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二章 伊達政宗

第一六話 交際許可

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 医務室の向こうで張り上がったひとつの声が、二人の肩を震わせる。


「景綱あんたここで何してんの」


「いっ!?姉……さんっ、しっ、しぃー!」
 景綱と聞いて政宗は反応する。
「小十郎と……喜多姉?」
 理子と顔を見合わせ、その声に耳を傾けた。


「坊っちゃんは医務室って聞いたよ。でっかい図体でドアの前突っ立ってんじゃないの。医務室ってここでしょ」
「はい、いや、そうではなくて、姉さんちょっと」
「何?景綱、あんた邪魔だよ」
「今はやめた方がいい……と思」
「今も後もないっ!坊っちゃんを病院に連れていくの、頭に野球ボールが当たったって。こんなところで油売る暇があったらそのボール打った生徒でも探して竹刀で一丁叩いてきなさいよ!ほら、おどき」
「ちょ、いでっ、あっ」


 いつものぶっきらぼうな片倉からは想像も出来ないような声が聴こえたかと思うと、医務室のドアが、勢いよく開いた。


 そこには長い黒髪をポニーテールに結った女が立っている。片倉の姉、喜多だった。

 大きな胸、細いくびれ。さすが片倉の姉だ、たっぱはそこらの男よりあった。大作りな体とは裏腹に、端正な顔立ち。目は大きく、鼻はすらりと高く、パールが入ったサーモンピンクのルージュが薄い唇によく似合っていた。



「坊っちゃん!!大丈夫ですか」
 幼い頃から政宗の身の回りの世話をしてきた喜多は、政宗の包帯姿を見るなり、血相を変えてベッドの際に駆け寄ってきた。


 しばらくあれこれと政宗の傷を覗くなどしていた喜多だったが、はたと理子の存在に気がつく。恥ずかしそうにうつむく理子と、赤い顔の政宗。ただならぬ雰囲気の二人と対峙たいじした喜多は、目を丸くして、片倉を見やる。



「あ、あれ。これ邪魔したの?私」
「だから今は入るなと」
 片倉は眉間を押さえて、大きなため息をついたその時。
「ということは片倉くん」
 片倉の後ろから、声をかけたのは、明智だ。


「貴方、盗み聞きをしていましたね?」
「なっ、俺はただ」
「おっと失礼……盗み見も、でしたか。君は背が高いから、ここの上窓からなら中が手にとるように見えますねえ」
 からからと笑いながら、図星を指されて醜態に顔を染める片倉を押し退けて、医務室に入った明智は、喜多と何やら話し込む。


 政宗は、片倉を見つめた。片倉はばつ悪そうに政宗から目を反らした。政宗はふっと息をつくと、ベッドから足を投げ、立ち上がる。もう動いても大丈夫なものなのかと、心配する理子の手を引いて、政宗は片倉の元にゆっくりと歩み寄る。



「小十郎」
政宗は理子と並んで、片倉の前に立つと、真っ直ぐな眼差しで彼を見つめた。


「はい」
「俺のこと心配して来てくれたのか」
「……はい」
「さっき俺たちのこと見てたってのは本当か」
「……申し訳ありません」
 片倉の大きな体が一回り小さくなった気がする。90度に腰を折り、謝罪を口にする片倉の肩を、政宗はぽんと叩いて呟いた。

「じゃあ俺が理子にキスすんの、なんで止めなかったんだよ」
「そんな野暮は……できません」
「お前との約束破ったんだぞ俺。小十郎、いつも言ってるじゃん。約束は守らなきゃならないって。いつものお前なら、約束不履行ですっとか言ってさ、医務室飛び込んででもやめさせたはずだ」


 片倉は言葉に詰まり、理子の顔を盗み見る。理子の表情は固い。それでも、喫茶店で話した時の、伏し目がちで自信無さげな理子ではない。理子は、まっすぐ片倉を見つめていた。胸が締め付けられる。


「俺はもう……、何も言うことはありませんよ」
 片倉はふうと息をついてゆっくりと言う。
「え」
「二人が共にあることが、政宗の幸せなら」
 そう告げたあとで、片倉は理子の高さに視線を合わせた。


「大鳥理子」
「ははははははは、はい」
「政宗を、頼む」
 静かに声にした片倉は、理子の頭を優しく撫でた。理子の目に涙がにじむ。


「あり……がとうございます」
 理子は涙をいっぱいに溜めて、赤らめた頬で満面笑う。その表情を見た片倉は、困り果ててその笑顔から目を反らした。

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