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第207話 革命軍
しおりを挟む 朝食を終えるとわたくしは庭に散歩に、お義兄様は剣術の先生に指南に行く。お義兄様が剣術を習っているのを見ながら、わたくしは庭で蝶々を追いかけたり、花を摘んだりするのだが、今日は庭師に話しかけていた。
「薔薇の花をもらえないかしら? わたくしの部屋とお義兄様の部屋に飾りたいの」
「何色の薔薇ですか?」
「白薔薇がいいわ」
庭師に薔薇を切ってもらって、棘も取ってもらって、わたくしはバズレールさんに花瓶を用意してもらって薔薇の花を生ける。生けた薔薇の花はわたくしの部屋とお義兄様の部屋に飾られた。
お義兄様が剣術の稽古が終わるころにはわたくしのお散歩も終わって、わたくしとお義兄様は家庭教師のところに行く。お義兄様は学園向けた勉強を、わたくしは文字から習う。
本当の五歳のときには勉強を嫌がっていたので文字はなかなか覚えられなかったが、今は十三歳だったころの記憶があるので文字も読めるし、書ける、はずだった。
教本を開いてみると文字は読めた。問題は書く方だった。わたくしの小さな五歳児の手はペンに慣れていなくて、どうしても文字がぐにゃぐにゃと歪んでしまうのだ。ペンがこんなにも大きくて重くて使いにくいだなんて思わなかった。
困りきっているわたくしに対して、家庭教師は目を丸くしている。
「アデライドお嬢様が字を書かれている。歪んではいるが、読めますよ」
「歪まないきれいな字を書きたいのだけれど」
「アデライドお嬢様、それは練習あるのみです。アデライドお嬢様がやる気になってくださってわたしは嬉しいです」
文字を書く練習はまだまだ必要なようだが、読む分には問題がないので、わたくしは家庭教師の前で不自然にならない程度に文字を読んで見せた。
「あっておりますよ、アデライドお嬢様。どこでこんなに練習したのですか?」
「内緒にしていたの。わたくし、お手紙を書いてみたくて」
「目標があるのはいいことですね。どなたにお手紙を書きたいのですか?」
「クラリスお姉様に」
もじもじとしながらわたくしは提案してみる。
まずはクラリス嬢に信用されなければいけない。このころは無邪気に「クラリスお姉様」などと呼んでいたのだと思い出して言えば、勉強がひと段落したお義兄様がわたくしの話を聞いていた。
「アデリーはクラリス嬢に手紙を書きたいのかい?」
「はい。わたくし、お姉様がいないでしょう? お姉様がいたら素敵だなと思って、わたくし、クラリスお姉様と仲良くなりたいの」
「クラリス嬢がわたしと結婚したら義姉になるかもしれないから、そのときはアデリーにも義姉ができることになるかな」
その前にクラリス嬢とお義兄様との婚約は解消させてみせますが。
心の中だけで言ってわたくしは家庭教師に向き直る。できるだけ可愛い顔をして見せたわたくしに、家庭教師は便箋と封筒を持って来てくれた。
「何度間違っても構いません。間違って書き直すのも練習になります。クラリス様へのお手紙を書いてみてください」
「上手にできたら、クラリスお姉様に届けてくれる?」
「旦那様と奥様にお願いしましょう」
家庭教師が約束してくれたので、わたくしは一生懸命ぐらぐらする思い通りにならない五歳の手首を固定して、歪んだ字を便箋にいっぱい書いていった。どうしても文字が大きくなるので、一枚の便箋に納まりきらない。
四枚の便箋を使ってわたくしは手紙を仕上げた。
『クラリスおねえさま、わたくしのところにあそびにきてください。いっしょにおちゃがしたいです。アデライド』
これだけの文章だが、細く柔らかな五歳児の手首には負担がかかったようで、腕が重くなってきている。
「初めてアデライドお嬢様が手紙を書かれた! すぐに旦那様と奥様に見せてきます」
足早に勉強室から出て行った家庭教師に、お義兄様も勉強を終えたようでわたくしを抱き上げた。お義兄様は十歳なのだがとても体が大きくて背が高いのでわたくしを軽々と抱っこできる。
「アデリー、集中して疲れたよね。一緒にお茶をしようか」
「嬉しい! わたくし、喉が渇いていたの」
抱っこされるのは少し恥ずかしいが、今の自分は五歳なのだと割り切ってお義兄様に甘えることにする。お義兄様は自分の部屋のバルコニーに出てメイドにお茶の用意をさせた。
「昼食があるから、お菓子は少しだけにしておくんだよ」
「はい、お義兄様」
五歳の胃袋は小さくてすぐにお腹いっぱいになってしまうし、すぐにお腹が空いてしまうのだが、昼食のことを考えると今の時間にお菓子を食べるのは危険だった。桃の香りのする紅茶に牛乳を入れて一口飲むと、緊張で乾いていた喉が潤う。
お茶菓子は簡単な焼き菓子が出されていたが、わたくしはフィナンシェを一つだけ食べることにした。フィナンシェを手に取るとバターと甘い香りがしてあっという間に一個食べてしまう。
一個食べるともう一個食べたくなるが、わたくしはぐっと我慢した。この小さな体、小さな胃袋ではすぐにお腹いっぱいになってしまう。昼食がきちんと食べられなかったらお義兄様もバズレールさんも心配するだろう。
お茶を終えて一休みしてから、わたくしとお義兄様は食堂に行った。お義父様とお義母様はバルテルミー家の当主と女主人としての仕事があるから、昼食は一緒に摂らないことが多い。
お義兄様と二人で食卓に着くと、料理が運ばれてきた。
アスパラガスとベーコンのソテー、サーモンの包み焼き、それにスープとパンがついている。どれも美味しかったけれど、全部は食べきれない。元々主人の料理というものは全部食べられることを考えて作られていない。残ったら使用人たちに下賜されるのが前提なのだ。
半分も食べられずにお腹がいっぱいになってしまったわたくしと違って、お義兄様は全部食べている。成長期のお義兄様はどれだけ食べても足りない時期だった。
「お義兄様、お腹がいっぱい」
「眠くなったんじゃないかな? バズレールさんに言って、少しお昼寝をする?」
五歳のころわたくしはお昼寝をしていた気がする。そろそろお昼寝は卒業でもよかったのだが、昨日の夜はベッドの中で色々と考えていたのでお腹もいっぱいだし眠くなってきている。
少しだけお昼寝することにしてわたくしは洗面所で歯磨きをして、楽な格好に着替えて、髪も解いて、ベッドに横になった。五歳の体は素直でベッドに横になるとすぐに眠気が来てしまう。
起きたらお義父様とお義母様に会えるだろうか。
クラリス嬢に書いた手紙に、お義父様とお義母様は何と仰るだろう。
考えていることができなくて、わたくしは眠りに落ちていた。
目を覚ますと頭がすっきりしていた。
起きたわたくしに、部屋の隅で縫物をしていたバズレールさんが縫い針を片付けて、わたくしのベッドにやってくる。
「アデライドお嬢様、お手洗いに行きましょうか」
「は、はい」
中身は十三歳でもわたくしの体は五歳だった。五歳児の膀胱は小さい。眠っているときに漏らすようなことはなかったが、起きたらすぐにお手洗いに行きたいくらいには緊急性を持っていた。
バズレールさんはさすが乳母。そのことに気付いてくれていた。
急いでお手洗いに行って、手を洗って手を拭いて、わたくしはバズレールさんに髪を梳いてもらってハーフアップにしてもらう。生まれたときから一度も切っていない髪は長く伸びていて、腰くらいまであるのだが、三つ編みにしていると楽ではあるが、わたくしはふわふわの美しい金髪をお義兄様に見てほしかったのでハーフアップをお願いした。
お義兄様は午後の家庭教師の授業を受けていた。勉強室にわたくしが顔を出すと、「もう少しで終わるから」と一瞬だけわたくしの方を見てから、家庭教師に向き直る。
家庭教師もお義兄様がわたくしに話しかけたことを咎めたりしなかった。
午後のお義兄様の授業が終わるとお茶の時間になる。
これが正式なお茶の時間だ。午前中にしたのは正式なお茶ではない。
この国では昼食と夕食の間が長く開くので、午後にはお茶をする風習がある。このお茶のときに友人を呼んでお茶会を開いたりもするのだが、今回はお義兄様と二人だけだ。
苺の香りの紅茶とケーキにムースにスコーンとジャム、フィンガーサンドイッチと呼ばれる一口サイズのサンドイッチが用意されて、お茶の時間が始まる。
お義兄様と二人きりかと思っていたらお義父様とお義母様が仕事を抜けてお茶にやってきてくださった。
「お義父様、お義母様、わたくしが書いたお手紙を読んでくれた?」
「クラリス嬢にお手紙を書いたのだね」
「アデライドの初めてのお手紙の相手がクラリス嬢だというのは少し羨ましいですが、アデライドはお姉様が欲しかったのですって? 家庭教師から聞きました。クラリス嬢を小さなお茶会にお招きしましょう」
「小さなお茶会?」
「子どもたちだけのお茶会のことです。アデライドはまだ五歳なので早すぎるかもしれませんが、昨日のマナーを見ていると出席しても大丈夫そうですね」
「クラリスお姉様が来るのね。嬉しい!」
これは喜んでおかなければいけないところだ。クラリス嬢はずっとお義兄様を怖がっているようなところがあったし、お義兄様もクラリス嬢に歩み寄ろうとしていたが、クラリス嬢が逃げてしまうのでなかなか難しかった。
お義兄様ならば怖がるかもしれないが、会いたいと言っているのは義妹のアデライド、つまりはわたくしなのである。クラリス嬢も少しは警戒を解いてくれるのではないだろうか。
少しずつクラリス嬢と仲良くなって、クラリス嬢が重大な秘密を抱えたときに打ち明けられると信頼してくれる相手にならなければいけない。ジャンと出会ったら、ジャンとの恋を応援しつつ、ジャンとクラリス嬢のお付き合いの証拠を掴んで、お義兄様に渡して婚約解消を言い出してもらわなければいけない。
前回はお義兄様に婚約破棄を申し出て、社交界を追放されたクラリス嬢を、円満に婚約解消に持って行って、お義兄様とはわたくしが結ばれるようにことを運んで行かなければいけない。
「三人だけのお茶会というのも寂しいかもしれないね。ヴィクトル殿下をお呼びするのはどうかな?」
お義兄様の提案にお義父様とお義母様が頷く。
「ヴィクトル殿下は学園に通うようになれば、マクシミリアンがご学友ということになるからな」
「マクシミリアンと年も同じですし、従兄弟同士、友好を持っておくのはいいことですね」
ヴィクトル殿下といえば、この国の国王陛下の第二王子で、お義兄様と同じ年ではなかっただろうか。十三歳までの記憶では、お義兄様はヴィクトル殿下の学友として、従兄弟として学園でとても親しくしていた覚えがある。わたくしは五歳年が離れているのでそんなにお会いしたことはないが、バルテルミー家のお茶会に来てくださったこともあったはずだ。
残念ながらわたくしは十三歳までしか生きたことがなくて、十五歳で社交界デビューするのは経験したことがない。十五歳で社交界デビューしていたらヴィクトル殿下とパーティーでご一緒することもあったかもしれないが、学園では五つも学年が離れているし、ほぼ交流はなかったに等しい。
お義兄様が招待したいのならば反対はしないが、ヴィクトル殿下も来るとなると緊張してくる。
「わたくし、ご無礼がなくできるかしら」
「アデリーはわたしの隣りに座っていればいいよ。何かあったらわたしがフォローする」
心強いお義兄様の言葉に、わたくしは小さく頷いたのだった。
「薔薇の花をもらえないかしら? わたくしの部屋とお義兄様の部屋に飾りたいの」
「何色の薔薇ですか?」
「白薔薇がいいわ」
庭師に薔薇を切ってもらって、棘も取ってもらって、わたくしはバズレールさんに花瓶を用意してもらって薔薇の花を生ける。生けた薔薇の花はわたくしの部屋とお義兄様の部屋に飾られた。
お義兄様が剣術の稽古が終わるころにはわたくしのお散歩も終わって、わたくしとお義兄様は家庭教師のところに行く。お義兄様は学園向けた勉強を、わたくしは文字から習う。
本当の五歳のときには勉強を嫌がっていたので文字はなかなか覚えられなかったが、今は十三歳だったころの記憶があるので文字も読めるし、書ける、はずだった。
教本を開いてみると文字は読めた。問題は書く方だった。わたくしの小さな五歳児の手はペンに慣れていなくて、どうしても文字がぐにゃぐにゃと歪んでしまうのだ。ペンがこんなにも大きくて重くて使いにくいだなんて思わなかった。
困りきっているわたくしに対して、家庭教師は目を丸くしている。
「アデライドお嬢様が字を書かれている。歪んではいるが、読めますよ」
「歪まないきれいな字を書きたいのだけれど」
「アデライドお嬢様、それは練習あるのみです。アデライドお嬢様がやる気になってくださってわたしは嬉しいです」
文字を書く練習はまだまだ必要なようだが、読む分には問題がないので、わたくしは家庭教師の前で不自然にならない程度に文字を読んで見せた。
「あっておりますよ、アデライドお嬢様。どこでこんなに練習したのですか?」
「内緒にしていたの。わたくし、お手紙を書いてみたくて」
「目標があるのはいいことですね。どなたにお手紙を書きたいのですか?」
「クラリスお姉様に」
もじもじとしながらわたくしは提案してみる。
まずはクラリス嬢に信用されなければいけない。このころは無邪気に「クラリスお姉様」などと呼んでいたのだと思い出して言えば、勉強がひと段落したお義兄様がわたくしの話を聞いていた。
「アデリーはクラリス嬢に手紙を書きたいのかい?」
「はい。わたくし、お姉様がいないでしょう? お姉様がいたら素敵だなと思って、わたくし、クラリスお姉様と仲良くなりたいの」
「クラリス嬢がわたしと結婚したら義姉になるかもしれないから、そのときはアデリーにも義姉ができることになるかな」
その前にクラリス嬢とお義兄様との婚約は解消させてみせますが。
心の中だけで言ってわたくしは家庭教師に向き直る。できるだけ可愛い顔をして見せたわたくしに、家庭教師は便箋と封筒を持って来てくれた。
「何度間違っても構いません。間違って書き直すのも練習になります。クラリス様へのお手紙を書いてみてください」
「上手にできたら、クラリスお姉様に届けてくれる?」
「旦那様と奥様にお願いしましょう」
家庭教師が約束してくれたので、わたくしは一生懸命ぐらぐらする思い通りにならない五歳の手首を固定して、歪んだ字を便箋にいっぱい書いていった。どうしても文字が大きくなるので、一枚の便箋に納まりきらない。
四枚の便箋を使ってわたくしは手紙を仕上げた。
『クラリスおねえさま、わたくしのところにあそびにきてください。いっしょにおちゃがしたいです。アデライド』
これだけの文章だが、細く柔らかな五歳児の手首には負担がかかったようで、腕が重くなってきている。
「初めてアデライドお嬢様が手紙を書かれた! すぐに旦那様と奥様に見せてきます」
足早に勉強室から出て行った家庭教師に、お義兄様も勉強を終えたようでわたくしを抱き上げた。お義兄様は十歳なのだがとても体が大きくて背が高いのでわたくしを軽々と抱っこできる。
「アデリー、集中して疲れたよね。一緒にお茶をしようか」
「嬉しい! わたくし、喉が渇いていたの」
抱っこされるのは少し恥ずかしいが、今の自分は五歳なのだと割り切ってお義兄様に甘えることにする。お義兄様は自分の部屋のバルコニーに出てメイドにお茶の用意をさせた。
「昼食があるから、お菓子は少しだけにしておくんだよ」
「はい、お義兄様」
五歳の胃袋は小さくてすぐにお腹いっぱいになってしまうし、すぐにお腹が空いてしまうのだが、昼食のことを考えると今の時間にお菓子を食べるのは危険だった。桃の香りのする紅茶に牛乳を入れて一口飲むと、緊張で乾いていた喉が潤う。
お茶菓子は簡単な焼き菓子が出されていたが、わたくしはフィナンシェを一つだけ食べることにした。フィナンシェを手に取るとバターと甘い香りがしてあっという間に一個食べてしまう。
一個食べるともう一個食べたくなるが、わたくしはぐっと我慢した。この小さな体、小さな胃袋ではすぐにお腹いっぱいになってしまう。昼食がきちんと食べられなかったらお義兄様もバズレールさんも心配するだろう。
お茶を終えて一休みしてから、わたくしとお義兄様は食堂に行った。お義父様とお義母様はバルテルミー家の当主と女主人としての仕事があるから、昼食は一緒に摂らないことが多い。
お義兄様と二人で食卓に着くと、料理が運ばれてきた。
アスパラガスとベーコンのソテー、サーモンの包み焼き、それにスープとパンがついている。どれも美味しかったけれど、全部は食べきれない。元々主人の料理というものは全部食べられることを考えて作られていない。残ったら使用人たちに下賜されるのが前提なのだ。
半分も食べられずにお腹がいっぱいになってしまったわたくしと違って、お義兄様は全部食べている。成長期のお義兄様はどれだけ食べても足りない時期だった。
「お義兄様、お腹がいっぱい」
「眠くなったんじゃないかな? バズレールさんに言って、少しお昼寝をする?」
五歳のころわたくしはお昼寝をしていた気がする。そろそろお昼寝は卒業でもよかったのだが、昨日の夜はベッドの中で色々と考えていたのでお腹もいっぱいだし眠くなってきている。
少しだけお昼寝することにしてわたくしは洗面所で歯磨きをして、楽な格好に着替えて、髪も解いて、ベッドに横になった。五歳の体は素直でベッドに横になるとすぐに眠気が来てしまう。
起きたらお義父様とお義母様に会えるだろうか。
クラリス嬢に書いた手紙に、お義父様とお義母様は何と仰るだろう。
考えていることができなくて、わたくしは眠りに落ちていた。
目を覚ますと頭がすっきりしていた。
起きたわたくしに、部屋の隅で縫物をしていたバズレールさんが縫い針を片付けて、わたくしのベッドにやってくる。
「アデライドお嬢様、お手洗いに行きましょうか」
「は、はい」
中身は十三歳でもわたくしの体は五歳だった。五歳児の膀胱は小さい。眠っているときに漏らすようなことはなかったが、起きたらすぐにお手洗いに行きたいくらいには緊急性を持っていた。
バズレールさんはさすが乳母。そのことに気付いてくれていた。
急いでお手洗いに行って、手を洗って手を拭いて、わたくしはバズレールさんに髪を梳いてもらってハーフアップにしてもらう。生まれたときから一度も切っていない髪は長く伸びていて、腰くらいまであるのだが、三つ編みにしていると楽ではあるが、わたくしはふわふわの美しい金髪をお義兄様に見てほしかったのでハーフアップをお願いした。
お義兄様は午後の家庭教師の授業を受けていた。勉強室にわたくしが顔を出すと、「もう少しで終わるから」と一瞬だけわたくしの方を見てから、家庭教師に向き直る。
家庭教師もお義兄様がわたくしに話しかけたことを咎めたりしなかった。
午後のお義兄様の授業が終わるとお茶の時間になる。
これが正式なお茶の時間だ。午前中にしたのは正式なお茶ではない。
この国では昼食と夕食の間が長く開くので、午後にはお茶をする風習がある。このお茶のときに友人を呼んでお茶会を開いたりもするのだが、今回はお義兄様と二人だけだ。
苺の香りの紅茶とケーキにムースにスコーンとジャム、フィンガーサンドイッチと呼ばれる一口サイズのサンドイッチが用意されて、お茶の時間が始まる。
お義兄様と二人きりかと思っていたらお義父様とお義母様が仕事を抜けてお茶にやってきてくださった。
「お義父様、お義母様、わたくしが書いたお手紙を読んでくれた?」
「クラリス嬢にお手紙を書いたのだね」
「アデライドの初めてのお手紙の相手がクラリス嬢だというのは少し羨ましいですが、アデライドはお姉様が欲しかったのですって? 家庭教師から聞きました。クラリス嬢を小さなお茶会にお招きしましょう」
「小さなお茶会?」
「子どもたちだけのお茶会のことです。アデライドはまだ五歳なので早すぎるかもしれませんが、昨日のマナーを見ていると出席しても大丈夫そうですね」
「クラリスお姉様が来るのね。嬉しい!」
これは喜んでおかなければいけないところだ。クラリス嬢はずっとお義兄様を怖がっているようなところがあったし、お義兄様もクラリス嬢に歩み寄ろうとしていたが、クラリス嬢が逃げてしまうのでなかなか難しかった。
お義兄様ならば怖がるかもしれないが、会いたいと言っているのは義妹のアデライド、つまりはわたくしなのである。クラリス嬢も少しは警戒を解いてくれるのではないだろうか。
少しずつクラリス嬢と仲良くなって、クラリス嬢が重大な秘密を抱えたときに打ち明けられると信頼してくれる相手にならなければいけない。ジャンと出会ったら、ジャンとの恋を応援しつつ、ジャンとクラリス嬢のお付き合いの証拠を掴んで、お義兄様に渡して婚約解消を言い出してもらわなければいけない。
前回はお義兄様に婚約破棄を申し出て、社交界を追放されたクラリス嬢を、円満に婚約解消に持って行って、お義兄様とはわたくしが結ばれるようにことを運んで行かなければいけない。
「三人だけのお茶会というのも寂しいかもしれないね。ヴィクトル殿下をお呼びするのはどうかな?」
お義兄様の提案にお義父様とお義母様が頷く。
「ヴィクトル殿下は学園に通うようになれば、マクシミリアンがご学友ということになるからな」
「マクシミリアンと年も同じですし、従兄弟同士、友好を持っておくのはいいことですね」
ヴィクトル殿下といえば、この国の国王陛下の第二王子で、お義兄様と同じ年ではなかっただろうか。十三歳までの記憶では、お義兄様はヴィクトル殿下の学友として、従兄弟として学園でとても親しくしていた覚えがある。わたくしは五歳年が離れているのでそんなにお会いしたことはないが、バルテルミー家のお茶会に来てくださったこともあったはずだ。
残念ながらわたくしは十三歳までしか生きたことがなくて、十五歳で社交界デビューするのは経験したことがない。十五歳で社交界デビューしていたらヴィクトル殿下とパーティーでご一緒することもあったかもしれないが、学園では五つも学年が離れているし、ほぼ交流はなかったに等しい。
お義兄様が招待したいのならば反対はしないが、ヴィクトル殿下も来るとなると緊張してくる。
「わたくし、ご無礼がなくできるかしら」
「アデリーはわたしの隣りに座っていればいいよ。何かあったらわたしがフォローする」
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