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二章 伊達政宗

第一一話 勇気と葛藤

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「理子……」
 口をついて出たのだろう。しかしすぐに片倉との約束を思い出し、政宗は気まずそうに理子から視線を反らす。


「ととととと、隣、いいかな」
 理子はひとにぎりの勇気を声にする。


 政宗はしばらく悩んだが、やがて己の左側にあった荷物を無言で避け、理子の座るスペースをあけた。


 理子は心底ほっとして、政宗の隣へと腰を下ろす。


「こんなとこで油売ってねえで行けよ。もうすぐ朝礼はじまるよ……遅刻するぞ」
「伊達くんこそ、いいの?」
「俺は、うん。いい。でも理子は……」
「ううん、じゃあ、私もいい」


 理子は青空に両手をかかげ、空を仰ぎながらそう笑った。その横顔を見つめると、政宗は一気にのぼせ上がる。

 胸が高鳴った。会わなければ忘れられると思っていたのに。想いは膨らむ一方だ。胸の奥が苦しい。

 自覚する……理子が自分にとってどれだけ大きな存在になりつつあるかを。



「理子……」
「ん?」
 ふいに理子の名を呟いてしまった政宗は、しばし焦って話題を探し、今、思い付いたかのように言った。


「あ、この間……小十郎が余計なこと言ったみたいで、ごめんな」
「ううん……いっぱい考えさせてもらったから、片倉先輩には感謝してる。でも」
「ん?」
 理子を覗き込んだ政宗と、ふいに視線がぶつかる。


 理子は膝の上で拳を握る。勇気を出せ、勇気を出せと何度も自分に言い聞かせて叫ぶように言った。



「わわわわわ私っほほほほほほんとに申し訳な、ないんだけどっ」
 喉がかわく。ひとつ音を出すたび、内臓が飛び出しそうなほど理子の心臓は内側からどんどんと叩かれた。


「片倉先輩の気持ちより……伊達くんの気持ちが知りたいっ。」

 伝えたい想い。聴きたい気持ち。大切な、こと。

「考えて考えて考えて、片倉先輩の言うように諦めようって思っても見たし、片倉先輩は私を見て半端に好きって言ってるって思ってるかもしれないけど、違うの……。半端な気持ちじゃない。ずっとずっとずっと、好きだったから」

 強い決意。

「……伊達くんの気持ちを知るまで、私、諦めないことにしたっ」

 理子は政宗を見つめていた。極度の緊張で手のひらが震え、涙が浮かんだ。能面のように不自然な笑顔が張り付く。それでも笑いたかった。涙より笑顔。ひとつでも多く、政宗の中に残したい。そう思う。


 政宗は衝動に苛まれた。

 抱き締めたい。抱き締めて一緒に泣いてしまいたい。だけど……。


 衝動的に理子を抱き締めようとした手を政宗の理性が押さえつける。この笑顔を、いつか己が潰す日が来るかもしれない。それだけは嫌だ。複雑な心中を抱え、政宗はたまらずに立ち上がった。


 もう理子の顔は見られない。

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