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四章・障られた傷
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明くる日も私は、いつも通りの時間に、いつも通りのダサい格好で、いつも通りの壊れかけたサンダルをはいて、いつも通りのゴミ袋を抱えて、いつもの砂浜に出掛けた。
男のことはすっかり忘れていた。どうせ、一度のすれ違い。覚えていたところで、どうなるものでもない。
コンクリートを山に流しただけの、でこぼこしたコンクリ坂をトトントト……と下れば、すぐに砂浜にたどり着く。
粗末なサンダルを脱いで浜の砂を踏む。さらさらと足にまとわりついて、足を埋めていく。埋まりかけたら、また歩を進めて、その様子を見つめて……。
今日も砂浜は、ゴミがたくさん。
どこから流れ着いたのか流木。どこゆくの船から落ちたのか浮き玉。どこぞの川から歩いてきたやら長靴。そして、誰の手を離れたか、空き缶の山……。
「バイバイ」
いつも通りの台詞で、袋にいれていく。この瞬間はいつも、何か切ないけれど、じんわりと沸く期待感の方が強い。
「サンタクロースももしかしたら
こんな気持ちなのかな」
ひとりごとをぽつんと宙に投げた。
その時だ。視界の端に動くものがある。
視線をそちらに向けると、昨日の男が袋を担いで、砂浜を見回しながら歩いていた。
どこかで聞いた警告音。テリトリーへの侵入者発見。
私が眉をひそめて観察していると、時期に男はこちらに気がついた。
「おはよう、お嬢さん」
そして、私にゆっくりと歩み寄る。
「ここゴミすごいんだね。いつもこんな感じ?」
私が何も答えずに、男が抱える袋を見ていると、彼は、言った。
「ああ、昨日お嬢さんを見て、すごいなあ。えらいなあと思って。触発されたんだ。俺も今日からゴミ拾い手伝うよ」
手伝うという言い方が癪だった。
「別に……手伝いが、必要なわけでも手伝ってほしいわけでも……ありません、から」
すると男は困ったように頭を二度掻いて笑う。
「ごめん、嫌な言い方だったね……ええと。俺もゴミ拾いすることにしたので、これからよろしく」
なんだろう、この屈託のなさは。悩み事なんか、全く無さそうな笑顔が癪に障り、私は無言で彼を背にして、ゴミを集め始めた。
男の視線を背中で感じる。流木のかけらをつかんだ手が緊張で震えた。私はもう一方の手で、震える手を包んだ。その時、裏返された手首に男は反応した。
「……その、傷……星……」
見られた。カッと体の中が熱くなる。触れられたくない傷に塩でも、塗り込まれたかのように、心に痛みが走った。反射的に男を睨み上げる。
すると男は、何故だろう。にっこりと笑って私から視線をずらし、ゴミを拾いはじめた。
私のテリトリーはこの日から、わずかずつ……形を変えていくことになった。
明くる日も私は、いつも通りの時間に、いつも通りのダサい格好で、いつも通りの壊れかけたサンダルをはいて、いつも通りのゴミ袋を抱えて、いつもの砂浜に出掛けた。
男のことはすっかり忘れていた。どうせ、一度のすれ違い。覚えていたところで、どうなるものでもない。
コンクリートを山に流しただけの、でこぼこしたコンクリ坂をトトントト……と下れば、すぐに砂浜にたどり着く。
粗末なサンダルを脱いで浜の砂を踏む。さらさらと足にまとわりついて、足を埋めていく。埋まりかけたら、また歩を進めて、その様子を見つめて……。
今日も砂浜は、ゴミがたくさん。
どこから流れ着いたのか流木。どこゆくの船から落ちたのか浮き玉。どこぞの川から歩いてきたやら長靴。そして、誰の手を離れたか、空き缶の山……。
「バイバイ」
いつも通りの台詞で、袋にいれていく。この瞬間はいつも、何か切ないけれど、じんわりと沸く期待感の方が強い。
「サンタクロースももしかしたら
こんな気持ちなのかな」
ひとりごとをぽつんと宙に投げた。
その時だ。視界の端に動くものがある。
視線をそちらに向けると、昨日の男が袋を担いで、砂浜を見回しながら歩いていた。
どこかで聞いた警告音。テリトリーへの侵入者発見。
私が眉をひそめて観察していると、時期に男はこちらに気がついた。
「おはよう、お嬢さん」
そして、私にゆっくりと歩み寄る。
「ここゴミすごいんだね。いつもこんな感じ?」
私が何も答えずに、男が抱える袋を見ていると、彼は、言った。
「ああ、昨日お嬢さんを見て、すごいなあ。えらいなあと思って。触発されたんだ。俺も今日からゴミ拾い手伝うよ」
手伝うという言い方が癪だった。
「別に……手伝いが、必要なわけでも手伝ってほしいわけでも……ありません、から」
すると男は困ったように頭を二度掻いて笑う。
「ごめん、嫌な言い方だったね……ええと。俺もゴミ拾いすることにしたので、これからよろしく」
なんだろう、この屈託のなさは。悩み事なんか、全く無さそうな笑顔が癪に障り、私は無言で彼を背にして、ゴミを集め始めた。
男の視線を背中で感じる。流木のかけらをつかんだ手が緊張で震えた。私はもう一方の手で、震える手を包んだ。その時、裏返された手首に男は反応した。
「……その、傷……星……」
見られた。カッと体の中が熱くなる。触れられたくない傷に塩でも、塗り込まれたかのように、心に痛みが走った。反射的に男を睨み上げる。
すると男は、何故だろう。にっこりと笑って私から視線をずらし、ゴミを拾いはじめた。
私のテリトリーはこの日から、わずかずつ……形を変えていくことになった。
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