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第169話 吹き荒れる暴風
しおりを挟む翌日、俺はレッドリングフォレストで現状の力を確かめるように魔物を討伐していた。
近くでは翠の瞳を持った魔物が魔物と戦っている。
「相手にならないな、この森じゃあ。……」
一体、俺がいない間は何処へ行っていたのか、フィールドに出ると何処からともなくやって来たのはライトイブリース。
体格は豹のような感じで、身体は黒いのだが微かに光を放つ。
ライトイブリースは自身より大きい頭が8つもある蛇の魔物を凍り付けにして噛み砕く。
俺はそんなライトイブリースに近寄って行く。
「ギャウ」
何やら俺に言うように鳴いた。
とすれば、そわそわし出してぐるぐるとその場を周り始める。
「ギャウ」
立ち止まってまたそう鳴く。
「魔物に懐かれるなんてな」
いつかの勇者を思い出した。
パルセンロックの洞窟で暮らしていたレベルの気持ちが何となくだが分かった感じがした。
魔物との共存、確かに人間を襲わないというならその考えもありと言えばありかもしれない。
ヴィンスにしてもそうだ、『血の従属』が成功すれば人間を襲うことはないと言っていた。というのは『血の従属』は魔物の中に流れる血に投与者の血が流れるわけで、自身を瀕死状態まで追い詰めた者の強い血は魔物の中に眠る『人を殺す』という本能を消し去るのだそう。
ただ、そうは言っても魔物は魔物。多くの人間にとっては恐怖の対象として強く根付いてしまっていることは確か。いくら『血の従属』が成功していたとしても人間と魔物とが互いの生活圏を共有し合い、荒そわない未来は少なくともまだ俺には見えない。
それに言えば、俺の元に来たライトイブリースは別の者が瀕死状態まで追い詰めたわけで、『人を殺す』という本能が消えているのかは不明。
人間に対する闘争心は今のところ見られないが、注意する必要はある。
「……さて」
レッドリングフォレストへ1人力を試したいと言い残し、メアたちを置いて来ている。
もちろん、今後のことを話し合った後での個人的な行動。
勇者ランク10。
当初、魔王の城へ行くに必要であろうランクには既にヴィンスとの鍛錬を経て達している。
レッドリングフォレストに出現する魔物のレベルは平均85。おおよそ80台から90台の魔物が出没する。
稀にレベル100に近い魔物も数体ほど確認したが、その時は既に俺の相手ではなかった。
勇者ランク10ともなれば、世間的にも名の知れた者が多くなる中、悲しいかな、俺は未だにランクが10というだけの勇者。
とはいえ、旅の過程でいずれは勇者ランク10に達するだろうと俯瞰的に見ていたことが今や現実に。
過去、同じ時期、同じランクで旅に出た勇者とギルドリベルタで過去会ったことがあるが俺より2つも下に離れたランクだった。
つまり要するに勇者の成長過程は個人により異なるということ。
時の流れとは相応に皆に等しく、どう限られた命の時間を使うか、結果、俺はヴィンスやセンヴェントの助けもあって勇者ランク10とまでなった。
もちろん、旅の過程を共にして来たメアやセシルのおかげというのもある。
ライトイブリースの頭に触れる。
俺の上げる手より下に頭を持って来るのは、やはり『血の従属』が成功したということなのだろう。俺を主とし、従う意。魔物が人間に従う、どうもまだ慣れないな。
「乗せてくれるか?」
ライトイブリースが俺の元へ来てからほぼ放置状態だったが、改めて『血の従属』がいかに効力を持っているか理解出来た。
ライトイブリースは俺の言葉を理解したようにやや屈んだ。
乗ってみるとごわごわとしており、やけに硬い。それはそうだろう。何せ、ライトイブリースの生息域は死の谷。全身を守る術を持っていなければ、たちまち他の魔物にやられてしまうだろう。
死の谷に生息している魔物は互いのテリトリーなるものを持っているそうで、他種の魔物に対しては警戒心が強いらしい。
もちろん、俺が今跨っているライトイブリースも例外ではなく、レッドリングフォレストで戦闘していた時の凶暴さは目を見張るものがあった。
ただし、そんな凶暴性を見せたライトイブリースも『血の従属』をした主に対しては心も許すようで、頭を撫でてやるといやに機嫌がいい様子を見せる。
その後、ライトイブリースを走らせてメアたちがいる場所へと戻った。
◇
レッドリングフォレストの魔物程度では既に俺の相手ではなかったことを再認識し、グレイロットまで戻って来た。
その上空ではあいも変わらずノワールホークに乗った勇者らが警備にあたっている。
「ギャウ!」
俺の隣ではそんなノワールホークを見るようにライトイブリースが吠える。
ただ、上空を旋回しながら飛ぶノワールホークにはどうでもいいようで、気にもしていないようだ。
「どうじゃ? いいものだろう、魔物を従えるということは」
ヴィンスは伏せるエグゼハウンドの鼻あたりに触れながら言う。エグゼハウンドはヴィンスが『血の従属』をしている魔物で、長い付き合いだそうだ。
「今のところはな」
そう手短に返す。
ライトイブリースが俺の元に来てから三週間ほど。
その間、俺の指示に従うように適当な魔物を相手にさせたり、移動手段として乗せてもらった。それ以外は先程言ったように放置状態だった。
『血の従属』をした魔物がどの程度言うことを聞いてくれるか試していた。
結果、俺の言葉を理解しただろうライトイブリースは指示した内容を難なくこなした。
ライトイブリースは自分より巨大なエグゼハウンドに近寄って行っては、匂いを嗅いでいる。
レベルで言えばライトイブリースが7つも上なのだが、いかんせん魔物は魔物のレベルが確認出来ない。
野生の強さみたいなものは感じるそうなのだが、悲しいかな、そう大差ないレベルだと身体の大きさや気迫などで上下関係が生じる。
見たところではライトイブリースがエグゼハウンドに頭を垂れる様子が見られる為、上下関係は生じているようだ。
「でも、シン。その子ずっと連れて行くつもり?」
メアがライトイブリースから離れた場所で問う。
「仕方ないだろ、付いて来られちゃあどうしようもない。『血の契約』までして斬るわけにもいかないだろう」
となれば連れて行く。オルビド遺跡で瀕死状態の時より1レベル上がって81の魔物。それに加えて若干ながらも飛行能力を持ち、人を乗せられるだけの体格もある。
凍りの攻撃も悪くない。
「私は賛成。従属関係になった魔物は扱い方を間違えなければ十分人の助けになる」
「……ラピス、それ誰のこと言ってる?」
メアが追加するように聞く。
「やっ!? 違う! ……いえ、そうだけれど……」
ラピスが困った様子を見せる。それは、元仲間だったレドックのことだろう。ダークリーパーを使ってメアを誘拐した勇者。ろくでもない野郎だった。ラピス、アルン、そしてもう一人の女レイジュまでもが奴の元を去り、今は何処で何をしているのか……どうでもいいな。
「要するにじゃ、魔物を従えた者次第ということじゃ。それが良くも悪くも、魔物を従属させるとはつまりそういうことじゃ。シン、お前はどういう心を持つ?」
ヴィンスは困っている様子を見せるラピスの間に入って、確かめるように俺に問う。
「……俺は」
俺はライトイブリースと従属関係になったことで、一体の魔物に指示を出せる立場になった。
それは、ヴィンスが言ったように主の心持ち次第ということで、魔物という力を使えば扱い方次第で大変なことになる。
俺からすればなんてことはないライトイブリースという魔物も、勇者ランク7以下の者から見れば高レベルの魔物。そんな魔物を連れている俺はなんなんだと誤解されることが想像にた易い。
メアたちが、俺の言葉の続きを待つように見て来る。
「ーー俺はどちらでもない、とだけ言っておく」
メアがセシルがラピスがホッとした様子の表情を見せる。そんな中、ヴィンスは何も言わずただ腕を組む。
俺がどちら側の人間かなんて、そんなのどちらでもないの一点張りだ。良いか悪いかの判断なんて、見る側からすれば変わる。強いて言うとすれば、指示する必要がある時にそうすることだけだ。
「魔物だしね、それがいいと思うわ。でも、なんでそもそも『血の契約』なんてものがあるのかしら?」
メアのその疑問は俺も前々から思っていた。そんなもの、悪い考えを持つやつが悪用すれば被害も出る。ああ、そうか。だから、俺がシーラ王国の兵団に捕まった時の村の奴らは騒いでいたのか。
俺が魔物と手を組んだ勇者だなんて、被害妄想も大概にしてほしいもんだ。
そんな時だった。
ライトイブリースが腰を低くし、威嚇の声を鳴らす。しかも、先ほどまで威厳感たっぷりだったエグゼハウンドまでも毛を逆立たせている。
身体に起こる武者震い。先日感じた感覚が蘇る。
俺は十二分にこの気配を身体全体で覚えていた。
「何? 何なの一体!? ……まさか」
メアが慌てふためくように辺りを見る。どうやらメアも気づいたらしい。
セシルに至っては、エグゼハウンドと同じように毛が逆だってしまっている。息も荒く、尾が地面につきかけだ。
「来たんだな」
俺は確信していた。この大気を震わせるほどの気配、空気。高レベルの魔物二体が恐れ慄く存在。
風が次第に強まる中、俺はグレイロットの砦の側からフィールドの方へと歩いていく。
さあ、来てみろ俺の元に。
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