上 下
10 / 37
一章 伊達成実

第九話 紡がれる想い

しおりを挟む


 残された成実と麻美は、見つめ合う。腕に感じる成実の熱。麻美の心臓は内側から激しく叩かれた。

「あの、伊達……くん」
 しばしの沈黙。何か様子がおかしい。麻美はうつむいた成実を心配そうに見つめた。
「……なんでだよ」
「え」
「なんで忘れろなんて」
「え、あの、伊達くん……?」
 麻美の声にはっとした成実は、言葉を吐こうと口を開いたがその寸で、躊躇ちゅうちょしてそれを閉ざした。やがて麻美をとらえていた手をも、成実はゆっくりと離してしまう。

  すると、今度は麻美が逃げていく成実の手首の裾を摘まんだ。


「伊達くん……私、なんでも聞く」
「は」
「だから伊達くんは、我慢しないで」


 いつも見てきた。
楽しそうな成実も、嬉しそうな成実も。だが、ふとした時の成実が、麻美の目にはとても寂しそうに見えたのだ。

 その寂しさは、成実が空を見つめて笑うとき、青に溶けて消えていく気がして。
 ずっと、ずっと、空が羨ましかった。


 いつしか
「付き合ってくれなくていいよ」
麻美はそう
「私のこと嫌いでもいい」
思っていた気がする。

 麻美は、真っ直ぐに成実を見つめた。
その熱いまなざしは成実の心に火傷やけどを残す。胸が、痛いくらいに叩かれた。

「だけどなんでも話してほしい。私は伊達君の……空になりたいから」
 麻美は成実を癒せるような、疲れを吸いとれるような、笑顔に出来るような、そんな存在になりたかったのだ。

 成実は、しだいに高揚していく頬を隠すようにうつむいて、大きく息を吐く。そして、静かに笑い出した。


 くくくっと肩を揺らしながら「お、お前さ」と前置いて、成実は麻美を見つめる。成実の優しいまなざしに麻美は射抜かれた。ときときと、止むことのない鼓動が耳にうるさい。

「恥ずかしくねえの、そういうこと言うの」
 成実は言葉尻をあげて、穏やかに微笑む。
「恥ずかしいよ、でもきっと一番伝えたかったことだから、いいの」
 麻美が照れくさそうに笑うと、成実はそうかとひとつ呟いて、躊躇いながら麻美の頬に触れた。

麻美の心臓が縮み上がる。
口角に痙攣すら覚えた。

「あ、あああああの、だ、伊達くん!?」
 まるで理子のようにどもって、豆鉄砲をくらった鳩のような目で成実を見つめた。


「ごめんな」
優しい響きが、麻美の心に届く。
「なんの、こと……?」
 麻美が聞けば、成実は頭をかきながらばつでも悪そうに呟くのだ。


「嫌いだ、なんて言ったから」
「ううん……私が泣いたりしたから。考えてみれば男子はうざいと思う」
「いや、関係ねえよ」と、成実は首を振る。
「俺、どうしたらいいかわからなくて、つい心にもないこと言っちまったみたいだ」

「え」
カタンと、麻美の心が音を立てた。
しおりを挟む

処理中です...