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第208話 護衛
しおりを挟む俺たちはロジェたちがいたフリーデンを後にし、プリズンタウンへと帰路を進めていた。
「なんでだろうな、あそこだけ」
テールが指を指して言う。
「何ででしょう。アルン、何か知ってるの?」
ラピスは唸るアルンに対して問う。
「広そうな場所ー! あそこだったら思う存分戦えそうだね!」
セシルのその言葉は的を得ていた。
俺がホルトの方を見ると、すっとぼけるようにして顔を逸らされた。
「あんたらそんな呑気に歩いてると、また敵に襲われるぞ」
「それは大丈夫! 次はシンもいるから!」
「セシルさん、彼が言いたいのはそういうことじゃなくて……。でも、確かにシンさんがいてくれると何だか安心します」
セシルもラピスも、論点はそこじゃない。
魔人は数多くの魔物を服従させている。それも魔人の強さが上に行くほど数も上がり、強さも上がる。
俺がいるからといって安心し過ぎだ。
「そうだよな。なんたってこの人は、あの魔竜を従属させているくらいさ」
「お前……」
テール、それは今言うべきではなかったな。
みろ、ホルトの目を。
「魔竜を従属? 彼がか?」
その言葉を聞いてか、テールが申し訳なさそうに額に手をやった。
「言ってなかったな。まあ実際言っても信じてもらえないだろうと黙っていた」
「詳しく聞きたいところだが、今はプリズンタウンに戻ろう」
ほら、食い付いて来てしまった。
その後はやや急ぎ足で俺たちはプリズンタウンへと戻った。
◇
「ーーほう、ならばいつでもその魔竜を呼べると?」
「それはどうだろうな。今はヴィダの街に居るからな」
メアからはボルティスドラゴンとヴィダの街の人々が慣れている様子を聞いた。
「血の契約は本来ならば控えるべきもの。それを何処で知ったのかは知らないが、君は勇者としての自覚があるか?」
「もちろんだ」
本来なら控えるべき『血の契約』……それはそうだろう。元々が人間に害を与える存在を従えようとするなど、魔物を駆逐せんとする者たちから見れば言語道断。
それだけではない。魔物を『血の契約』によって従属させることで、契約者の安全が保証されるわけでもないとは思う。
仮に俺が魔物の立場から考えるといつか叛逆してやろうと思っているかもしれない。
俺が魔竜に従属させられている姿を想像すればそんなことが想像出来る。
ダグラスはホルトに目をやる。
「あんたには話したよな? 初代魔王が君臨していた時代、ソフィア王国がやっていたことを」
「ああ、言っていたな」
初代魔王を討伐する為の魔物の強化実験。
その為に勇者の協力の元、『血の契約』による魔物との従属を行なっていた。
ただし、ホルトが言ったことは極秘情報。『血の契約』はあくまでソフィア王国の魔物強化実験の為だけに行うもの。
強化実験と目的が達成されれば、従属状態の魔物も全て殺すつもりだったらしい。
ホルトはこれらのことを他言するなと俺に強く言っていた。
「ベヒーモスを倒したあんただ、やりかねない。ーーだがよく聞け。魔竜は魔王直下にいる種族だ。従属状態の今だからこそ奇跡だが、それが解けてしまった時にはヴィダの街の人間など皆殺し確定だ。それを分かっていたのか? あんたも、あんたの仲間も」
魔竜が魔王直下にいる種族だということは知っている。
ただ、痛いところを突かれてしまったな。
ホルトが言った可能性は十分ある。せっかく魔人ギールと魔物の群れからヴィダの街の人々を救ったというのに、それ以上の存在を置いて来てしまったのだから。
これは俺が悪い。
ヴィダの街の人々を魔人と魔物から守るには先へ進む状況、ボルティスドラゴンの手を借りるしかなかった。
「メア」
もう一度、メアに詳しく状況を聞いた。
メアは淡々とその時の様子を話す。
メアの話によるとボルティスドラゴンはヴィダの街の人々と触れ合うほどで、現れた魔物数体を追い払ったのだという。
その上、魔人ギールに一度やられてしまったティナはかなり慣れた様子でボルティスドラゴンの背に乗ったらしい。
ボルティスドラゴンはそれに対して特に何もしようとせず、アレクは血相を変えてティナに降りるように言っていたようだ。
他の人々もそんなティナの様子を見てか、手や足が大きいなどと近寄っては触っていたらしい。
ボルティスドラゴンの周りには数十もの人々。
それでもボルティスドラゴンは何もしなかったのだという。
俺は目を瞑り考える。
「ダグラス、ホルト、確かにお前らの言う通りだ。メア、セシルたちを頼んだぞ」
「頼んだぞって何処行く気よ?」
「一度、ヴィダの街に俺1人で戻る」
大勢で行くより、俺一人で行く方が早いし、まだプリズンタウンにはボトロアが造る船を待つ用事もある。
「セシルも行くよ?」
「いや、セシルは此処にいろ。元はと言えば、俺が『血の契約』をした魔竜だ」
「それがいい。だが、なるべく急いだ方がいいんじゃないか? こうしている間にも魔竜は……」
まったく嫌な野郎だ。
ダグラスは何故か半笑いだ。
「直ぐに戻って来る」
そう言い残して、俺はプリズンタウンを出た。
◇
速技を解放してヴィダの街へ向かっている。
途中、俺の速技による移動に気付いた数体の魔物が攻撃を仕掛けて来たが全て躱し先を急ぐ。
ややあって、そうして着いたヴィダの街。
入り口近くで身体を下ろして目を瞑っていたボルティスドラゴンが目を開けて起き上がる。
それに気付いた誰かが俺に気付いてやって来る。
武器を持っている、ヴィダの街の者ではなさそうだ。
ボルティスドラゴンも特にそいつに対して何もしようとはしない。
「この街に何の用だ?」
刺々した黒髪の男は両腰に二本の長剣を持っている。
前は見なかった顔だな。
「俺は、だな……」
言っていいものか、お前の後ろにいる魔竜と『血の契約』をしている者だと。
黒髪の男は腕を組んでギロリと見ている。
「この街に観光、というわけでもないだろう? 正直に言え」
やけに高圧的な男だな。
そんな時、ヴィダの街の方から知っている顔が見えた。
「あなたは! 戻ってこられたのですか!?」
走って来るなり、そう言ったのはアレクだ。
「この男を知っているのか?」
「ええ、何たってこの人がお連れの方々と共に魔人と魔物からヴィダの街を守ってくれましたから」
良いタイミングで来てくれた。
黒髪の男は俺を下から上まで見た。
「……なるほど、そうなればお前があの魔竜の契約者か。ーー申し遅れた。俺はサウス=グロウル、魔物撲滅本部の勇者だ」
魔物撲滅本部、そう言えばヴィダの街を離れた時にも森で会ったな。
「そんなお前が何故この街にいるんだ?」
「決まってる。魔物からヴィダの街の者たちを守る為だ。あの魔竜はいい働きをしてくれた。だが後は俺らの仕事。本来ならば魔竜を従えている勇者など放っておくわけにはいかないが、その理由も彼から聞いた」
アレクが後頭部に手を当てて会釈をする。
「そうか。ーーアレク、もう大丈夫そうだな」
「ええ、色々とありがとうございました。それと、シンさんたちはメアさんと合流はされましたか?」
「ああ。プリズンタウンで皆待っている」
アレクはほっとした様子を見せる。
「プリズンタウン……異空間の街か。ーー勇者よ、シンといったな。俺ら魔物撲滅本部の勇者はトリトン大陸の魔物討伐の件で来ている。近頃、魔物どもの動きが活発になって来ているのは……分かるな? 奴、魔王が動き始めたということだ」
「お喋りかい? サウス」
「お前……」
現れたのは黄の髪をした勇者。
その者が背に持っている長剣はよおく覚えていた。
「バタリア以来だね。腕は上達したかい?」
「お陰様でな」
テクニック・ザ・トーナメントで俺と対戦した勇者、クランがそこにいた。
相変わらずクランの背には大剣並みに大きい剣、宝剣ルークスが輝きを放つ。
「ふふっ。なるほどね、確かに……いや驚くほどに強くなっているようだね。僕としても嬉しい限りだよ」
「嬉しい? お前がか?」
こいつ、何言ってやがる。
「嬉しいに決まっているだろう。同じ勇者、強くなった分だけ倒せる魔物の増える。ーーただ、あそこにいる魔竜は何とも言い難いけどね」
宝剣ルークスを持つクラン、ボルティスドラゴンも危なかったかもしれないな。
あの時は確か勇者ランク8。となると今ではそれより上だと思われる。
「クランよ、レオンたちからの連絡も入った」
「そうか、なら後はサウスに頼むとするよ。くれぐれも街の人たちには迷惑をかけないようにね。ーーああそれと、君も魔竜もヴィダの街から引いてくれて構わない。魔物撲滅本部の勇者として礼を言っておくよ」
そう言って、クランは1人ヴィダの街を出て行く。
その後はアレクを気にしてずっと後方で待っていたティナやローゼンとも状況を話し、サウスの他にも魔物撲滅本部の勇者が数人いることが確認出来た。
街や村には国の兵団が防衛に来ることは全ては出来ず、魔物撲滅本部の勇者たちが他大陸より優先して兵団の代わりにと来ているとのことだった。
元々、魔物撲滅本部は国の組織。
トリトン大陸に来ているのは国からの指示だという。
ただ、魔物撲滅本部がトリトン大陸に来ているのは街や村の防衛だけではなく、本来の目的は魔物を討伐すること。
その中でも特に力を入れているのが魔人の討伐ということだった。
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