六芒星の奇跡

あおい たまき

文字の大きさ
上 下
5 / 10

五章・神様に会った男

しおりを挟む
  ***

「おはよう、お嬢さん」
 かれこれ一週間、私のテリトリーに、侵入してくる犬……宍戸海斗(ししどかいと)。その名は、三日目に誰も聞いていないにも関わらず、本人が言っていた。

 私はこの一週間、無言を貫いてきた。

 海斗は、はつらつとしていてとても明るいから
この通り、話しかけてくることも多い。尋ねられたことに何も答えないのは失礼なやつだ、とも思うけれど、もう長いこと家族との対話すら、絶ってきた私だ。

 そう容易く、ほがらかな笑顔で
「おはよう、今日も元気ね」
なんてこと、言えるわけがない。

 出来ればひとりっきりの世界で、ひとりっきり出来れば生きて、ひとりっきりで死んでいきたい。そう、思っていたのに。


「いやあ、今日も海がきれいだね、キラキラ光って眩しい」
 無理やりテリトリーの中に転げてきた彼のことが、気になり始めていた。
「生きるっていいなあ。……ねえお嬢さん、そうは思わない?」


 私の手首の傷をしっかり見ておいて、いともたやすく、生きることを説くとは……海斗は、怖くないのだろうか。

 だいたい朝のこの時間と言えば、男は出勤の支度に大忙しではないか。交代制の仕事にしたって、一週間もこの時間にここへ来られるものか。かといって夏休みを謳歌している学生風でもなし、この辺りに大学と呼べるような場所もなし。



 海斗はどこの誰なんだろう。単純に興味が沸いた。

「ねえ」
 小さく震えた私の声が、宙に舞う。一呼吸のあと、ゆっくりと振り返る海斗は、皿のように丸い目をくるっとさせて頭をあげた。

「え、何?」
「あなたって、何者?」
目を見張る。

「ん、どういうこと?」
「だって……変だわ。こんな時間にあなたみたいな大人が、そんなことしてるなんて」

 海斗は、んん、と一唸りしたあとで
「都会から来たよ。言うなれば、神様に会った男かな」と、いたずらっぽく笑った。

 大柄な男がまるで小さなこどものような、笑顔を見せる。急速な鼓動が胸を叩いて、私は動揺をかくせずに、慌てて視線をおとした。

「バカみたい、神様なんているわけがないのに」
「そう?でもいるんだなあ、神様は」
 海斗は、あっけらかんという。


「あなたみたいな大人が、サンタクロースよりも非現実的な神様を信じるなんて……」
 呆れながら放り出した言葉に海斗は、反論しようとしたのだろう。
「だって、俺」
 そう言ってから、我に返ったように口をつぐんだ。そのことは私の心にわずかにひっかかったが、追求することもばかばかしくて、私はまたゴミの流れ着いた砂浜に視線を戻す。

 すると、海斗は明るくほがらかな声で
「きっとね、俺たちの出会いも、神様が与えてくれたんだよ」
と、笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...