある若者なんだ。それに僕は死んで終わりって嫌なんだよね。死ぬまでの苦しみが長いのも嫌」
フンスフンスと鼻息が荒くなってしまう。僕は、この世界の悪への対処がとても気に入らない。
「……嫌って」
「嫌だよね? 意地悪だと思わない?」
「意地悪……」
ローレンさんには全く響かないようで、困惑した顔だ。
「悪になった魂は死んで消える。でも、死までは罪の重さで変わる。軽い罪の方が長く苦しむのって、おかしくない? 意地悪過ぎるよ! 罪の重い人は魔力がガンガン減って直ぐに消えるんだよ? 嫌だよ。長く苦しんで欲しい。逆だったら、少しは納得出来るのに」
フンスフンスと荒かった鼻息を深呼吸で抑える。
スーハースーハーと落ち着いてから、また話を続けた。
「でね、ローレンさんが浄化が出来ることは、軽い罪の人達への救済だと思っているの。だから、今回依頼するラッセル達を救って欲しい。彼等は罪を犯し、罰を受けた。でも、やり直せる筈なんだ。苦しんで終わりじゃない、そんな世界を僕は望んでいる。だから、僕は救える命は救いたいって思うんだ」
「救える命を救うですか……」
考え込んだローレンさん。
余り響いていない感じだが、救う事が嫌なのかも知れない。
「ローレンさんが彼等を救うのが嫌なら、僕は無理にお願いしたくないよ。それは前提で聞いて欲しい」
「あ、いいえ。浄化は致します。ですが、また……」
「あー! なるほど? 彼等がまた罪を犯したらって事を気になっているんだね!」
「そうです、何度浄化しても……その、大体の方はまた……」
そうだよね。そうやって何度も何度も同じ事の繰り返しをやらされて来たんだもの、ローレンさんは。
「お爺様が依頼するくらいなんだから、ちゃんと確認はしたんだよね?」
僕は最近全然彼等を見かけていないので、今どのような状態なのかは分からない。
でも、ラッセルとか……凄い才能を持っていると思うんだけどなぁ。
まだ今なら間に合うのならば……でも、本人達が今どのような状態なのかは……
「会って確認したらどうじゃ? ローレンにもワシはそう言ったがのぅ」
「え、会えるの?」
「会える」
「マジで?」
「マジじゃ」
お爺様をじーっと見詰める。全然逸らさない。
パッと隣にいるローレンさんを見る。一瞬ビクッとされたが。
「一緒に会いに行こう!」
「は、はいです」
聖獣達の仕方ない子って視線だけが僕に冷たく刺さった。
ローレンさんはちゃんと笑顔で答えてくれたもん。素が出ていたけどね。
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