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3巻
3-2
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〈我だって 離れるのは……寂しい……のだ〉
「うん。そう言ってくれてありがとうね」
〈しかし主の家族が困っているのであれば手伝わねば 我らも領主なのだからな!〉
「はい。僕も領主の一員です」
〈それなら私は秘書となりましょうかね〉
「イピリアも、ごめんね。ありがとう」
いつものように頬に擦り寄ってくれるイピリア。
寂しがってる場合じゃないんだ。
落ち着いたら、いつもの日々が戻ってくるんだから、それまで我慢だ。
「アクリス、行ってらっしゃい」
僕の腕から下りて走り去るアクリスを見送る。
さて、僕もポーション作りをしよう。
アクリスに一喝されて、目が覚めた気分だ。
〈カルキノスが大きな鍋で作っている と話していましたから 主は小瓶に入れて錬成しましょう〉
「はい!」
イピリアを肩に乗せて、作業部屋へ向かう。
部屋の扉を開くと、大きな姿でポーションを作ってるカルキノスが居た。
「遅くなってごめん。ポーション作り、ありがとうね」
謝ったり御礼を言ったり、今日はその繰り返しだ。
僕が言われるくらいにならないと!
自分の未熟さが嫌になるけど、その反省は後回しにしよう。
〈ううん 主のお願いだから〉
「僕もすぐに取り掛かるから!」
ゆっくりと作業をするカルキノス。鍋をかき混ぜているようだ。
睡眠時間を削ってでも、この鍋にあるポーションを完成させよう。
〈主 なんかあったの? 雰囲気が違うよ〉
僕を心配してくれるカルキノスに、グッと涙を堪える。
僕の周りは、いつも優しさで溢れている。でも、今はその優しさに甘えちゃ駄目だ。
「大丈夫だよ。今、やる気に満ちているところなの!」
〈何だか凛々しくなったね〉
「まだまだ駄目主だけどね」
話しながら自分でも手を動かす。薬をおたまで掬って、小瓶に入れる。それを片手で握って錬成していく。
カルキノスが一生懸命作った薬だ。一つ一つ大切にしよう。
〈はい 次をください〉
「はい!」
僕の手から離れたポーションを、イピリアが箱に入れてくれる。
こうして次々とポーションを作り上げていく。
これが誰かに使われる事が無いように――誰も傷付く事が無いように、と僕は願った。
†
あれから数日過ごしてみて、アクリスが側に居ない事にも慣れてきた気がする。
物足りなさは感じるけど、学園もあるし、家ではポーション作りに追われているから、何とか気を紛らわせる事が出来ているのかも。
領内では、聖獣が現れた事がもう噂になっている。領民には聖獣が僕の家に居る事は秘密にしているので、ルーナ領の危機を感じてアクリスが現れた……という設定で動いているらしい。
【気配は感じるんだけど 主のお姉様の所に居るよ】
【忙しくしているのでしょう そのうち会えますよ】
アクリスの事が気になってしまう僕を、二匹が念話で気遣ってくれる。
うん。大丈夫だよ。いつもありがとうね。
さて、僕達は今、ジェンティーレ先生の所を目指して、学園の廊下を歩いている。さっき今日の授業が全部終わったので、今は放課後だ。
ジェンティーレ先生は、魔法学を教える男性教師。ソフィー先生(僕の学年を担当している女性の先生だ)に聞いた通りなら、魔法学の教室に居るはずだ。
何故僕がジェンティーレ先生の所に向かっているかというと、話は少し前に遡る。
一週間程前、ジェンティーレ先生は、僕に感情の制御方法を教えると約束してくれた。
僕は他の人と違って、魔法が勝手に発動する事がある。先生曰く、それは感情と結びついているかららしい。
この体質には僕も少し困っているので、早速教えてもらおうと、向かっているのだ。
歩いていると、途中でヴィーに会った。ヴィーは学園で初めて出来た僕の友達。商家の生まれで、とても元気でお喋りな女の子だ。
「あっ、リーン! 今日は帰らなくていいの?」
「うん。ジェンティーレ先生に話があるからね」
「ジェンティーレ……先生」
「またね、ヴィー」
最近、すぐに家に帰っているから、声を掛けてくれたみたい。
ジェンティーレ先生の名前を出した途端、ヴィーはポーッとした表情になって、動かなくなってしまった。きっと何か良からぬ事を考えているに違いない。近頃の彼女は、僕と先生を題材に、腐った妄想をしているみたいだからね……
一点を見詰め続けるヴィーの横を通り抜け、僕は魔法学の教室に急ぐ。
まだ授業が終わって間もないので、多くの先生や生徒達とすれ違った。
教室の前に来た僕は、そっと扉を開けて覗き込んだ。
「失礼します」
中に居るジェンティーレ先生は、本を読んでいた。
その姿がとても格好良くて、一瞬見惚れてしまう。
サラサラな金髪に、少し俯いた顔。背後から射し込む光が、先生の前面に影を作っている。肩に反射した光は、まるでオーラのように見えた。イケメンオーラね。
「先生~、お邪魔します」
読書の邪魔をするのは心苦しいけど、僕も用事があるから声をかけて中に入る。
ジェンティーレ先生は、顔をゆっくりと上げた。逆光になって、顔は影に覆われているけれど、その表情はちゃんと見える。
僕を見ると口元を緩め、目を少し細めた。
「いらっしゃ~い」
手をひらひらさせて、歓迎してくれる。聞こえた声は、低めなのに何処か乙女っぽさを感じさせる。
本当に、黙っていれば理想的な大人の男性なのになあ。
頬杖をついて手招きする先生の側へ歩み寄る。
「読書の邪魔をして、すみません」
「あらぁ、いいのよ。そろそろ来ると思ってたしね」
「ん? 僕が来ると思ったんですか?」
「そうね。そんな気がしたの。乙女のか・ん・ねっ♪」
きゃっと付け加えながら、口元に両手を添えるジェンティーレ先生。
つい今し方、イケメンな姿を見てしまったばかりなので、目の前の乙女な振る舞いとのギャップに悩む。さすがにまだこれには慣れない。
しかし、ここで顔に出しては駄目だ。僕は必死に冷静な振りをする。
「あたしに用って事は、この間の話の事よねぇ?」
「そうですね。お話だけでも聞けたらな、と」
「いい子ね。その肩と背中に居る聖獣様達を、側から離してもらえるかしら」
「はい」
肩に居るイピリアと、背中の鞄に入っているカルキノスを足元に降ろす。教室にある召喚獣用の籠までは少し離れているから、椅子に二匹を並べて座らせた。
僕はジェンティーレ先生に向き直る。
「よしよし」
フッと笑った先生は、そのまま僕の頭を優しく撫でた。
何故、撫でられたんだろうか……
「この前と、ちょっと雰囲気が変わったわね。このくらいの年の子って、成長が早いのよねぇ」
「僕は遅いくらいですよ」
「それは体の話ね? 中身と外見のちぐはぐさが、子供っぽくていいわ~」
一つ年上のリアムやノア、イーサンくんと比べると、僕は年の差以上に幼く見える。まるで成長が止まっているかのように。
肩も腕も……何もかも違うし、背丈も同級生と比べると足りない気がする。
まだ成長中だし、諦めていないが。
「ちぐはぐですか……」
「まっ、それはまだ子供だから仕方ないわ~。嫌でもこの先、理解するから」
「……そうですか」
何だか腑に落ちないんだけどな。会話が噛み合っていない気がする。
「さて、本題に入りましょうか」
手を顎に添えて、僕を見る先生の表情からは、この話を続ける気が無いように見えた。気になるけど、先生の言う通り、本来の話に戻らないと。
「先生は僕が感情を制御出来てないと、以前話してくれましたよね?」
「そうね。君の魔法は感情が強く作用するでしょう~?」
ふと疑問に思った。何故先生がそれを知っているのかと。
先生と魔法のやり取りをしたのは、初めての授業の時だけだ。そこで魔法が勝手に発動する事は無かった。
その後の授業では、直接魔法のやり取りはしていない。普通に先生の話を聞いていただけなのに。
「先生はそれをどうして知っているのですか?」
疑問に思った事は、この際聞いてみよう。
僕の質問に先生は軽く笑った。
「ふふふっ。それはあたしが魔法師団に居るからよ。あたしの所属する魔法師団は、国王ジールフィア様の直轄なのよねぇ」
「あぁ、なるほど。お爺様から僕の事を聞いたんですね」
それなら先生が知っているのも納得出来る。
「今この国には、魔法を研究してる所が沢山あるわよね?」
「はい。各領地で研究されてますね」
「その最先端がジールフィア様の所だと知っているわよね?」
「国王様ですから、当然ですよ」
「その最先端の研究所で、君の魔法の研究をしてる事は?」
「えっ……僕の魔法?」
「そう。君の魔法」
僕の魔法って……一体どんな事を研究してるんだ?
最先端の研究に取り上げられる魔法ってどんな魔法さ。
予想外の情報に、言葉が出ない。
続けて先生は、どういう研究をしているのかを話す。
「君の魔法は感情の動きに伴って発動する。そしてその作用が大きく変化する。そうよね?」
「はい。魔力量は元から多いですが、多分それは関係ないんですよね」
「ええ。その魔力量も、一般人と比べれば問題ではあるけどね。でも、君の魔法が特別なのは、作用が全て感情によって変わるところよ。根暗……スミスを治した件もそう」
「快癒の力にも僕の感情が関わっているんですか?」
それは初耳だ。てっきり勝手に魔法が発動するのとは別物の、神様が僕に残した力だと思っていたんだけど。でも、僕にすら分かっていない事を、先生はどうやって調べたんだろう。
「んー? これ、話していいのかしら? あ、駄目ね。ジールフィア様の魔法の事は話せないわ」
えっと、もう軽く話していませんか、それ。
どうやらお爺様が関係しているようだ。お爺様が使う魔法の中に、僕の力を特定出来るような物があるんだろう。
個人の固有魔法。それも国王のものともなれば、話せないのは分かる。
「とにかく。君が感情をきちんと制御出来れば問題無いのよ」
「はぁ……」
軽く話す先生に、大きな溜め息が出る。それが大切なのは分かったけど、出来るようになる気がしないんだもの。感情を制御するなんて、まるでロボットじゃないか。
先生は溜め息から僕の内心を察したのか、手をひらひらと振った。
「あ、違うわよ? 制御って言っても、押し殺す事じゃないわ。前に意識を失う程の暴走をしたでしょう? そうならないようにって事よ」
「うっ……それも知られてましたか」
まさかそこまで把握されているとは……
先生が言いたいのは、適度にコントロールしろという事か。暴走しないように操れと。
「で、僕はどうしたらいいんでしょうか」
「そうねぇ、君は負の感情に弱いようだから、特訓しましょ!」
「特訓……」
【雲行きが怪しくなってきましたね】
【主 大丈夫なの?】
うーん、正直分からない。やってみない事には、何とも言えないか。
心配する二匹をよそに、ジェンティーレ先生の特訓とやらが始まるようです。
「我慢出来るところまで、頑張ってみてねぇ」
「は、はい」
何が始まるのか分からないけど、先生が立ち上がったのに合わせて、僕も立つ。先生のすっと高い身長が羨ましい。
お互いに見詰め合う。そして次の瞬間、全身に悪寒が走った。
「⁉」
視線の先に居る先生から、黒い霧が流れてくる。
その黒い霧が体に触れた瞬間、僕の心臓は物凄く締め付けられた。
これが、負の感情。先生が何かを嫌悪している。言葉も無しにそう伝わってきた。
胸だけでなく、全身が酷く重い。先生の発した様々な嫌な感情が、僕の体を巡る。
辛い、苦しい、心臓が潰れそうだ。
あぁ、哀しい……
ただただ、哀しい。
暗い感情を僕に向けないで。
そんな風に思ってしまうのは、哀しい事なんだよ。
心に大きな穴が空いた気がする。
今の僕の胸には哀しみしか浮かばない。
体の中に哀しみしかないじゃないか。
こんなの、嫌だ――
僕は強くこの感情を否定した。その瞬間、僕の意識は遠のいていった。
†
負の感情をリーンオルゴットにぶつけたジェンティーレは、強く後悔する事になった。
特訓を始めてものの数秒で、目の前に居るリーンオルゴットに変化が現れた。
はじめに、彼の銀髪が白く染まった。
今、リーンオルゴットは、ジェンティーレの影の中に立っている。その影の中に居てもはっきり分かる程、真っ白に変わっていた。
そして体からはゆらゆらと白い霧が立ち上り、黒い霧を消していく。
ジェンティーレの目には、リーンオルゴットの顔がハッキリと見えていた。
深い青色の瞳は誰を映す事もなく、何処を見ているのか分からなかった。
リーンオルゴットの豹変振りに、次第に焦るジェンティーレ。
「ちょ、ちょっと! 待って‼」
「……」
慌てて負の感情を止めたが、もう手遅れだった。
リーンオルゴットから立ち上る白い霧は、教室から溢れ出そうになっていた。やがて、リーンオルゴットの体からそれは解き放たれた。
「うっ⁉」
音も無く放たれたそれ――白い光は、ジェンティーレの体を通り抜け、迸る。
そして教室はおろか、学園の敷地も越え、アルペスピア王国の全土にまで広がっていった。
白い光は人の目では捉えられない速さで駆け抜け、それを浴びた人々は、突如心に〝哀しみ〟の感情を抱く事となった。
ジェンティーレもまた、リーンオルゴットから放たれた白い光を浴びていた。
彼は、今自分が感じている〝哀しみ〟が、リーンオルゴットからもたらされたものだと理解していた。しかし、その感情はあまりにも強烈で、どうする事も出来ない。
ジェンティーレは苦しみ、胸を押さえて両膝をついた。
そしてリーンオルゴットを見ながら、自身の失敗を感じていた。
ほんの試しに流した少量の負の感情が、リーンオルゴットには耐えられなかったのだと。軽い気持ちで行った事を強く後悔した。
だが、気が付いた時にはもう手遅れで、事はジェンティーレの手に負える範囲を超えてしまっていた。
〈この馬鹿者がっ〉
一部始終を見ていたイピリアは、とんでもない事をしてくれたと、不快感を露わにした。
それから、リーンオルゴットの放った感情を消すために、瞬時に大きくなると大空へ飛び立った。
大空高く羽ばたいたイピリアは、聖獣に使える薄い膜――神気を放つ。普段はもっぱら物理攻撃を防ぐために使われる神気だが、別の使い道もある。
イピリアは、〝哀しみ〟の光を神気で打ち消すと、またリーンオルゴットの下へと戻っていく。
リーンオルゴットが白い光を放ってから、約一分間の出来事だった。
僅かな時間だったが、イピリアは白い光がアルぺスピア王国全土に広がった事を知った。
主の側へ戻ったイピリアは、立ったまま動かないリーンオルゴットを見た。
髪色は元に戻っていたが、意識はまだ戻らない。イピリアは小さな姿に変わり、リーンオルゴットの肩に止まる。そしていつものように頬に擦り寄った。
†
「……ん?」
〈主様 もう大丈夫ですよ〉
頬に温かく柔らかなものがあたる感触がして、ふと気が付く。あれ? 肩にイピリアが居る。
そして、目の前ではジェンティーレ先生が膝をついていた。
これはまた何かあったんだと直感した。先生の表情がそれを物語っている。
苦痛に満ちた表情をして、少し髪も乱れていた。
〈ある じ〉
足にはいつの間にかカルキノスがしがみついていた。その目からは、涙が零れている。
こんな事は今までなかった。僕はとんでもない事をしてしまったらしい。
「これは、あたしが悪かったわ……君なら大丈夫かと思って、ちょっとやり方を間違えちゃったの。ごめんなさい」
両手をパンと合わせる先生を見ながら、僕はカルキノスを抱っこして、溢れた涙を袖で拭う。
先生は謝っているけど、きっとこれは僕が悪いんだ。
カルキノスが泣くなんて、僕は一体何をしてしまったんだろう。それを聞くのが、怖かった。
僕等が気まずく立ちすくんでいると、廊下をバタバタと走る足音が近づいてきて、大きな音を立てて教室の扉が開いた。
「ティーレ!」
「ジェンティーレ先生!」
開いた扉からは、ソフィー先生とヴィーが走って入って来た。
ヴィーは僕に気が付いてこちらに歩み寄ると、肩を掴んでゆらゆらと揺らしてきた。
肩に居たイピリアが、羽を広げて空中に浮かぶ。
「リーン! 今、何かがね、なんていうか、一瞬だったんだけどね、その」
「わ、かった、から、落ち、着こう?」
僕は揺らされながら何とか答える。
ヴィーは取り乱していて、言葉を上手く紡げないようだ。僕が起こした何かは、ヴィー達も巻き込んだのか。
ソフィー先生の方はジェンティーレ先生に詰め寄っている。
「ティーレ、今の、感じたでしょう?」
「あーね! 今のはね、魔法が暴発しちゃったのよ。ごっめ~ん」
「魔法が、暴発? じゃあ、ティーレはあれが何か分かっているって事?」
「結構広範囲に届いちゃってたのねぇ。失敗失敗~」
「なんだ……ジェンティーレ先生の魔法だったんだ」
話を聞いたヴィーは、先生の説明に納得している。僕を揺らす手も止めてくれた。
僕は何があったのか分からないから、先生が説明するのに任せている。
それにしても、教室の外まで届いたって、何があったんだろう?
【違いますよ主様 もっと大きな範囲に広がっていました】
ソフィー先生とジェンティーレ先生が話をしている間に、イピリアの念話が聞こえた。
どゆこと? イピリア。教室の外までじゃないの?
【この王国全てに広がっていました 私が神気で消したのでもう大丈夫ですが】
【主……哀しかったの 僕の心臓がぎゅってなって 苦しかったの】
イピリアとカルキノスの話が要領を得ない。僕は一体何をしたんだ?
【主様は ジェンティーレの負の感情により意識を飛ばしました そして主様から 哀しみの感情が放たれたのです】
哀しみの感情? 僕が、それを放った?
【イピリアが神気で消さなかったら その感情は世界全てに行き届いていたんだよ】
世界……なんて、事だ。
ヴィーやカルキノスの反応からすると、僕が放った感情のせいで、皆哀しい気持ちになったらしい。しかも王国中の人が……
確かに僕は負の感情が苦手だけど、先生が試しに放ったレベルのものですら耐えられないのか。
なんて弱いんだろう……僕は自分の弱さに呆然とした。
ジェンティーレ先生が、ソフィー先生とヴィーに声をかける。
「まだこの子との話が終わってないから、二人とも出て行ってちょうだい?」
「ティーレ? 後できちんと説明してもらいますからね」
「分かってるわよぉ」
「リーン? どうしたの? 大丈夫?」
「う、ん……」
ジェンティーレ先生が手でシッシッと追い払う仕草をする。ソフィー先生はそれを見て、溜め息を漏らしながら渋々教室から出ていった。
しかし、ヴィーは僕を心配そうに見詰めたまま動かない。
情けない事に、僕は上手く反応出来なかった。
「大丈夫大丈夫~! ちょっと驚いてるだけだから~」
僕の代わりにヴィーの応対をしてくれる先生。僕と目が合うと、表情を和らげてフッと笑顔を作った。そして、ヴィーに「教室から出てくれると助かるんだけどぉ?」と、笑って促す。
僕がヴィーに手を振ると、彼女は不思議そうな顔をして、教室から出て行った。
ちゃんと話せなくてごめんね。今は何も言葉が出てこないんだ。
教室の中で、僕はまた先生と二人になった。
肩に止まるイピリアは、頻りに身を僕の頬へ寄せる。カルキノスはぎゅっと抱き着いたままだ。
「うん。そう言ってくれてありがとうね」
〈しかし主の家族が困っているのであれば手伝わねば 我らも領主なのだからな!〉
「はい。僕も領主の一員です」
〈それなら私は秘書となりましょうかね〉
「イピリアも、ごめんね。ありがとう」
いつものように頬に擦り寄ってくれるイピリア。
寂しがってる場合じゃないんだ。
落ち着いたら、いつもの日々が戻ってくるんだから、それまで我慢だ。
「アクリス、行ってらっしゃい」
僕の腕から下りて走り去るアクリスを見送る。
さて、僕もポーション作りをしよう。
アクリスに一喝されて、目が覚めた気分だ。
〈カルキノスが大きな鍋で作っている と話していましたから 主は小瓶に入れて錬成しましょう〉
「はい!」
イピリアを肩に乗せて、作業部屋へ向かう。
部屋の扉を開くと、大きな姿でポーションを作ってるカルキノスが居た。
「遅くなってごめん。ポーション作り、ありがとうね」
謝ったり御礼を言ったり、今日はその繰り返しだ。
僕が言われるくらいにならないと!
自分の未熟さが嫌になるけど、その反省は後回しにしよう。
〈ううん 主のお願いだから〉
「僕もすぐに取り掛かるから!」
ゆっくりと作業をするカルキノス。鍋をかき混ぜているようだ。
睡眠時間を削ってでも、この鍋にあるポーションを完成させよう。
〈主 なんかあったの? 雰囲気が違うよ〉
僕を心配してくれるカルキノスに、グッと涙を堪える。
僕の周りは、いつも優しさで溢れている。でも、今はその優しさに甘えちゃ駄目だ。
「大丈夫だよ。今、やる気に満ちているところなの!」
〈何だか凛々しくなったね〉
「まだまだ駄目主だけどね」
話しながら自分でも手を動かす。薬をおたまで掬って、小瓶に入れる。それを片手で握って錬成していく。
カルキノスが一生懸命作った薬だ。一つ一つ大切にしよう。
〈はい 次をください〉
「はい!」
僕の手から離れたポーションを、イピリアが箱に入れてくれる。
こうして次々とポーションを作り上げていく。
これが誰かに使われる事が無いように――誰も傷付く事が無いように、と僕は願った。
†
あれから数日過ごしてみて、アクリスが側に居ない事にも慣れてきた気がする。
物足りなさは感じるけど、学園もあるし、家ではポーション作りに追われているから、何とか気を紛らわせる事が出来ているのかも。
領内では、聖獣が現れた事がもう噂になっている。領民には聖獣が僕の家に居る事は秘密にしているので、ルーナ領の危機を感じてアクリスが現れた……という設定で動いているらしい。
【気配は感じるんだけど 主のお姉様の所に居るよ】
【忙しくしているのでしょう そのうち会えますよ】
アクリスの事が気になってしまう僕を、二匹が念話で気遣ってくれる。
うん。大丈夫だよ。いつもありがとうね。
さて、僕達は今、ジェンティーレ先生の所を目指して、学園の廊下を歩いている。さっき今日の授業が全部終わったので、今は放課後だ。
ジェンティーレ先生は、魔法学を教える男性教師。ソフィー先生(僕の学年を担当している女性の先生だ)に聞いた通りなら、魔法学の教室に居るはずだ。
何故僕がジェンティーレ先生の所に向かっているかというと、話は少し前に遡る。
一週間程前、ジェンティーレ先生は、僕に感情の制御方法を教えると約束してくれた。
僕は他の人と違って、魔法が勝手に発動する事がある。先生曰く、それは感情と結びついているかららしい。
この体質には僕も少し困っているので、早速教えてもらおうと、向かっているのだ。
歩いていると、途中でヴィーに会った。ヴィーは学園で初めて出来た僕の友達。商家の生まれで、とても元気でお喋りな女の子だ。
「あっ、リーン! 今日は帰らなくていいの?」
「うん。ジェンティーレ先生に話があるからね」
「ジェンティーレ……先生」
「またね、ヴィー」
最近、すぐに家に帰っているから、声を掛けてくれたみたい。
ジェンティーレ先生の名前を出した途端、ヴィーはポーッとした表情になって、動かなくなってしまった。きっと何か良からぬ事を考えているに違いない。近頃の彼女は、僕と先生を題材に、腐った妄想をしているみたいだからね……
一点を見詰め続けるヴィーの横を通り抜け、僕は魔法学の教室に急ぐ。
まだ授業が終わって間もないので、多くの先生や生徒達とすれ違った。
教室の前に来た僕は、そっと扉を開けて覗き込んだ。
「失礼します」
中に居るジェンティーレ先生は、本を読んでいた。
その姿がとても格好良くて、一瞬見惚れてしまう。
サラサラな金髪に、少し俯いた顔。背後から射し込む光が、先生の前面に影を作っている。肩に反射した光は、まるでオーラのように見えた。イケメンオーラね。
「先生~、お邪魔します」
読書の邪魔をするのは心苦しいけど、僕も用事があるから声をかけて中に入る。
ジェンティーレ先生は、顔をゆっくりと上げた。逆光になって、顔は影に覆われているけれど、その表情はちゃんと見える。
僕を見ると口元を緩め、目を少し細めた。
「いらっしゃ~い」
手をひらひらさせて、歓迎してくれる。聞こえた声は、低めなのに何処か乙女っぽさを感じさせる。
本当に、黙っていれば理想的な大人の男性なのになあ。
頬杖をついて手招きする先生の側へ歩み寄る。
「読書の邪魔をして、すみません」
「あらぁ、いいのよ。そろそろ来ると思ってたしね」
「ん? 僕が来ると思ったんですか?」
「そうね。そんな気がしたの。乙女のか・ん・ねっ♪」
きゃっと付け加えながら、口元に両手を添えるジェンティーレ先生。
つい今し方、イケメンな姿を見てしまったばかりなので、目の前の乙女な振る舞いとのギャップに悩む。さすがにまだこれには慣れない。
しかし、ここで顔に出しては駄目だ。僕は必死に冷静な振りをする。
「あたしに用って事は、この間の話の事よねぇ?」
「そうですね。お話だけでも聞けたらな、と」
「いい子ね。その肩と背中に居る聖獣様達を、側から離してもらえるかしら」
「はい」
肩に居るイピリアと、背中の鞄に入っているカルキノスを足元に降ろす。教室にある召喚獣用の籠までは少し離れているから、椅子に二匹を並べて座らせた。
僕はジェンティーレ先生に向き直る。
「よしよし」
フッと笑った先生は、そのまま僕の頭を優しく撫でた。
何故、撫でられたんだろうか……
「この前と、ちょっと雰囲気が変わったわね。このくらいの年の子って、成長が早いのよねぇ」
「僕は遅いくらいですよ」
「それは体の話ね? 中身と外見のちぐはぐさが、子供っぽくていいわ~」
一つ年上のリアムやノア、イーサンくんと比べると、僕は年の差以上に幼く見える。まるで成長が止まっているかのように。
肩も腕も……何もかも違うし、背丈も同級生と比べると足りない気がする。
まだ成長中だし、諦めていないが。
「ちぐはぐですか……」
「まっ、それはまだ子供だから仕方ないわ~。嫌でもこの先、理解するから」
「……そうですか」
何だか腑に落ちないんだけどな。会話が噛み合っていない気がする。
「さて、本題に入りましょうか」
手を顎に添えて、僕を見る先生の表情からは、この話を続ける気が無いように見えた。気になるけど、先生の言う通り、本来の話に戻らないと。
「先生は僕が感情を制御出来てないと、以前話してくれましたよね?」
「そうね。君の魔法は感情が強く作用するでしょう~?」
ふと疑問に思った。何故先生がそれを知っているのかと。
先生と魔法のやり取りをしたのは、初めての授業の時だけだ。そこで魔法が勝手に発動する事は無かった。
その後の授業では、直接魔法のやり取りはしていない。普通に先生の話を聞いていただけなのに。
「先生はそれをどうして知っているのですか?」
疑問に思った事は、この際聞いてみよう。
僕の質問に先生は軽く笑った。
「ふふふっ。それはあたしが魔法師団に居るからよ。あたしの所属する魔法師団は、国王ジールフィア様の直轄なのよねぇ」
「あぁ、なるほど。お爺様から僕の事を聞いたんですね」
それなら先生が知っているのも納得出来る。
「今この国には、魔法を研究してる所が沢山あるわよね?」
「はい。各領地で研究されてますね」
「その最先端がジールフィア様の所だと知っているわよね?」
「国王様ですから、当然ですよ」
「その最先端の研究所で、君の魔法の研究をしてる事は?」
「えっ……僕の魔法?」
「そう。君の魔法」
僕の魔法って……一体どんな事を研究してるんだ?
最先端の研究に取り上げられる魔法ってどんな魔法さ。
予想外の情報に、言葉が出ない。
続けて先生は、どういう研究をしているのかを話す。
「君の魔法は感情の動きに伴って発動する。そしてその作用が大きく変化する。そうよね?」
「はい。魔力量は元から多いですが、多分それは関係ないんですよね」
「ええ。その魔力量も、一般人と比べれば問題ではあるけどね。でも、君の魔法が特別なのは、作用が全て感情によって変わるところよ。根暗……スミスを治した件もそう」
「快癒の力にも僕の感情が関わっているんですか?」
それは初耳だ。てっきり勝手に魔法が発動するのとは別物の、神様が僕に残した力だと思っていたんだけど。でも、僕にすら分かっていない事を、先生はどうやって調べたんだろう。
「んー? これ、話していいのかしら? あ、駄目ね。ジールフィア様の魔法の事は話せないわ」
えっと、もう軽く話していませんか、それ。
どうやらお爺様が関係しているようだ。お爺様が使う魔法の中に、僕の力を特定出来るような物があるんだろう。
個人の固有魔法。それも国王のものともなれば、話せないのは分かる。
「とにかく。君が感情をきちんと制御出来れば問題無いのよ」
「はぁ……」
軽く話す先生に、大きな溜め息が出る。それが大切なのは分かったけど、出来るようになる気がしないんだもの。感情を制御するなんて、まるでロボットじゃないか。
先生は溜め息から僕の内心を察したのか、手をひらひらと振った。
「あ、違うわよ? 制御って言っても、押し殺す事じゃないわ。前に意識を失う程の暴走をしたでしょう? そうならないようにって事よ」
「うっ……それも知られてましたか」
まさかそこまで把握されているとは……
先生が言いたいのは、適度にコントロールしろという事か。暴走しないように操れと。
「で、僕はどうしたらいいんでしょうか」
「そうねぇ、君は負の感情に弱いようだから、特訓しましょ!」
「特訓……」
【雲行きが怪しくなってきましたね】
【主 大丈夫なの?】
うーん、正直分からない。やってみない事には、何とも言えないか。
心配する二匹をよそに、ジェンティーレ先生の特訓とやらが始まるようです。
「我慢出来るところまで、頑張ってみてねぇ」
「は、はい」
何が始まるのか分からないけど、先生が立ち上がったのに合わせて、僕も立つ。先生のすっと高い身長が羨ましい。
お互いに見詰め合う。そして次の瞬間、全身に悪寒が走った。
「⁉」
視線の先に居る先生から、黒い霧が流れてくる。
その黒い霧が体に触れた瞬間、僕の心臓は物凄く締め付けられた。
これが、負の感情。先生が何かを嫌悪している。言葉も無しにそう伝わってきた。
胸だけでなく、全身が酷く重い。先生の発した様々な嫌な感情が、僕の体を巡る。
辛い、苦しい、心臓が潰れそうだ。
あぁ、哀しい……
ただただ、哀しい。
暗い感情を僕に向けないで。
そんな風に思ってしまうのは、哀しい事なんだよ。
心に大きな穴が空いた気がする。
今の僕の胸には哀しみしか浮かばない。
体の中に哀しみしかないじゃないか。
こんなの、嫌だ――
僕は強くこの感情を否定した。その瞬間、僕の意識は遠のいていった。
†
負の感情をリーンオルゴットにぶつけたジェンティーレは、強く後悔する事になった。
特訓を始めてものの数秒で、目の前に居るリーンオルゴットに変化が現れた。
はじめに、彼の銀髪が白く染まった。
今、リーンオルゴットは、ジェンティーレの影の中に立っている。その影の中に居てもはっきり分かる程、真っ白に変わっていた。
そして体からはゆらゆらと白い霧が立ち上り、黒い霧を消していく。
ジェンティーレの目には、リーンオルゴットの顔がハッキリと見えていた。
深い青色の瞳は誰を映す事もなく、何処を見ているのか分からなかった。
リーンオルゴットの豹変振りに、次第に焦るジェンティーレ。
「ちょ、ちょっと! 待って‼」
「……」
慌てて負の感情を止めたが、もう手遅れだった。
リーンオルゴットから立ち上る白い霧は、教室から溢れ出そうになっていた。やがて、リーンオルゴットの体からそれは解き放たれた。
「うっ⁉」
音も無く放たれたそれ――白い光は、ジェンティーレの体を通り抜け、迸る。
そして教室はおろか、学園の敷地も越え、アルペスピア王国の全土にまで広がっていった。
白い光は人の目では捉えられない速さで駆け抜け、それを浴びた人々は、突如心に〝哀しみ〟の感情を抱く事となった。
ジェンティーレもまた、リーンオルゴットから放たれた白い光を浴びていた。
彼は、今自分が感じている〝哀しみ〟が、リーンオルゴットからもたらされたものだと理解していた。しかし、その感情はあまりにも強烈で、どうする事も出来ない。
ジェンティーレは苦しみ、胸を押さえて両膝をついた。
そしてリーンオルゴットを見ながら、自身の失敗を感じていた。
ほんの試しに流した少量の負の感情が、リーンオルゴットには耐えられなかったのだと。軽い気持ちで行った事を強く後悔した。
だが、気が付いた時にはもう手遅れで、事はジェンティーレの手に負える範囲を超えてしまっていた。
〈この馬鹿者がっ〉
一部始終を見ていたイピリアは、とんでもない事をしてくれたと、不快感を露わにした。
それから、リーンオルゴットの放った感情を消すために、瞬時に大きくなると大空へ飛び立った。
大空高く羽ばたいたイピリアは、聖獣に使える薄い膜――神気を放つ。普段はもっぱら物理攻撃を防ぐために使われる神気だが、別の使い道もある。
イピリアは、〝哀しみ〟の光を神気で打ち消すと、またリーンオルゴットの下へと戻っていく。
リーンオルゴットが白い光を放ってから、約一分間の出来事だった。
僅かな時間だったが、イピリアは白い光がアルぺスピア王国全土に広がった事を知った。
主の側へ戻ったイピリアは、立ったまま動かないリーンオルゴットを見た。
髪色は元に戻っていたが、意識はまだ戻らない。イピリアは小さな姿に変わり、リーンオルゴットの肩に止まる。そしていつものように頬に擦り寄った。
†
「……ん?」
〈主様 もう大丈夫ですよ〉
頬に温かく柔らかなものがあたる感触がして、ふと気が付く。あれ? 肩にイピリアが居る。
そして、目の前ではジェンティーレ先生が膝をついていた。
これはまた何かあったんだと直感した。先生の表情がそれを物語っている。
苦痛に満ちた表情をして、少し髪も乱れていた。
〈ある じ〉
足にはいつの間にかカルキノスがしがみついていた。その目からは、涙が零れている。
こんな事は今までなかった。僕はとんでもない事をしてしまったらしい。
「これは、あたしが悪かったわ……君なら大丈夫かと思って、ちょっとやり方を間違えちゃったの。ごめんなさい」
両手をパンと合わせる先生を見ながら、僕はカルキノスを抱っこして、溢れた涙を袖で拭う。
先生は謝っているけど、きっとこれは僕が悪いんだ。
カルキノスが泣くなんて、僕は一体何をしてしまったんだろう。それを聞くのが、怖かった。
僕等が気まずく立ちすくんでいると、廊下をバタバタと走る足音が近づいてきて、大きな音を立てて教室の扉が開いた。
「ティーレ!」
「ジェンティーレ先生!」
開いた扉からは、ソフィー先生とヴィーが走って入って来た。
ヴィーは僕に気が付いてこちらに歩み寄ると、肩を掴んでゆらゆらと揺らしてきた。
肩に居たイピリアが、羽を広げて空中に浮かぶ。
「リーン! 今、何かがね、なんていうか、一瞬だったんだけどね、その」
「わ、かった、から、落ち、着こう?」
僕は揺らされながら何とか答える。
ヴィーは取り乱していて、言葉を上手く紡げないようだ。僕が起こした何かは、ヴィー達も巻き込んだのか。
ソフィー先生の方はジェンティーレ先生に詰め寄っている。
「ティーレ、今の、感じたでしょう?」
「あーね! 今のはね、魔法が暴発しちゃったのよ。ごっめ~ん」
「魔法が、暴発? じゃあ、ティーレはあれが何か分かっているって事?」
「結構広範囲に届いちゃってたのねぇ。失敗失敗~」
「なんだ……ジェンティーレ先生の魔法だったんだ」
話を聞いたヴィーは、先生の説明に納得している。僕を揺らす手も止めてくれた。
僕は何があったのか分からないから、先生が説明するのに任せている。
それにしても、教室の外まで届いたって、何があったんだろう?
【違いますよ主様 もっと大きな範囲に広がっていました】
ソフィー先生とジェンティーレ先生が話をしている間に、イピリアの念話が聞こえた。
どゆこと? イピリア。教室の外までじゃないの?
【この王国全てに広がっていました 私が神気で消したのでもう大丈夫ですが】
【主……哀しかったの 僕の心臓がぎゅってなって 苦しかったの】
イピリアとカルキノスの話が要領を得ない。僕は一体何をしたんだ?
【主様は ジェンティーレの負の感情により意識を飛ばしました そして主様から 哀しみの感情が放たれたのです】
哀しみの感情? 僕が、それを放った?
【イピリアが神気で消さなかったら その感情は世界全てに行き届いていたんだよ】
世界……なんて、事だ。
ヴィーやカルキノスの反応からすると、僕が放った感情のせいで、皆哀しい気持ちになったらしい。しかも王国中の人が……
確かに僕は負の感情が苦手だけど、先生が試しに放ったレベルのものですら耐えられないのか。
なんて弱いんだろう……僕は自分の弱さに呆然とした。
ジェンティーレ先生が、ソフィー先生とヴィーに声をかける。
「まだこの子との話が終わってないから、二人とも出て行ってちょうだい?」
「ティーレ? 後できちんと説明してもらいますからね」
「分かってるわよぉ」
「リーン? どうしたの? 大丈夫?」
「う、ん……」
ジェンティーレ先生が手でシッシッと追い払う仕草をする。ソフィー先生はそれを見て、溜め息を漏らしながら渋々教室から出ていった。
しかし、ヴィーは僕を心配そうに見詰めたまま動かない。
情けない事に、僕は上手く反応出来なかった。
「大丈夫大丈夫~! ちょっと驚いてるだけだから~」
僕の代わりにヴィーの応対をしてくれる先生。僕と目が合うと、表情を和らげてフッと笑顔を作った。そして、ヴィーに「教室から出てくれると助かるんだけどぉ?」と、笑って促す。
僕がヴィーに手を振ると、彼女は不思議そうな顔をして、教室から出て行った。
ちゃんと話せなくてごめんね。今は何も言葉が出てこないんだ。
教室の中で、僕はまた先生と二人になった。
肩に止まるイピリアは、頻りに身を僕の頬へ寄せる。カルキノスはぎゅっと抱き着いたままだ。
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