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第164話 楽観的観測
しおりを挟む夜風に当たって暫くした後、アルンは階段を降りて行った。
俺もその後、ジュリア宅へ戻ると広めのリビングに皆が待っていた。そこには晩餐時には居なかった人物、ヴィンスが腕を組んでいた。
「揃ったな」
目を瞑っていたヴィンスは俺が来るなり目を開き言う。
「話があるんだって」
メアがヴィンスの方に手をやる。
「俺に?」
「お前らにじゃ! 1時間も待たせよって! 夜風は気持ちかったか!? ええ!?」
そんなに言うほどのことでもないだろう。それに、来るなんて言ってなかったよな。
メアと視線があったら困った様子の表情をする。
「待たせたな」
ヴィンスは眉間を寄せるが、すっと戻す。
「まあよい。ーーそいじゃあまず、わしゃが来たわけを話すとじゃな、お前らに言い忘れていたことがあったからじゃ」
皆、ヴィンスの言葉の続きを待つ。
ヴィンスはその場にいる俺たちをざっと見た後、目を瞑り、そしてゆっくりと開けた。
「わしゃはこれからお前らをみっちりと鍛えてやるわけじゃが、無論、覚悟あってのことじゃな?」
俺は直ぐに頷く。
メアやセシル、続いてラピスも頷く。アルンはじっとしたままだ。
「うむ、よろしい」
過去の大戦で虎狼とまでに言われた人物。その人物が今まさに俺たちの目の前にいるわけだが……迫力というか、威圧感が半端ではない。
今朝、エグゼハウンドと芸を披露していた時とはまるで別人。
ピリピリとした空気感が伝わって来る。
俺も過去に活躍した全ての部隊長を知っていたわけではない。昨日今日とヴィンスと居たわけだが、若い部隊長が幼く見えてしまう威圧感だ。
「私たち、別の部屋行ってようかな」
ジュリアがラティの手を引っ張る。
「すまんのう、悪いがそうしてくれるか?」
ジュリアは小刻みに素早く頷き、弟ラティの手を引きやや早歩きで行った。
「で、なんだよ言い忘れていたことって」
俺がそう言うと、眉間にシワを寄せて左眼だけ開けて見る。
じっと、ただのシワも動かさずに……
「シン、今のお前の勇者ランクでは到底魔王の城には行けん」
「わ、分かってるよ、それくらい……」
内心は勇者ランク9となれば、技を解放していけばなんとかなると思っていた。
「……そうか。じゃが残念じゃ。魔王の城を甘く見とると亡骸すら残らん。そこんとろ、しかと理解しておくことじゃ」
「分かったよ」
あっさりと俺の思っていたことを見抜かれていたようだ。
勇者ランク9と技を解放しても無理なのか。どんなところだよ、いったい魔王の城ってのは。
「では話を進めるとしよう。わしゃはこれからお前らを半年間みっちり面倒をみてやる」
「半年!? ……いや、何でもない」
半年……いくら何でも長すぎじゃないのか?
「魔王の城へ行くとはそういうことじゃ。そうやすやすと行って帰れる保証はぜろも同じ。わしゃはその確率を上げてやろうと言っているんじゃ」
「そ、それじゃあ魔王の城にある秘宝は!?」
メアがヴィンスに寄って聞く。
「そんなのわしゃが知るか。わしゃはな、わしゃの元へいつか来るだろうと言ったガルドの頼みを聞いてやったまでじゃ。シンも、彼奴の一弟子と言うなら理解も出来るじゃろうに」
ガルドとはセンヴェントのことだ。
「センヴェント……」
センヴェントにはもちろん、俺の旅の目的をバタリアで再開した時に話している。
ただ、俺がセンヴェントの弟子の1人だと知っているということは、バタリアに着く以前に2人は何処かで会っていたということ。
センヴェントは俺のことをヴィンスに話していたのか。
俺がセンヴェントの元で鍛えられていた時、魔王の城のことは確かに話していた覚えはある。が、その時はまだ行くとは言ってはいない。
「言い忘れていたことはそれだけじゃ。明日もちゃんと日が昇る前にわしゃの元に来るんじゃ」
そう言い残し、ヴィンスは行ってしまった。
◇
夜も深まる時間、俺はまだ眠っていなかった。
『シン、今のお前の勇者ランクでは到底魔王の城には行けん』
晩餐後の集まりで、ヴィンスの言葉が頭に思い浮かぶ。
「まだ、足りないのか……」
ベッドの上に仰向けになって、何もない天井に手を向け1人そう呟く。
後12体の魔物を討伐し魔物総討伐数が900体に達し、尚且つ90台の魔物を討伐すれば俺は勇者ランク9となる。
正確には12体の魔物を討伐しギルドで黒の紙を更新すれば、だがーーというのは、レッドリングフォレストで遭遇し討伐したスカルエンペラーのレベルが93。後者の条件は既に満たしているからだ。
俺も勇者ランク9ではまだ魔王の城へ行くには早いとは思っていたが、ヴィンスに面と言われてしまうとやはり考えるものがある。
なら、どれくらいの勇者ランクが必要なのか?
そういう疑問が当然出てくる。
ベッドの上棚に置いてあるアスティオンを手に取った。
アスティオンが神剣となった時は、正直な話、技を解放していけばなんとかなるだろうと思ってはいた。
だが、神剣となったアスティオンがあったとしても、まだ魔王の城には行けないと言うヴィンス。
神剣を持っていたことに何ら驚きを示さなかったのは、以前、センヴェントから宝剣だった時のアスティオンの存在を聞いていた為だったからだとヴィンスは言っていた。
宝剣は希少な物ではあるが、持っているのは俺だけではない。ヴィンスは既に神剣と化した宝剣を持っている勇者の存在を仄めかしていた。
「魔王……どんな奴なんだ?」
魔物の軍勢を統べる魔王。その力は計り知れず、先代魔王を討伐した勇者アルフレッド一行でさえ邪神の叫びは天を割ると比喩したそうだ。
つまり俺は、そんな先代魔王の力を持つかも知れない強大な敵のところへ行こうとしているわけだ。
「ーー俺としたことが」
畏怖の空気が漂ってしまっていた。
ベッドの上で仰向けになりながら片手で持っていたアスティオンを軽く斜に振った。
振り斬った後には光る痕が残ったが、間も無く消失した。
アスティオンを鞘に納めベッドの上棚に置き戻す。
両手を頭の後ろに持っていき、思わず溜息が出てしまった。
俺は決して今のステータスが高いとは思ってはいない。
ただ、技を解放することによるステータスの上昇と神剣となったアスティオンの魔物特攻特性は強力。
仮に魔王と対峙してしまったとしても、少なからずダメージは与えられるだろうと考えていた。
だが、そこでのヴィンスの言葉ーー今の俺の勇者ランクでは魔王の城に行けないとはっきり言う。
なら、俺はどうすればいい?
もちろんヴィンスほどの男だ。俺が技を解放した時の力や、神剣アスティオンの魔物特攻特性を含めた上で発言したのだろう。
俺の疑問はこう続く。
果たして、勇者ランクを上げたからといって魔王の城へ行けるのか?
まるでヴィンスの言葉を否定するかのような言い草だが、天を割るなどと比喩される先代魔王の次の代だ。
勇者ランクを上げてどうこうなるような奴なのだろうか。
「まあ、なるようになるか」
そんな風に楽観的に発言したのは、何も思考を放棄したからではない。
考えてもどうしようもないことに頭を悩ませることが、何の生産性もないことだと改めて理解したからだ。
疑問は拭いきれない。だが、思っていたことを1人考え呟き、最終的に楽観的な結論を出したことでようやく睡魔がやって来たので眠れそうだ。
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