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2巻
2-2
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†
それから少し経ち、僕は九歳となった。後一年で学園の中等部に入る……はずだったんだけど、父様と母様がお爺様からのお呼び出しを受け、状況は一変した。
なんと、僕に飛び級入学の話が来たのだ。
両親共に、どうやらお爺様に怒られたご様子。
曰く、高等部の試験にすら合格出来る学力の僕を、いつまで手元に置いておく気なのかと。狭い世界に閉じ込めようとする父様と母様(だけじゃないけどね)に、過保護だと言ったようだ。
お爺様からは「もう高等部からでいいじゃろ」と言われたけど、それは拒否したらしい。
なので、一年早く中等部に入る事になりました!
だから僕は今、学園入学の準備をしている。制服に指定の教材。色んなものが必要だ。
しかしそんな準備の最中に……
「本当に行くのかい?」
「わ、私のリーンが……」
「兄様、姉様……」
兄様もヴァイラ姉様も「この世の終わり」ってお顔をして、僕の準備の邪魔をしていた。
持って行く物を、『インベントリ』の魔法を掛けた鞄にしまう……と、二人がそれを出してしまう。
聖獣達はそんな二人の足下でやいのやいのと騒いでいる。
〈主様の邪魔ですよ 御二方〉
〈鞄を奪えば早い〉
〈僕の入る所何処?〉
「ちょ、皆……」
イピリアだけだよね、こーゆー時に僕を助けてくれるのってさ。
アクリスは学園入学に反対するし。カルキノスはついて来る気満々だし。
本当に皆僕の邪魔ばかり……
溜め息を吐く僕をよそに、兄様は名案を思いついたとばかりに手を叩いた。
「僕が先生として学園に……」
「あら。兄様もそうお考えですか?」
「ちょっとちょっと! ヴァイラ姉様は卒業したばかりですよね? それに兄様は父様のお手伝いがありますよね?」
「そんなのどうとでもなるよねぇ」
「そんなのどうとでもしますわ」
ひーん……本当に学園に行ったら居そうで怖いです。
別に寮に入る訳じゃないのにコレだもんなぁ。そう、僕はここから学園まで馬車の送迎で通うんだ。
大体、兄様と姉様だって学園へ行ってたじゃないか。何で僕は駄目なんだ。
そう言うと、兄様は険しい顔で姉様に目配せする。
「学園にはあの人が居るんだよ? 安心出来ないよねぇ」
「ええ。あの先生なら、リーンをどうにかしようと……あぁ!!」
え? なあにその人。先生なの? 二人で僕をぎゅうぎゅうに抱き締めるから、とうとう僕は身動きが取れなくなりました。
兄様と姉様の言葉は気になるけれど、それ以上に学園に夢を見てしまう。
困っていると、足下に寄って来たアクリスが胸を張って言った。
〈我ならば 共に居ても問題無い〉
さっきまで入学に反対していたくせに、今度はついて行くという。気ままだね、君は。
でもそんな根拠の無い事を、ドヤ顔で言われても安心出来ません。
〈主様の学園生活を しっかりと見届けなければいけません〉
え? イピリアまで来るつもりだったの⁉
〈僕の入る鞄どれ? これになら入れるよ〉
いそいそと鞄へ入ろうとするカルキノス。
その鞄は持って行くやつじゃあないんだけどな……
「家から通うのに、そんな鞄必要無いでしょ?」
〈え? これ持ってくといいよ 僕が入るから〉
オススメされても、そんな大きいのは持って行かないから!
カルキノスが入ったのは、旅行用の鞄だった。
そんな可愛い事されると、カルキノスならぬいぐるみの振りをさせて連れて行けそう……って僕も流されそうになるよ。
だけどここは心を鬼にして、皆を説得しないと。
「ちゃんと帰って来ますから、大丈夫ですから、ね?」
「そうだね! 僕も学園に居るから大丈夫だよ、リーン!」
いやいやいやいや! 兄様はだいぶ前に卒業しましたよね!
しかも行くの決定してるみたいに言ってるけど! そんな優しく美しい瞳を向けられても、僕は頼んでませんからね?
今度はヴァイラ姉様が同調する。
「商学ならば、私でも先生が務まるはずですわ」
「商学? 姉様、僕は商学を専攻する予定は無いですよ?」
「え⁉ リーンは将来、お店を開くのでしたわよね?」
「えっと? 初めてお聞きした話ですが?」
「え?」
え? は僕のセリフですよ、姉様。
まさか母様の言葉を鵜呑みに?
お店なんてやったら、毎日のんびり出来ないよね? 僕はマイペースに日々を過ごしたいんです。
どうせなるなら、冒険者の方がいいですし。薬草の採取だけして暮らしたいなあ。
いよいよ状況が混沌としてきたところで、誰かが咳払いをした。
──コホン。
「レーモンド様、ヴァイラ様。リーンオルゴット様の邪魔をしたら駄目ですよ~」
あ、メイドのアイラさんだ。
彼女の声で二人は渋々離れてくれたが、僕の事は見詰めたままだ。しかも泣きそうな瞳で。
そんなに学園行く事に反対なの? 何があるっていうのさ~。
アイラさんはこちらに向く。
「リーンオルゴット様。支度を済ませてくださいませ」
「はーい」
もう鞄は安心出来ないから、僕の創作魔法のインベントリにしまうよ。これだったら僕しか取り出し出来ないからね!
兄様達に鞄から出されてしまった物を手に取る。
僕が空中に手を翳すと、渦巻きが現れた。そこに荷物をひょいひょいと放り込む。
「「えっ」」
「うん?」
兄様と姉様は目を丸くして固まっていた。
「リーン……今何をしたんだい?」
「よ、羊皮紙が!」
あれ? 兄様と姉様に見せた事、無かったっけ?
「魔法でしまいました」
「何て事だ……いいかい、リーン。ソレを人前で使ったら、絶対駄目だからねぇ?」
「こんな凄い魔法……あぁ!! やっぱりあの先生にリーンが!」
「えっとぉ……?」
肩にぽんっと兄様の手が乗る。
姉様は顔を両手で覆っていた。
二人の反応からすると、コレを人前で使うと、僕の身に何かが起こるらしい?
「じゃあ鞄の方を使うので、それなら大丈夫ですかね?」
「うんうん。余り人前で魔法は使わないようにするんだよ」
「はーい」
魔法を使い過ぎると良くないんだね。
そっかぁ、今までは普通に色々な魔法を使ってたんだけど、学園では控えた方がいいんだね!
聞いといて良かったぁ~♪
兄様達は満足そうに微笑んだ。
「さぁさぁ、僕はちょっと父様の所に行ってくるからねぇ。学園に行く許可をもらわないと」
「あ、私もちょっと父様にお話が」
「……」
……インベントリのせいで、さらに心配になってしまったらしい。
でも、今更ついて来るのは無理だと思うよ。
兄様も姉様もお仕事があるんだから。
†
アルペスピア王国、首都アルぺスピア領内にあるテールレア学園。
正確には、首都に名前は付いていない。ただ、国の代名詞ともいえる王城があるので、皆そう呼んでいるのだ。ちなみに、王城は僕が生まれた頃に一度移転している。前は学園の近くにあったけど、今はルーナ領の側に立っている。一応首都領内ではあるけど。
テールレア学園は、剣術、槍術、体術、魔法を教えるのに特化した学園だ。
ルーナ領からは、馬車に乗って大体三十分くらいで着く。
この学園の卒業生の多くは、冒険者や騎士団、魔法師団への配属を希望する。
加えて研究職を希望する人のために、高等部の上の学校もあった。まだまだ先の事だから、詳しくは見なかったけど。
国内では、歴代の国王や多くの貴族が在籍していた事から、その名を馳せている。
そう、僕のお爺様も父様も兄様も姉様も、この学園を出ている。母様だけは他の学園だったらしい。
初等部行きが叶わなかったあの時から早数年。僕はやっと学園に入学出来た。
今は入学式の最中。学園長のありがたいお話を聞いているところだ。
校長や学園長の話が長いのは、何処の世界でも同じらしい。
「……粛々と学業に励み、その知識を以て国のためになるよう日々励みなさい」
──パチパチパチ。
周りに一拍遅れて僕も拍手する。
あ~。やっと終わった。
この講堂みたいな所に来るまではドキドキしてたのに、いざ学園長の話になったら余りの長さに寝そうになったよ。
ちなみに、聖獣達はお留守番だ。彼等と念話する事も出来ず、ひたすら話を聞くだけだった僕は、ぽや~っとなったけど、何とか起きたまま式を終えた。
先生達に案内されながら、僕達新入生は教室へぞろぞろと足を運ぶ。
「ね、ね、学園長の話長くなかった?」
「ん? 僕?」
突然隣から話しかけられて、眠気が引っ込んだ。
この女の子、誰だ? 隣に居るって事は、クラスメイトの子だよね。
「眠くなったよ」
「だよね。私もうとうとしちゃった! あ、私ヴィヴィアン。ヴィーって呼んでね♪」
「う、うん? 僕はリーンオルゴット。リーンでいいよ」
「リーンオルゴット? え?」
「え?」
口に手を当ててハッとする隣の女の子。
ヴィヴィアンって言うらしい。「ヴィーって呼んで」って気軽に言われたけど、いきなり女の子を呼び捨てだなんて、良いのかな?
目を丸くしたままのヴィヴィアン……ヴィーは、顔を近づけて小声で囁く。
「まさか、スイーツの天使様?」
「ん⁉ なあにそれ」
さっきより距離が近く、僕はちょっと戸惑う。
しかも「スイーツの天使」ってまた微妙なネーミングだよね。
「ルーナ領に特別なスイーツがあるでしょ。それを広めた領主の息子さんの事を、『スイーツの天使様』って呼んでるのよ。あれ? 知らない?」
なあにそれ。スイーツ王子とかならまだしも天使って……天使ってどゆこと。
確かに色々作ったけど……
「僕は知らないなぁ」
変なあだ名が付くのも嫌なので、僕ははぐらかした。ヴィヴィアンは口を尖らせる。
「えー。見た目が天使っぽいから、そのスイーツの天使様かと思ったのに」
何気に貶してる? 見た目が天使って言われても余り嬉しくない。
そりゃあ、父様も母様も「天使」って言ってくるけども、僕としてはもっと男らしいあだ名の方がいい。
それにしても、急にこんな風に距離感を詰められると、どうしたらいいのか。
普通の人は皆こうなのかな?
彼女と話しているうちに、僕等は教室に辿り着いた。
先生が皆を順番に中に入れながら説明する。
「ここが、中等部の教室です。専攻する科目によって教室が変わりますからね。今回はここで説明します」
言われた教室に入ってみて一番に感じたのは、広いって事。
大学の講義室みたいな造りで、長机が並んでいる。部屋の中央から上に向かって傾斜が出来ていた。だったら上の方に行こう。人目に余り付かない所の方が安心するんだよねぇ。
あ、丁度今、あの男の子が座った辺りが良さそうだ。
その男の子はキリッとした顔立ちで、切れ長な瞳をしている。
僕は彼の横まで行って話しかけた。
「隣いいかな?」
「ど、どうぞ」
断られなくてホッとする。ヴィーと一緒に彼の隣に座った。
一年飛び級の僕からしたら、何処で目を付けられるか分かったもんじゃない。だからビクビクしちゃう。
兄様と姉様も心配してたし、何事も無く済ませたいよ。
案内してくれた先生が、前方の教壇に立った。
「皆さん、中等部に入学おめでとう。中等部を任されているソフィーと申します。専攻する科目によって先生は変わりますが、基本私が皆さんの担当になります。そして、こちらの先生が補佐です」
あぁ、なるほど! 魔法で声を大きくしてるらしい。
メガホンも無いのに、先生の声がよく聞こえる事が不思議だったんだ。
学園長の時は杖を掲げて話していたから、魔法を使っていると見て分かったけど、ソフィー先生は普通に立っているだけだから気付くのが遅れた。もしかしたら学園長の杖は「魔法を使っていますよー」っていうパフォーマンスだったのかな?
ソフィー先生は「大人な美女」って感じの印象。そんなソフィー先生に紹介された補佐の先生は、温厚そうな見た目だ。
「エヴェリーナと申す。担当科目は『体術』だ。よろしく」
わお、男前な女性だったのかい! 見た目と正反対だったから、ちょっと裏切られた感がしたよ。
その後、ソフィー先生から、専攻する科目を三個決めなければならないと説明された。
ちなみに、専攻科目以外に基本科目というのもある。語学と算学と歴史学はこれにあたり、皆共通で勉強するみたい。
専攻科目の一覧を下まで眺めていると……あ! 商学があった。姉様を思い出して苦笑いした。
他は何があるかというと、剣術、槍術、体術、帝王養成学、工学、魔法学、薬学、言語学……うーん、悩むなぁ。
この中からだったら、魔法学と薬学。それに、工学かな?
最近はまっている錬金術は、工学に含まれるらしいしなぁ。
言語学は基本科目の語学をもっと深く追求した内容になるみたいだ。
古代語とかも習うんだねぇ。え? エルフ語とかもあるの⁉
うわうわー! 気になるじゃないか……決心が揺らぎそう。
「君、君の自己紹介の番なんだけど」
隣の男の子が、僕の肩をトントンと叩いた。
「え⁉」
ばっと顔を上げると、皆からの視線を感じた。
あらー? いつの間にか自己紹介が始まってたのか。
「コホン……貴方の紹介をお願いします」
ソフィー先生にそう言われ、僕は慌てて立ち上がる。
「リーンオルゴットと申します。よろしくお願いします!」
「……そ、それだけでいいんですか?」
へ? それ以上に何を言えばいいの?
ソフィー先生の言葉に首を傾げる。
僕が戸惑っていると、先生は次の人に順番を回してくれた。周りの人達はクスクスと笑ってる。
僕の頭の中は「?」でいっぱいだったけど、終わったからいいや~っとそのまま座った。
入れ違いに隣の男の子が立ち上がる。彼が自己紹介をするようだ。
「リアムだ。父はクリストの領主をしている。得意なのは剣術と体術。得意な魔法は水魔法だ」
へー。自己紹介はそうやってするもんなんだね!
隣のリアム君の自己紹介を聞いて、今更ながら一般的な方法を学んだ。
でも、父親が領主とかどうでも良くない? しかも自分の得意な事だって、最初は隠しておいて、後で見せた方が驚くと思うんだけど。そう思うのって僕だけ?
ま、いっか~! 僕は僕、他人は他人だもんね。
そんな事よりも、何の科目を専攻するか決めないと!
自己紹介が終わると、専攻を選ぶ時間となった。
僕は選びきれなくて悶々となる。三科目だけなんて、決められないよう。
ヴィーが僕の肩をポンポンと叩いた。
専攻科目選びに集中したい僕は、返事をするのがちょっと億劫になった。
「なあに?」
溜め息混じりに答えると、彼女は耳に顔を寄せて話してくる。
その距離感にまた困惑する。
人との距離感が近いなぁ、この子は。
「知ってる? リーンのファンクラブが出来そうなの!」
「えー」
そんな事言われても……そもそもこの世界にファンクラブなんてあるんだ?
大体僕は今日初めてここに来たんだけどな。どうしてすぐにそんなものが出来るんだろう。
あんまり気乗りはしない話題だけど、ヴィーの様子は何処かウキウキした感じがするし、ここは乗った方がいいのかな? 困るなぁ、そーゆー話、した事無いんだよねぇ。
「おい。君はリーンオルゴット君と前から知り合いなのか?」
「ん? さっき知り合ったの。貴方はリアム君だったっけ」
驚いた事に、隣の男の子が参加して来た。彼もこの手の話題が好きなのかな?
ちょっと安心したよ。僕一人でヴィーの事を相手にするのは困るんだ。
「そうだ。俺はリアム。君は?」
「私はヴィヴィアン。長いからヴィーって呼んでね♪」
「リアム君は、専攻科目は決まったの?」
僕はすかさず話題を変えた。
女の子の好きそうな話題は苦手なんだ。
僕の質問に、リアム君は少し戸惑いながら答えてくれた。
「お、俺は、剣術と体術は得意だから、槍術と──」
「ねぇねぇ! 専攻科目って決めたぁ?」
前の席の男の子が急に話しかけてきた。リアム君の言葉を遮ってしまう形で。
話していたリアム君は、その男の子を見てムッとしてる。
ここは一つ、穏便に穏便に。
「今ね、リアム君とその話をしてたんだよ。ね?」
「う、うん」
「僕も悩んでるんだけどさ、三つしか受けれないんだもん。困ってるの~」
前の席の男の子は俯くと、専攻科目が載っている用紙を指差して、ブツブツと何か言っている。
うん。取り敢えず、君の名前が分からない。自己紹介の時、専攻科目の事で頭がいっぱいで殆ど聞いていなかったから。
「えっと~、取り敢えず君の名前を聞いてもいいかな?」
「え? 僕はノアだよ~って、さっきも言ったよ~」
ごめんなさい。聞いてませんでした!
心の中で謝罪した。本当にごめんなさい。ここの教室の皆、僕は名前を聞いてませんでした。
まぁ。取り敢えず知れたから一安心。
「ノア君ね。僕はリーンって呼んでね」
「はーい。リーンなら呼びやすいね~! 僕も、ノアって呼び捨てで良いから~」
「私はヴィーで良いからね」
皆改めて呼び方を伝え合う。
それにホッとしたのは僕だけだと思うけど。ありがたいから、いっか。
「じゃあリアムが選んだのってどれ~?」
おっと? 早速リアム君を呼び捨てにするノアに、度胸あるなぁって感心した。
呼び捨てでいいって言われても、ちょっと気が引けるのは僕だけみたいだ。家族以外とあんまり関わって来なかったからなのかな? 皆普通はそうなのかな?
「だから俺は、選ぶなら槍術と帝王養成学と、言語学にしようと思うって、言おうとした」
「ふむふむ」
それだと完全なるエリートっぽいコースだね。
領主の子供はそれが普通なのかな? 僕は帝王養成学とかに全く興味無いんだけど。
「皆はどうする気だ?」
リアム君……リアムに話を振られ、ヴィーが答える。
「私は商学と魔法学と薬学かな」
へー。ヴィーはそれを選ぶのかぁ。
商学は姉様も専攻してたみたいだし、女の子に人気なのかな。
「僕は工学と~薬学と~……うーん、あとは体術かな? 魔法学もいいけど、悩むよ~!」
ノアは魔法学と体術のどちらを選ぶかで悩んでるみたい。指先が二つの科目を行ったり来たりしてる。
見た目が細いノアが体術を学びたいだなんて、ちょっと意外な感じだ。
リアムなら少しがっしりしてるから、納得出来るけど。
「僕も魔法学と工学、薬学にする予定なんだけど。言語学も気になるんだよね」
「え? リーンは、剣術も槍術も体術も選ばないのか?」
え? 何でそんな意外そうな顔をするんだろう。
僕はリアムみたいに、武術向きの体つきじゃないからね。学んだところで上達には限度がある。
それに、前世で武道をたしなんだから、転生前程じゃないとはいえ、今でもそれなりに出来る自信がある。
何より今の僕は、魔法が好きだしね。
剣や槍より魔法の方がいいじゃんか。
するとヴィーがリアムに賛同するように言った。
「男の子って、それのどれかを必ず一つ選んでるよね?」
「そうなの! 僕も父さんに一応、体術か槍術を選んだ方が良いって言われてる~」
ノアもうんうんと頷いている。
……え。そうなの?
武術系よりも魔法の方が絶対使えるのに。
だって、やろうと思えば魔法で何でも出来るよね? それこそ、魔法で剣や槍を出したりさ。それを飛ばしたりも出来る。
魔法学って、皆選ぶくらい人気があるもんだと思ってたよ。
リアムは渋い顔で僕に忠告する。
「一応選んだ方が良い。男ならいざという時に戦えなければ駄目だろう」
「うーん……必要を感じないんだよね。どの武術も、出来ると言えば出来るし」
「「え⁉」」
知っている事を今更専攻するのはつまんないんだよね。
皆に前世の事を言っても仕方ないので、それ抜きで説明する。
「僕は剣術も槍術も体術も、独学で習得してるんだ」
「どくがくって何の科目~? ここに載ってた? 僕の紙からは漏れてる?」
あちゃー、それからなのか。
物凄く用紙を見てるノアには悪いんだけど、そんな科目はありません。
まだ十歳だもんねえ。仕方ない。僕が独学の意味を教えると、ぽかーんと口を開いた三人。
この先も精神的な年の差に悩まされる事になりそうだと感じた瞬間だった。
それから少し経ち、僕は九歳となった。後一年で学園の中等部に入る……はずだったんだけど、父様と母様がお爺様からのお呼び出しを受け、状況は一変した。
なんと、僕に飛び級入学の話が来たのだ。
両親共に、どうやらお爺様に怒られたご様子。
曰く、高等部の試験にすら合格出来る学力の僕を、いつまで手元に置いておく気なのかと。狭い世界に閉じ込めようとする父様と母様(だけじゃないけどね)に、過保護だと言ったようだ。
お爺様からは「もう高等部からでいいじゃろ」と言われたけど、それは拒否したらしい。
なので、一年早く中等部に入る事になりました!
だから僕は今、学園入学の準備をしている。制服に指定の教材。色んなものが必要だ。
しかしそんな準備の最中に……
「本当に行くのかい?」
「わ、私のリーンが……」
「兄様、姉様……」
兄様もヴァイラ姉様も「この世の終わり」ってお顔をして、僕の準備の邪魔をしていた。
持って行く物を、『インベントリ』の魔法を掛けた鞄にしまう……と、二人がそれを出してしまう。
聖獣達はそんな二人の足下でやいのやいのと騒いでいる。
〈主様の邪魔ですよ 御二方〉
〈鞄を奪えば早い〉
〈僕の入る所何処?〉
「ちょ、皆……」
イピリアだけだよね、こーゆー時に僕を助けてくれるのってさ。
アクリスは学園入学に反対するし。カルキノスはついて来る気満々だし。
本当に皆僕の邪魔ばかり……
溜め息を吐く僕をよそに、兄様は名案を思いついたとばかりに手を叩いた。
「僕が先生として学園に……」
「あら。兄様もそうお考えですか?」
「ちょっとちょっと! ヴァイラ姉様は卒業したばかりですよね? それに兄様は父様のお手伝いがありますよね?」
「そんなのどうとでもなるよねぇ」
「そんなのどうとでもしますわ」
ひーん……本当に学園に行ったら居そうで怖いです。
別に寮に入る訳じゃないのにコレだもんなぁ。そう、僕はここから学園まで馬車の送迎で通うんだ。
大体、兄様と姉様だって学園へ行ってたじゃないか。何で僕は駄目なんだ。
そう言うと、兄様は険しい顔で姉様に目配せする。
「学園にはあの人が居るんだよ? 安心出来ないよねぇ」
「ええ。あの先生なら、リーンをどうにかしようと……あぁ!!」
え? なあにその人。先生なの? 二人で僕をぎゅうぎゅうに抱き締めるから、とうとう僕は身動きが取れなくなりました。
兄様と姉様の言葉は気になるけれど、それ以上に学園に夢を見てしまう。
困っていると、足下に寄って来たアクリスが胸を張って言った。
〈我ならば 共に居ても問題無い〉
さっきまで入学に反対していたくせに、今度はついて行くという。気ままだね、君は。
でもそんな根拠の無い事を、ドヤ顔で言われても安心出来ません。
〈主様の学園生活を しっかりと見届けなければいけません〉
え? イピリアまで来るつもりだったの⁉
〈僕の入る鞄どれ? これになら入れるよ〉
いそいそと鞄へ入ろうとするカルキノス。
その鞄は持って行くやつじゃあないんだけどな……
「家から通うのに、そんな鞄必要無いでしょ?」
〈え? これ持ってくといいよ 僕が入るから〉
オススメされても、そんな大きいのは持って行かないから!
カルキノスが入ったのは、旅行用の鞄だった。
そんな可愛い事されると、カルキノスならぬいぐるみの振りをさせて連れて行けそう……って僕も流されそうになるよ。
だけどここは心を鬼にして、皆を説得しないと。
「ちゃんと帰って来ますから、大丈夫ですから、ね?」
「そうだね! 僕も学園に居るから大丈夫だよ、リーン!」
いやいやいやいや! 兄様はだいぶ前に卒業しましたよね!
しかも行くの決定してるみたいに言ってるけど! そんな優しく美しい瞳を向けられても、僕は頼んでませんからね?
今度はヴァイラ姉様が同調する。
「商学ならば、私でも先生が務まるはずですわ」
「商学? 姉様、僕は商学を専攻する予定は無いですよ?」
「え⁉ リーンは将来、お店を開くのでしたわよね?」
「えっと? 初めてお聞きした話ですが?」
「え?」
え? は僕のセリフですよ、姉様。
まさか母様の言葉を鵜呑みに?
お店なんてやったら、毎日のんびり出来ないよね? 僕はマイペースに日々を過ごしたいんです。
どうせなるなら、冒険者の方がいいですし。薬草の採取だけして暮らしたいなあ。
いよいよ状況が混沌としてきたところで、誰かが咳払いをした。
──コホン。
「レーモンド様、ヴァイラ様。リーンオルゴット様の邪魔をしたら駄目ですよ~」
あ、メイドのアイラさんだ。
彼女の声で二人は渋々離れてくれたが、僕の事は見詰めたままだ。しかも泣きそうな瞳で。
そんなに学園行く事に反対なの? 何があるっていうのさ~。
アイラさんはこちらに向く。
「リーンオルゴット様。支度を済ませてくださいませ」
「はーい」
もう鞄は安心出来ないから、僕の創作魔法のインベントリにしまうよ。これだったら僕しか取り出し出来ないからね!
兄様達に鞄から出されてしまった物を手に取る。
僕が空中に手を翳すと、渦巻きが現れた。そこに荷物をひょいひょいと放り込む。
「「えっ」」
「うん?」
兄様と姉様は目を丸くして固まっていた。
「リーン……今何をしたんだい?」
「よ、羊皮紙が!」
あれ? 兄様と姉様に見せた事、無かったっけ?
「魔法でしまいました」
「何て事だ……いいかい、リーン。ソレを人前で使ったら、絶対駄目だからねぇ?」
「こんな凄い魔法……あぁ!! やっぱりあの先生にリーンが!」
「えっとぉ……?」
肩にぽんっと兄様の手が乗る。
姉様は顔を両手で覆っていた。
二人の反応からすると、コレを人前で使うと、僕の身に何かが起こるらしい?
「じゃあ鞄の方を使うので、それなら大丈夫ですかね?」
「うんうん。余り人前で魔法は使わないようにするんだよ」
「はーい」
魔法を使い過ぎると良くないんだね。
そっかぁ、今までは普通に色々な魔法を使ってたんだけど、学園では控えた方がいいんだね!
聞いといて良かったぁ~♪
兄様達は満足そうに微笑んだ。
「さぁさぁ、僕はちょっと父様の所に行ってくるからねぇ。学園に行く許可をもらわないと」
「あ、私もちょっと父様にお話が」
「……」
……インベントリのせいで、さらに心配になってしまったらしい。
でも、今更ついて来るのは無理だと思うよ。
兄様も姉様もお仕事があるんだから。
†
アルペスピア王国、首都アルぺスピア領内にあるテールレア学園。
正確には、首都に名前は付いていない。ただ、国の代名詞ともいえる王城があるので、皆そう呼んでいるのだ。ちなみに、王城は僕が生まれた頃に一度移転している。前は学園の近くにあったけど、今はルーナ領の側に立っている。一応首都領内ではあるけど。
テールレア学園は、剣術、槍術、体術、魔法を教えるのに特化した学園だ。
ルーナ領からは、馬車に乗って大体三十分くらいで着く。
この学園の卒業生の多くは、冒険者や騎士団、魔法師団への配属を希望する。
加えて研究職を希望する人のために、高等部の上の学校もあった。まだまだ先の事だから、詳しくは見なかったけど。
国内では、歴代の国王や多くの貴族が在籍していた事から、その名を馳せている。
そう、僕のお爺様も父様も兄様も姉様も、この学園を出ている。母様だけは他の学園だったらしい。
初等部行きが叶わなかったあの時から早数年。僕はやっと学園に入学出来た。
今は入学式の最中。学園長のありがたいお話を聞いているところだ。
校長や学園長の話が長いのは、何処の世界でも同じらしい。
「……粛々と学業に励み、その知識を以て国のためになるよう日々励みなさい」
──パチパチパチ。
周りに一拍遅れて僕も拍手する。
あ~。やっと終わった。
この講堂みたいな所に来るまではドキドキしてたのに、いざ学園長の話になったら余りの長さに寝そうになったよ。
ちなみに、聖獣達はお留守番だ。彼等と念話する事も出来ず、ひたすら話を聞くだけだった僕は、ぽや~っとなったけど、何とか起きたまま式を終えた。
先生達に案内されながら、僕達新入生は教室へぞろぞろと足を運ぶ。
「ね、ね、学園長の話長くなかった?」
「ん? 僕?」
突然隣から話しかけられて、眠気が引っ込んだ。
この女の子、誰だ? 隣に居るって事は、クラスメイトの子だよね。
「眠くなったよ」
「だよね。私もうとうとしちゃった! あ、私ヴィヴィアン。ヴィーって呼んでね♪」
「う、うん? 僕はリーンオルゴット。リーンでいいよ」
「リーンオルゴット? え?」
「え?」
口に手を当ててハッとする隣の女の子。
ヴィヴィアンって言うらしい。「ヴィーって呼んで」って気軽に言われたけど、いきなり女の子を呼び捨てだなんて、良いのかな?
目を丸くしたままのヴィヴィアン……ヴィーは、顔を近づけて小声で囁く。
「まさか、スイーツの天使様?」
「ん⁉ なあにそれ」
さっきより距離が近く、僕はちょっと戸惑う。
しかも「スイーツの天使」ってまた微妙なネーミングだよね。
「ルーナ領に特別なスイーツがあるでしょ。それを広めた領主の息子さんの事を、『スイーツの天使様』って呼んでるのよ。あれ? 知らない?」
なあにそれ。スイーツ王子とかならまだしも天使って……天使ってどゆこと。
確かに色々作ったけど……
「僕は知らないなぁ」
変なあだ名が付くのも嫌なので、僕ははぐらかした。ヴィヴィアンは口を尖らせる。
「えー。見た目が天使っぽいから、そのスイーツの天使様かと思ったのに」
何気に貶してる? 見た目が天使って言われても余り嬉しくない。
そりゃあ、父様も母様も「天使」って言ってくるけども、僕としてはもっと男らしいあだ名の方がいい。
それにしても、急にこんな風に距離感を詰められると、どうしたらいいのか。
普通の人は皆こうなのかな?
彼女と話しているうちに、僕等は教室に辿り着いた。
先生が皆を順番に中に入れながら説明する。
「ここが、中等部の教室です。専攻する科目によって教室が変わりますからね。今回はここで説明します」
言われた教室に入ってみて一番に感じたのは、広いって事。
大学の講義室みたいな造りで、長机が並んでいる。部屋の中央から上に向かって傾斜が出来ていた。だったら上の方に行こう。人目に余り付かない所の方が安心するんだよねぇ。
あ、丁度今、あの男の子が座った辺りが良さそうだ。
その男の子はキリッとした顔立ちで、切れ長な瞳をしている。
僕は彼の横まで行って話しかけた。
「隣いいかな?」
「ど、どうぞ」
断られなくてホッとする。ヴィーと一緒に彼の隣に座った。
一年飛び級の僕からしたら、何処で目を付けられるか分かったもんじゃない。だからビクビクしちゃう。
兄様と姉様も心配してたし、何事も無く済ませたいよ。
案内してくれた先生が、前方の教壇に立った。
「皆さん、中等部に入学おめでとう。中等部を任されているソフィーと申します。専攻する科目によって先生は変わりますが、基本私が皆さんの担当になります。そして、こちらの先生が補佐です」
あぁ、なるほど! 魔法で声を大きくしてるらしい。
メガホンも無いのに、先生の声がよく聞こえる事が不思議だったんだ。
学園長の時は杖を掲げて話していたから、魔法を使っていると見て分かったけど、ソフィー先生は普通に立っているだけだから気付くのが遅れた。もしかしたら学園長の杖は「魔法を使っていますよー」っていうパフォーマンスだったのかな?
ソフィー先生は「大人な美女」って感じの印象。そんなソフィー先生に紹介された補佐の先生は、温厚そうな見た目だ。
「エヴェリーナと申す。担当科目は『体術』だ。よろしく」
わお、男前な女性だったのかい! 見た目と正反対だったから、ちょっと裏切られた感がしたよ。
その後、ソフィー先生から、専攻する科目を三個決めなければならないと説明された。
ちなみに、専攻科目以外に基本科目というのもある。語学と算学と歴史学はこれにあたり、皆共通で勉強するみたい。
専攻科目の一覧を下まで眺めていると……あ! 商学があった。姉様を思い出して苦笑いした。
他は何があるかというと、剣術、槍術、体術、帝王養成学、工学、魔法学、薬学、言語学……うーん、悩むなぁ。
この中からだったら、魔法学と薬学。それに、工学かな?
最近はまっている錬金術は、工学に含まれるらしいしなぁ。
言語学は基本科目の語学をもっと深く追求した内容になるみたいだ。
古代語とかも習うんだねぇ。え? エルフ語とかもあるの⁉
うわうわー! 気になるじゃないか……決心が揺らぎそう。
「君、君の自己紹介の番なんだけど」
隣の男の子が、僕の肩をトントンと叩いた。
「え⁉」
ばっと顔を上げると、皆からの視線を感じた。
あらー? いつの間にか自己紹介が始まってたのか。
「コホン……貴方の紹介をお願いします」
ソフィー先生にそう言われ、僕は慌てて立ち上がる。
「リーンオルゴットと申します。よろしくお願いします!」
「……そ、それだけでいいんですか?」
へ? それ以上に何を言えばいいの?
ソフィー先生の言葉に首を傾げる。
僕が戸惑っていると、先生は次の人に順番を回してくれた。周りの人達はクスクスと笑ってる。
僕の頭の中は「?」でいっぱいだったけど、終わったからいいや~っとそのまま座った。
入れ違いに隣の男の子が立ち上がる。彼が自己紹介をするようだ。
「リアムだ。父はクリストの領主をしている。得意なのは剣術と体術。得意な魔法は水魔法だ」
へー。自己紹介はそうやってするもんなんだね!
隣のリアム君の自己紹介を聞いて、今更ながら一般的な方法を学んだ。
でも、父親が領主とかどうでも良くない? しかも自分の得意な事だって、最初は隠しておいて、後で見せた方が驚くと思うんだけど。そう思うのって僕だけ?
ま、いっか~! 僕は僕、他人は他人だもんね。
そんな事よりも、何の科目を専攻するか決めないと!
自己紹介が終わると、専攻を選ぶ時間となった。
僕は選びきれなくて悶々となる。三科目だけなんて、決められないよう。
ヴィーが僕の肩をポンポンと叩いた。
専攻科目選びに集中したい僕は、返事をするのがちょっと億劫になった。
「なあに?」
溜め息混じりに答えると、彼女は耳に顔を寄せて話してくる。
その距離感にまた困惑する。
人との距離感が近いなぁ、この子は。
「知ってる? リーンのファンクラブが出来そうなの!」
「えー」
そんな事言われても……そもそもこの世界にファンクラブなんてあるんだ?
大体僕は今日初めてここに来たんだけどな。どうしてすぐにそんなものが出来るんだろう。
あんまり気乗りはしない話題だけど、ヴィーの様子は何処かウキウキした感じがするし、ここは乗った方がいいのかな? 困るなぁ、そーゆー話、した事無いんだよねぇ。
「おい。君はリーンオルゴット君と前から知り合いなのか?」
「ん? さっき知り合ったの。貴方はリアム君だったっけ」
驚いた事に、隣の男の子が参加して来た。彼もこの手の話題が好きなのかな?
ちょっと安心したよ。僕一人でヴィーの事を相手にするのは困るんだ。
「そうだ。俺はリアム。君は?」
「私はヴィヴィアン。長いからヴィーって呼んでね♪」
「リアム君は、専攻科目は決まったの?」
僕はすかさず話題を変えた。
女の子の好きそうな話題は苦手なんだ。
僕の質問に、リアム君は少し戸惑いながら答えてくれた。
「お、俺は、剣術と体術は得意だから、槍術と──」
「ねぇねぇ! 専攻科目って決めたぁ?」
前の席の男の子が急に話しかけてきた。リアム君の言葉を遮ってしまう形で。
話していたリアム君は、その男の子を見てムッとしてる。
ここは一つ、穏便に穏便に。
「今ね、リアム君とその話をしてたんだよ。ね?」
「う、うん」
「僕も悩んでるんだけどさ、三つしか受けれないんだもん。困ってるの~」
前の席の男の子は俯くと、専攻科目が載っている用紙を指差して、ブツブツと何か言っている。
うん。取り敢えず、君の名前が分からない。自己紹介の時、専攻科目の事で頭がいっぱいで殆ど聞いていなかったから。
「えっと~、取り敢えず君の名前を聞いてもいいかな?」
「え? 僕はノアだよ~って、さっきも言ったよ~」
ごめんなさい。聞いてませんでした!
心の中で謝罪した。本当にごめんなさい。ここの教室の皆、僕は名前を聞いてませんでした。
まぁ。取り敢えず知れたから一安心。
「ノア君ね。僕はリーンって呼んでね」
「はーい。リーンなら呼びやすいね~! 僕も、ノアって呼び捨てで良いから~」
「私はヴィーで良いからね」
皆改めて呼び方を伝え合う。
それにホッとしたのは僕だけだと思うけど。ありがたいから、いっか。
「じゃあリアムが選んだのってどれ~?」
おっと? 早速リアム君を呼び捨てにするノアに、度胸あるなぁって感心した。
呼び捨てでいいって言われても、ちょっと気が引けるのは僕だけみたいだ。家族以外とあんまり関わって来なかったからなのかな? 皆普通はそうなのかな?
「だから俺は、選ぶなら槍術と帝王養成学と、言語学にしようと思うって、言おうとした」
「ふむふむ」
それだと完全なるエリートっぽいコースだね。
領主の子供はそれが普通なのかな? 僕は帝王養成学とかに全く興味無いんだけど。
「皆はどうする気だ?」
リアム君……リアムに話を振られ、ヴィーが答える。
「私は商学と魔法学と薬学かな」
へー。ヴィーはそれを選ぶのかぁ。
商学は姉様も専攻してたみたいだし、女の子に人気なのかな。
「僕は工学と~薬学と~……うーん、あとは体術かな? 魔法学もいいけど、悩むよ~!」
ノアは魔法学と体術のどちらを選ぶかで悩んでるみたい。指先が二つの科目を行ったり来たりしてる。
見た目が細いノアが体術を学びたいだなんて、ちょっと意外な感じだ。
リアムなら少しがっしりしてるから、納得出来るけど。
「僕も魔法学と工学、薬学にする予定なんだけど。言語学も気になるんだよね」
「え? リーンは、剣術も槍術も体術も選ばないのか?」
え? 何でそんな意外そうな顔をするんだろう。
僕はリアムみたいに、武術向きの体つきじゃないからね。学んだところで上達には限度がある。
それに、前世で武道をたしなんだから、転生前程じゃないとはいえ、今でもそれなりに出来る自信がある。
何より今の僕は、魔法が好きだしね。
剣や槍より魔法の方がいいじゃんか。
するとヴィーがリアムに賛同するように言った。
「男の子って、それのどれかを必ず一つ選んでるよね?」
「そうなの! 僕も父さんに一応、体術か槍術を選んだ方が良いって言われてる~」
ノアもうんうんと頷いている。
……え。そうなの?
武術系よりも魔法の方が絶対使えるのに。
だって、やろうと思えば魔法で何でも出来るよね? それこそ、魔法で剣や槍を出したりさ。それを飛ばしたりも出来る。
魔法学って、皆選ぶくらい人気があるもんだと思ってたよ。
リアムは渋い顔で僕に忠告する。
「一応選んだ方が良い。男ならいざという時に戦えなければ駄目だろう」
「うーん……必要を感じないんだよね。どの武術も、出来ると言えば出来るし」
「「え⁉」」
知っている事を今更専攻するのはつまんないんだよね。
皆に前世の事を言っても仕方ないので、それ抜きで説明する。
「僕は剣術も槍術も体術も、独学で習得してるんだ」
「どくがくって何の科目~? ここに載ってた? 僕の紙からは漏れてる?」
あちゃー、それからなのか。
物凄く用紙を見てるノアには悪いんだけど、そんな科目はありません。
まだ十歳だもんねえ。仕方ない。僕が独学の意味を教えると、ぽかーんと口を開いた三人。
この先も精神的な年の差に悩まされる事になりそうだと感じた瞬間だった。
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