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第212話 見下ろす王の龍
しおりを挟む「凄いっす凄いっす!! やっぱり、魔王の城に行く勇者は凄いっす!! あの魔人を倒した上、魔竜まで手懐けているなんて凄すぎるっす!!」
ウルがはしゃぐように言う。
「ウル、それより今は船を!」
船の進行がまったく別の方角へと進んでしまっている。
空は快晴なのだが、先ほどまでの戦闘により荒波が収まらない。
ボルティスドラゴンは空を飛んでおり、暴風は今は起こしていない。
だが、それでも収まらなくなって来ているのは大陸下の影が近づくにつれて海流が強くなって来ているのが見てとれる為。
ウルは俊敏に船の体制を戻す為、俺たちに指示を送る。
ややあって、船の進行方向が本来の航路に戻った。
その間、大陸下の影はもう間もなくといったところまで来ていた。
「皆さん! 僕とラーズさんの案内はここまでっす!!」
「ああ。ウルもラーズもよく送ってくれたよ。ーーどうした?」
ウルが手で目元を拭った。
「本当は前の勇者一行と同じように引き返す羽目になるだろうなって思っていたんっす。それも前の勇者一行だけじゃないっす。ーーけど、あなた達は違ったっす」
「当たり前でしょ! 私たちは覚悟してここまで旅をして来たのよ!」
「そうっすね」
ウルはそう言って、また目元を手で拭った。
「ーーしているぞ」
初めて聞いた声がそこにはあった。低い男の声。はっきりとは聞こえなかったが、その声はラーズだった。
「ラーズ、さん?」
「勇者でもない俺たちが出来ることはここまでだ。応援しているぞ」
「ラーズさん……喋れるようになったんすね!」
ウルが満面の笑みでラーズに言う。
何がキッカケでラーズが話せるようになったかは分からないが、少なくとも今回の船の番で彼の心境に変化でもあったのかもしれない。
「皆さん聞いてくださいっす。これからあなた達が行くのは渦の中ーーこの船の本当の意味を伝えるっす」
「本当の意味?」
一見するとただの船。
ウルは本当の意味を説明した。
ウルによるとこの船自体は強固なもので、実際は魔物の攻撃にも耐える強度があるのだという。
それは魔王の城に行くこの海の過程で魔物と遭遇する確率が十分にある為。
元は大陸から大陸、大陸から島などへ船で物資を安全に届ける為。
使徒の魔人は現れるものの、幸いなことに船は直接攻撃を受けていないが、海に生息する海獣リヴァイアサンの牙をも凌いだという。
海の魔物の大型は陸地に生息する魔物の比ではなく、海中から船を引きずり込もうとしたり壊そうとする奴らばかり。
ただ船が強固に造られていた理由はそれだけではない。
これから向かう先には巨大な渦、そしてその中は相当船にダメージを与えてしまう。
それを踏まえて、ボトロアによる造船技術が付け加えられたことになる。
強固な船をさらに覆う膜。それは一時的に外からの圧力を大幅に軽減する技術。さらに、膜が船の周りを覆っている状態は中に海水の侵入すら防ぐ。
つまり、この先に存在する巨大な渦の中を行く為には必須の技術だということだった。
今までウルが知る中ではこの技術を使うまでに至った勇者一行はおらず、知っているのは船を造ったボトロアでも2組の勇者一行だけだそうだ。
「ウル、もうそろそろだ」
そうしている間にも船の進行は後数分足らずで影の下に入るとこまで来ていた。
ウルは気づき、内ポケットから何やら取り出す。
それを右手で握り締め甲板に叩きつけると、レドックの能力に似たような異空間が突如出現した。
「実はこれ、初めて使うんっす。緊急転送玉はプリズンタウンの別次元と繋ぐアイテム。ーー短い間だったっすけど、皆さん! 応援してるっす!」
「ああ」
そうして、ウルとラーズは緊急転送玉によって出来た空間に姿を消していき、空間は跡形もなく無くなった。
さて、後は俺たちだけだ。
船の操縦は大方ボトロアに学んではいるが……後は、ウルの指示を思い出して進んで行くしかない。
「ボルちゃん!」
セシルが船の端に行く。
ボルティスドラゴンが船の側、海面近くを飛んでいる。
「シン、ボルちゃんも連れて行こう!」
セシルが言うように連れて行きたいのは山々だが、俺たちが向かっているのは海の上の巨大な渦の中。
ボルティスドラゴンの力は絶大、協力してほしいが……
「ボル!」
ボルティスドラゴンが何の指示もなく影が深い方へと飛んで行ってしまった。
「どうしたんだろう」
「さあな」
やはり、元は魔王軍側の魔竜。思考が掴めない時がしばしばある。
しばらく様子を見ていた。
「まさか!」
突如、大きな音が鳴ったかと思うと、強い波が船を打ち付けて来た。
俺は見様見真似で覚えた船の舵取りと、皆も船の体制を崩さないようにそれぞれが動く。
船の進行は完全にトリトン大陸下の影に入っており、波の音がなる暗闇の先はまだ何も見えない。
外からの圧力を大幅に軽減する膜は、ウルの説明の時に既に張っている。
後は渦を目指すのみ。
ややあって、渦の場所がわかった。
というより、それしかないような状況。
船の進行方向に現れた大渦の先は、海の中を掘るように青白く続いている。
暗闇の中でも見えるほどの大渦。
そして船を進めて来た海上以外にも、別の入り口もあった。
別れるように二つ見え、それは遠くに光が見えることからも分かる。
そうなると、この大渦は3つの海流の衝突地点。
にしても、巨大過ぎるにもほどがある。
まさかとは思うがボル……
いや、それより俺たちは俺たちのことを!
大渦は俺たちの乗る船を飲み込んでいった。
◇
「ーー皆! 無事か!?」
船の動きが収まり、そう皆に呼びかける。
「無事よ……死ぬかと思ったけどね」
メアは大袈裟にそういったわけではない。
事実、大渦の中を行く船の中は必死に何かに掴まっていないと打ち付け回っていたことだろう。
その上、大渦の中は船を何度も何度も回転させる。この膜がなかったらぞっとする。
船は無傷……というわけではない。
船の甲板に亀裂が入ってしまっている箇所が幾つかある。
帆がある柱も大渦の遠心力にはさすがに耐えられなかったのだろう、折れかかってしまっている。
ただ、皆無事だった。
まずは第一関門突破といったところか。
船全体を覆っている膜が縮まっていく。
「セシル?」
セシルの全身の毛が逆立っている。
口元から牙が剥き出しになり、そこには野生の獣人の姿があった。
「こ、こいつは……」
まさか、いや、場所的に考えにくいがブルッフラで得た情報を考えると……
俺たちが大渦を経て辿り着いた場所には浮かんでいる島があった。
そこには俺たちを見下ろすように異常なまでにでかい眼玉。
全体像を把握するのに頭の理解が少々遅れてしまうほど。
魔竜の何倍……いや、何万倍の大きさの黒い龍の姿が島の上に。
まるで王のような龍。
特に俺たちに攻撃してくるわけでもなく、ただただ眼玉を向けて来ている。
しかし次の瞬間、そいつの姿は消えた。
「何だったの? もしかして、あれが魔王っていうんじゃないわよね?」
「可能性はあるだろうな」
となればとどのつまり、俺たちはあれと戦うことになるわけか。
今まで、魔人、魔竜、魔物と戦って来たが、桁違いの大きさ。
船を陸地に付けた。
浮かんでいる島の下には草木が生い茂る森が広がっている。
一つ一つが巨大な樹は今まで見たことがない大きさだ。
この森の何処かに魔王の城あるのか、それともあの浮かんでいる島なのか……
魔王の城周辺にいる魔物はレベル100近い魔物ばかりだと聞いている。
それに全ての魔物が把握されているわけではない為、この辺りだけ生息する魔物もいるだろう。
真上には浮かぶ島。さっき見た巨大過ぎる何かがいることを考えると、あの浮かぶ島に行くことにはなりそうだ。
どう行くべきか……
「わわっ!!」
陸地が大きく揺れた。
「ボル、無事だったか!」
ここにボルティスドラゴンが来たのは幸いだった。
まずはこの辺りの全体像を確かめたいのもある。
元々、魔王の城に行くつもりなんだ。なら堂々と探してやる。
「シン、何処かで戦闘音がするよ」
セシルが言うように、耳を傾けてみる。
「ーー何も聞こえないが……」
「ほらっ! アルンだって!」
とは言うが、獣人や精霊獣と人間の聴力は違う。精霊獣も獣、聴力は高いのだろう。
その後、まだ魔物も来ないのを確認して一度船の中へと戻った。
得体の知れない場所にさらに行く為、再度、作戦の確認や積んであった食料を各々が食べる。
敵陣、しかも魔王の城が何処かにあるというのに。
だが必要なことだ。
これが最後の食事になるかもしれないと思っていたそんな時、ボルティスドラゴンが何かの気配に気づく素振りを見せた。
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