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第183話 合い慣れない価値観
しおりを挟むテールが去って行った方向には俺たちが宿泊した場所とはまた別の宿泊所があった。
俺は大勢で押しかけてはいけないと、メアたちには待っていてもらい1人宿泊所へ入る。
受付でテールに用があると伝えると、二階へ続く階段を登った先直ぐの部屋だそうだ。
二階へ上がる階段の途中には3人の勇者が剣を上へと向けそれぞれを交差させているレリーフがあった。
共に戦う意思、意味はそう。たまに見るレリーフだ。
二階へ上がろうとした時、タイミングよくテールがドアを開けた。
俺と目がばったり合ったのだが、テールは何事もなかったかのように一階へと降りようとする。
「テール、話があるんだ」
そう言うと、テールは一階を覗くように見たり辺りを見回した後、俺を部屋に招いた。
「わざわざ来て、俺に何の用?」
テールはベッドの上に座るなり、両手を頭の後ろで交差して窓際の壁にもたれ掛かる。
ベッドとは反対の棚の上には長弓が置いてある。テールの持つ武器だろう。
「セシルから聞いたんだが、テールはカリダ村の出身なんだってな」
「セシル……ああ、あの獣人の子かい。お喋りな子だ」
テールは体勢を変え、腕を組んでは俺の言葉を待っているようだ。
「それで俺から一つ提案があるんだが、テール、俺の旅に付いて来ないか?」
テールは驚いたように前屈みに揺れた。
「冗談! 俺の仲間はアイツらだけさ。それにそんなこと言ったって、ゼラが許さないさ」
テールはまた体勢を変え、頭の後ろに両手を持って来て壁にもたれる。
窓の方を見ては何か考えているようだ。
「でも、それじゃあいつまで経ってもこのカサルの地にいるだけじゃないのか? 本当にカリダの村に帰りたいなら行動を起こすべきだと俺は思うんだが?」
「お前に! 一体何が分かる!? ……あ、いや、いきなりすまない。ーーゼラは俺の命の恩人なんだ。それ以来、ゼラと旅をしては魔物を討伐する日々ーー時には無茶苦茶なこと言うが、ゼラほど信頼出来る勇者はそうそういない。少なくともいきなり俺の前に現れて、俺の故郷に送り届けるなんて根拠のないことを言う何処ぞの勇者より信頼出来る」
「正論だな。ーーただな、俺から言わせてもらうとすれば、お前自身、本当はカリダの村に帰りたいはず。だが、お前は今言ったような言い訳を探しては本心を抑えているだけのように俺には見える」
そう俺が言うと、テールはおもむろに立ち上がってドアの方へと歩いて行く。そしてドアを開けて何も言わず俺を見る。
帰れ、つまりそういうことだろう。
「テール、俺は待ってるぞ」
部屋を出て直ぐ、ドアはテールによって強く閉められた。
◇
「ねえ、シン。ほんとに」
「見ろ」
宿泊所の前にいると、その者は出て来た。俺たちを見た瞬間、やれやれといったように頭を振る。
「まだ居たのかい」
「居ると分かってたから出て来たんだろ?」
そう言ったら、テールはまた頭を振る。
「俺がカリダ村に帰りたいのはゼラもイアンも知っている。でも、再三言っても無駄だった」
テールは宿泊所の前にある50センチほどの高さの塀に座る。
道行く無邪気な子供がテールに手を振って、彼は微笑して同じように手を振って返す。
知り合いなのだろう、それほどカサルの地にいるということか。
「テール、聞くがゼラは何故カサルの地に居続ける? やっぱり住みやすいとかそんなのか?」
「それもあるが、ゼラはバルトって奴を仲間にしようとしてる。無駄だってのに、言っても聞かない頑固さには参るよ」
バルト……あいつ、そんなこともあったんだな。
宝剣を持つ勇者にしてランク9。勇者が仲間にしたい気持ちは十分分かる。
この魔物時代、戦力の強化と言えば自身のステータスをひたすら向上させていくか、もしくは手っ取り早く強い勇者を仲間にすればいい。
「バルトか。俺も会ったが、アイツは誰かの仲間になるような勇者には見えないな。むしろ逆」
「お前もそう見えるかい。それに関しては俺も同意見さ。ーーゼラ」
その場にいない者について話していると当の本人が現れるという現象が今起きた。ゼラとイアンは一直線に俺たちの方へ歩いて来る。
「俺たちが居ない間に何の話してたのかな? 俺にも聞かせてくれよ」
「是非とも」
黒の長髪の男、イアンがゼラの言葉を強調するように言う。
「あんたたちの鈍さに呆れてたって話してたのよ!」
「何? 女、いい度胸だよ。まあ俺は心が広いから、言葉の一つや二つくらい許してやるよ。それよりよ、何を話してたんだよ?」
冷静な口調でメアにそう返しては、執拗にゼラはそう聞いて来る。
「俺はシン、まずは名乗っておこう」
「そうか。俺はゼラだ」
ゼラは身構えるように腕を固く組む。
「ゼラ、俺は1人の勇者としてテールを村へ送り届けてやりたいと思っている」
「そんな勝手なっ!? ゼラ! 今こいつが言ったのは冗談だからな!?」
俺とゼラの間に割って入ったテールが挟むようにそう言った。
「冗談……冗談だったら、こんな眼普通しねえぞ?」
ゼラは俺の方を睨むように見てはテールにそう言った。
テールはゼラに怯えるように引いていく。
「私も同意見! ……よ」
メアがそう言った瞬間、ゼラがギロリと睨み小さくそう付け加えた。
「お前はどう思っているんだよ?」
「ーー俺は……」
テールが俺に答えを求めるように見て来る。
俺を見てもな……それはテールが答えることだ。
「見ろ、テールだって帰りたく」
「帰りたい!」
ゼラの言葉を遮るようにテールは声を大にして言う。
ゼラが真っ直ぐにテールを見るが、彼は怯えた様子を一切見せない。本心から言ったのだろう。
「何度も諦めろと言ったのによ……結局、故郷が恋しいかよ、情けない野郎だ」
ゼラは呆れたように首を左右に振った。
「情けなくても、故郷が恋しくなっても、俺は俺の生まれ育った村に帰る! もうお前らといるのはうんざりなんだ!」
そうテールが啖呵を切った時、ゼラがテールを蹴り飛ばした。
「ちょっと! あんた何するのよ!?」
ゼラに対してメアが言う。
「お前の言いたいことはよーく理解した。だがよ、はいそーですかと、俺の仲間を辞められると思うなよ?」
ゼラは両手を合わせるようにして丸めてボキボキと音を出す。
「いいさ、ゼラの気の済むようにやってくれ」
「……いい度胸だよ、剣は使わないでおいてやる。イアン、持ってろーーは?」
ゼラはイアンに自分の持つ両剣を渡す。
だが、テールの前に立った俺を見て、ゼラは眉間に皺を寄せて言う。
「テールの代わりに俺が受けよう。メア」
メアにアスティオンを渡す。
「シン、何でそこまで……」
メアにアスティオンを渡した時、そう言われる。
「そうよ、何で?」
ラピスもメアと同じことを思ったようだ。
まあ、今まで共に旅をして来たなら、そう言うのも分かる。何せその張本人の俺が、誰かを庇うような勇者ではなかったからだ。メアがダークリーパーに拉致された時は庇うという状況ではなかった。
セシルの時もそうだ、庇うというわけではなく金銭で問題を解決した。
だが、今はどうだ?
今日会った見知らぬ勇者の為に代わりに殴られてやろうという状況。つまりそれほど、テールを仲間にしたいと問われれば心中はそうじゃない。
「カッコいいじゃないかよ。だがよ、絶対に技なんて使うなよ?」
「もちろんだ」
守技を解放すれば、こんな奴の攻撃どうってことはないだろう。だが、それでは示しがいかない。
さあ、来い。
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