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第170話 頂
しおりを挟む風はさらに強くなり、轟々とした音が鳴り響く。
地上、遙か遠くにいる何かの魔物は列を組んで何処かへ急いで去っていく。
そんな中、上空に確認出来た黒い影は瞬きをするごとに大きくなる。
それは一気に地上へ降り立った。
俺より1メートルも離れていない位置に豪快に着地、地面が振動した。
何本かの牙を見せ、その頭は俺の目の前にある。
藍と紺碧が顎付近で分かれた色合い。金色の眼には紫黒の瞳が俺を凝視する。今、一歩でも動けば食われても何らおかしくはないだろう。
この場にいる誰もが動こうとしない中、俺は一歩前に出る。
「だめっ!」
セシルがそう言うが、メアが口を押さえた。
そう言えば、ヴィンス以外、俺がボルティスドラゴンと戦ったのを見ていなかった。
俺たちがボルティスドラゴンと遭遇した一度目は、バタリアの西、庭園手前の荒野だった。
あの時は野ウサギが鷹から身を隠すかのように、恐れの対象でしかなかった。
あれから随分月日も経ったが、セシルにしてみれば危険な対象という認識は変わっていないのだろう。変わったとすれば、声を上げたことくらいか。
ボルティスドラゴンは『災厄の魔竜』、何たって魔王の城に本来いるはずの生命体だ。
だが、一度ならずとも二度までも……正確には俺は三度目なのだが、ボルティスドラゴンは魔王の城から逃げて来たのだろうか?
いや、そのあたりはどうだろう。
不明なことは多いが……
「俺と仲良く出来そうか?」
ボルティスドラゴンの鼻に触れながらそう聞いた。
返事はない。
ボルティスドラゴンは頭を高く持ち上げ天に向かって吠えた。
暴風竜の吠え声が空にこだましている。
風はいつしか止んでおり、ボルティスドラゴンはただただ凛として下にいる俺を見る。見下ろされているという感じはしない。
ボルティスドラゴンが頭を右に大きく移動させた。
「センヴェント……」
センヴェントが真っ直ぐに向かって歩いて来る。
ボルティスドラゴンの浮き出る一部の身体の血管が一瞬動いたように見えた。
「シン、恐れ入ったぞ。暴風竜を従えるとは……いやはや、分からないものじゃな」
センヴェントはボルティスドラゴンを見上げる。
「どうだろうな、まだ従えているかどうか……」
俺やセンヴェントに攻撃して来ないところを見ると、『血の契約』が成功しているようには見えるが……まだ確定ではない。
メアたちは移動しようとせずただただ見ているだけ。
「俺を乗せて……天まで登ってくれるか?」
俺がそう言うと、ボルティスドラゴンは金色の眼をゆっくりと瞑り、身体全体を低くした。
ということは俺の言葉を認識し、乗ってもいいということだろう。
跳んでボルティスドラゴンの背に乗った。
容易に想像出来ていたが硬い背。まさか俺が魔竜の背に乗る日が来るとはな。
改めて言うと、ボルティスドラゴンは国の兵団丸ごとが戦って勝てるかどうかの相手。というよりそれは、多勢という戦力が強いという思い込みから来たよく例えとして出される言葉。
現実は、少数精鋭で戦った方がまだ勝機はあるだろう。
それは魔竜の機動力、攻撃法などを考えた戦略。ギルドで魔竜の話題になった時、多くの勇者らがそうするのが無難だと言っていたし、俺もそうだろうと思っていた。
ただ、今回俺は一人でボルティスドラゴンを瀕死に近い状態まで追い詰めることに成功した。
そう使う機会がなかった“雷霆斬”のおかげと言っても過言ではない。もちろん、勇者ランク10までなる過程でヴィンスのおかげというのは大きい。
ボルティスドラゴンは天を向き、両翼を強く羽ばたかせ地上を一気に離れた。
◇
地上がみるみる離れていった。ボルティスドラゴンが両翼を動かすたびに加速するスピード。一切の脇目もふらず、垂直に近い角度で天に登っていく。
地上がミニチュアの世界に感じるほどの高さ。地上から何千メートルほどの高さなのだろう。俺が知らないだけでこういった世界が見れるのは、飛行能力がある魔物や魔竜だからこそだろう。
空気が薄い場所に到達した。
空に浮かぶ雲を突き抜け、照らす太陽が近い。
地平線の彼方まで見渡せる高さは、大森林レッドリングフォレストを始め、カディアフォレストなど多くの森を一望に確認出来る。
他にも数キロに渡って初代魔王が抉り取ったとされる死の谷。上空から確認するといかに長い谷か分かる。
所々に白いモヤが出て来ており、それは死の谷の冷気が地上の空気に触れたことによるもの。
ボルティスドラゴンは空中で止まるように両翼を羽ばたかせている。
そのたびに視界がやや揺れるが、壮大な地上は変わることなく存在し続ける。
「カサルの地……」
広大な草原の中にあって建造物が密集した場所、広い農場も見える。
次に俺たちが目指している地。情報屋アンナが言った宝剣を持つ勇者がいる地。
豊壌の地とも呼ばれ、街への移住よりこの地を選ぶ者たちもいる。
ただし、街のように魔防壁はなく、勇者たちが守る地として知られている場所。
勇者が自分らの住む地を守るのは珍しいことではなく、ウォールノーンの村を含めてそういう場所は結構あるが、その中でもカサルの地は街を除けば移住したいランキング上位に常にあがって来る。
そして、俺はカサルの地よりさらに奥、視線を北の地上へ移す。
見えるは大平原と大森林、さらにその奥には人間が決して近寄ることはないと言われている絶界がそびえ立っている。
俺が最終的に目指す場所……
「なんだ!?」
急にボルティスドラゴンが大きく旋回した。とすれば、雲を突き抜け地上へと向かって行く。
どうやらまだ俺の指示は弱いようだ。それとも、さすがに魔竜ともなればそうそう手懐けるのは容易ではないということか。
巨体が隕石の如く地上へと迫っていく。
ボルティスドラゴンが両翼を一度動かすたびに、当たる風もより一層強くなる。
地上までもう数秒……
◇
「シンだけずるい! 次、私も乗せてよボルちゃん!」
地上へ降りて来るなり、メアたちが駆けよって来た。
「ぼ、ボルちゃんってお前……」
ボルティスドラゴンのことをボルちゃんなどと呼ぶ者はそういないだろう。
メアもラピスも随分慣れが早いようで、特に怖がった様子も見せずボルティスドラゴンの前脚にべたべたと触れている。
ボルティスドラゴンも警戒している様子もなく、ただ突っ立っている。
「シン坊、どうじゃったよ? 空からの眺めは」
「絶景、だったな。そうそう見られる景色じゃない」
そう言ったら、メアは分かりやすくムスッとした表情を見せる。
「じゃろうな。儂とて、天から地上を見たことなどない。いや、じゃがまあこの身くたばれば見れるか、わっはっはっはっ!」
センヴェントは腕組みをしながら鼻の下の白髭を揺らして笑う。
「……センヴェント」
この身くたばれば、なんてとてもじゃないが俺には想像出来ない。頭ではこの世に生まれ出た瞬間に死が確定しているのは人間全てに当てはまるのだが、どうもセンヴェントにはそれが見えない。
死相が見えないというか、俺もそのあたりの専門家じゃないから詳しくは分からないのだが、センヴェントは仙人になって生きていてもおかしくない……そんな感じがする。
俺が勝手にそう思うだけだ。戦鬼と呼ばれ、今もなお体力の衰えも知らず、勇者たちにとってはもはや伝説の人物。
各国も自由奔放に生きるセンヴェントを幾度なく戦力に加わってくれと頼んだそうだが、当の本人は断固として首を縦には振らなかったと聞いている。
過去の大戦では世界の危機ということもあって、自分の力を振るったと言っていた。
センヴェントともなれば、魔竜を一人で討伐することもわけはないと思うのだが……どうだろう。
「シン坊、儂とて一人の人間。いつか去るこの身、精一杯今世を過ごそうと思う」
そう言って、センヴェントは去って行こうとする。
「何処に行くんだ?」
止めるようにそう聞いた。
「そうじゃな……久しぶりにフィラの顔でも見にエルピスの街にでも行ってみるとしよう。ーーああそれとシン坊、お主は……いや、やめておこう。よく、そこまで強くなったな、改めて見直したぞ。シン坊ならきっと」
途中から振り返って俺に何か言おうとしたセンヴェントだったが、俺のことを褒めた後、最後は言葉も小さく去って行った。
「ガルドめ、余計なことを……」
そうヴィンスは一人呟いた。
なんだってんだ?
「シン! ちょっとこの子どうにかしたら!?」
メアの言葉に振り向くと、今にも飛びかかりそうな魔物が一匹。
口からパキパキと音を鳴らし始める。
「やめろ! ーーったく」
七星村で見た白い光線ーーそれは対象を凍結させるもの。
ボルティスドラゴンは深い鼻息を鳴らし、ライトイブリースは隠れるようにそそくさと離れる。
「わっはっはっ! さすが空の王。鼻息ひとつで天豹を退かせるか」
「天豹? ああ、なるほどな」
ライトイブリースは寒空の季節、夜空に一際輝く7つの星が出た時に死の谷から出るとされ、その目的は月への帰還。故に天豹か。
「知っていたか。そう、ライトイブリースは月へ還ることを望んでやまない珍しき魔物。誰が言ったかその姿、まるで天に恋する古老のよう……わしゃにも通づるもんがあるわい」
ヴィンスが近寄っても威嚇も攻撃もしようとしない、それは『血の契約』が成功した証拠なのだろうが、ライトイブリースを瀕死状態までやったのは俺ではない他の誰か。だが、最終的にライトイブリースが摂取した血は俺のものだったということで、つまりは『血の契約』関係が成立しているということ。
ヴィンスは魔物の扱いに慣れている様子で、自身より少しばかり大きいライトイブリースの頭と前脚の間あたりを撫でる。
「ボルちゃん! 私を乗せて! お願い!」
必死になってそう言うのはメアだった。
だが、ボルティスドラゴンはそんなメアの言葉には無反応の意思を示しているようだ。
「私も乗せてほしい……なんて」
ラピスは小声でそう言う。だが、依然としてボルティスドラゴンは無反応の意思を示している様子。
そりゃそうだろう。俺も『血の契約』をしたのはこれで2度目だが、言うことを聞くのは主の血が流れるつまり俺の言葉のみ。もし、他の者の言葉を素直に聞き受けるようでは『血の契約』とは呼べない。
「悪いな、もう一度……次は、俺たち全員を乗せてくれるか?」
そう言うと、ボルティスドラゴンは俺の言葉を受け入れたようにしゃがんだ。
それを見て、メアとラピスがボルティスドラゴンの背に乗っていく。俺がまた乗るのはまた絶景を見たいからではなく、もしもの時、『血の契約』関係が成立している俺の指示を聞いてもらう為だ。
何が起こるか分からないからな。
「ヴィンスは来ないのか?」
「わしゃは遠慮しとくとしよう。ガルドの言葉を借りるとすれば、この身が朽ちれば見れる景色。お前らで行って来るんじゃ」
ヴィンスは両眼が見えないほどに笑顔を作る。
センヴェントにしてもヴィンスにしても縁起のないことを言う。まったく、老人の思考はどうも共感出来ないところがある。
今見れる景色なら今見た方が良いと思うんだが。
とすれば、まだボルティスドラゴンに乗っていない者が一人。
「セシル、来い。大丈夫だ」
遠くに一人いるセシルに手を差し伸べて頷いた。
ややあって、セシルの微笑が見えたら走って来てーー俺の手を掴んだ。
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