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童話章
金の月と白の月
しおりを挟む昔、昔のお話です。今、天体に輝く星たちはみな神の許しを得て、地球という母なる星の地に降りたち、ひとの姿を借りて、暮らしていました。
太陽はひとつ、月は白と金のふたつがありました。
それぞれの名は太陽がソレイユ、白い月がハク、金の月がランディと言いました。
ソレイユは辺りを、明るく照らすことが出来ました。ハクは少しだけ、空を飛ぶことが出来ました。ランディには癒しの力がありました。
ハクはソレイユが好きでした。光輝く彼女をみていると、ハクは、自分はもう消えてしまっても、悔いはないなあと思えました。
ランディもソレイユが好きでした。燦々と照る彼女をみていると、ランディは自分ももっと輝きたいと生きることに意欲的になりました。
ソレイユは、そんな対照的な二人を
いつも、いつも笑顔で照らし続けました。
ある日のことです。神がそろそろ星たちに、空に戻ってほしいと言いました。星たちは口々に不満をもらします。それはそうでしょう。宇宙に還ってしまえば、彼らはまた、ひとりぼっちになってしまうのです。
それでも神の決定は絶対です。ランディは最後の思い出にと、ソレイユを見つめます。
「ソレイユ、最後の願いだ。お前と山に登りたい」
彼女は聞きます。
「それは何故?」
「思い出に……お前の輝きで、天空の雲が光っているのが見たいんだ、それを胸に生きていく。なあ、いいだろ?」
ランディは、そう告げました。
ソレイユはちらりとハクの方を見つめました。ハクは笑っています。けれどもその笑顔は頼りなく、寂しげで、彼女はとても放ってはおけませんでした。
「ハクも……一緒なら」
ランディは正直、二人きりの方がよかったと思いましたが、選択の余地はなさそうです。
「わかった……ハクも来いよ」
「うん」
返事をひとつだけしたハク。
実はとても嬉しかったのです。
いつもはこの花が咲く野原で遊ぶだけ。三人でどこかへ行ったことなどありませんでしたから。三人で行けるのなら、どこだって素敵な思い出になるだろうと思ったのです。
そして三人は一緒に出発しました。
ソレイユは山道を笑顔で登ります。ランディは山道が険しくなっても、力一杯、歩を踏みしめながら登っていきます。ただひとり、ハクだけは体力がありません。なにせ彼は、消えかけそうな白の月ですから。
はあ、はあと息を切らせながら、先をゆく二人を見つめて、もう少し、もう少しと歩き続けました。
時折、ソレイユが振り返り心配そうにハクを見つめてくれることが、何よりの救いでした。
ランディは山登りの遅いハクに、だんだんと苛立ち始めました。
「おい、ハク。お前ちったあ飛べるんだから、飛んで休んで飛んで頂上を目指せばいいだろ」
「俺たちは別で行くから」
そう言うのです。ハクは、力なく笑って言いました。
「足手まといでごめん。ランディも、ソレイユも」
ランディは鼻をならして、そっぽを向きます。ソレイユは微笑んで、首を横に振りました。
「でも僕、歩くよ。先にいってて。飛べる力はいざというときの為に、残しておかなくちゃ」
「あ、そ」
ランディは言葉を捨てると、ソレイユの手を優しく引っ張り、先を急ぎます。とうとうハクから二人の姿は、見えなくなりました。
ハクはとても悲しくなりましたが、彼は棒のような足をさすりながら、上へ上へと登っていきました。
先に頂上についたのはやっぱりソレイユとランディです。ハクは追いつけはしませんでした。ランディはそれが狙いだったのです。それほど彼女と、二人きりになりたかったのでした。
「ハク……遅いね」
彼女はランディの気持ちを知らずにハクの心配ばかりしています。
「ソレイユ、見てみろよ。お前に照らされて雲が赤く染まってら。きれいだな」
ランディはそう言って、なんとか、ソレイユの気をひこうとしました。
ソレイユは雲を見ました。すると、どうでしょう。赤や黄色に染まった雲が、青空に映えています。その美しい景色が自分の光によるものだと知ったとき、彼女は心から感動しました。
「……わあ」
ソレイユが、山のてっぺんから、雲を眺めようと身を乗り出した時でした。
ガラガラガラガラッ
足下の岩肌が崩れ、ソレイユの体が宙に、投げ出されてしまったのです。
いち早く気付いたランディが、彼女の手のひらを勢いよく掴みます。けれども引き上げることは出来ず、ソレイユは山肌に、宙吊りになってしまいました。
「ソ、ソレイユ……大丈夫か!?」
「……ランディ」
ソレイユのか弱い腕は、ミシミシと痛みます。どうやら今の衝撃で、肩の関節が抜けてしまったようでした。
ソレイユは言います。
「ランディ……だめ。手を離して」
ランディは歯を食い縛りながら言いました。
「絶対……っ、離さねえっ」
ソレイユは静かに首を横に振り、髪を留めていたかんざしを手にすると、ランディの手のひらを勢いよく刺しました。
ランディはソレイユを、離しこそしませんでしたが繋いだ手のひらの力は弱まって、やがて、彼女は彼と切り離されてしまいました。
「ソレイユッ」
落ちていく最中、彼女がいつもと変わらぬ笑顔で、ランディを見つめたその時です。
ソレイユの体が、温かいものに包まれ、ふわりと浮いたのです。言わずもがな、それはハクでした。ハクは彼女を上へと運びながら笑いかけました。
「ね、だから言ったろ。この力はいざというときにとっておくって」
そして、ソレイユを岩肌の先端に座らせると
「よかった、僕もソレイユの役に立てて。
いつも、君の笑顔が僕の支えだったよ」と切なそうに笑い、今度はランディを見つめました。
「ソレイユを……よろしくね」
それっきり、ハクの意識は遠のき、飛ぶ力がなくなって、奈落へとまっ逆さまに落ちてゆきました。
そうです。彼が一回で宙に浮ける時間は、ほんのわずか。その力を使いきってしまえば、彼は長い眠りに、つかなくてはならなかったのでした。
怪我をしたランディも、肩の抜けたソレイユも、咄嗟のことにハクに手が届きません。
「いや、いや、ハク、ハク」
ソレイユの白い肌ははじめて、涙に濡れました。その姿をぼうぜんと見ていたランディは、立ち上がり、もう一度彼女の手をとります。
「ハクを探しに行くぞ」
「え……」
「俺の力は癒しだ。すぐに行けば助けられる」
ソレイユはハクを疎ましく思っていたランディのその言葉に驚きましたが、とても嬉しく、心強いと思いました。
「うん、ありがとう、ランディ」
ランディは血だらけの手のひらで、彼女の抜けてしまった肩をそっと抱きよせ、今度は下へ、下へと歩を進めていきました。
「ハク、ハクっ」
「おい、ハク、どこだ」
数時間がたったとき、彼らは泥だらけでボロボロでした。
ソレイユの真っ白な美しいドレスも、靴もランディの金髪もグローブも、その上、伸びきり伸びた木々を倒しながら、ハクを探すので、ランディの剣の刃先すら、欠けていきました。
「どうしよう、ランディ見つからない」
ソレイユの目にはいっぱいの涙が溜まります。
「泣くな、泣いたらそれで終わりだ」
けれど、ランディも本当は焦っていたのです。
落ちたのは、確かにこの辺りのはずです。しかし、ハクの姿は、なかなか見つからないのですから。
この辺りではなかったか。野犬にでも運ばれてしまったか。
「まさか……もう」
ランディが思わず、口に出しかけたその時です。ソレイユの黄色い声が、ランディの耳をつんざきました。
「ハク、ハク!!ランディ、ハクよ」
そちらを見れば、ハクは太い木の枝にひっかかっていました。ひどい怪我をしていますが、かろうじて息はあります。
「悪運の強いやつだ」
ランディは心にもない悪態をつくとハクの心臓のあたりに手を当てて、意識を集中させました。
ソレイユは祈りを捧げました。
するとどうでしょう。ソレイユとランディは金色の光で繋がり、ランディとハクは白い光で繋がりました。優しい輝きの中で、ハクの傷は少しずつ、少しずつ、癒えていきました。
ハクは目を、開きます。ぼうっとした視界の中に、ソレイユとランディがいました。
「ぼ……く、生きて……るの」
ソレイユは涙で声こそ出せませんでしたが、ハクが一番好きであろう笑顔を見せました。
「君が、助けてくれ……たんだね……ありが、と」
ランディを見つめて、今度はハクが笑います。
「バカ、当然だ、ともだち……だろ」
ランディは、不覚にも流れ出てしまった涙をそっと拭って、ハクに笑いかけました。
こうして、最後の想い出作りを終えた三人は、またただの星として、宇宙で輝くことになりました。
輝く太陽はソレイユ。太陽の光で輝く夜の月はランディ。太陽の近くで消えてもいいかなと昼の月、ハク。
山から落ちそうになったソレイユをハクが助け、瀕死のハクをランディが甦らせ、そして今……。
寂しい宇宙でひとりぼっちを嘆くランディを、ソレイユが優しく照らしています。
それは遠い遠い昔から続く、太陽と金の月と白の月の温かく優しい物語。了
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