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二章 伊達政宗

第一話 理子の香り

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「だ、だだだだ伊達君、待って、早っ」
 理子の心臓が破裂せんばかりなのは、政宗に手を握られているからか。それとも、全力疾走を余儀なくされているからか。いや、はたまた両方か。


 政宗は息絶え絶えな理子に気がついて、その足を止める。体力のない理子は、腰を砕いて、地面に尻をついた。


「おーい、理子、大丈夫かあ」
 政宗はしゃがみこんで、理子の頭を撫でる。男の子に触れられる機会などない理子は、目をむいて黄色い声を張った。

「や、ちょ、だだだ伊達君、変なとこ触っちゃ駄目だよ」
「変なとこって……頭だぞ。誰か聞いたら俺誤解されんね」
 苦笑する政宗を尻目に理子は、真っ赤に頬を染めて今にも泣きそうな顔で訴えた。


「あああああた、頭くさいかも、しれないしっ」
「昨日、洗ってねえの?」
「そそそそんなわけないよ、洗ってる、けど」
「ふうん」
 政宗は軽く唸ると、おもむろに理子の頭を片手で近くへ寄せ、鼻先を動かして、無邪気に笑った。


「理子の髪、花の匂いがする」
 理子は、錯乱状態で叫ぶ。
「し、ししし心臓破裂するようー助けてえええ麻美ちゃあああん」
 そんな理子を実に面白そうに見つめた政宗は、万が一にも理子の心臓が破裂しては困ると、話をかえることにした。

「なあ、理子」
 政宗は理子をじっと見つめる。心臓が今にも止まってしまいそうだ。

 そんな理子に優しく笑いかけると、
「成と麻美ちゃん、うまくいくと思う?」政宗はそう切り出す。麻美の名を聞いて、理子は我に返った。


 屋上を見上げる。
そこへ成実と共に置いてきてしまった麻美が心配だ。

 いつも前向きな麻美が、あんなに泣いていた。死にたいと言った。その気持ちを思えば、ぎゅっと胸が締め付けられて、理子は視線を落とす。


「うまく、いってほしい……」
 政宗はふっと息をつくと、もう一度理子の頭に手のひらを伸ばした。

「大丈夫だよ、俺はうまくいくと思う。だってさ、さっきの理子、かっこよかったし」
 かっこよかったと言われて、理子は眉をひそめて、政宗を見上げる。


「かっこいいって、私が?」
「そ、理子が」
「な、なななんで」
「麻美ちゃんがどんだけ成のこと好きなのかよく伝わってきた。きっと成もおおおって思ったはずだし。それに……理子がそれだけ人を大事に思える奴なんだってこともわかった」
 まるで子犬に接するように優しく、政宗はよしよしと理子の頭を撫でる。理子はなんだか照れくさくなって、えへへと微笑んだ。

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