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第163話 龍から虎狼
しおりを挟む俺たちはこの日、改めて互いのことを知り得て、また、ヴィンス=ユーアロンダという人物のことも改めて知った。
ヴィンスは過去の大戦後、フォックファー王国を離脱。しかし、部隊長の立場だったことから、容易にその座を降りることは出来なかったという。
部下たちが離脱取り止めを懇願し、フォックファー王国は巨大な戦力をみすみす逃さまいと、ついにはヴィンスを地下の牢獄へ閉じ込めてしまうまでの事態になってしまった。
大戦で暴れ過ぎて頭がおかしくなったのか?
戦場の龍はみすみす尾を巻いて逃げるのか?
頭を冷やせ!!
そう言われたそうで、強固な地下の牢獄へと入れられてしまった。
牢獄内の看守らはヴィンスに対して丁重な敬語を使い、それを聞いていた既に投獄されていた囚人たちの気に触ったようだった。
地下の牢獄は下へ行けば行くほど強固な牢獄となっており、ヴィンスと同じ地下牢獄内にいた他の囚人は彼にとっては知った顔もあったそうだ。
そんなヴィンスに囚人たちからの罵詈雑言。
見かねた看守は注意をするが、連日囚人たちの罵詈雑言や嫌がらせは続いていたそうだった。
そんなある日のこと。ヴィンスは看守の目を見計らい、持ち前の怪力で6重にもあった鋼鉄の柵をこじ開けて脱走した。
看守らもまさか脱走されるとは思ってなかったようで、慌てて自分らの持ち場へ戻って行く様子を遠くからヴィンスは見ていたらしい。
看守らがいなくなった僅か5、6分程度の出来事だったという。
それからというものヴィンスは自分のことをリヴァーと名乗り、着る物はもちろんのこと、髪型や身バレ防止の為に全身フード姿で1人世界を旅していたという。
勇者でもなく、国の兵士でもない人間。一見するとただの放浪者。だがその実はフォックファー王国きっての部隊長ヴィンス=ユーアロンダ。
ヴィンスは大戦後に感じた疑問を解消する為に、ただ1人で魔物が徘徊する大地、険しい山々、大洞窟ーーそれらのフィールドを旅していた。
そんなある日に再開したのが、同じく大戦で活躍していたセンヴェントだった。
ヴィンスがフォックファー王国から去ったという事実は既に世間に広まっていて、センヴェントも当然のように知っていた。
ヴィンス自身、行く街々でフォックファー王国からの帰還命令が出されていたことを嫌というほど耳にしていた。
その為、あえて街へ行かず、長くフィールドにいる生活が続いていたそうだ。
ヴィンスはその時に、大戦後に感じた疑問の正体を突き止めた。
それが、何故、魔物は人間を襲うのかということ。
そんな当たり前のことを? と俺も他の皆んなもヴィンスに問う。
だが、ヴィンスは終始黙りを決め込んでいた。
魔物は確かに人間を襲うDNAを持っている。それは既に明快な事実としてあり、そこに疑問を持つのは無意味。
それはヴィンスも無論理解していると言い、言いたかったことはまた別のことだと言う。
ヴィンスはまだ部隊長をしていた頃からフィールドで魔物を討伐しては、その無情なる行為の果てに一体何が待っているのか? と自問自答を繰り返して過ごしていた。
この世界の人間たちが平和に暮らしていく為。それを踏まえてヴィンスは自問自答を繰り返していた。
フォックファー王国の部隊長として日夜魔物を討伐する日々。情も持たず、自分が率いる部下たちと共に魔物を討伐していく。
魔物は死すべき存在、忌み嫌うべき存在……
そうした固定概念はヴィンスの心に深く根付いていた。
だが、大戦中、多くの魔物が討伐されていく中、魔物に反撃され死んで逝く部下たち……
死してなお人間を食らう魔物の姿に強さ云々以前に恐怖したと当時のことを振り返っていた。
魔物は人間を殺す。
それは固定概念ではなく、物事の摂理に過ぎない。
なら、自分も情など持たずにただただ魔物を殺す。
虎狼と呼ばれる男の誕生だった。
大地に犇く魔物の大群を殺戮マシーンの如く捻じ伏せていく。
大戦後、長年の月日を経てヴィンスの耳に入って来たのが『虎狼のヴィンス』の異名。
まるで龍のような豪快な一撃一撃と称賛されていたのが、虎狼などという言葉。
だが、ヴィンスにはそんなことはどうでもよかった。
大戦中は殺伐とした空気しかなく、狂気する魔物群の声も混ざって地獄絵図だったようで、虎狼のような者など何人もいたらしい。
大戦後、フォックファー王国から去り、長くフィールドで過ごしていたヴィンス。
ヴィンスが俺たちに言いたかったことーーそれが魔物との共存。
◇
「モオ!」
「ご苦労さん、ミノちゃん」
どしっどしっと、巨体を移動してグレイロットの砦から出て行くミノタウロス。
ミノタウロスはグレイロットの外で待機していた木造台車の前の男の方へ歩いていく。
男は俺たちの方を振り向き、木造台車を引くミノタウロスと広大な草原へと行ってしまった。
日没までにはまだ時間があるが、ミノタウロスと行く男も強いのだろうと予測は出来る。
此処のフィールドは平然と70代のレベルの魔物は出るし、80代もちらほら出現する。
ミノタウロス一体だけでは心許ない。
その後、俺たちはジュリアとラティ宅で晩餐。
新鮮な魔牛肉のステーキを頂いた。極汁の滴る新鮮な油、一口サイズに切った魔牛のサーロインステーキを噛み締めて味わう。
と思えばあっという間に口の中からなくなってしまうほどのきめ細やかな肉質。
特選したジャガイモから作ったというポテトフライは食感もさることながら、何も味付けしなくてもいいほどの味わい。
ブロッコリーを軽く炒め、スパイスに塩と黒胡椒、ほんのりとピリ辛味をする唐辛子はベストマッチ。
「私に出来ることはこれくらいだけど」
「これくらいだなんて、そんな十分だわ。私たちもジュリアの厚意に答える為にも強くならなくっちゃね、ねっ? シン」
ちょうど、ステーキをナイフで切って口に入れた瞬間、メアが話を振った。
「ああ」
セシルはというとあいも変わらず目の前に用意されたご馳走を夢中で食べている。
もちろん、一人一人に用意された数々の料理なのだが、セシルの勢いだと他の人の分まで食いそうだ。
ラピスはセシルが勢いよく食べていく様子を見て驚いているのだろう。口を少しばかり開いて唖然とした様子でセシルを見ている。
ラピスも食事の続きを始めるのだが、一度に食べる量が少ないように見えてならない。
セシルのように大口を開けて食べるわけでもなく、小さく、まるでリスが木のみを食べ咀嚼するかのように黙々と食べていく。
今日はヴィンスにみっちりしごかれたお陰で、いつにも増して腹が空いていた。ジュリアはそれを知ってか知らずか、用意してくれた料理の量も多い。
俺たちはそんなジュリアの厚意を有難く受け取り、店で出るような料理を頂いていく。
晩餐中、ジュリアとラティに半日中ヴィンスと共に居たことを伝えると半笑いしていた。
それを示す意味を聞いたら、ヴィンスさんだもの、とだけ言い返した。
虎狼のヴィンス、フォックファー王国の元部隊長の謎は多い。
それから、俺は1人でグレイロットの頂上付近に来ていた。
冷たい夜空の風が先ほどまで食べて温まった身体をちょうど良い体温まで冷やしていく。
「ルルルルルルル」
俺のいる場所から数十メートル離れた場所ーー人1人が通れる円状の通路に4箇所のでっぱりがあるところ。そこにノワールホークがとまっている。
じっとしているかと思えば、左右に首を動かす。ざっと見回しても、飼い主はいない。
ノワールホークは夜行性。だが、昼間に活動していたところを見ると、いくら夜行性とはいえども疲れるのだろうか。
他にもでっぱりの部分に2体のノワールホークがとまっており、こちらも飼い主は見当たらない。
魔物の従属か。
此処、グレイロットではありかもしれないが、街に魔物を入れることはご法度。いや、そもそも街には魔防壁がある為に入れないのだが。
魔物が犇く同じ大地に住んでいても、考え方が違うと共存なんて道もあるんだな。
関心……というより、一つの生き方、在り方という感じだな。
「……」
そんな時、登って来た階段の方からこそばゆい感じの音が聞こえて来る。それはゆっくりと、だが確実に登って来ている。
「……ふう、なんだアルンか」
小型化状態のアルンはノワールホークのいる方を気にしつつ、俺の元へ近づいて来る。
「クゥン」
アルンは俺の足元まで来ると、上目遣いでそう鳴いた。
ほんとに、巨大化した時とはえらい違いだ。
アルンを抱えてやると、それなりに体重はあるようだ。5キロ以上はある。ただ10キロはない。7キロ、8キロ、それくらいだ。
「アルン、俺たちの旅に力を貸してくれないか? って、俺は何を精霊獣に言ってんだ」
と言ったら、アルンは鼻を近づかせる。
何か言っているようにも感じるし、ただ匂いを嗅いでいるだけにも見える。
精霊獣は人間の言葉を理解出来るようだが、精霊獣側から言葉を発するわけではない。
この、鼻を近づかせるという行為が人間でいう了承の返事なら嬉しいのだが。
まあそれも、アルンの行動次第か。
そうして暫くの間、アルンと共に夜の大地を照らす月を暫し眺めていた。
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