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八章・突然の別れ
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***
翌日の朝
「ああ、もう。何着ていけばいいのかぜんっぜん、わかんなあああい」
珍しく、私は声を張り上げた。きっと部屋の外では家族が目を丸くしているに違いない。
デート。今まで人付き合いのひの字も知らなかった。それがいきなりデートなんて、いくらなんでもハードルが高すぎる。私は頭をボリボリと両手で勢いよく引っ掻いた。
しかも海岸のゴミ拾いの後のデートなんて。聞いたことがない。
暇つぶしにと買っていた雑誌を、バラバラとめくるけれど朝のゴミ拾いのほかは、ほとんどひきこもりだった私だ。
手本にするものはあれど、肝心の服がない。散々、悩んで困って、そのあげく、私はいつもの格好で家を出たのだから突っ込みどころ満載だ。
ただひとつだけ、白色のハンドバッグを持った。そこにつけられた熊のチャームは中学のとき、唯一の友だちから贈られたもの。
今では音信不通になってしまったけれど、私はそれをお守りにして、中学へ通った。そのおかげで、まともに中学を卒業できた、といっても過言ではないだろう。
今日も、私がへまをしないように、見守ってくれるはずだ……ったのに、のっけから遅刻。服選びに時間をかけすぎた。ミュールは走りづらいし、思うようにスピードも出ない。
大失敗だ。
息を切らせながら砂浜についたときにはもう、
いつもの時間から30分以上も遅れてしまっていた。
焦って辺りを見回し、私は、ほっと息をつく。
いた……海斗だ。
いつもの野球帽ではなく、麦わら帽子を、いつものラフなタンクトップではなく、アロハシャツを、足元はいつもの、白いハーフパンツとサンダル。
「ごめん、遅くなって」
「気にしてないよ」
海斗はそう言って、堤防からピョンと飛び降りた。
その時に目に入ったのだろう。チャームを指差して言った。
「それ、よく似合ってるよ」
「大切な…友だちにもらったの……宝物なんだ」
「ふーん」
にこやかに笑って、海斗は一瞬で私の手を握った。
「さ、じゃあ行こう」
そして、向こうに小さく見える駅を目指して走りはじめた。
「え、ゴミ拾い……」
慌てて私は言ったが、
「今日ぐらいおやすみしよう。時間がもったいないよ」と、はしゃいで見せる。
ゴミ拾いしないなら、もう少し可愛い服、来てこられたのに。と、思ってから私は、ひとり首を振る。
どうして可愛い服なんか、来てこなきゃいけないんだ。彼氏でもない海斗に、そこまで気を遣わなきゃならない理由がどこにあるんだ。そんな理屈で考えの上書きをした。
けれど、どうしたことだろう。無理矢理に繋がれた手のひらのあたたかさは、じんわりと心まで浸透している様だった。
***
コーヒーショップのキャラメルラテ
だるまポテトに焼きたてのお煎餅
わたあめ専門店にチョコレート専門店
統一性はゼロだけどせっかくだからと、ふたりで食べたいものを片っ端から食べた。
アイスを舐めながら、ゲームセンターで、一体いくら遣ったのか……海斗が私の欲しがった、大きな猫のぬいぐるみをとってくれた。ふわっとした感触。
まるで、海斗の心みたいだと思う。丸くて、優しい海斗の心。そんな事を思ってしまってから、一人で顔を赤くする。
「あ……りがと」
私は海斗にはじめて、そう告げた。
今まで伝えなければならない時は、きっと山のようにあったのに。
すると海斗は私の頭をくしゃっとなでて
「プリクラ、撮ろうか」と、言う。
「え、いいよ。こんな格好だし
私、プリクラはじめてで」
左右に首を振ってみても、海斗の勢いは止まらない。
「いいからいいから」
プリクラ機の中へ押しやられた。
眩しい光。姿鏡のような画面。写し出される私の顔。髪の毛がおかしくないかチェックしていると、海斗が突然、私の耳元でささやいた。
「かわいいよ」
きゅんと縮む心臓。どんな顔をしたらいいのかわからなくて、私は聞こえなかったふりを決め込んで写真撮影にのぞんだ。
「はい、これ、はるかの分」
プリクラをパキッと折り切ると、海斗はそう笑った。手渡されたシールの中の私は楽しそうに笑っていて、そして……ほんの少し恥ずかしそうに見える。
海斗と一緒にいる私は、まるで私じゃないみたいに、感情が表に出ているらしい。純粋にそのことが嬉しかった。
ゲームセンターの外に出ると、夕焼け色の空が瞳の中に飛び込んできた。もう、こんな時間。
「そろそろ……帰ろうか」
海斗が肩を叩いて、私に微笑む。夕暮れ時がこんなに寂しいなんてたったひとりでは、わからなかった。
ぐっと込み上げるもの。寂しさと、涙、それから……ほんのわずかな、恋しさ。
帰路を歩みながら私ははじめて、自分から海斗の服の裾をつかんだ。海斗は、驚いたように私の手元を見つめる。
「はるか、どうした?」
「あ……」
まだ帰りたくないと口に出そうとしたが、それがどれほど、はしたない言葉なのか気がついて、違う言葉をひねり出した。
「明日も、浜で待ってるから」
なけなしの勇気を出す。海斗なら受け止めてくれる気がした。跳ね返ってくることはないと信じられた。
でも海斗は、一瞬、眉をひそめて、そして困ったように笑う。
「ありがとう、でも……帰らなきゃならない。明日からはもう、はるかの砂浜にはいけないんだ」
「……え」
視界から色が消えたようだった。
翌日の朝
「ああ、もう。何着ていけばいいのかぜんっぜん、わかんなあああい」
珍しく、私は声を張り上げた。きっと部屋の外では家族が目を丸くしているに違いない。
デート。今まで人付き合いのひの字も知らなかった。それがいきなりデートなんて、いくらなんでもハードルが高すぎる。私は頭をボリボリと両手で勢いよく引っ掻いた。
しかも海岸のゴミ拾いの後のデートなんて。聞いたことがない。
暇つぶしにと買っていた雑誌を、バラバラとめくるけれど朝のゴミ拾いのほかは、ほとんどひきこもりだった私だ。
手本にするものはあれど、肝心の服がない。散々、悩んで困って、そのあげく、私はいつもの格好で家を出たのだから突っ込みどころ満載だ。
ただひとつだけ、白色のハンドバッグを持った。そこにつけられた熊のチャームは中学のとき、唯一の友だちから贈られたもの。
今では音信不通になってしまったけれど、私はそれをお守りにして、中学へ通った。そのおかげで、まともに中学を卒業できた、といっても過言ではないだろう。
今日も、私がへまをしないように、見守ってくれるはずだ……ったのに、のっけから遅刻。服選びに時間をかけすぎた。ミュールは走りづらいし、思うようにスピードも出ない。
大失敗だ。
息を切らせながら砂浜についたときにはもう、
いつもの時間から30分以上も遅れてしまっていた。
焦って辺りを見回し、私は、ほっと息をつく。
いた……海斗だ。
いつもの野球帽ではなく、麦わら帽子を、いつものラフなタンクトップではなく、アロハシャツを、足元はいつもの、白いハーフパンツとサンダル。
「ごめん、遅くなって」
「気にしてないよ」
海斗はそう言って、堤防からピョンと飛び降りた。
その時に目に入ったのだろう。チャームを指差して言った。
「それ、よく似合ってるよ」
「大切な…友だちにもらったの……宝物なんだ」
「ふーん」
にこやかに笑って、海斗は一瞬で私の手を握った。
「さ、じゃあ行こう」
そして、向こうに小さく見える駅を目指して走りはじめた。
「え、ゴミ拾い……」
慌てて私は言ったが、
「今日ぐらいおやすみしよう。時間がもったいないよ」と、はしゃいで見せる。
ゴミ拾いしないなら、もう少し可愛い服、来てこられたのに。と、思ってから私は、ひとり首を振る。
どうして可愛い服なんか、来てこなきゃいけないんだ。彼氏でもない海斗に、そこまで気を遣わなきゃならない理由がどこにあるんだ。そんな理屈で考えの上書きをした。
けれど、どうしたことだろう。無理矢理に繋がれた手のひらのあたたかさは、じんわりと心まで浸透している様だった。
***
コーヒーショップのキャラメルラテ
だるまポテトに焼きたてのお煎餅
わたあめ専門店にチョコレート専門店
統一性はゼロだけどせっかくだからと、ふたりで食べたいものを片っ端から食べた。
アイスを舐めながら、ゲームセンターで、一体いくら遣ったのか……海斗が私の欲しがった、大きな猫のぬいぐるみをとってくれた。ふわっとした感触。
まるで、海斗の心みたいだと思う。丸くて、優しい海斗の心。そんな事を思ってしまってから、一人で顔を赤くする。
「あ……りがと」
私は海斗にはじめて、そう告げた。
今まで伝えなければならない時は、きっと山のようにあったのに。
すると海斗は私の頭をくしゃっとなでて
「プリクラ、撮ろうか」と、言う。
「え、いいよ。こんな格好だし
私、プリクラはじめてで」
左右に首を振ってみても、海斗の勢いは止まらない。
「いいからいいから」
プリクラ機の中へ押しやられた。
眩しい光。姿鏡のような画面。写し出される私の顔。髪の毛がおかしくないかチェックしていると、海斗が突然、私の耳元でささやいた。
「かわいいよ」
きゅんと縮む心臓。どんな顔をしたらいいのかわからなくて、私は聞こえなかったふりを決め込んで写真撮影にのぞんだ。
「はい、これ、はるかの分」
プリクラをパキッと折り切ると、海斗はそう笑った。手渡されたシールの中の私は楽しそうに笑っていて、そして……ほんの少し恥ずかしそうに見える。
海斗と一緒にいる私は、まるで私じゃないみたいに、感情が表に出ているらしい。純粋にそのことが嬉しかった。
ゲームセンターの外に出ると、夕焼け色の空が瞳の中に飛び込んできた。もう、こんな時間。
「そろそろ……帰ろうか」
海斗が肩を叩いて、私に微笑む。夕暮れ時がこんなに寂しいなんてたったひとりでは、わからなかった。
ぐっと込み上げるもの。寂しさと、涙、それから……ほんのわずかな、恋しさ。
帰路を歩みながら私ははじめて、自分から海斗の服の裾をつかんだ。海斗は、驚いたように私の手元を見つめる。
「はるか、どうした?」
「あ……」
まだ帰りたくないと口に出そうとしたが、それがどれほど、はしたない言葉なのか気がついて、違う言葉をひねり出した。
「明日も、浜で待ってるから」
なけなしの勇気を出す。海斗なら受け止めてくれる気がした。跳ね返ってくることはないと信じられた。
でも海斗は、一瞬、眉をひそめて、そして困ったように笑う。
「ありがとう、でも……帰らなきゃならない。明日からはもう、はるかの砂浜にはいけないんだ」
「……え」
視界から色が消えたようだった。
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