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5巻
5-2
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今日は、昨日作った糸を服屋さんに持って行く事にした。せっかく糸を作ったんだから、それを使って何か成果物を作りたかったんだ。
カルキノスとイピリアはお留守番で、一緒に行くのはアクリスだ。
アクリスは領内の警邏をした事があるから、その存在を知っている人は多い。大きな姿も小さな姿も、ルーナ領の人達に見られている訳だ。なので、堂々と連れ歩ける。
他の二匹は、僕の家と学園、お爺様のお城ぐらいでしか姿を見せていない。召喚獣と一緒に暮らしている事自体は隠していないので、噂にはなってると思う。皆、聖獣だと気付いてないけど。
アクリスだけは、色々あって聖獣である事まで認知されている。とはいえ、聖獣アクリスと、僕が召喚獣と称している内の一匹が同じだとは分からないはずだ。今でこそ姿を知られているけど、その前はアクリスだって街に連れて行った事は無いんだから。
普段の僕らを知ってる学園の生徒に見つかったら厄介だけど、その時は誤魔化すつもりです、はい。
今日の僕は変装をせずに、リーンオルゴットのままで服屋さんに行く。
アクリスを連れて行くなら、もう一つの姿であるスピアとして行くよりも、僕のままの方が良いからね。アクリスは領内の警邏を僕の姉様と組んでやっていたから、領主一家とアクリスが一緒に居ても不自然じゃない。
糸を持って行く服屋さんは、僕の家族がよく利用している店だ。既製品を家に持って来てくれたり、採寸して新しく仕立ててくれたりしている服屋さん。
僕の服はというと……僕は服に興味が無いから、母様や姉様にいつもお任せしている。だから、服屋さんとは余り顔を合わせた記憶が無い。確か、採寸も姉様がしてくれたっけ。
大事になったら困るから、顔がハッキリと見えないように、一応フードを目深にかぶった。アクリスは僕の頭の上に乗って道案内をしてくれている。警邏をしていた時に店の場所を覚えたらしい。
〈そこの大通りから三つ目の角を曲がる〉
「はーい」
商店の多い通りを過ぎ、三つ目の角で曲がりそのまま進んでいく。
この通りは高級店が多く、僕は来た事が無い。人通りもそんなに多くなく、二、三人としかすれ違わなかった。
店の看板が目に入り、アクリスにここでいいのかと確認した。
「ここかな?」
〈そうだ この店が主の家族が贔屓にしている店だ〉
「ふーん」
大きな扉についている取っ手を掴み、そっと押してみた。鈴の音のような「ちりんちりん」という音が鳴り、扉は開いた。
中に入ると店のものなのか、嗅いだ事の無い匂いがした。花の匂いにしては強過ぎて、香水の方が近い香りだ。姉様も母様もそんな匂いはしないから、この世界に香水なんて無いだろうけど。
店の中には既製の服が飾られ、いくつも並べられていた。外から見た感じだと広そうだったけど、そこまでではない。
「あら……? お客様かしら?」
左側にある階段から女の人が下りて来た。一階と二階、両方が店なのかな?
その女の人は僕を見て困惑しているようだった。きっと子供が一人で店に入って来たから、どうしたのかと思っているんだろうな。
アクリスを頭から下ろした僕は、深めにかぶっていたフードを取った。そして、僕の側に来ようとしていた女の人に顔を見せた。
「あっ! あああなた、ねえ、あなた来てっ! 今すぐ急いで来てっ!」
僕と目が合った女の人は、僕の髪色を見てハッとした表情をした後、物凄く慌てて誰かを呼び始めた。
【主も人が悪い あの人の子が倒れたらどうするのだ】
他の人に聞こえないように、アクリスが念話で話しかけてきた。
どういう意味ですか、アクリスさん。僕はお化けかなんかですかね?
【悪戯ならば 可哀想だわ】
僕、普通にしているだけなんだけどな。悪戯をしている訳じゃない。そもそも、そんなに驚く事なのかな? 店に客が来ただけじゃないか……
【普通の客とは言わんだろう? 領主の子なのだからな】
あれかな? 面会の予約でも入れれば良かったの? え、わざわざ服作りのために手紙を書いて出すの? そんなの面倒だよね、他の領地ならそうしないと駄目な所もあるんだろうけど。
「大きな声を出して、どうしたん……だっ?」
お店の奥から出てきた男の人は、女の人から僕に目を移して固まった。
僕はすかさず話しかけた。
「店主さんでしょうか? 僕は、リーンオルゴットと申します。突然の訪問で申し訳ありません、少し話がしたいのですが」
「?」
「っ?」
女の人は店主さんらしき人の肩をバンバンと叩いている。店主さんでいいんだよね? その店主さんは目を大きくさせながら、叩かれた反動でユラユラと揺れていた。
どうしたらいいんだ……どうしたら話が出来るようになるんだ……
「あの~……」
会話にならなくて困ったから、「困っています」と分かりやすく表情に出してみた。
その時、アクリスが大きな声で〈しっかりせんかっ!〉と一喝した。アクリスのお陰なのか、店主さんがハッとした表情になった。女の人は何処から声がしたのかと周りをキョロキョロと見回している。
小さいもんね、アクリス。しかも僕の足元に居るし、視界に入ってなくてもしょうがない。彷徨っていた女の人の視線が僕に戻って来たから、僕は自分の足元を指差した。そのまま視線は足元のアクリスに落ちていった。
「あ……ん? はい? じゃない、ほらあなた、二階にご案内した方が……」
「あ、あぁ。こ、こちらでお話を!」
二階は個室が何部屋かあるようだ。案内されるまま、僕は二階の部屋に。アクリスも一緒に付いて来た。
これは商談部屋なのかな? しっかりとしたテーブルを挟んで、父様の執務室にあるようなソファーが向かい合っていた。
「そちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
僕は店主さんに言われるままにソファーに座った。
ゆっくりとソファーに沈む僕のお尻。膝の上にアクリスが乗っかってきた。
「それで、お話がしたいとの……あの、リーンオルゴット坊ちゃまで……いや、その髪色に瞳の色も……本当に、リーンオルゴット坊ちゃまなのですね。大きくなられましたなぁ」
「あれ? 失礼ですが、僕とお会いした事が?」
「あっ、その、ヴァイラ様が抱っこされている時に一度だけ! ですが、まだお生まれになられたばかりで、赤子でした!」
「そ、うでしたかー」
あー、びっくりした。会った事があるのに僕が忘れてたのかと思った。
それにしても赤ん坊の時か。その時と比べたらね、そりゃあ「大きくなった」と感じるだろうよ、うんうん。自分ではいつも成長が遅いと思ってるから、こういう反応をされると新鮮だな。
「本日はどのような御用で来られたのですか?」
「あー……これを見てもらいたくて」
僕はインベントリの機能がついている鞄から、作った糸を取り出した。ポンポンとテーブルの上に載せていく。こんもりと山になったところで、この糸が何から作られているのか……そこから話し始めた。
途中、アクリスは丸めた糸を転がして遊んでたけど。
そうそう、あの女の人は店主の奥さんだった。他の従業員は店の奥で作業中だったらしい。話をし始めた時に、奥さんが紅茶を淹れて持って来てくれた。そのまま一緒に話を聞いていたけど、別に聞かれて困るような内容でもないので、店主さんと奥さんの二人に聞いてもらった。
全て話し終えた頃、店主さんは糸を手に取って見てくれた。
そして僕が作りたい物を伝えると、奥さんと話し合った後で首をゆっくりと縦に振った。
奥さんからは細かなところの質問が出たので、そこも丁寧に伝える。
「〝付与〟は僕がします。僕しか出来ないかもしれませんので」
「でしたら、量産は出来ないと思いますよ? 量産出来ないのならば、価格は高くなるでしょう?」
「そうでもないんですよ。付与に時間はかからないので。どちらかと言えば、本体の製作にどのくらいかかるかで値段は変わるかと」
「確かにそうね……」
「作ってみない事には分からない、か……」
「はい。試作品が出来たら、いつでもいいので教えてください」
「分かりました! やってみましょう」
「よろしくお願いします!」
僕は店主さんとがっちりと握手をした。そこに奥さんが加わり、三人で手を重ねた。
今までに無かった物を作る。期限は特に決めなかった。でも、二人が余りに前のめりなので、ちゃんと「急いでいませんので、仕事の合間や息抜きにやってください」と伝えた。他の仕事に支障が出るといけないからね。
作業にかかるお金や費用を聞いて、お金も渡した。きちんとした依頼だ。
「では、また後日に」
「はい! 本日は店に来て頂き、ありがとうございました!」
「いえいえ、今日は突然の訪問でしたが、丁寧に対応して頂きまして僕も感謝致します。またお会いしましょう」
にっこりと笑顔で話した後、僕は来た時と同じくフードを深くかぶった。
店主さんと奥さんが見送りに来ようとしたので、それは断り、アクリスを頭に乗せてすぐに店を出た。
〈上手くいったのだな〉
「うん。作れるって言われたから、製作を依頼したよ」
アクリスは話をほとんど聞いていなかった。まぁ、仕方無い。
「作れる」ってハッキリと言われるとは思わなかったなぁ。そこは意外だった。まあ、肝心なのは僕がやる付与だから、それ以外は大丈夫そうで安心した。
「楽しみだね~」
用事があるのは服屋さんだけだったけど、帰りは商店の並ぶ大きな通りへ行ってみた。
美味しそうな物を色々と買って、お留守番をしているイピリアとカルキノスへのお土産にする。
スピアに変装せずに領内をウロウロ出来る事が楽しかったし、アクリスも一緒で楽しい買い物になった。
そして帰ろうと踵を返した時に、僕の急な方向転換のせいで、側に居た人にぶつかってしまった。
「わぁ! すみません!」
「おっと?」
急に目の前が真っ暗になって驚いたけど、すぐに離れて怪我が無いかを聞こうとした。
相手は男の人で、僕よりも背が高い……あれ?
「だいじょ――カールベニット先生?」
「リーン様?」
ぶつかってしまった人は、懐かしい顔をしていた。
咄嗟に記憶にある名前を呼んで固まる僕と、僕の顔を覗き込むカールベニット先生。
テステニア王国を立て直しに旅立った、以前家庭教師をしてもらっていたカールベニット先生にぶつかってしまったようだ。
先生は僕の家に行く途中で僕と偶然会ってしまったらしく、「こんな事もあるんですね、驚きました」と言って笑った。
「お久しぶりですね、先生」
「大きくなられましたね、リーン様。色々と話はお聞きしていますよ」
久しぶりに会ったカールベニット先生は、変わらない黒い瞳をしていた。
年齢よりも老けて見える……ごほん、落ち着いて見える、渋めのお顔も変わっていなかった。
僕達は一緒に帰る事にした。
「テステニア王国から帰って来たんですね」
「少し前に帰国していましたが、色々とありまして。今はアルフォンス様へ報告しに行こうと、向かっていたところです」
そう話しながら、先生は僕の頭の上に目を向ける。そこに居るアクリスを見て、困ったように微笑んだ。
カールベニット先生は家に着いてすぐに父様に会いに行った。
「また後程」と言ってくれたので、きっと僕と話をするくらいの時間はあるのだろう。
僕はアクリスと一緒に、二匹が待っている自分の部屋に向かった……念のため、カルキノスが厨房に居ないか先に確認してから。
厨房に顔を出すと、料理長さんがカルキノスはさっき部屋に戻ったと教えてくれた。いいような悪いような……戻った事はいいんだけど、食べに来たのは良い事とは言えない。
お腹いっぱいでまたすぐに寝ちゃうんじゃないかな?
アクリスは僕のそんな考えを読み取って〈彼奴はペットだな もう聖獣とは思えんわ〉などと呟いていた。確かに言えてる。寝て、可愛がられて、食べて寝て……聖獣らしさの無いカルキノスを思い出して、僕は笑ってしまった。
アクリスとそんなやり取りをしながら、自分の部屋に帰って来た。
「ただいまー」
〈我 帰宅〉
僕達のただいまの声に、イピリアが部屋の奥から飛んで来た。
ちょうどイピリアが僕のところに来た瞬間に、アクリスは僕の頭から飛び降りた。
〈おっと〉
〈おかえりなさいませ! 主様!〉
肩に止まったイピリアは、僕の頬にピタリと身を寄せて来た。そんなイピリアの行動が可愛いなぁと撫でながら思う。
「ただいまぁ。お土産買ってきたんだよー」
〈我の案内でな! 褒めても良いのだぞ〉
足元に居るアクリスがそんな事を言っているけど、今のイピリアには聞こえていないと思うんだ。案の定、アクリスの声に反応を見せないイピリアは、僕の顔を見ながら〈お土産ですかっ なんでしょう わくわくします〉と綺麗な目を輝かせて言った。
「食べ物だから、皆で食べようね。カルキノスは何処ー?」
〈我は……我を無視か〉
アクリスはイピリアの反応に不満げだ。むすっとした表情でジトッとした目をしてイピリアを見上げていた。
アクリスも、そんな顔をするんだなぁ。豊かな感情表現にそんな事を思ってしまう。しゃがみ込んだ僕は、アクリスの頭を撫でた。
「アクリス、今日は案内をしてくれてありがとうね?」
〈ふっふっふ 我が居て良かっただろう〉
「そうだね。ふふふ」
小さな体で前足を組み、鼻息を荒くして胸を張っている姿はアレだけどね……
イピリアも同じ事を思ったのか〈謙虚さが足りないですよね 頭もアレなのに〉と哀れみを含んだ眼差しで呟いた。
「そんな目をしないで。そこも僕は好きだよ。ほら、可愛いじゃんか」
〈む?〉
両手でアクリスの頬をムニムニと引っ張ってみたら、思ったよりもよく伸びた。
引っ張ると口の端がちょっと開く。柔らかい頬だなぁ。
もがもがと言葉にならない何かを話しているアクリスを見ながら、頬の柔らかさをまじまじと観察して堪能した。
そんな僕にイピリアが〈真顔でそんな事を……主様 怖いですよ〉と指摘する。その言葉でハッとして、アクリスの頬から手を離した。そしたら、アクリスがパタリと倒れた。
「ごめんね、気持ちいい触り心地だったから……つい」
〈われの ほほは ついているか?〉
ぐでーんと体を伸ばしたアクリスが、両足で自分の頬をむにっと触っている。そんな仕草にまたきゅんとなった。
〈大丈夫ですよ 主様には快癒の力がありますから 無かったら治してもらえばいいんです〉
イピリアの言葉は、「無くなっても大丈夫。主が治せるし」と聞こえなくもない。アクリスはいっそう泣きそうな表情で一生懸命に顔をムニムニしている。
〈われの? ほほっ? ないのかっ?〉
「あははははっ! なんで頬が無くなるの。アクリスってば、おっかしいよ」
アクリスの動きがおかしくて、もう笑いを堪える事が出来ない。僕は盛大に笑ってしまった。
どうしたら「頬が無くなる」って考えに至るんだろう? アクリスの思考が全く分からない。そんなところも笑えてきて、僕は久しぶりに笑い涙を流した。
どのくらい笑っていたのかは分からないけど、笑い過ぎて腹筋が辛くなった。流れた涙を拭いながら周りを見た。
「あれ? カルキノスが居る」
部屋に入って来た時は見当たらなかったのに。いつの間にかカルキノスがアクリスの隣に座っていた。二匹は僕から少し離れた所に居る。
〈少し前に起きてきましたよ 主様の笑い声がうるさかったようです〉
「えー……だって面白かったんだもん」
ずっと僕の側に居たイピリアが、カルキノスがいつ来たのかを教えてくれた。っていうか、やっぱり寝てたんかいっ!
〈それで今 アクリスから事の経緯を聞いているところですね〉
「ぷっ! だって、頬が無くなるって……ふふっ」
また笑いが込み上げてきてしまい、僕は大きく深呼吸をした。
話を聞き終えたカルキノスがぽてぽてと僕の所に来た。
〈主 お土産ください〉
両の前足を差し出して頂戴をする。僕は、ポカーンとなった。
「あれ? アクリスの話はいいの?」
カルキノスは首を傾げ、そして、困ったように呟いた。
〈……よく分からなかったんだ だって 頬が無くなるはずがないもの〉
僕はその言葉を聞いて、笑いが吹き出した。
「ぶーっ?」
真面目に話を聞いてみたら、その内容が頬が無くなるって事だもんね。僕もどうしてそう思ったのか分からないけど、同じ聖獣でも分からないんじゃ、もうしょうがないよ。
そんな分からない話を放っておいて、お土産をおねだりするあたり、カルキノスはドライだ。
君達はどうしてそんな個性豊かになったんだろうね。そんな君達と居ると、僕は困ってしまうよ。毎日が幸せでね。
「皆でお土産を食べよう!」
〈わーい〉
〈楽しみですね〉
周りに集まった聖獣達を見ながら、インベントリからお土産を取り出した。ポツンと離れていたアクリスは、僕を不思議そうに見詰めていたけども。
お土産はちゃんとアクリスも一緒に食べた。アクリスはイピリアと何か話をしながら、僕の方をチロチロと見ていた。
食べ終わってイピリアから聞いた話に僕はまた笑った。
アクリスは僕が大笑いをしているのを見て、僕が僕ではなくなったんじゃないかと疑っていたようだ。本当に、どうしてそういう考えに行き着くんだろうか。
聖獣達は僕が大笑いをすると戸惑う。前にカルキノスも、笑う僕を見て戸惑っていた。
僕は笑うとなかなか止まらないんだ。大笑いはそんなにしないけど。
「リーン様、いらっしゃいますか?」
部屋の扉をノックする音と、カールベニット先生の声が聞こえた。僕は慌てて扉を開けた。
「先生、父様との話は終わったのですか?」
「はい。報告は終わったのですが、誕生会の贈り物を何にしようかと悩んでいまして。今回はどのような贈り物がいいか、直接聞こうと思いまして」
先生は僕の部屋に入りながら、贈り物の相談をし始めた。
「ん? 誰かの誕生会を開くのですか?」
誰の誕生日なんだろう? こんな休みの時に誕生日なんて、パーティーは出来ないね。きっと友達は旅行とかで集まらないだろうし。僕は家族だけでいいんだけど。毎年家族がお祝いしてくれる――
ピタリと止まった僕の足。まさか、と思いながら先生を見た。
「え? リーン様の誕生会ですよね?」
先生はキョトンとして言った。
あー……僕、自分の誕生日も忘れてしまっていたか。
と言っても、いつものように身内だけで行われるんだから、特に何も問題は無い……はず。
「父様は……何か言っていましたか?」
「リーン様が十歳になる特別な日だから、盛大に祝うべきだろうか? と、仰りましたが……」
「嫌だああああっ!」
そんなの無理! 嫌だ! 自分が主役の催し物は、一切お断りします!
先生の言葉を遮った気がしなくもないんだけど、余りにも嫌で思いっきり「嫌だ」と言ってしまった。
いつもと同じ、身内だけでのパーティーがいい! あぁ、そうだ。聖獣達も居るんだし、知らない人は呼べないよ。先生もそう思いますよね? ね?
救いを求めてカールベニット先生を見る。
先生は手で口元を覆い、肩をフルフルと震わせながら僕を見ていた。僕の視線に気が付くと軽く咳払いをして、何事もなかったかのように話し出した。
「そう仰ると思いましたので、盛大な催しは避けた方が良いでしょうと、お伝えしておきましたよ」
「良かったー……目立つのは嫌なんだ。ただでさえ、僕の見た目は目立つのに……」
「私からはそう申し上げましたが……お決めになるのはアルフォンス様なので」
「うぅ……」
確かにそうだけど、今年も身内だけのパーティーがいいんだ。っていうか、ずっとそうでいいんだけども。
「それでですね、今年はどのような贈り物が良いでしょうか?」
「あー。えっと、うーんと……」
どうしよう? 特に欲しいものが無いや。今までは本や食べ物、靴とかペン立てとかを貰ったんだよね。今回も食べ物か本かなぁ?
先生の質問に唸りながら、何か思いつかないもんかと悩む。こういう時は「何でもいい」と答えると、より困らせてしまうと僕は知っている。
何故なら、困ると分かっていて兄様にはいつもそう答えているから。アワアワと慌てながら何にしよう? と困っている兄様を見たいから……と本人には言わないけれど、そう思ってはいる。
だって、兄様を困らせるのは楽しいんだもの。それに、一生懸命に考えてくれるから、正直それを見ているだけで僕は贈り物を貰った気がしている。弟を大切に思ってくれる、兄様の愛情という贈り物を。
でも、先生にそれをするのはちょっと違う気がするから、何か欲しいと言わなきゃならないんだ。
カルキノスとイピリアはお留守番で、一緒に行くのはアクリスだ。
アクリスは領内の警邏をした事があるから、その存在を知っている人は多い。大きな姿も小さな姿も、ルーナ領の人達に見られている訳だ。なので、堂々と連れ歩ける。
他の二匹は、僕の家と学園、お爺様のお城ぐらいでしか姿を見せていない。召喚獣と一緒に暮らしている事自体は隠していないので、噂にはなってると思う。皆、聖獣だと気付いてないけど。
アクリスだけは、色々あって聖獣である事まで認知されている。とはいえ、聖獣アクリスと、僕が召喚獣と称している内の一匹が同じだとは分からないはずだ。今でこそ姿を知られているけど、その前はアクリスだって街に連れて行った事は無いんだから。
普段の僕らを知ってる学園の生徒に見つかったら厄介だけど、その時は誤魔化すつもりです、はい。
今日の僕は変装をせずに、リーンオルゴットのままで服屋さんに行く。
アクリスを連れて行くなら、もう一つの姿であるスピアとして行くよりも、僕のままの方が良いからね。アクリスは領内の警邏を僕の姉様と組んでやっていたから、領主一家とアクリスが一緒に居ても不自然じゃない。
糸を持って行く服屋さんは、僕の家族がよく利用している店だ。既製品を家に持って来てくれたり、採寸して新しく仕立ててくれたりしている服屋さん。
僕の服はというと……僕は服に興味が無いから、母様や姉様にいつもお任せしている。だから、服屋さんとは余り顔を合わせた記憶が無い。確か、採寸も姉様がしてくれたっけ。
大事になったら困るから、顔がハッキリと見えないように、一応フードを目深にかぶった。アクリスは僕の頭の上に乗って道案内をしてくれている。警邏をしていた時に店の場所を覚えたらしい。
〈そこの大通りから三つ目の角を曲がる〉
「はーい」
商店の多い通りを過ぎ、三つ目の角で曲がりそのまま進んでいく。
この通りは高級店が多く、僕は来た事が無い。人通りもそんなに多くなく、二、三人としかすれ違わなかった。
店の看板が目に入り、アクリスにここでいいのかと確認した。
「ここかな?」
〈そうだ この店が主の家族が贔屓にしている店だ〉
「ふーん」
大きな扉についている取っ手を掴み、そっと押してみた。鈴の音のような「ちりんちりん」という音が鳴り、扉は開いた。
中に入ると店のものなのか、嗅いだ事の無い匂いがした。花の匂いにしては強過ぎて、香水の方が近い香りだ。姉様も母様もそんな匂いはしないから、この世界に香水なんて無いだろうけど。
店の中には既製の服が飾られ、いくつも並べられていた。外から見た感じだと広そうだったけど、そこまでではない。
「あら……? お客様かしら?」
左側にある階段から女の人が下りて来た。一階と二階、両方が店なのかな?
その女の人は僕を見て困惑しているようだった。きっと子供が一人で店に入って来たから、どうしたのかと思っているんだろうな。
アクリスを頭から下ろした僕は、深めにかぶっていたフードを取った。そして、僕の側に来ようとしていた女の人に顔を見せた。
「あっ! あああなた、ねえ、あなた来てっ! 今すぐ急いで来てっ!」
僕と目が合った女の人は、僕の髪色を見てハッとした表情をした後、物凄く慌てて誰かを呼び始めた。
【主も人が悪い あの人の子が倒れたらどうするのだ】
他の人に聞こえないように、アクリスが念話で話しかけてきた。
どういう意味ですか、アクリスさん。僕はお化けかなんかですかね?
【悪戯ならば 可哀想だわ】
僕、普通にしているだけなんだけどな。悪戯をしている訳じゃない。そもそも、そんなに驚く事なのかな? 店に客が来ただけじゃないか……
【普通の客とは言わんだろう? 領主の子なのだからな】
あれかな? 面会の予約でも入れれば良かったの? え、わざわざ服作りのために手紙を書いて出すの? そんなの面倒だよね、他の領地ならそうしないと駄目な所もあるんだろうけど。
「大きな声を出して、どうしたん……だっ?」
お店の奥から出てきた男の人は、女の人から僕に目を移して固まった。
僕はすかさず話しかけた。
「店主さんでしょうか? 僕は、リーンオルゴットと申します。突然の訪問で申し訳ありません、少し話がしたいのですが」
「?」
「っ?」
女の人は店主さんらしき人の肩をバンバンと叩いている。店主さんでいいんだよね? その店主さんは目を大きくさせながら、叩かれた反動でユラユラと揺れていた。
どうしたらいいんだ……どうしたら話が出来るようになるんだ……
「あの~……」
会話にならなくて困ったから、「困っています」と分かりやすく表情に出してみた。
その時、アクリスが大きな声で〈しっかりせんかっ!〉と一喝した。アクリスのお陰なのか、店主さんがハッとした表情になった。女の人は何処から声がしたのかと周りをキョロキョロと見回している。
小さいもんね、アクリス。しかも僕の足元に居るし、視界に入ってなくてもしょうがない。彷徨っていた女の人の視線が僕に戻って来たから、僕は自分の足元を指差した。そのまま視線は足元のアクリスに落ちていった。
「あ……ん? はい? じゃない、ほらあなた、二階にご案内した方が……」
「あ、あぁ。こ、こちらでお話を!」
二階は個室が何部屋かあるようだ。案内されるまま、僕は二階の部屋に。アクリスも一緒に付いて来た。
これは商談部屋なのかな? しっかりとしたテーブルを挟んで、父様の執務室にあるようなソファーが向かい合っていた。
「そちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
僕は店主さんに言われるままにソファーに座った。
ゆっくりとソファーに沈む僕のお尻。膝の上にアクリスが乗っかってきた。
「それで、お話がしたいとの……あの、リーンオルゴット坊ちゃまで……いや、その髪色に瞳の色も……本当に、リーンオルゴット坊ちゃまなのですね。大きくなられましたなぁ」
「あれ? 失礼ですが、僕とお会いした事が?」
「あっ、その、ヴァイラ様が抱っこされている時に一度だけ! ですが、まだお生まれになられたばかりで、赤子でした!」
「そ、うでしたかー」
あー、びっくりした。会った事があるのに僕が忘れてたのかと思った。
それにしても赤ん坊の時か。その時と比べたらね、そりゃあ「大きくなった」と感じるだろうよ、うんうん。自分ではいつも成長が遅いと思ってるから、こういう反応をされると新鮮だな。
「本日はどのような御用で来られたのですか?」
「あー……これを見てもらいたくて」
僕はインベントリの機能がついている鞄から、作った糸を取り出した。ポンポンとテーブルの上に載せていく。こんもりと山になったところで、この糸が何から作られているのか……そこから話し始めた。
途中、アクリスは丸めた糸を転がして遊んでたけど。
そうそう、あの女の人は店主の奥さんだった。他の従業員は店の奥で作業中だったらしい。話をし始めた時に、奥さんが紅茶を淹れて持って来てくれた。そのまま一緒に話を聞いていたけど、別に聞かれて困るような内容でもないので、店主さんと奥さんの二人に聞いてもらった。
全て話し終えた頃、店主さんは糸を手に取って見てくれた。
そして僕が作りたい物を伝えると、奥さんと話し合った後で首をゆっくりと縦に振った。
奥さんからは細かなところの質問が出たので、そこも丁寧に伝える。
「〝付与〟は僕がします。僕しか出来ないかもしれませんので」
「でしたら、量産は出来ないと思いますよ? 量産出来ないのならば、価格は高くなるでしょう?」
「そうでもないんですよ。付与に時間はかからないので。どちらかと言えば、本体の製作にどのくらいかかるかで値段は変わるかと」
「確かにそうね……」
「作ってみない事には分からない、か……」
「はい。試作品が出来たら、いつでもいいので教えてください」
「分かりました! やってみましょう」
「よろしくお願いします!」
僕は店主さんとがっちりと握手をした。そこに奥さんが加わり、三人で手を重ねた。
今までに無かった物を作る。期限は特に決めなかった。でも、二人が余りに前のめりなので、ちゃんと「急いでいませんので、仕事の合間や息抜きにやってください」と伝えた。他の仕事に支障が出るといけないからね。
作業にかかるお金や費用を聞いて、お金も渡した。きちんとした依頼だ。
「では、また後日に」
「はい! 本日は店に来て頂き、ありがとうございました!」
「いえいえ、今日は突然の訪問でしたが、丁寧に対応して頂きまして僕も感謝致します。またお会いしましょう」
にっこりと笑顔で話した後、僕は来た時と同じくフードを深くかぶった。
店主さんと奥さんが見送りに来ようとしたので、それは断り、アクリスを頭に乗せてすぐに店を出た。
〈上手くいったのだな〉
「うん。作れるって言われたから、製作を依頼したよ」
アクリスは話をほとんど聞いていなかった。まぁ、仕方無い。
「作れる」ってハッキリと言われるとは思わなかったなぁ。そこは意外だった。まあ、肝心なのは僕がやる付与だから、それ以外は大丈夫そうで安心した。
「楽しみだね~」
用事があるのは服屋さんだけだったけど、帰りは商店の並ぶ大きな通りへ行ってみた。
美味しそうな物を色々と買って、お留守番をしているイピリアとカルキノスへのお土産にする。
スピアに変装せずに領内をウロウロ出来る事が楽しかったし、アクリスも一緒で楽しい買い物になった。
そして帰ろうと踵を返した時に、僕の急な方向転換のせいで、側に居た人にぶつかってしまった。
「わぁ! すみません!」
「おっと?」
急に目の前が真っ暗になって驚いたけど、すぐに離れて怪我が無いかを聞こうとした。
相手は男の人で、僕よりも背が高い……あれ?
「だいじょ――カールベニット先生?」
「リーン様?」
ぶつかってしまった人は、懐かしい顔をしていた。
咄嗟に記憶にある名前を呼んで固まる僕と、僕の顔を覗き込むカールベニット先生。
テステニア王国を立て直しに旅立った、以前家庭教師をしてもらっていたカールベニット先生にぶつかってしまったようだ。
先生は僕の家に行く途中で僕と偶然会ってしまったらしく、「こんな事もあるんですね、驚きました」と言って笑った。
「お久しぶりですね、先生」
「大きくなられましたね、リーン様。色々と話はお聞きしていますよ」
久しぶりに会ったカールベニット先生は、変わらない黒い瞳をしていた。
年齢よりも老けて見える……ごほん、落ち着いて見える、渋めのお顔も変わっていなかった。
僕達は一緒に帰る事にした。
「テステニア王国から帰って来たんですね」
「少し前に帰国していましたが、色々とありまして。今はアルフォンス様へ報告しに行こうと、向かっていたところです」
そう話しながら、先生は僕の頭の上に目を向ける。そこに居るアクリスを見て、困ったように微笑んだ。
カールベニット先生は家に着いてすぐに父様に会いに行った。
「また後程」と言ってくれたので、きっと僕と話をするくらいの時間はあるのだろう。
僕はアクリスと一緒に、二匹が待っている自分の部屋に向かった……念のため、カルキノスが厨房に居ないか先に確認してから。
厨房に顔を出すと、料理長さんがカルキノスはさっき部屋に戻ったと教えてくれた。いいような悪いような……戻った事はいいんだけど、食べに来たのは良い事とは言えない。
お腹いっぱいでまたすぐに寝ちゃうんじゃないかな?
アクリスは僕のそんな考えを読み取って〈彼奴はペットだな もう聖獣とは思えんわ〉などと呟いていた。確かに言えてる。寝て、可愛がられて、食べて寝て……聖獣らしさの無いカルキノスを思い出して、僕は笑ってしまった。
アクリスとそんなやり取りをしながら、自分の部屋に帰って来た。
「ただいまー」
〈我 帰宅〉
僕達のただいまの声に、イピリアが部屋の奥から飛んで来た。
ちょうどイピリアが僕のところに来た瞬間に、アクリスは僕の頭から飛び降りた。
〈おっと〉
〈おかえりなさいませ! 主様!〉
肩に止まったイピリアは、僕の頬にピタリと身を寄せて来た。そんなイピリアの行動が可愛いなぁと撫でながら思う。
「ただいまぁ。お土産買ってきたんだよー」
〈我の案内でな! 褒めても良いのだぞ〉
足元に居るアクリスがそんな事を言っているけど、今のイピリアには聞こえていないと思うんだ。案の定、アクリスの声に反応を見せないイピリアは、僕の顔を見ながら〈お土産ですかっ なんでしょう わくわくします〉と綺麗な目を輝かせて言った。
「食べ物だから、皆で食べようね。カルキノスは何処ー?」
〈我は……我を無視か〉
アクリスはイピリアの反応に不満げだ。むすっとした表情でジトッとした目をしてイピリアを見上げていた。
アクリスも、そんな顔をするんだなぁ。豊かな感情表現にそんな事を思ってしまう。しゃがみ込んだ僕は、アクリスの頭を撫でた。
「アクリス、今日は案内をしてくれてありがとうね?」
〈ふっふっふ 我が居て良かっただろう〉
「そうだね。ふふふ」
小さな体で前足を組み、鼻息を荒くして胸を張っている姿はアレだけどね……
イピリアも同じ事を思ったのか〈謙虚さが足りないですよね 頭もアレなのに〉と哀れみを含んだ眼差しで呟いた。
「そんな目をしないで。そこも僕は好きだよ。ほら、可愛いじゃんか」
〈む?〉
両手でアクリスの頬をムニムニと引っ張ってみたら、思ったよりもよく伸びた。
引っ張ると口の端がちょっと開く。柔らかい頬だなぁ。
もがもがと言葉にならない何かを話しているアクリスを見ながら、頬の柔らかさをまじまじと観察して堪能した。
そんな僕にイピリアが〈真顔でそんな事を……主様 怖いですよ〉と指摘する。その言葉でハッとして、アクリスの頬から手を離した。そしたら、アクリスがパタリと倒れた。
「ごめんね、気持ちいい触り心地だったから……つい」
〈われの ほほは ついているか?〉
ぐでーんと体を伸ばしたアクリスが、両足で自分の頬をむにっと触っている。そんな仕草にまたきゅんとなった。
〈大丈夫ですよ 主様には快癒の力がありますから 無かったら治してもらえばいいんです〉
イピリアの言葉は、「無くなっても大丈夫。主が治せるし」と聞こえなくもない。アクリスはいっそう泣きそうな表情で一生懸命に顔をムニムニしている。
〈われの? ほほっ? ないのかっ?〉
「あははははっ! なんで頬が無くなるの。アクリスってば、おっかしいよ」
アクリスの動きがおかしくて、もう笑いを堪える事が出来ない。僕は盛大に笑ってしまった。
どうしたら「頬が無くなる」って考えに至るんだろう? アクリスの思考が全く分からない。そんなところも笑えてきて、僕は久しぶりに笑い涙を流した。
どのくらい笑っていたのかは分からないけど、笑い過ぎて腹筋が辛くなった。流れた涙を拭いながら周りを見た。
「あれ? カルキノスが居る」
部屋に入って来た時は見当たらなかったのに。いつの間にかカルキノスがアクリスの隣に座っていた。二匹は僕から少し離れた所に居る。
〈少し前に起きてきましたよ 主様の笑い声がうるさかったようです〉
「えー……だって面白かったんだもん」
ずっと僕の側に居たイピリアが、カルキノスがいつ来たのかを教えてくれた。っていうか、やっぱり寝てたんかいっ!
〈それで今 アクリスから事の経緯を聞いているところですね〉
「ぷっ! だって、頬が無くなるって……ふふっ」
また笑いが込み上げてきてしまい、僕は大きく深呼吸をした。
話を聞き終えたカルキノスがぽてぽてと僕の所に来た。
〈主 お土産ください〉
両の前足を差し出して頂戴をする。僕は、ポカーンとなった。
「あれ? アクリスの話はいいの?」
カルキノスは首を傾げ、そして、困ったように呟いた。
〈……よく分からなかったんだ だって 頬が無くなるはずがないもの〉
僕はその言葉を聞いて、笑いが吹き出した。
「ぶーっ?」
真面目に話を聞いてみたら、その内容が頬が無くなるって事だもんね。僕もどうしてそう思ったのか分からないけど、同じ聖獣でも分からないんじゃ、もうしょうがないよ。
そんな分からない話を放っておいて、お土産をおねだりするあたり、カルキノスはドライだ。
君達はどうしてそんな個性豊かになったんだろうね。そんな君達と居ると、僕は困ってしまうよ。毎日が幸せでね。
「皆でお土産を食べよう!」
〈わーい〉
〈楽しみですね〉
周りに集まった聖獣達を見ながら、インベントリからお土産を取り出した。ポツンと離れていたアクリスは、僕を不思議そうに見詰めていたけども。
お土産はちゃんとアクリスも一緒に食べた。アクリスはイピリアと何か話をしながら、僕の方をチロチロと見ていた。
食べ終わってイピリアから聞いた話に僕はまた笑った。
アクリスは僕が大笑いをしているのを見て、僕が僕ではなくなったんじゃないかと疑っていたようだ。本当に、どうしてそういう考えに行き着くんだろうか。
聖獣達は僕が大笑いをすると戸惑う。前にカルキノスも、笑う僕を見て戸惑っていた。
僕は笑うとなかなか止まらないんだ。大笑いはそんなにしないけど。
「リーン様、いらっしゃいますか?」
部屋の扉をノックする音と、カールベニット先生の声が聞こえた。僕は慌てて扉を開けた。
「先生、父様との話は終わったのですか?」
「はい。報告は終わったのですが、誕生会の贈り物を何にしようかと悩んでいまして。今回はどのような贈り物がいいか、直接聞こうと思いまして」
先生は僕の部屋に入りながら、贈り物の相談をし始めた。
「ん? 誰かの誕生会を開くのですか?」
誰の誕生日なんだろう? こんな休みの時に誕生日なんて、パーティーは出来ないね。きっと友達は旅行とかで集まらないだろうし。僕は家族だけでいいんだけど。毎年家族がお祝いしてくれる――
ピタリと止まった僕の足。まさか、と思いながら先生を見た。
「え? リーン様の誕生会ですよね?」
先生はキョトンとして言った。
あー……僕、自分の誕生日も忘れてしまっていたか。
と言っても、いつものように身内だけで行われるんだから、特に何も問題は無い……はず。
「父様は……何か言っていましたか?」
「リーン様が十歳になる特別な日だから、盛大に祝うべきだろうか? と、仰りましたが……」
「嫌だああああっ!」
そんなの無理! 嫌だ! 自分が主役の催し物は、一切お断りします!
先生の言葉を遮った気がしなくもないんだけど、余りにも嫌で思いっきり「嫌だ」と言ってしまった。
いつもと同じ、身内だけでのパーティーがいい! あぁ、そうだ。聖獣達も居るんだし、知らない人は呼べないよ。先生もそう思いますよね? ね?
救いを求めてカールベニット先生を見る。
先生は手で口元を覆い、肩をフルフルと震わせながら僕を見ていた。僕の視線に気が付くと軽く咳払いをして、何事もなかったかのように話し出した。
「そう仰ると思いましたので、盛大な催しは避けた方が良いでしょうと、お伝えしておきましたよ」
「良かったー……目立つのは嫌なんだ。ただでさえ、僕の見た目は目立つのに……」
「私からはそう申し上げましたが……お決めになるのはアルフォンス様なので」
「うぅ……」
確かにそうだけど、今年も身内だけのパーティーがいいんだ。っていうか、ずっとそうでいいんだけども。
「それでですね、今年はどのような贈り物が良いでしょうか?」
「あー。えっと、うーんと……」
どうしよう? 特に欲しいものが無いや。今までは本や食べ物、靴とかペン立てとかを貰ったんだよね。今回も食べ物か本かなぁ?
先生の質問に唸りながら、何か思いつかないもんかと悩む。こういう時は「何でもいい」と答えると、より困らせてしまうと僕は知っている。
何故なら、困ると分かっていて兄様にはいつもそう答えているから。アワアワと慌てながら何にしよう? と困っている兄様を見たいから……と本人には言わないけれど、そう思ってはいる。
だって、兄様を困らせるのは楽しいんだもの。それに、一生懸命に考えてくれるから、正直それを見ているだけで僕は贈り物を貰った気がしている。弟を大切に思ってくれる、兄様の愛情という贈り物を。
でも、先生にそれをするのはちょっと違う気がするから、何か欲しいと言わなきゃならないんだ。
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