神に愛された子

鈴木 カタル

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ジールフィアとジェンティーレと魔法師一名、ローレンとユズノハとガノス達は階段をゆっくりと降りていた。
降りた先は真っ暗で、魔法師が先導し魔法で一体を明るくする。

「ほうほう。こうなっておったか」

ジールフィアは興味深く辺りを見渡す。
所々に黒い煤はついているが、広さは十分にある廊下だ。
進んだ先に扉が見え、一同皆そこで足を止める。
何の変哲もない普通に見える扉があるだけ。だが、この場にいる誰もが肌に刺す禍々しい気配を感じていた。

「その先は、一体何なのだ? このような部屋があるとは、知らなかったぞ」

「そうですね、一体何があるのでしょうか?」

ユズノハとガノスはお互いに顔を見合わせ、訝しげにジールフィア達を見る。
その視線には、どうして初めて来たこの城で、自分達も知らないような部屋を知っているのだろうか。と、そう問いかけている。
ジールフィア達も知っていた訳では無い。リーンがやったことなのだから。
だが、ユズノハ達はサルエロ王国の人間で他は違う。他国の人間ということで一緒にされてしまう。リーンがやったことでも、ユズノハ達からしたらジールフィア達がやったのも同じなのだ。
その視線を受け流すと、ジェンティーレと魔法師が魔法を使う。

「結界を二重にかけたから、余程の攻撃じゃ無ければ大丈夫ね!」

「そんな攻撃があるとは思えんがのぅ」

「だってぇ。誰がその中にいるのか分からないじゃな~い? 念には念をって、ロダン様にもお口酸っぱく言われているのよ~」

ケラケラと笑い、ユズノハ達を見るジェンティーレ。
今の言葉が返事になっただろう。自分達も知らないのだと言うことの。
ユズノハは分かっていなさそうだが、ガノスは理解し「なるほど」と呟いた。
そんなやり取りを、ローレンは一人不安げに見つめる。

ガチャリとドアノブを捻る音と、きぃっと扉の動く音。

「「「!」」」

モワッと空気が部屋の中から廊下へと流れると同時に、言葉にならない空気の重さが全員にかかる。
すぐさま共にいた魔法師が部屋の中に結界を張る。が、張ったそばからパリンと高い音を出し割れて行く。

「もっと硬度を上げんと無理じゃな」

ジェンティーレと魔法師で分厚い結界を張る。一分も持たずにまた割れる結界。

「ちっ」

舌打ちしたジェンティーレは魔法の精度を上げる。魔法師はジェンティーレの補佐に回った。
今度は部屋の中に張った結界は割れない。だが、完全に開いた扉から見えたものにジェンティーレは眉を顰める。


「な、なあにアレ……」

「な、何なのだコレは……」

それはユズノハ達にも見えた。信じられないものを見たと、真っ青な顔で見つめる。
見えたのは、部屋の中央に浮かぶぐにゃぐにゃと歪んだ黒い塊だった。
ローレンはすぐに通信機を繋いだ。リーンに伝えるた為に。
プップップと数回鳴った後、通信機は静かになった。

「……聞こえます?」

【聞こえるよ、ローレンさん。そっちの状況はどうかな?】

優しく語りかけてきた声に、ホッと息が漏れた。
ローレンが状況を説明しようと口を開くと、同時にユズノハは部屋の中に入ろうと近づく。
慌てつつも通話を続ける。

「そ、それが……ちょっとおかしな状況で――あっ」

ローレンが話をしている途中で、ユズノハが足を踏み入れたせいなのか結界が割れる音がした。
ユズノハの首根っこをむんずと掴み、ジールフィアがポイッとゴミを捨てるように放った。
結界が割れ、嫌な気配に押しつぶされそうになるジェンティーレは、わあわあ叫きながら黒い塊の周りに結界を張ろうとする。が、パリンと音を立てて壊れた。

「もっと硬度を上げてやってみるかのぅ」

ジールフィアの提案に、ジェンティーレが嫌そうな顔をしつつ頷く。

(声が、聞こえる? これは……禁書で聞いた言葉。意味は、分かる)

ローレンは皆を見るが、声に反応しているようには見えない。というか、魔法で黒い塊に攻撃しているジールフィアが見え、どうしようとオロオロと慌てだす。
オロオロしているローレンの耳に、苦しそうなリーンの声が聞こえハッとする。

【ローレンさん……彼の言葉が、分かるかな?】

「わ、分かりますっ、大丈夫です! でも、人じゃなくて……あの、その、真っ黒な塊しかなくて……あ――」
「ちょっとぉ、コレなんなの~? 何か訳分からない呪詛みたいな、禍々しい負の塊しかないんですけどぉ! 人いないんですけどぉ? コレをどうしたらいいのよ。結界で押さえ込んでいるけども、長くは無理なのっ」

話している途中で、通信機をジェンティーレに奪われた。
自分のを使えば良いのに、そのことが頭から抜けているのか、はたまた急を要しているのか分からないが。
そして、通信機を取り返そうとジェンティーレの周りをウロウロするローレン。

「ジールフィア様ってば、結界の硬度を高めて潰そうとするし! まぁ、結界が壊されて失敗してるんですけどぉ。ウケる~」

ケラケラと笑いながら話をしているジェンティーレ。
ジェンティーレの方をジッと睨むジールフィア。

そうこうしている内に、通信機を渡されたローレンは慌てて話しかける。

「はいです、変わりました?」

【あのね、よーく聞いてね。その黒い塊が彼の魂だから、出来るだけ傷を付けないで欲しいんだ。ローレンさん、君から見て彼はどうかな?】

彼と言われて、あの塊がどういうものなのか理解するローレン。
視界には、ユズノハが部屋に入ろうと試みている所が見えた。が、それを阻止しようとジールフィアが魔法をユズノハに向けて放っている。ぎゃーと耳障りな声が響く。

「私には、この方が苦しんでいるように感じました……なので、わた――ちょっと兄様、騒がないでおくんなましっ」

周囲の騒がしさに堪らず声を荒げるが、言われた本人は半泣き状態で聞いていない。

「助けてー! ぎゃぁぁぁぁあ」

「ちっ、もうちいと右じゃったか」

「あらぁ、惜しいわね。きゃはははっ!」

騒がしく動く回るユズノハと、オロオロしているガノス。
嬉々として魔法を放つジールフィアと、それを見て笑っているジェンティーレ。
ローレンはカオスな状況を見て、誰一人としてあれが問題の魂なのだと気がついていない事を悟る。

(私が、どうにかしなければ……)

【いいかい、良く聞いてね……】

聞こえてきた声に意識が集中する。周りの音も聞こえないのか、ローレンはじっと大人しく耳を澄ませた。
通信機を繋いだまま、スッとジールフィア達の方へと向く。

「ジールフィア様とジェンティーレ様達は、結界であの魂を囲んでくださいませ!」

キリッとした表情のローレンを見て、ジールフィアはニヤリと口角を上げた。
ジェンティーレの肩を叩くと、魔法師含めた三人でアレを囲うように結界を張る。

「おい。お前……一体何を――」

ユズノハの声も聞こえないのか、スタスタと部屋の中へ。
中に入ったローレンは、両膝を床に着き、顔の前で両手を祈るように組んだ。
そしてそのまま黒い塊、あの魂を見つめた。


――彼の魂よ――静まりたまえ


それは、誰も聞いたことのない言葉。でも、誰もが聞き惚れるような柔らかな音をしていた。

「これは……言霊? なの、かしら……」

ローレンの言葉に宿る力を、ジェンティーレは僅かに感じた。



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