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第175話 探し人
しおりを挟むカサルの地の中央には黒柱が存在感を放つが、機能は果たしていない。
ソフィア王国は黒柱を回収することなく、ただのオブジェと化してしまっている。
そんなオブジェと化した黒柱を見ながらカサルの地を進んで行くと、小さな民家が幾つも立ち並んでいる。
少しばかり大きな建物もあるが、多くはこじんまりとした民家。
そして特に目が引かれるのは水々しい農作物。
カサルの地は豊穣の地とも呼ばれ、五穀ーー米、麦、あわ、きび、豆が豊かに実る地。それらはカサルの地の住人たちだけでなく、近隣にある街や村などにも送られる。
魔防壁もなく、魔物がやってき放題の地に、それでも五穀が豊かに実るのは他ならない勇者たちのおかげと言っても過言ではない。
数多くの勇者たちがカサルの地を拠点とし、俺がまだ勇者ランク2の頃に来た時に出会った勇者たちもカサルの地を拠点としていた。
今はどうだろう。
もう随分時間も経っているから、さすがに居ないとは思うが。
「あったー!」
セシルが喜びの声を上げて煙突から煙りが立っている一軒の民家へ駆け急ぐ。
ラピスも思いの他早く走る。
民家の暖簾を潜ると其処は店のようで、他にも客がいて入って来た俺たちを見たが食事の続きを始める。
「いらっしゃい。四人と一匹かい?」
「あ、ああ」
アルンが居たことで何か言われるかと思ったが、店主と思われる男は特に気にしていないようだ。
一応、アルンのことを気にして話しかけて来た住人もいたのだが、その際メアが特別な犬だと言い丸めていた。それで通ったのだから不思議なものだ。
特別な犬……やや、無理矢理感が否めなかったが、話しかけて来た住人たちは納得してたようだ。
客たちも特に気にしていない様子。
ややあって来た食事は、さすが豊穣の地と呼ばれるだけのことはある。と言っても、ごく普通の定食なのだが、食べて一口、その味わいは素朴ながらどれもこれも洗練された旨味がある。
いつもは喋りながら食事を摂るメアたちも、黙って黙々と食事をするのはその美味な味を噛み締めているのだろう。時折、微笑を綻ばせるセシルの表情がまるでそれを物語っているようだ。
食事後、俺たちは代金を支払い民家兼店を出た。
◇
「あのお店の定食、ほんっと美味しかったわ!」
メアの言葉に合わせるようにセシルが微笑しながらこくこくと頷いている。
それほどまだ余韻が残るほどの食事、確かに稀に味わえる食事だった。素朴ながらまた来たいと思わせる、俺もすっかりあの店の虜になりつつあった。
「そんなこと言ってないで、宝剣を持つ勇者しっかり探してくれよ」
とはいえ、このカサルの地に来た目的は宝剣を持つ勇者に出会うこと。それは情報街ブルッフラにて、情報屋アンナが言っていたことーーカサルの地には宝剣を持つ勇者がおり、その者は魔王の城まで行ったことがあるらしい。
俺たちが最終的に目指す場所は魔王の城、探さない理由がない。
「はいはい、じゃ、集合場所は此処でいいわね」
「ああ。頼んだぞ二人とも」
メアとセシルにそう言って、行くのを見届けた。
「ーーさてと、じゃあ俺たちも行こうか」
「ええ」
「クゥン」
俺が行動を共にするのはラピスとアルン。カサルの地で何が起こるか分からない以上、離れ離れになっての行動は避けるべきなのだが、宝剣を持つ勇者の情報をいち早く得るには分かれて行動した方が早い。
そうして、何か知っていそうな者に話しかけていく。
だが、中々宝剣を持つ勇者の話は聞くことが出来ず、気づけば2時間ほどカサルの地を歩き回っていた。
「居ないね」
「まあ、たかが情報だからな」
情報屋アンナはブルッフラで初めてあった者。
俺が情報屋から得られる確かな情報だと思うのは半分くらい。後、半分は嘘。俺が情報屋から情報を得る時は大概はそんな考え方だ。
だが、そんな考え方でもカサルの地に来たのは、元々カサルの地を目指していたから。ことの次いで、そんな感じだ。
ただ、気になる反応を示す者が居たことも確か。宝剣を持つ勇者を探していると伝えたところ、知らないと答えたきり、逃げるように去って行った。
「君ら……」
そう話しかけて来たのは切り株に腰をかけた男。脚を組み、青いバンダナを頭に巻き、いかにも暇そうな男。両掌を身体より後ろに置いて、じっと俺たちの方を見ている。
「待あて! 俺が話しかけてんだろ! ったく、最近の連中は礼儀を知らねえ。これだから他所から来た奴らは……」
そう言って、最後あたりはぶつぶつと何かを言って聞き取れない。
「俺たちに何か用か?」
そう男に聞くと、ぴたりと動きを止めて俺を見た。
「……用って、あるのは君らだろう? さっきから、ずっと徘徊してよ」
なるほど、見られていたようだ。
「実は人を探しています」
「人? どんな奴だ?」
「宝剣を持つ勇者、そう言ったら分かるか?」
俺の言葉を聞いた男は目を見開き、脚を逆に組み直した。腕を組んで、怪しい人間を見るような目付きで俺たちを順番に見ている。
「いんや、知らねえな。いや、知ってるといやあ、知ってるが……よっ」
男は急に立ち上がる。
「知っているんですか? それなら教えてください!」
ラピスが寄って男に言う。
だが、男は無言、後頭部あたりを掻き俺たちの元から去ろうとする。
その時、俺たちの横を男が走り通る。
「ベルティ! 聞いたか! 遂に、遂にこの地にも防衛部隊が来るらしい! そんでもって黒柱も正式に建てられるって!」
男のその言葉を聞いた周りにいた住人たちが喜びの声を上げている。
そうなのか、それは初耳だ。今までは、魔物の手から勇者たちが守っていたということだったが、正式に決まったのなら良いことだ。
「へえ、そりゃ良かったな。俺は戻ってるよ」
「おい! 何だよその反応! もっと喜べって!」
先を歩いて行くベルティを男は追って行った。
結局、宝剣を持つ勇者については聞けずじまいか。
だが、あのベルティの反応、いることは確かなようだな。
ややあって、カサルの地の農場に着いた。
農場には数十人ほどの者たちが作業をしている様子が見られる。
「少しいいか」
近くに歩いていた若い青年に声をかけた。
「何?」
と青年は立ち止まる。
また、宝剣を持つ勇者についての所在を聞くと、ベルティと同じように目を見開かれた。もうこれも、ベルティと青年の他に何度見たことか。
宝剣を持つ勇者がこのカサルの地にいることは間違いなさそうなのだが……いかんせん、所在まで辿り着けない。
「こっち」
そう言って、青年は案内するように俺たちに手をやる。
ようやくか、話が聞けそうだ。
そうして、農場近くにあった民家へと俺たちは招かれた。
俺がようやく話をしてくれる者に会ったことを言うと、青年はそうなんだと言いつつ、飲み物を入れてくれている。
テーブルに置かれたのは優しい香りのハーブティー。
「疲れたでしょ。あんた達、見たところ随分長い旅をして来たように見えるから」
「まあな」
ずずっと一口、ハーブティーを頂く。仄かに香るハーブティー、久しく飲んだ。ラピスはその香りを楽しむように目を瞑り、カップに小さく口をつける。
「……ところで、その子って……何? まさか、魔物じゃないよね?」
「アルンは精……犬」
精霊獣と言いかけたラピスはそう答える。
「犬……なるほどね」
青年は小型化しているアルンを撫でる。
「青年、さっきの話だが」
そう聞くと、青年はアルンを撫でながら片目だけを俺の方へ向ける。
「宝剣を持つ勇者……いるよ。でも会ってどうするのさ?」
最もな返しだ。
今時、魔王の城を目指す者が極少数だという現状から考えると、青年の反応は最も。
「分かるだろ?」
俺は腰元の鞘からアスティオンを抜いて見せた。
「……ここにも馬鹿が一人。ーーいいよ、話してあげるよ」
青年も俺たちが座るテーブルのある席についた。
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