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3巻
3-3
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ふと、ジェンティーレ先生が僕の顔を覗き込んだ。
「本当に、ごめんなさいね……」
「い、いいえ! 僕が、弱いからで――」
「確かに、悪意への耐性が殆ど無かったように感じたわ。でもね、あたしがもっと少しずつやれば良かったのよ。だから、あたしが悪いの」
先生は膝を屈めて、僕の頭を優しく撫でながら話す。先生も優しい。僕の周りに居る人達は、やっぱり優しい。
さっきまで哀しみしか感じられなかったのに、今は人の、先生の優しさに心が癒されるように思った。
「突然流れて来た感情に、僕が上手く対応出来なかったんです。すみませんでした!」
やっとはっきり自分の気持ちが言えて、少し落ち着いた。
先生は微笑んで、僕の頭をぽんぽんと叩く。
イピリアは若干呆れ気味に言った。
〈確かにジェンティーレのやり方は駄目でしたね〉
「ごめんなさいね。貴方一瞬何処に飛んでったの?」
〈空ですよ 私がアレを消さなかったら 世界全てが哀しみに溢れ返ってましたよ〉
「げっ、それはヤバいわ! あたし、ジールフィア様から怒られちゃぅうううっ!」
がっくりと項垂れるジェンティーレ先生。イピリアがその肩へ飛び移り、てしてしと翼で先生の頭を叩いている。
僕はどうしたらいいんだろうかと、一瞬悩んでからイピリアを止めた。
「……イピリア」
〈はい 戻ります〉
呼ぶとすぐに帰って来たイピリアは、また僕の頬に擦り寄ってくれた。
先生は泣いた振りをしていた。涙も出てないのに、指で目元を拭う仕草をする。その芝居がかった行動で、張り詰めた緊張の糸が解けていく。
「良かったわぁ。先生のせいで君が暗い顔しちゃってたから」
僕の様子に安堵したらしい先生は、ピタリと泣く振りをやめた。
〈一瞬でも王国の全土に流れたのだから ジェンティーレは主様のお爺様へ報告してきなさい!〉
「やんっ! 痛いところを突かないでぇ」
どさりと座り込んで両足を揃え、また項垂れる先生。その動きも劇の一幕のようだ。
時折顔を上げて、チラチラと目配せをしてくる。何かを訴えているようなその視線。
僕は、どんな反応をしたらいいんだろうか?
先生の行動からは何も分からず、取り敢えず笑ってみた。
「そこは『大丈夫ですか?』とか優しい言葉をかけるところじゃないのぉぉぉお?」
えーん、えーんと泣き真似を再開する先生。
「そんなの分かるかぁああ!」
思わずツッコミを入れてしまった。この人、学園の先生だよね? 何処かの劇団員なんじゃないだろうか。
〈早く帰りたい アイスクリームが食べたいの〉
先生に関心が無いカルキノスは、ぼそりと呟いた。
それがとどめだったのか、ジェンティーレ先生は大きく肩を落とした。床に両手をつけ、所謂お姉さん座りをしながら。
†
リーンオルゴットが放った哀しみの感情は、遠くパエルレア領にも届いていた。
一瞬の出来事だったが、領主館の執務室に居たリーンオルゴットの従兄――ラッセルは経験した事のない感情に、大きく動揺した。側に居た少年――アダムも、同様の感情に困惑していた。
ラッセルとアダム。この二人はリーンオルゴットを敵視し、追い落としを図っている者達だった。
ラッセルはリーンオルゴットと同じく現国王を祖父とする、王位を狙う十四歳の少年。目的の障害となりそうな、祖父に溺愛されている従弟を排除し、ついでに豊かな恵みのあるルーナ領を奪おうと画策していた。普段はテールレア学園の高等部に通っている。
側に控えるアダムは、そんなラッセルの配下の少年だ。年はラッセルより三つ若い十一歳。主を王位に就かせるべく、もう一人の仲間・トーマスと共に、日々手足となって働いている。
今日は学園に行くのをサボり、二人で計画の準備を進めていた。そんな時に突然、哀しみの感情を覚えたのだ。
「ラッセル様、今のは一体……」
「分からない。何か良くない事が起こっているのかもしれない。トーマスに調査をさせるか」
「畏まりました。トーマスが戻り次第、そのように伝えます」
「計画の方に、問題は無いか?」
トーマスが調査で抜けるとなると、本来の計画が遅れはしないか。若干の不安を覚えたラッセルは、アダムに冷たい視線を向けて聞いた。
アダムはその視線を受けても笑顔を見せた。そして穏やかな口調で報告をした。
「問題はありません。順調に進んでいますので」
そんなアダムに、ラッセルはただ頷いた。
計画は順調に進んでいる。ただ、ラッセルは今しがた覚えた感情のせいで、少し不安になっていた。先程の動揺は、この計画に対する何かの警告ではないか。そんな疑念が芽生えつつあった。
しかしアダムの方は自信に溢れていた。彼は用意した手札に自信があり、そして成功を疑わなかった――
†
僕――リーンが帰る頃には、学園内は異様な騒ぎに陥っていた。それもそのはずだ。僕が流した哀しみの感情は、この国に居るほぼ全ての人を覆ってしまったのだから。
予期せぬ感情に襲われた驚きを、皆口々に語っていた。
申し訳無いと思うけれども、僕は足早に馬車に乗り込んだ。ジェンティーレ先生から早く帰るように言われていたからだ。
先程、教室から出てすぐに、僕とジェンティーレ先生は人に囲まれてしまった。魔法の実験に失敗したとソフィー先生に話したからだろう。
取り囲まれた時、先生は僕を庇うように隠してくれた。そして、早く立ち去るよう促された。なので言われた通りに、僕は先生を置いて家路についた。
家に帰ると、父様と母様も先程の事を話していた。
僕は二人に、自分のした事を伝えた。
「僕が先生との魔法の特訓中に、それを放ってしまったんです」
〈ジェンティーレのやり方が 主様には合わなかったのです〉
「それでも先生は、僕なら耐えられる……とお考えだったはずです」
僕の話を母様は悲痛な面持ちで聞いている。父様は、魔法の特訓という言葉に眉を顰めた。
「あの時の突然の哀しみは、リーンが感じた気持ちでしたのね……」
「その時の僕は、意識はありませんでしたが……」
母様の目から涙が零れる。父様は母様に寄り添いながら頷いた。
「あの感情は、とても辛かったな」
「ええ、あれがリーンの抱いた感情だと思うと尚更……」
そんなにも僕の流した哀しみは、辛いものだったのか。
〈僕も辛かったの 主の哀しいって感情が伝わってきて〉
カルキノスも同意するようにしみじみと言う。
「そっかぁ……」
〈ただでさえ哀しくなるのです あの感情が主様のものだと分かれば 主様を知る人は 誰でも涙を流すでしょうね〉
イピリアに言われて、僕は父様達がどうしてこんなに哀しんでいるのか、その理由がよく分かった。あの時と今とで、二度も哀しませてしまったんだ。
せめて場を明るくしようと、僕は笑う。
「父様、母様。僕はもう大丈夫ですよ?」
「そうだな。今のリーンは、哀しそうには見えんな」
「そうね。ごめんなさい、泣いてしまって。リーンがもう大丈夫ならば、構わないのよ」
「元気いっぱいですよ!」
両手を広げてワタワタと動かす。そして力こぶを作る真似をして見せた(実際には出来なかったけど)。
〈じゃあ アイスクリーム食べよう?〉
〈カルキノスはそればかりですね〉
「ふふふ!」
父様と母様から笑みが零れた。さっきはとても辛そうでどうしようかと思ったけど、もう大丈夫みたいだ。仲良く笑う姿に安心した。
僕は張り切ってカルキノスに声を掛ける。
「さて、ポーションも作らないとね!」
〈僕のお仕事だけど アイスクリームが先ね〉
「先にポーションにしようよ~」
〈アイスクリームが先なの〉
〈ほっほっほ〉
父様と母様は僕達を見て微笑んでいる。仲良しなのは、僕達もだよね!
和やかな雰囲気の中、父様と母様に「部屋に行ってきます」と告げた。
「余り遅くまでやらないようにな? 今日は早く寝るんだぞ」
「はーいっ!」
〈はーいっ〉
僕の真似をしたカルキノスと、イピリアを連れて部屋に向かう。
今日もポーションは作っておかないとね。
夕食までポーションを作り、その日は早めに就寝した。
暑い……
寝苦しい、体が重い。
早めに眠った僕だったが、夜中に暑いのと重いのとで目を覚ました。
「今、何時だろう」
ぼんやりとした頭で布団を掛け直そうとする。だが、布団はピクリとも動かない。それに、体の身動きが取れなかった。
一瞬、ジェンティーレ先生との特訓のせいで、体に何か異常が起きたのかと考えた。
僕の体から流れ出たという、哀しみの感情。あれのせいで、体が重くて動けないんじゃ?
「ど、どうしよう」
まだ頭はハッキリしないけど、取り敢えず目を開ける。僕の目には暗い闇しか見えなかった。
カーテンもキッチリ閉めているから、暗闇なのは仕方ない。けれども、何かがおかしい。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。次第に暗闇に目が慣れてくる。
「カルキノス? イピリア? アクリス?」
いつも僕の側で寝ている聖獣達を探す。
しかし、探そうにも手も足も動かない。
これは相当ヤバいのかも?
「っ!」
突然耳元に生温い風を感じて驚く。完全に意識が覚醒した。そんな僕の耳に、寝息の音が聞こえてきた。
それは何処かで聞いた事のある寝息だった。プープーという音を立てている……これは、アクリスの寝息だ!
そして、ようやく自分の状況を把握した。
僕の上で大きな姿をしたアクリスが寝ていたのだ。
ガッツリ全身を押さえつけられて、身動き一つ取れやしない!
大きな姿のアクリスは、両手両足をぐでんと伸ばしていた。僕の体は顔以外、アクリスに覆われている。そして僕の頭のすぐ近くにあったアクリスの顔から、生温い寝息が吹き出ている。
視界が真っ暗だったのも、アクリスの体が塞いでいたからか!
状況は理解したけど、物凄く重いのは変わらない。
「アクリス、アクリス、起きてよ」
ふぅーっと顔に息を吹き掛けて、アクリスを起こそうとする。
結構な至近距離なのに、無反応だ。
何故、大きな姿になっているのか。そして何故僕の上に寝てるんだろうか?
「アークーリースー!」
〈ん われ の〉
何か寝言を言ってる。これは、もう少しで起きるんじゃ?
唯一動かせる頭を、必死に右へ左へと振る。
「アクリス~、起きて~」
〈んん ん?〉
僕のおかしな動きで、ようやく起きたみたい。お願いだ、そろそろどいて欲しい。
「アクリス、苦しいよぉ」
〈あ る じ? 主すまん! 乗っていたか〉
気が付いたアクリスは、ごろんと横に転がってくれた。アクリスの動きでベッドが揺れる。
どうやらベッドが柔らかかったお陰で、アクリスの重さに耐えられたようだ。
僕の体がふっと軽くなった。やっと動ける。自由に動く手足にホッとした。
潰れて死ぬなんて、冗談じゃないやい。
「久しぶりだね、アクリス。どうかしたの?」
〈それは我の言葉だ 主が心配で様子を見に来たのだ だが寝顔を見ていたら我も寝てしまったわ〉
「えっ?」
どうやら僕を心配してくれていたらしい。
ふと他の二匹を探すと、アクリスと反対側に居たけれど、僕からは大分離れていて驚いた。いつもはすぐ側で寝ているのに。
アクリスがどけちゃったのかな? 僕を独り占めしたいなんて、アクリスにも可愛いところがあるよね。
†
「誕生日会?」
「そう。ナタリーのお誕生日会ね」
通常科目の授業を終えて、使われていない教室に集まった僕とヴィー、それにノエル。ちなみにこの後、リアムも合流する予定だ。
ノエルは僕と専攻科目が全て同じ、銀髪の女の子。リアムは槍術などを得意とする、体育会系な男の子だ。二人とも僕等仲良しグループの一員だ。
今日はどんな話になるのかと思っていた矢先、ナタリーの誕生日会をしたいとノエルから提案があった。
ナタリーもこのグループの一員だ。サルエロ王国からやって来た、黒髪の女の子。この世界だと黒は忌避される色だから、苦労が絶えないらしい。僕は綺麗だと思うんだけどなあ……
「誕生日会って、贈り物を渡したりするアレだよね?」
「そうそう! 友達からの贈り物って、感動するじゃない!」
「感動……」
僕が確認すると、ヴィーが元気いっぱいに答えた。彼女の表情は、まるで自分の誕生日会のように浮かれている。あれやこれやと語り出し、とうとう寸劇を始めた。
「こうやって、『お誕生日おめでとうっ! はいっ』『えっ、これを私に?』『ナタリーに似合うと思って』『ありがとうヴィー! とても嬉しい!』……って、涙を流すアレよ!」
片足を椅子に乗せ、息を切らしながらガッツポーズをするヴィー。一人二役、お疲れ様です。
でも一つ突っ込ませてもらうと、ナタリーはそんな風には話さない。きっとノエルの後ろに隠れて、こっそり涙ぐむ感じだと僕は思う。
するとノエルも同じ思いだったのか、首を傾げて言った。
「まぁ、ナタリーはそんなに激しく言葉には表さないと思うけど……ヴィーじゃないから」
「なんっでよ⁉ 皆これぐらい喜ぶもんでしょ⁉」
ヴィーには悪いけど、僕もノエルの言葉に一票を投じたい。
それはともかく、ナタリーの誕生日会をするのには賛成だ。僕ももう少し仲良くなりたいからね。彼女に話しかけると、いつもノエルの後ろに隠れてしまい、会話が余り続かないんだ。
早速話を進めたいところだけど……その前に、ヴィーが唇を尖らせているので、ちょっと慰めておかないと。
「うん。ヴィーならきっと、そうやって喜んでくれるんだよね。それも見たいから、ヴィーのお誕生日会もやろう?」
「やったーっ! って、まだ先なんだけど、そうだと嬉しい!」
ヴィーの表情がパッと明るくなる。切り替えの早さに僕は少し苦笑した。
「贈り物は期待しないでね」
「そう言われると……逆に凄いのを期待しちゃうわっ!」
「え? 何でぇ?」
「リーンからの贈り物でしょ? 凄いに決まってるもんね!」
「そんなぁ~」
我ながら、プレゼントのセンスは無いと思うんだ。贈り物を作れるスキルとかあればなあ。
思いっ切りキラキラした瞳を向けられると、とても困ります。
やいのやいのと話していると、ノエルが言った。
「ナタリーへの贈り物は強制じゃないから」
「いや、贈り物はしたいなぁ」
「じゃあ、リーンも参加ねっ!」
ノエルは僕を心配してくれたみたいだけど、ナタリーが喜ぶ姿は見たいんだ。だから、プレゼントはさせて欲しいです。センスは皆無だけど!
誕生日会かぁ、ん? あれ? 何処でやるのかな?
ナタリーが住んでいる教会とか?
そう尋ねると、ノエルが候補を上げてくれた。
「何処かのお店か、皆が嫌じゃなければ……教会にある一室を借りようかと思ってる」
「私は何処でもいいんだけどね!」
「どっちがいいかな? お店なら貸し切りとかかな」
「それはちょっと厳しい。貸し切りに出来る程のお金は無いから」
「あぁ、ごめん」
すっかり忘れていたよ、お金の事を。僕達子供だけで開く誕生日会ってなると、お店の貸し切りは無理か。教会でもいいんだけど、邪魔にならないかな?
そう聞くと、ノエルは首を横に振った。そして申し訳無さそうに言う。
「ナタリーも私もクリスト領に住んでるから、教会でやるなら、皆には悪いけどそこまで来てもらうしか……」
「クリスト領……」
ん? どっかで聞いた事のある領地の名だ。
何処で聞いたんだっけ? それとも看板とかで見たのかな?
「学園の近くのお店って、高いもんね~。貸し切りは無理無理! そんなに離れてないし、私は教会でも大丈夫♪」
「僕も馬車があるし、行くのは大丈夫なんだけど」
クリスト領が引っかかる。何処かで聞いたんだけどなぁ。駄目だ、忘れっぽい僕には思い出せそうにない!
【あそこは緑豊かな領地ですね 外出する時によく空から見ます】
【僕も行きたい アイスクリーム食べる】
いや、アイスクリームが出るとは思わないんだけど。
でも緑豊かな領地かぁ。いいね! 空気が綺麗そうだよね!
僕がイピリアにうんうんと頷いていると、ヴィーが気になる事を言った。
「リアムが何とかしてくれるといいんだけどね~」
「ん?」
え、リアムが何かしてくれるの?
「まだ話してないから……」
ノエルはヴィーの発言の意味が分かっているらしく、普通に答えている。
僕は首を傾げて二人を見る。二人とも何でリアムの事を?
そこへ、当の本人が現れた。
「悪い、遅くなった」
「待ってました~♪ よっ! 領主様」
「ヴィー、まだ話してないから」
教室に慌てて入って来たリアムに、ヴィーが駆け寄ってはしゃぐ。ノエルは焦った様子で、それを止めにかかっている。
「リーンも、待たせたか?」
「全然大丈夫だよ」
こちらへ歩いて来たリアムは、僕の隣に座る。申し訳無さそうにするリアムに、僕は笑顔で答えた。
「リアム様~、折り入ってお話があるんですが」
「さ、様って、頭でも打ったのか? ヴィー」
ニヤニヤと笑うヴィーに、やや引いているリアム。
そのやり取りを見ていて、僕はやっと気が付いた。
クリスト領って、リアムのお父さんが領主をしている土地じゃんか!
ヴィーの奴、さてはクリスト領内にあるお店を、安く借りられないかと交渉をする気だな。
これはヴィーの商人としての腕の見せ所だね! 僕は上手く行くように祈っとくよ。
【じゃあ僕も祈るの】
【主様の祈りは効き過ぎるのではないですかね】
……祈ろうと思ったけど、何か起こったら怖いからやめときます!
あの後、ヴィーの話を聞いたリアムは、折角クリスト領に来てくれるんだからと、領主の館にある一室を貸し出すと言ってくれた。誕生日までは残り二週間。楽しみだなぁ。
さて、僕は家で変わらずポーションを作っている。
ルーナ領のゴタゴタも大分落ち着いてきた。父様と母様、そして兄様と姉様、それにアクリスも頑張ってくれたからなのかな。
どうなるかと思ったけど、全員で力を合わせて窮地を脱出だ!
そう息巻く僕に、カルキノスがさっと小瓶を差し出す。
〈主 これ最後のポーション〉
「はいっ! カルキノスもありがとうね」
〈アイスクリーム食べさせて〉
「勿論だよ~」
毎日食べてるのに、まだ食べ足りないらしい。
本当に可愛い子だ……「子」と言っても、今はでっかい姿なんだけど。
でっかくても、その毛は大好きだけどね。
〈毛だけなの?〉
「全て大好きです」
〈ほっほっほ〉
カルキノスの問いに即座に答える。イピリアは僕の即答ぶりに笑っていた。
危ない危ない。聖獣は僕の心が読めるからね。危うく僕の毛フェチっぷりを指摘されるところだった。勿論、カルキノスの全てが大好きですとも。
三匹共同じくらい大好きだよ!
〈アイスクリーム〉
「お疲れ様。ふふふ」
小さな姿に変わると、僕の方に近寄ってくる。つぶらな瞳を向けてきて首を傾げるものだから、思わず抱き寄せてしまった。
腕の中で大人しくしている姿は、まるで真っ白なテディベア。愛らしくて愛おしい。そして、手に伝わるしっかりとした毛触りにニヤける。
〈アイスクリーム!〉
「はいっ!」
インベントリからサッとお皿に乗ったアイスクリームを取り出し、カルキノスに食べさせる。
この時の、口を開けて待っている姿もとても可愛い。スプーンで掬って口に入れると、ムニムニと頬が動く。
あぁ、可愛い。カルキノスの愛らしさに、僕の視線は釘付けだ。
〈ふふふ〉
「ん?」
食べながら笑うから、気になるじゃんか。カルキノスをじっと見詰めると、両手で口を押さえて震え出した。
側で見ていたイピリアが、溜め息混じりに言う。
〈主様のお尻に薬草がある事を 教えてあげなさい〉
「えっ⁉」
僕はどうやら薬草をお尻にくっつけたまま座っていたらしい。お尻にペタリとくっついてる薬草を、体を捻って剥がす。
「この薬草、いつ付いたんだろう?」
〈あのですね それは先程主様が座る時に カルキノスが置きました〉
〈くふふ〉
「うわー……」
ブラックカルキノス……僕に悪戯をして笑ってたのか。なんて子なんだ。
「本当に、ごめんなさいね……」
「い、いいえ! 僕が、弱いからで――」
「確かに、悪意への耐性が殆ど無かったように感じたわ。でもね、あたしがもっと少しずつやれば良かったのよ。だから、あたしが悪いの」
先生は膝を屈めて、僕の頭を優しく撫でながら話す。先生も優しい。僕の周りに居る人達は、やっぱり優しい。
さっきまで哀しみしか感じられなかったのに、今は人の、先生の優しさに心が癒されるように思った。
「突然流れて来た感情に、僕が上手く対応出来なかったんです。すみませんでした!」
やっとはっきり自分の気持ちが言えて、少し落ち着いた。
先生は微笑んで、僕の頭をぽんぽんと叩く。
イピリアは若干呆れ気味に言った。
〈確かにジェンティーレのやり方は駄目でしたね〉
「ごめんなさいね。貴方一瞬何処に飛んでったの?」
〈空ですよ 私がアレを消さなかったら 世界全てが哀しみに溢れ返ってましたよ〉
「げっ、それはヤバいわ! あたし、ジールフィア様から怒られちゃぅうううっ!」
がっくりと項垂れるジェンティーレ先生。イピリアがその肩へ飛び移り、てしてしと翼で先生の頭を叩いている。
僕はどうしたらいいんだろうかと、一瞬悩んでからイピリアを止めた。
「……イピリア」
〈はい 戻ります〉
呼ぶとすぐに帰って来たイピリアは、また僕の頬に擦り寄ってくれた。
先生は泣いた振りをしていた。涙も出てないのに、指で目元を拭う仕草をする。その芝居がかった行動で、張り詰めた緊張の糸が解けていく。
「良かったわぁ。先生のせいで君が暗い顔しちゃってたから」
僕の様子に安堵したらしい先生は、ピタリと泣く振りをやめた。
〈一瞬でも王国の全土に流れたのだから ジェンティーレは主様のお爺様へ報告してきなさい!〉
「やんっ! 痛いところを突かないでぇ」
どさりと座り込んで両足を揃え、また項垂れる先生。その動きも劇の一幕のようだ。
時折顔を上げて、チラチラと目配せをしてくる。何かを訴えているようなその視線。
僕は、どんな反応をしたらいいんだろうか?
先生の行動からは何も分からず、取り敢えず笑ってみた。
「そこは『大丈夫ですか?』とか優しい言葉をかけるところじゃないのぉぉぉお?」
えーん、えーんと泣き真似を再開する先生。
「そんなの分かるかぁああ!」
思わずツッコミを入れてしまった。この人、学園の先生だよね? 何処かの劇団員なんじゃないだろうか。
〈早く帰りたい アイスクリームが食べたいの〉
先生に関心が無いカルキノスは、ぼそりと呟いた。
それがとどめだったのか、ジェンティーレ先生は大きく肩を落とした。床に両手をつけ、所謂お姉さん座りをしながら。
†
リーンオルゴットが放った哀しみの感情は、遠くパエルレア領にも届いていた。
一瞬の出来事だったが、領主館の執務室に居たリーンオルゴットの従兄――ラッセルは経験した事のない感情に、大きく動揺した。側に居た少年――アダムも、同様の感情に困惑していた。
ラッセルとアダム。この二人はリーンオルゴットを敵視し、追い落としを図っている者達だった。
ラッセルはリーンオルゴットと同じく現国王を祖父とする、王位を狙う十四歳の少年。目的の障害となりそうな、祖父に溺愛されている従弟を排除し、ついでに豊かな恵みのあるルーナ領を奪おうと画策していた。普段はテールレア学園の高等部に通っている。
側に控えるアダムは、そんなラッセルの配下の少年だ。年はラッセルより三つ若い十一歳。主を王位に就かせるべく、もう一人の仲間・トーマスと共に、日々手足となって働いている。
今日は学園に行くのをサボり、二人で計画の準備を進めていた。そんな時に突然、哀しみの感情を覚えたのだ。
「ラッセル様、今のは一体……」
「分からない。何か良くない事が起こっているのかもしれない。トーマスに調査をさせるか」
「畏まりました。トーマスが戻り次第、そのように伝えます」
「計画の方に、問題は無いか?」
トーマスが調査で抜けるとなると、本来の計画が遅れはしないか。若干の不安を覚えたラッセルは、アダムに冷たい視線を向けて聞いた。
アダムはその視線を受けても笑顔を見せた。そして穏やかな口調で報告をした。
「問題はありません。順調に進んでいますので」
そんなアダムに、ラッセルはただ頷いた。
計画は順調に進んでいる。ただ、ラッセルは今しがた覚えた感情のせいで、少し不安になっていた。先程の動揺は、この計画に対する何かの警告ではないか。そんな疑念が芽生えつつあった。
しかしアダムの方は自信に溢れていた。彼は用意した手札に自信があり、そして成功を疑わなかった――
†
僕――リーンが帰る頃には、学園内は異様な騒ぎに陥っていた。それもそのはずだ。僕が流した哀しみの感情は、この国に居るほぼ全ての人を覆ってしまったのだから。
予期せぬ感情に襲われた驚きを、皆口々に語っていた。
申し訳無いと思うけれども、僕は足早に馬車に乗り込んだ。ジェンティーレ先生から早く帰るように言われていたからだ。
先程、教室から出てすぐに、僕とジェンティーレ先生は人に囲まれてしまった。魔法の実験に失敗したとソフィー先生に話したからだろう。
取り囲まれた時、先生は僕を庇うように隠してくれた。そして、早く立ち去るよう促された。なので言われた通りに、僕は先生を置いて家路についた。
家に帰ると、父様と母様も先程の事を話していた。
僕は二人に、自分のした事を伝えた。
「僕が先生との魔法の特訓中に、それを放ってしまったんです」
〈ジェンティーレのやり方が 主様には合わなかったのです〉
「それでも先生は、僕なら耐えられる……とお考えだったはずです」
僕の話を母様は悲痛な面持ちで聞いている。父様は、魔法の特訓という言葉に眉を顰めた。
「あの時の突然の哀しみは、リーンが感じた気持ちでしたのね……」
「その時の僕は、意識はありませんでしたが……」
母様の目から涙が零れる。父様は母様に寄り添いながら頷いた。
「あの感情は、とても辛かったな」
「ええ、あれがリーンの抱いた感情だと思うと尚更……」
そんなにも僕の流した哀しみは、辛いものだったのか。
〈僕も辛かったの 主の哀しいって感情が伝わってきて〉
カルキノスも同意するようにしみじみと言う。
「そっかぁ……」
〈ただでさえ哀しくなるのです あの感情が主様のものだと分かれば 主様を知る人は 誰でも涙を流すでしょうね〉
イピリアに言われて、僕は父様達がどうしてこんなに哀しんでいるのか、その理由がよく分かった。あの時と今とで、二度も哀しませてしまったんだ。
せめて場を明るくしようと、僕は笑う。
「父様、母様。僕はもう大丈夫ですよ?」
「そうだな。今のリーンは、哀しそうには見えんな」
「そうね。ごめんなさい、泣いてしまって。リーンがもう大丈夫ならば、構わないのよ」
「元気いっぱいですよ!」
両手を広げてワタワタと動かす。そして力こぶを作る真似をして見せた(実際には出来なかったけど)。
〈じゃあ アイスクリーム食べよう?〉
〈カルキノスはそればかりですね〉
「ふふふ!」
父様と母様から笑みが零れた。さっきはとても辛そうでどうしようかと思ったけど、もう大丈夫みたいだ。仲良く笑う姿に安心した。
僕は張り切ってカルキノスに声を掛ける。
「さて、ポーションも作らないとね!」
〈僕のお仕事だけど アイスクリームが先ね〉
「先にポーションにしようよ~」
〈アイスクリームが先なの〉
〈ほっほっほ〉
父様と母様は僕達を見て微笑んでいる。仲良しなのは、僕達もだよね!
和やかな雰囲気の中、父様と母様に「部屋に行ってきます」と告げた。
「余り遅くまでやらないようにな? 今日は早く寝るんだぞ」
「はーいっ!」
〈はーいっ〉
僕の真似をしたカルキノスと、イピリアを連れて部屋に向かう。
今日もポーションは作っておかないとね。
夕食までポーションを作り、その日は早めに就寝した。
暑い……
寝苦しい、体が重い。
早めに眠った僕だったが、夜中に暑いのと重いのとで目を覚ました。
「今、何時だろう」
ぼんやりとした頭で布団を掛け直そうとする。だが、布団はピクリとも動かない。それに、体の身動きが取れなかった。
一瞬、ジェンティーレ先生との特訓のせいで、体に何か異常が起きたのかと考えた。
僕の体から流れ出たという、哀しみの感情。あれのせいで、体が重くて動けないんじゃ?
「ど、どうしよう」
まだ頭はハッキリしないけど、取り敢えず目を開ける。僕の目には暗い闇しか見えなかった。
カーテンもキッチリ閉めているから、暗闇なのは仕方ない。けれども、何かがおかしい。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。次第に暗闇に目が慣れてくる。
「カルキノス? イピリア? アクリス?」
いつも僕の側で寝ている聖獣達を探す。
しかし、探そうにも手も足も動かない。
これは相当ヤバいのかも?
「っ!」
突然耳元に生温い風を感じて驚く。完全に意識が覚醒した。そんな僕の耳に、寝息の音が聞こえてきた。
それは何処かで聞いた事のある寝息だった。プープーという音を立てている……これは、アクリスの寝息だ!
そして、ようやく自分の状況を把握した。
僕の上で大きな姿をしたアクリスが寝ていたのだ。
ガッツリ全身を押さえつけられて、身動き一つ取れやしない!
大きな姿のアクリスは、両手両足をぐでんと伸ばしていた。僕の体は顔以外、アクリスに覆われている。そして僕の頭のすぐ近くにあったアクリスの顔から、生温い寝息が吹き出ている。
視界が真っ暗だったのも、アクリスの体が塞いでいたからか!
状況は理解したけど、物凄く重いのは変わらない。
「アクリス、アクリス、起きてよ」
ふぅーっと顔に息を吹き掛けて、アクリスを起こそうとする。
結構な至近距離なのに、無反応だ。
何故、大きな姿になっているのか。そして何故僕の上に寝てるんだろうか?
「アークーリースー!」
〈ん われ の〉
何か寝言を言ってる。これは、もう少しで起きるんじゃ?
唯一動かせる頭を、必死に右へ左へと振る。
「アクリス~、起きて~」
〈んん ん?〉
僕のおかしな動きで、ようやく起きたみたい。お願いだ、そろそろどいて欲しい。
「アクリス、苦しいよぉ」
〈あ る じ? 主すまん! 乗っていたか〉
気が付いたアクリスは、ごろんと横に転がってくれた。アクリスの動きでベッドが揺れる。
どうやらベッドが柔らかかったお陰で、アクリスの重さに耐えられたようだ。
僕の体がふっと軽くなった。やっと動ける。自由に動く手足にホッとした。
潰れて死ぬなんて、冗談じゃないやい。
「久しぶりだね、アクリス。どうかしたの?」
〈それは我の言葉だ 主が心配で様子を見に来たのだ だが寝顔を見ていたら我も寝てしまったわ〉
「えっ?」
どうやら僕を心配してくれていたらしい。
ふと他の二匹を探すと、アクリスと反対側に居たけれど、僕からは大分離れていて驚いた。いつもはすぐ側で寝ているのに。
アクリスがどけちゃったのかな? 僕を独り占めしたいなんて、アクリスにも可愛いところがあるよね。
†
「誕生日会?」
「そう。ナタリーのお誕生日会ね」
通常科目の授業を終えて、使われていない教室に集まった僕とヴィー、それにノエル。ちなみにこの後、リアムも合流する予定だ。
ノエルは僕と専攻科目が全て同じ、銀髪の女の子。リアムは槍術などを得意とする、体育会系な男の子だ。二人とも僕等仲良しグループの一員だ。
今日はどんな話になるのかと思っていた矢先、ナタリーの誕生日会をしたいとノエルから提案があった。
ナタリーもこのグループの一員だ。サルエロ王国からやって来た、黒髪の女の子。この世界だと黒は忌避される色だから、苦労が絶えないらしい。僕は綺麗だと思うんだけどなあ……
「誕生日会って、贈り物を渡したりするアレだよね?」
「そうそう! 友達からの贈り物って、感動するじゃない!」
「感動……」
僕が確認すると、ヴィーが元気いっぱいに答えた。彼女の表情は、まるで自分の誕生日会のように浮かれている。あれやこれやと語り出し、とうとう寸劇を始めた。
「こうやって、『お誕生日おめでとうっ! はいっ』『えっ、これを私に?』『ナタリーに似合うと思って』『ありがとうヴィー! とても嬉しい!』……って、涙を流すアレよ!」
片足を椅子に乗せ、息を切らしながらガッツポーズをするヴィー。一人二役、お疲れ様です。
でも一つ突っ込ませてもらうと、ナタリーはそんな風には話さない。きっとノエルの後ろに隠れて、こっそり涙ぐむ感じだと僕は思う。
するとノエルも同じ思いだったのか、首を傾げて言った。
「まぁ、ナタリーはそんなに激しく言葉には表さないと思うけど……ヴィーじゃないから」
「なんっでよ⁉ 皆これぐらい喜ぶもんでしょ⁉」
ヴィーには悪いけど、僕もノエルの言葉に一票を投じたい。
それはともかく、ナタリーの誕生日会をするのには賛成だ。僕ももう少し仲良くなりたいからね。彼女に話しかけると、いつもノエルの後ろに隠れてしまい、会話が余り続かないんだ。
早速話を進めたいところだけど……その前に、ヴィーが唇を尖らせているので、ちょっと慰めておかないと。
「うん。ヴィーならきっと、そうやって喜んでくれるんだよね。それも見たいから、ヴィーのお誕生日会もやろう?」
「やったーっ! って、まだ先なんだけど、そうだと嬉しい!」
ヴィーの表情がパッと明るくなる。切り替えの早さに僕は少し苦笑した。
「贈り物は期待しないでね」
「そう言われると……逆に凄いのを期待しちゃうわっ!」
「え? 何でぇ?」
「リーンからの贈り物でしょ? 凄いに決まってるもんね!」
「そんなぁ~」
我ながら、プレゼントのセンスは無いと思うんだ。贈り物を作れるスキルとかあればなあ。
思いっ切りキラキラした瞳を向けられると、とても困ります。
やいのやいのと話していると、ノエルが言った。
「ナタリーへの贈り物は強制じゃないから」
「いや、贈り物はしたいなぁ」
「じゃあ、リーンも参加ねっ!」
ノエルは僕を心配してくれたみたいだけど、ナタリーが喜ぶ姿は見たいんだ。だから、プレゼントはさせて欲しいです。センスは皆無だけど!
誕生日会かぁ、ん? あれ? 何処でやるのかな?
ナタリーが住んでいる教会とか?
そう尋ねると、ノエルが候補を上げてくれた。
「何処かのお店か、皆が嫌じゃなければ……教会にある一室を借りようかと思ってる」
「私は何処でもいいんだけどね!」
「どっちがいいかな? お店なら貸し切りとかかな」
「それはちょっと厳しい。貸し切りに出来る程のお金は無いから」
「あぁ、ごめん」
すっかり忘れていたよ、お金の事を。僕達子供だけで開く誕生日会ってなると、お店の貸し切りは無理か。教会でもいいんだけど、邪魔にならないかな?
そう聞くと、ノエルは首を横に振った。そして申し訳無さそうに言う。
「ナタリーも私もクリスト領に住んでるから、教会でやるなら、皆には悪いけどそこまで来てもらうしか……」
「クリスト領……」
ん? どっかで聞いた事のある領地の名だ。
何処で聞いたんだっけ? それとも看板とかで見たのかな?
「学園の近くのお店って、高いもんね~。貸し切りは無理無理! そんなに離れてないし、私は教会でも大丈夫♪」
「僕も馬車があるし、行くのは大丈夫なんだけど」
クリスト領が引っかかる。何処かで聞いたんだけどなぁ。駄目だ、忘れっぽい僕には思い出せそうにない!
【あそこは緑豊かな領地ですね 外出する時によく空から見ます】
【僕も行きたい アイスクリーム食べる】
いや、アイスクリームが出るとは思わないんだけど。
でも緑豊かな領地かぁ。いいね! 空気が綺麗そうだよね!
僕がイピリアにうんうんと頷いていると、ヴィーが気になる事を言った。
「リアムが何とかしてくれるといいんだけどね~」
「ん?」
え、リアムが何かしてくれるの?
「まだ話してないから……」
ノエルはヴィーの発言の意味が分かっているらしく、普通に答えている。
僕は首を傾げて二人を見る。二人とも何でリアムの事を?
そこへ、当の本人が現れた。
「悪い、遅くなった」
「待ってました~♪ よっ! 領主様」
「ヴィー、まだ話してないから」
教室に慌てて入って来たリアムに、ヴィーが駆け寄ってはしゃぐ。ノエルは焦った様子で、それを止めにかかっている。
「リーンも、待たせたか?」
「全然大丈夫だよ」
こちらへ歩いて来たリアムは、僕の隣に座る。申し訳無さそうにするリアムに、僕は笑顔で答えた。
「リアム様~、折り入ってお話があるんですが」
「さ、様って、頭でも打ったのか? ヴィー」
ニヤニヤと笑うヴィーに、やや引いているリアム。
そのやり取りを見ていて、僕はやっと気が付いた。
クリスト領って、リアムのお父さんが領主をしている土地じゃんか!
ヴィーの奴、さてはクリスト領内にあるお店を、安く借りられないかと交渉をする気だな。
これはヴィーの商人としての腕の見せ所だね! 僕は上手く行くように祈っとくよ。
【じゃあ僕も祈るの】
【主様の祈りは効き過ぎるのではないですかね】
……祈ろうと思ったけど、何か起こったら怖いからやめときます!
あの後、ヴィーの話を聞いたリアムは、折角クリスト領に来てくれるんだからと、領主の館にある一室を貸し出すと言ってくれた。誕生日までは残り二週間。楽しみだなぁ。
さて、僕は家で変わらずポーションを作っている。
ルーナ領のゴタゴタも大分落ち着いてきた。父様と母様、そして兄様と姉様、それにアクリスも頑張ってくれたからなのかな。
どうなるかと思ったけど、全員で力を合わせて窮地を脱出だ!
そう息巻く僕に、カルキノスがさっと小瓶を差し出す。
〈主 これ最後のポーション〉
「はいっ! カルキノスもありがとうね」
〈アイスクリーム食べさせて〉
「勿論だよ~」
毎日食べてるのに、まだ食べ足りないらしい。
本当に可愛い子だ……「子」と言っても、今はでっかい姿なんだけど。
でっかくても、その毛は大好きだけどね。
〈毛だけなの?〉
「全て大好きです」
〈ほっほっほ〉
カルキノスの問いに即座に答える。イピリアは僕の即答ぶりに笑っていた。
危ない危ない。聖獣は僕の心が読めるからね。危うく僕の毛フェチっぷりを指摘されるところだった。勿論、カルキノスの全てが大好きですとも。
三匹共同じくらい大好きだよ!
〈アイスクリーム〉
「お疲れ様。ふふふ」
小さな姿に変わると、僕の方に近寄ってくる。つぶらな瞳を向けてきて首を傾げるものだから、思わず抱き寄せてしまった。
腕の中で大人しくしている姿は、まるで真っ白なテディベア。愛らしくて愛おしい。そして、手に伝わるしっかりとした毛触りにニヤける。
〈アイスクリーム!〉
「はいっ!」
インベントリからサッとお皿に乗ったアイスクリームを取り出し、カルキノスに食べさせる。
この時の、口を開けて待っている姿もとても可愛い。スプーンで掬って口に入れると、ムニムニと頬が動く。
あぁ、可愛い。カルキノスの愛らしさに、僕の視線は釘付けだ。
〈ふふふ〉
「ん?」
食べながら笑うから、気になるじゃんか。カルキノスをじっと見詰めると、両手で口を押さえて震え出した。
側で見ていたイピリアが、溜め息混じりに言う。
〈主様のお尻に薬草がある事を 教えてあげなさい〉
「えっ⁉」
僕はどうやら薬草をお尻にくっつけたまま座っていたらしい。お尻にペタリとくっついてる薬草を、体を捻って剥がす。
「この薬草、いつ付いたんだろう?」
〈あのですね それは先程主様が座る時に カルキノスが置きました〉
〈くふふ〉
「うわー……」
ブラックカルキノス……僕に悪戯をして笑ってたのか。なんて子なんだ。
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