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第171話 魔防壁に守られた遺跡
しおりを挟む翌明朝、俺たちは予定していた出発日を早めてカサルの地を目指すことになった。
「それじゃあ皆んな、元気で」
「ジュリアもな。色々と長い間助かったよ。ラティも、いつまでも姉さんを困らせるな」
「ふ、ふん! 余計なお世話だ! さっさと行きやがれ!」
ふいっと、腕を組んでラティは後ろを向いてしまった。
そんなラティを見て、姉のジュリアが困った表情をした。
「最後だから挨拶くらいしなさい」
最後なんて、ジュリアは縁起のないことを言う。
「気を付けて行け!」
そう声を大にしてラティは言った。
「ああ、じゃあまたな……」
俺の後にメアたちも別れの挨拶をしていく。
6ヶ月、この半年の間、住まいと食を提供してくれたジュリアとラティ。
始めのうちは俺が稽古をしている時、ラティがこそこそとグレイロットの砦から出て来ることもあって、ジュリアが直ぐに駆けつけて怒鳴り声を上げていたこともあった。
さらには自分より年上だが、まだ年齢が近いセシルに寄って行っては一緒にエルピスの街まで来てくれなんてことを言っていたそうだ。後でセシルから聞いた。
ただそれもジュリアは何処からか見ていたのか、ラティのところに行っては清々しいほどの音が鳴った。
頬を痛そうにするラティ、ジュリアに馬鹿と言って追い回されていたこともあった。
しまいには深夜、俺の寝室に来てはセシルに言ったように同じことを言って来た。だが、そんな時ラティの後ろに立っていたジュリアは両手を腰元に当てていた。気づいたラティの声が裏返ったことも今では懐かしい思い出だ。
ジュリアとラティの家を出てからグレイロットの出入り口に来た。
「ヴィンスさん、来ましたよ」
そう言うのは、グレイロットに来た初日、従属したオークを連れていた勇者ライル。
「んあ? あああ! 来よったか」
芝生の上で寝そべっていたヴィンスは伸びをするなり立ち上がる。
その近くでは、ヴィンスと従属関係にあるエグゼハウンドがまだ気持ち良さそうに鼻息を鳴らして眠っている。
「ヴィンス、今までありがとうな」
「礼には及ばん。始めに言ったじゃろ? わしゃはガルドの頼みを聞いたまでだと。礼をするなら、奴に会った時にでもすることじゃ」
センヴェントは昨日、俺のことを褒め、気になることを言い残して行ってしまった。
礼を言いそびれた。今頃だとセンヴェントのことだ、とっくにエルピスの街に着いている頃だろう。
「そうだな……そうしよう」
「でも私たちを鍛えてくれたのはヴィンスさんでしょう? お礼くらい受け取ってよ」
「そう!」
ラピスがメアに付いていくようにヴィンスに駆け寄る。
「分かった、分かった……礼は受け取るよ」
ヴィンスが戸惑ったようにそう言うと、メアとラピスはほっとした様子を見せる。
「クゥン」
アルンもそう鳴いては礼を言っているのだろう。
「……ヴィンスさん、セシルにあんなすごい技を教えてくれてありがとう」
ヴィンスはセシルのその言葉を聞いた後、何故か俺を見て、またセシルに視線を戻し、ただ一回頷いた。
「さて、もうじきに日も昇る。わしゃから皆に教えられることは全て教えた。後は各々が力を尽くしやるべきことをやるだけじゃ。検討を祈っておるぞ」
その言葉を最後に、俺たちはグレイロットの砦を出発した。
◇
俺たちがグレイロットの砦を出発し、次に目指すはカサルの地。
距離にするとおよそ70キロほど。
「これなら早くカサルの地に着きそうね!」
そう言うのはメアで、ラピスと共に精霊獣アルンの背に乗っている。
「このペースだと3日もあれば着くだろうな」
俺はセシルと魔獣ライトイブリースの背に乗っている。
セシルは落ちないようにと、俺の腰元に両手を回す形で掴まっている。
「3日……そうだといいけどね」
メアは辺りを気にするように見る。
まあそうだろう。此処はフィールド、当然のように魔物は出現する。魔物と遭遇、戦闘ともなればカサルの地に着く時間もそれだけ増えてしまうだろう。
「ところでセシルは、ヴィンスに何かすごい技でも教えてもらったのか?」
グレイロットの砦を出発する前に、セシルがヴィンスにそう感謝していたから聞いた。
「うん! でも、ヒミツー!」
「何だそれ? 教えてくれよそれくらい」
「だめー!」
何故か頑なに言おうとしないセシルだった。
「……そうか。まあ期待してるよ」
まあ、あのヴィンスに教えてもらったくらいだ。本来、仲間と言えど期待などするべきではないが、言うならそう、ただ信じていよう。
無理にあーだこーだと言って聞くのもナンセンスだ。
信じる、その心持ち1つ持って俺は俺でいよう。
ややあって、大草原を走って行けば遺跡があった。近くには1メートルほどの大きさの石碑が3つある。
「こんなところに遺跡?」
初めて見る遺跡だ。見た感じ、オルビド遺跡くらい随分古い遺跡。
「どうした? っ!」
急にライトイブリースに振り落とされたが、俺もセシルも足から着地。
ライトイブリースは遺跡から離れて行って遠くで座って見ている。
「この遺跡……魔防壁が張られている」
ラピスがそう言った。
「……確かに」
遺跡に近づいて行くと、ラピスの言った通り確かに魔防壁特有の魔力を感じる。
これは街や国、ごく稀に一部の村などに張られている魔防壁と同じ類い。
だが、決定的に違う魔防壁だと俺は直ぐに理解した。
通常、魔防壁とは膨大な人々の魔力を黒柱によって構築したもの。
つまり、兵士たちや勇者たち、大衆を含めた魔力を持った者たち全てが必要というもの。
しかし辺りを見回しても黒柱は存在しておらず、人々も見当たらない。
遺跡からも人々の気配を感じない。
「……メアたちはここで待機していてくれ」
「分かったわ。シン、早く戻って来なさいよね」
メアは念を押すようにそう言った。
「待って」
「セシル……直ぐ、戻る」
この眼はついて来る気だ。
残ったメアとラピスに言い残して、俺とセシルは遺跡の中に入って行く。
◇
遺跡は入り組んだものではなかったが、所々崩れてしまっている箇所があった。
いつからあったのだろうと思うほどの遺跡。苔が生えてしまっているところもあって、見たところ人が住めるような場所ではない。
「……骨」
何の骨だろうか。動物とも見れるし、魔物とも見れる……人の骨ではない。というのは、その骨はワイ字のように繋がっており、しかもでかい。
恐らく何か大きめの動物の骨だとは思うが。
俺がそう思う理由。それはこの場所が魔防壁の中に存在しているからだ。もし、魔物の骨ならばこの魔防壁のある遺跡の中に入ることは出来ない。魔防壁の圧に耐えられるだけの魔物なら可能性はあるが、そんな魔物そうそういない。
俺が聞いた話では過去に存在していた魔竜クラスでようやく侵入出来たというくらい。ただ、その魔竜も侵入の際に相当のダメージを負ってしまったようで、後、討伐されたらしい。
セシルは地面に落ちている骨を避けて、遺跡の壁に触れる。
「何か知っているのか?」
「ううん。ーーでも、なんだか懐かしい感じ」
セシルは触れる遺跡の壁をなぞっていく。
すると、止まったセシルが壁に顔を近づけるなり俺の方を向く。
なんだろうかとセシルの元に行ってみると、横長の壁一面に壁画があった。
「……これは、人間と魔物」
その壁画には人間……剣を持った者と魔物が戦っている描写。そういう描写が上や横へ続くように描かれている。
そんな壁画を目で追っていくと、特に気になった描写があった。
それは剣を持った者と魔物が戦っている描写なのだが、違っているのは人間側に魔物がついている。
敵対はしていない描写……これは恐らく『血の契約』をした従属した魔物の描写。
一体、いつ描かれたものなのだろうか。かなり古い、描かれている魔物の姿も見たことがあるようなやつもいればそうじゃないやつもいる。人間も魔物も眼の描写はなく、独創性が強く感じてならない。
「……」
そんな時だった、誰かの気配がした。メアとラピスじゃない。
セシルが尾を立たせて警戒しているようだ。
誰もいないと踏んでいたわけではない。魔防壁がある遺跡、誰かがいても何らおかしくはない。
遺跡の通路を警戒しつつ歩いて行き、曲がり角に突き当たった。
誰だろうか。大勢は居なさそうだが、確かに誰かがいる気配。
曲がり角で覗き見るようにして、まだ続いていた通路を進んで行くと天井が抜けた場所に着いた。
芝生もあって、其処は太陽の光が降り注いでいる場所だった。
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