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二章 伊達政宗

第三話 引かれた境界線

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 理子の返事を受け、明智はようやく政宗の襟を放る。大袈裟に咳き込んだ政宗は目をつり上げて言った。


「首締まったぞ今ぁ。この暴力校医め」
 政宗の怒りをひらりと交わして明智は
「さ、教室に戻りなさい」と促した。

「なんなんだよ……全く、行くぞ理子」
「う、うん」
 バタバタと足跡を立てて歩みゆく政宗。会釈をひとつ、政宗の後を追う理子。


 二人の姿を見つめて、わずかに悲しそうな目をした明智は「伊達くん」政宗を呼び止める。
政宗はぴたりと立ち止まった。

「なんだよ」
「病院は……行っていますか」
「……校医に心配される程のもんでもねえよ」
 意味深な明智の言葉に、政宗はそちらを振り返る事もなく、ぶっきらぼうに答えた。


 病院……なんのこと?
 理子は気になって気になって、心配で心配で仕方がない。
 

 黙っておくべきか……でも。
 堪えることが出来ず、つい口を突く。

「だ、だだだだだ伊達君……病院、って」

 一拍の間を置いて、政宗は理子を振り返る。
「……大丈夫、何にもねえよ。それより理子授業戻ろうぜ」
 その表情は、今朝片倉に向けていたような眩しい笑顔だ。それは理子が一番好きな、政宗の姿だった。
「うん」


 病院……明智の言葉はひっかかるものの
「大丈夫だよ」
そう言って笑う政宗の言葉を信じよう。理子は心に固く誓って、政宗の隣を歩む。


 教室への道。
政宗は会話を絶やすことなく、あれこれと理子に話しかけつづける。

 理子にはそれがまるで、政宗が引く境界線のように感じられた。

 ここまでは踏み込んでいい。
だけどここから先は踏み込むな。
もう二度と病院のことは聞くな。

 そう言われているかのようで、政宗が楽しげに喋れば喋るほど、理子の不安は破裂すんでの風船のように大きく膨らんでいったのだった。
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