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第241話 炯眼の勇者
しおりを挟むロジェたちのおかげで俺たちは先へと進むことが出来た。
だだっ広い渡り廊下の先には、太陽を尾で巻く龍の紋章が彫られている大扉が見える。
背筋にゾゾっと悪寒が走った。
奴……魔王がこの先にいる。
姿は見えなくとも闇の頂上に君臨する者の気配というのはそれだけで人を殺せそうだ。
「ふっ」
思わず、そんな声が出た。
「どうしたのよ? いきなり笑うなんて。……もしかして、さっきの場所で何かあった?」
「違う。この先にいるのがどんな奴かと思ってな」
村でシーラ王国の兵団に捕まり牢獄に入れられた果て、アリス王女から頼まれることになる任務。シーラ王国の隣接街から始まり長い旅路を経て、俺は遂にこの魔王の城まで来た。
当初はまさかこんなところに来るとは思ってもみなかったが、旅路の一歩一歩は確実に俺たちを成長させた。
魔王の城に眠る秘宝。
結局、今もその正体は分からずにいるが、それが分かる時は着実に近づいているだろう。
「……」
後方からした大きい音。
ロジェたち3人で勝てる相手なのか……いや、俺が心配するような勇者たちじゃない。
それよりも今は前をーー。
渡り廊下から見える景色から、城の頂上に近づいていることは確か。
渡り廊下の傾斜は緩やかだが、その長さもあって急斜面に見えてしまう。
この先に一体何があるか、体力を万全にする為エリクサーを一瓶飲み干した。
残りの回復アイテムはまだあるが、安心なんて出来ない。
「クウン!!」
すると、アルンがいきなり走りだした。
「アルン待って!」
そう呼びかけるラピスの声も聞かず、アルンはどんどん先を走っていく。
今までラピスの言葉を無視するなんて一度もなかったのに、どうしたっていうんだ?
すると、アルンが止まり何もないところで座って上を見る。
まるで、何かがそこにいると言わんばかりの様子。
「誰か、そこにいるのか?」
そう聞いてみれば振り返るアルンだが、また戻る。
何もないところに鼻を近づけては喜んでいる様子。
そして、徐々に姿を現したのは煌々と輝く生命体だった。
「まさか、アルンと同じ……」
精霊獣。鮮やかな紅い鳥の姿をしており、アルンほどに大きい。
翼を広げればそれ以上だろう。
「私、聞いたことがあります。ーー大昔、ある小さな集村で起きた話で、突如伝染病が流行って多くの人たちが亡くなってしまったらしいんです。その伝染病は集村だけに止まらず、近隣の村にまで被害を及ぼしてしまって、一時期その辺りでは魔物よりも多くの死者を出したと聞きます」
俺の知らない話だ。
メアたちも知らないようでラピスの話を聞き入っているようだ。
「……ラピス、その話、今必要なの?」
「続きがあります。ーーその伝染病は不治の病と呼ばれるまでに至ってしまったそうなのですが、1人の勇者がその集村にやって来たことで多くの村人たちの命が救われたそうです」
ラピスはメアの方を一瞥し、そう話した。
「凄い勇者だな。何か能力を持っていた奴なのか?」
不治の病と呼ばれるまでの病気を治すなんて、何か目覚めた能力で治したか、もしくはまだ世に出ていない新薬を持っていたか。
だが、ラピスは俺の言葉を否定するように首を横に振った。
「……その勇者はある精霊獣を連れていたそうです」
そう言って、ラピスはアルンの側にいる紅く鮮やかな鳥を見る。
「それが、あの鳥ってわけか」
「鳥なんて……。精霊獣フェニックス、その涙にはエリクサーを遥かに凌ぐほどの効果を秘めていると言われています。話では、フェニックスの涙だという代物が出回って、家を手放してまで欲しいという人たちがたくさんいたらしいです。あくまで、噂なのですが……」
とんでもないな。
だがしかし、不治の病を直したまでの涙ならば家を手放してまで手に入れようとする者たちがいても何らおかしくはない。
「駄目です! いきなり近寄っては!」
どんな精霊獣なんだと近づこうとしたら、ラピスがそう叫んだ。
「駄目なのか?」
「い、いえ! どう、なんでしょう……。私も初めて見ましたし、アルンが仲良くしてるからいい、のかな。あっ!」
どっちなんだ。
俺はお構いなしにと近づいていく。
紅い鳥は直ぐに俺に気付き見るが、特に逃げようとする素振りはない。
それどころか、自分から頭を寄せて来る。
「アルン、お前の仲間なのか?」
そう言いながら、やけに人馴れしているフェニックスに触れてみる。
毛並みは異常に滑らかで、澄んだ青い両眼に黄の嘴。毛並みは光の角度でさらに鮮やかに彩られ、光沢のある碧が目に映る。
「本当綺麗ね。でも、なんでこんなところに?」
メアたちも近寄って来るが、特に逃げ出そうとする素振りはない。
「俺が来たからさ」
誰の声か、姿見えぬ声が聞こえた。
「誰だ!?」
渡り廊下に、俺たちの他に誰かがいる気配は感じられなかった。
フェニックスが飛び上がると、小さな光が集まり形を形成していく。
「……誰なんだ?」
姿を現したその者はフェニックスの背に立ち、降りて来る。
格好はまるで勇者、腰元に見えるのは長剣。碧黒い髪色をした男の右頬には縦に長く入った傷跡が見える。
登場の仕方からしても得たいが知れない。魔王のように殺気だった雰囲気はなくとも、ただ者ではない感が否めない。
その者は俺の問いに答えず、一瞥だけされた。
「アルン懐かしいな! 元気してたか?」
アルンはその者に懐いている様子を見せる。
「……碧黒の髪にその顔の傷……あなたはもしや“炯眼の勇者”では?」
テールが気づいたようにそう言った。
“炯眼の勇者”、知らないな。
「俺の異名を知ってる子がまだいたとは、此処に来た甲斐があるってもんだ」
テールのことを子だなんて、俺たちとそう変わらない年齢に見えるが……
「そ、そうですね。あなたの存在はうやむやになって消えてしまったと聞きますから」
俺には何のことかさっぱり……
というかテールが敬語になるなんて珍しい。
「……俺のことを何処で知ったか。ーー俺はルーヴァス=フラルガー。初代魔王を討伐した勇者だと言ったら分かってくれるかな?」
……こいつはまた、急な展開が来た。いや、そうでもないか。場所も場所、唐突的な物事が起こっても何ら不思議ではなくなって来ている。
メアたちも驚きを隠せないようで、出す言葉も見つからないようだ。
まあ、実際そうだろう。先代魔王を討伐した勇者の情報は多くあるが、初代魔王を討伐した勇者の、正確にはその仲間の情報含めて詳細は不明なままだ。
1人、獣人サラがセシルの姿を借りて現れたことで薄っすらとだけ見えて来ていたくらい。
なるほど、テールを子というわけだ。
……だがおかしい。長い年月が相当経っているにも関わらずその風貌。
「あ、あなたが初代魔王を討伐したっていう証拠は何? 胡散臭過ぎるわ、いきなり出て来て」
初代魔王は先代魔王より強かったと推測されており、それを倒した勇者を含む一行は名も知れないが伝説となっている。
「……それもそうだな。ーーよし、此処で話してもなんだ」
そう言って、ルーヴァスはフェニックスの方を一瞥する。
瞬間、アルンが連れていく同じような別次元が周囲に広がった。
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