百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第181話 毒味

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「分かったよ、爺さん。だからそんなに熱くなるなって」

と俺が言うのは、去ったと思った爺さんが凄い勢いで戻って来てレドックとジェイに注意したように熱く話すからだ。

爺さんは俺の足元から頭の先まで垂直に見る。

「本当じゃな! まったく! 近頃の勇者といったら何しでかすか分からんからな!」

怒り口調でメアたちにもガンをつけながら再度去って行った。

「な、何かあったようね」

「だろうな。カサルの地だ、いざこざの二つや三つくらいあるだろ」

二つや三つで済めばいいが……実際のところはもっとあるだろう。
いくら豊穣の地と言われ、人々が食に困らず尚且つ勇者たちの長期滞在により魔物から守られているとしても、その全ての勇者たちが仲良くというわけにはいかないだろう。
何せ、勇者だ。自由奔放に生き、各々が価値観を持っている。自由奔放、これが全ての勇者に当てはまるわけではないだろうが、各々が持っている価値観というのは時に衝突する要因となってしまう。

爺さんがあれほど怒り口調だったのも、過去、何かあったからなのだろう。

「おい聞いたか。また魔物の群れがこのカサルの地に向かっているんだって」

「またかよ! でもまっ! 心配するこたねえ! いつものように勇者様方がバッタバッタと斬って倒してくれるさ!」

男2人がそう言葉を交わしながら、俺たちの横を通って行った。

そんな2人の男の言葉を聞いたと思えば、数十メートルくらい視界先を剣や斧を持った者たちが移動していく。おそらく勇者。男2人の言葉の内容に関係するか定かではないが、カサルの地の住人たちからは黄色い声援を受けている。

このカサルの地で勇者たちが長期滞在するのは、衣食住が整った環境というのが主な理由。
だが、中には人々が大勢住むこのカサルの地に魔物が頻繁に来ることを利用して、勇者としての成長の場とする者たちもいる。
ただ言えるのは、勇者たちがカサルの地にいる理由は前者。成長の場としつつ、そうした衣食住が整った環境を選んだというのもあるが、半分くらいの勇者は住みやすさを重視している。
これは度々カサルの地で行われている、勇者たちにとったアンケートの結果から分かったこと。
広場の掲示板を見に行けば得られる情報だ。

「魔物か……俺たちが行く必要はなさそうだな」

「なんでなんで!? セシル行きたい!」

セシルが見せるその魔物討伐意欲は素晴らしい。力無き人々を魔物から守る、そこで暇そうに寝ている勇者にも見せてやりたいくらいだ。

俺たちの近くでは、気持ちよさそうにいびきをかいて寝ているボサボサ頭の男が岩の上で仰向けで寝そべっている。時折、腹を掻いては口をむにゃむにゃとさせている。

ラピスがやや引き気味の表情を見せる中、セシルは尾をピンと立てて両腕両拳を胸元まで当てて俺に視線を送る。

「分かった、まずは行ってみようか」

そう言うとセシルはキラキラした目をした。

そうして、俺たちはフィールドへと向かった。





そこでは勇者と魔物との戦いが繰り広げられていた。カサルの地からはだいぶ離れている場所で、何十人もの勇者と数十近くの魔物が戦闘する。

「俺たちの出番はなさそうだな」

俺は見たままを言った。とある勇者は自身の3倍以上あるスニーズベアの攻撃を華麗に避けては斬り傷を付ける。その度、スニーズベアは怒り狂ったように勇者を捕らえようとするがまるでNS磁石でも付いているかのようにスルスルと避けられる。

そんなスニーズベアは、頭を震わせるように大きなくしゃみを一つ。それは爆風を起こし砂を舞い上がらせ、相手の勇者を狙う。だが、さらりと躱した勇者。対象に当たらなかった爆風のくしゃみはそのまま空気に混じって消えたようだ。
そして隙を突いた別の勇者の一撃によってスニーズベアは地面に倒れた。

初めからスニーズベアの相手をしていた勇者とは知り合いか仲間のようで、まだいる魔物の相手を始める。

他にも弱点丸出しのように見える巨大な両目玉をギョロつかせたビックアイリザードは、勇者の斬撃をささっと避ける。かと思えば、反撃で尾のカウンター攻撃を勇者に喰らわした。

勇者は咄嗟に持つ長剣を盾にし、離れている勇者に合図を送るような仕草をする。だが、それに気づいたビックアイリザードは向かって来た勇者2人の攻撃を躱しては反撃にしなる鞭のように尾のカウンターをする。

勇者3人相手にやり手の魔物だ。
ビックアイリザード、両目玉は大きく一見すると弱点に見えるのだが、それは対象の動きを正確に捉えることが出来て、本体のレベルもそこそこ高い。平均すると72というレベルデータ。必要勇者ランクは6は欲しいところ。
となると、今ビックアイリザードを相手にしている3人の勇者たちはそれ以下ということだろう。
3人もいてやれやれとそう思っていると、何処からともなく飛んで来た一本の矢によってビックアイリザードが叫んだ。その矢はまたビックアイリザードを的に打たれた。

「あんな遠いところから」

遠いところから弓を構えた者がいた。そいつは頭上遙か高くにいる空飛ぶ魔物さえも打つ。
勇者の武器の一つ、弓は遠距離戦においては状況によっては強大な力となる。
その者は次から次へと魔物を打って落とし、地面に次々と墜落していく。

「セシル、戦いたかったな~」

と、落胆の様子を見せるセシル。戦場は誰が見ても勇者に旗が上がる流れ。それは間も無くそうなった。
ほぼ全ての魔物が駆逐され、一部の魔物は去って行った。

そんな中、既に討伐された魔物を運ぶ勇者が多数。

「……あれ、何してるの、かな?」

メアがそう恐る恐る俺に聞く。

「さあな、考えたくもない」

と俺はメアに返すのだが、彼ら勇者がそれをどうするのかは想像出来る。
パターンは二つ。一つは魔物から獲れる素材によって自分が身に纏う物の強化。魔物から獲れる素材によっては自分のステータスだけでは強化出来ない防御力を外付けで強化出来る。数値として追加されることはないのだが、そうした魔物から剥いだ素材によって強化された外服は、勇者活動の助けになる。

「ひいいいっ!?」

メアが悲鳴を上げた。

1人の勇者が立ち止まったかと思うと、運んでいたスニーズベアのふともも付近に噛み付いたからだ。
周りにいる勇者からもメアほどではないが、引いている様子が遠くからでも見える。

勇者が討伐された魔物を運ぶ理由ーーもう一つのパターンは食べる為だ。今、スニーズベアをいきなり食った勇者もまんざらでもないといった様子で、運びを続け始める。

魔物は食えないわけではない。中にはあえて魔物の肉を好む者たちがいるほど。それは食うに困った勇者が討伐した魔物を食べたことが初めだと言われている。
そうしていつしか魔物を平然と食う勇者たちが現れ初め、街にある店の中には魔物肉を提供しているところもあるくらいだ。

「今日も戦った戦った! 戦利品も文句なしの旨さだし」

スニーズベアにかぶり付いた勇者と目が合ってしまった。

「あげんぞ! 食いたいなら自分で獲るこった!」

そう言い残し、ずるずるとスニーズベアの脚を引きずってはカサルの地の方へと行く。

誰も取らねえよ。
そう心の中で言ってはご機嫌に鼻歌をしながらスニーズベアを運ぶ勇者を見ていた。

「よく食えるか分からない魔物を食えるな」

「かんっがえられない! う~っ! 思い返しても鳥肌が立っちゃう!」

メアは両腕で身体を抱き寄せるようにする。

「毒味」

ラピスがそう呟いた。

「そうだな。毒味なんて、本当よくするよ」

初め魔物が食えると分かった頃、食に困っていた多くの勇者たちがこぞって討伐した魔物を食べ始めた過去がある。
だが、食べられると思っていたはずの魔物だったが、原因不明の高熱が出たり幻覚症状を引き起こしたり、食べた瞬間死んでしまった勇者もいたらしい。
その為、安易に討伐した魔物を食うなと各国から勇者たちに呼びかけがあった。

ただ、それでも討伐した魔物を食う勇者はいなくならず、各国は警報を鳴らしていた。
何故なら、魔物を食ったことでその勇者に何らかの事態が起こってしまえば、国の者たちが困ってしまうからだ。
つまり、魔物の相手をするのは誰かということ。
それほど、勇者という職業の需要は昔から高い。貴重な勇者たち、魔物を食って死ぬなどあってはならないこと。
だが、そうした各国の考えとは反対に魔物を食って死ぬ勇者は毎年のように出て来てしまっている現状。
魔物新聞による勇者たちへの呼びかけも虚しく、毒味がその通りになってしまっている事例がいくつもある。
全ての魔物が勇者を高熱や幻覚症状、最悪、死に至らせるわけではないのだが、本来であれば正式に食べられると判断された魔物ではないと食すことは禁じられている。

「毒味ってだめなんじゃなかったの~!?」

「そうなんだがな、現状は……」

現状、国によって禁じられていても毒味する連中は後を立たない。
それは現にさっきも見たように、常に死と隣り合わせの勇者にとってはさほど意味をなさないものなのかもしれない。
皆が皆そうではないだろうが、少なくとも平然とスニーズベアを食うような勇者は死というものを知っているのだろう。
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