六芒星の奇跡

あおい たまき

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七章・でぇと

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 海斗が海へ現れてから一ヶ月の日々が流れた。

この頃には私と彼はまるで友だちのように、言葉を交わすようになった。久しぶりの感覚……心が生き返る気すらした。

 その日もゴミ拾いを早々に切り上げ、砂浜の外側の堤防に腰かけて、他愛ない会話を楽しむ。

「海斗ってAB型でしょ」 
「ブー、便座でした」
「……寒いわ」
「よかったね、涼しくなって」


 どんな冷たく接しても、どんなに無視を決め込んでも、海斗は、いつも明るく私に接してくれた。そのことが、「この人は絶対に私を裏切らないんじゃないか」という見込みに変わっていくのだから、不思議なものだ。


 むすっとへの字に曲げていた私の唇は、いつの間にかやわらかく微笑むようになり、いつも何かを威嚇していた三白眼は、次第にもとに戻っていった。

 かさかさだった唇には、リップがぬられるようになり、くたくたのハーフパンツは新調し、ビーチサンダルはミュールに変わる。

 自分が変わっていくさまは怖くもあり、そしてちょっぴり嬉しくもあった。根雪のような心のしこりが僅かずつ、とろとろとやさしく、溶けてゆくのを感じていた。



 ひとりぼっちだった砂浜。好きだったはずのひとりぼっち。

 今は砂浜に来れば、ひとりぼっちじゃなくなる。
そのことが私を突き動かして、今やゴミを拾うためでなく、海斗に……会うために海岸を訪れている。

 別に男女のあれこれというわけでも、ここに友情が芽生えているわけでもないのに、彼の笑顔を見るたびに、心は安らいでいく。

「ん?お嬢さんどうしたの」
 横顔を見つめられていることに、気づいた海斗が私を見て笑う。

「……そのお嬢さんての、やめて」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
嬉しそうな顔をして笑う彼の目は、まるでしっぽを振って喜ぶ犬のように、きらきらと輝いている。

「……はるか」
「はるか、か。そうか」
何か深く納得するように、海斗は頷いた。

「……どうか、した?」
「いや、あ、そうだはるか」
 教えたばかりの名を呼んだ海斗に向き直ると、彼は時期にこう、告げた。

「明日ここをきれいにしたら……街へ出掛けない?」
「街へ?」
「そう、俺とデートしてほしい」
「デ……ッ」
 思いがけない申し出に、私は目を丸くした。


 頭の中はショート寸前。頭から溶岩でも噴き出すんじゃないか。それほど、全身が熱く燃えた。

「い……」
 行かない、そう言いかけたとき
「行かないは無し。選択肢は行くしかないよ」
海斗は、そう、先手を打つ。


「どうする?行く?行かない」
 選択肢はないと言いながらこの問いかけだ。ずるい。じとっと彼を睨みながら
「選択肢は……ないんでしょ」
私はそう答えた。


「じゃあ決まり!」
暑い……暑い、暑すぎる。
これは夏の太陽のせいだけだろうか。
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