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三章 片倉小十郎景綱

第七話 恋の矛先

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 下校はひとりだった。こんなに独りが気楽だと思ったことはない。政宗も成実も、道場に小十郎が不在だった為に、早々と帰宅したらしい。

 剣道部員に聞くと、女も一緒だったとか。言わずともわかる。理子と麻美だろう。四人プラス一人というのは、相当肩身が狭い。片割れの彼女に恋をしているというのに、一緒に登下校を共にするなんて……なんの罰ゲームだ。女々しいが辛い。

 何かいい手はないものか。
小十郎は途方に暮れて息をつく。



「片倉」
己を呼ぶ声で振り返ればそこにいたのは、才蔵と佐助の忍部コンビだった。

「でっかいため息だな、どーしたの」
 からからと笑いながら佐助は尋ねる。佐助は学園内で有名な情報屋だった。才蔵は小十郎が口ごもってしまったのを良いことに、しれっと佐助に耳打った。


「色恋沙汰」
「へええええー片倉がねえ、色沙汰たあね」
「相手……後輩」
「そら意外だ、お姉様大好きな小十郎ちゃんが後輩にねえ」
「片想いで不発玉砕」
「納得。硬派気取りは、今時モテないよ片倉ぁ」
「そして童貞」
「それは察し。そろそろ捨てとけ、な」
 怖いもの知らずな佐助は、にやにやと笑いながら、怒りに震える小十郎の肩を叩いた。

 ボソボソ呟く才蔵の言葉を逐一ちくいち拾って、人間拡声器の佐助が面白おかしく叫ぶ。

 この二人がタッグを組んだら、どんなにおしゃべりな九官鳥も黙り込むだろう。


 小十郎の怒りはもはや爆発寸前だ。才蔵は片倉の心情を読んでそろそろと黙り込んだが、根っからのおしゃべり、佐助はとまらなかった。もうひとつ、口にする。



「あ、馬田目にやらせてもらえば」
「おい」
 さすがに才蔵が制止したが、佐助は言葉を続けた。
「だってあいつ、片倉のこと好きじゃんか」
「……なっ、適当なこと言うなよ」
 小十郎が驚いて目を皿のようにしていると、佐助はあんぐりと口を大きく開けて、呆れ顔だ。


「は、知らなかった?あんなにわかりやすいのに」
「一般人にわかってたまるか……忍部でもあるまいし」
 焦って言霊ことだまを吐けば、小十郎は佐助に更に切り込まれた。


「いや、いやいやいやいや、わかんないの相当鈍感よ、な、才蔵」
「……俺に振るな」
 才蔵が黙り込むと、佐助はあれこれと語り始めた。


「馬田目が剣道部に入った理由知ってる?」
「家が道場やってるからだろ」
 今朝、楓花に聞いたばかりのことだ。どや顔で言ってやる。


「いや、家がやってる道場って剣道じゃなく空手ね。馬田目って一年の一学期まで空手部だったの覚えてないわけ?」
「い、いちいち覚えてるもんか」
「無頓着なんだよなあ~片倉は」
「……悪かったな」


 小十郎はからかわれることに限界を感じて、土手上を足早に歩み始めた。空気を読めないのか、空気を読んで敢えてなのか、佐助は喋り続けながら小十郎の後を追う。


「空手部の馬田目が二学期入ったら剣道部に転部した理由があんた、片倉だよ」
「どうして俺が」
「夏休みのトーナメント戦で、片倉一位獲っただろ、二、三年押し退けて」


 小十郎は、はたと思考を巡らせた。



 三年前の夏休み……。あの頃はまだ先輩方を立てるだの、年功序列だの、そういう頭はなかった。喜多仕込みの独学の剣道。それまでは相手が喜多しかいなかった。


 だから単純に嬉しかったのだ。誰かと打ち合えることが。目の前に立つ者を、ただ、敵として、討ち続けていくうち、気がつけば夏期休暇トーナメントの覇者となっていた。


「ああ、そういえばそんなこともあったか」
「それ見て惚れちゃったらしいよ馬田目」
「どうして」
「さあ?したたる汗がかっこいいーとか、そんなとこじゃない」


 だとすれば、実に下らない理由で好かれたものだ。小十郎はそう思ってから、はたと、自分が理子を思い始めた理由も同じくらい下らないのかもしれないと考えて、笑いかけた口を結んだ。

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