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第161話 大戦の英雄のお友達
しおりを挟む魔王を討伐する、そう言ったら多くの人間たちは失笑することだろう。
わざわざ勇者になってまで魔王を討伐する必要のない時代に生まれて、自ら親玉のいる城へ足を向けるなど……勇者でなくともほとんどの大衆が分かっている。
それがいかに無謀で、無駄なことかということを。
大衆の中には、勇者になるほどの力があるにも関わらず魔王の城に行かないなんて愚の骨頂だと罵る者もいる。
それは最もな言葉であって、魔王を討伐出来る可能性のある勇者が出むかなくて誰が行くんだ! と、勇敢無謀にもシーラ王国に直接抗議しに行った強者が過去にいた。
だが、現状あるように、勇者になったからといって魔王を討伐しに行く必要はない、とシーラ王国が下したのだ。
その為、移住したい街ランキング1位に輝くセイクリッドも、大衆の中には毛嫌いする者たちがいることも確かな事実。
分からなくもない。
俺が勇者でもなく、ただの一般人ならシーラ王国の近くの街なんて住みたくもない。今、俺が勇者でも昔から住みたくない街だというのに。
「そこの勇者、わしゃの手を握ってみろ」
「手? なんだってんだーーっ!?」
爺さんの手を掴んだ瞬間、宙を舞い、地面に仰向けに打ちつけられた。
「て、てめぇ……何しやがる! っ!?」
お返しに、爺さんも俺にやったようにしようとしたが、握力が異常だ。
「ほう、なかなかいい目をしておる。ーーじゃが」
「っぐ!?」
再び、空を上にされた。
なんだ、このじじい……
「バウ?」
エグゼハウンドが自身の隣に移動したーー回り抜けを発動したーー俺を見た。
「良いスキルじゃ。わしゃの手から逃げた奴なんぞ、久しく見んぞ」
「俺の質問に答えろよ」
そう言ったら、爺さんはその場に胡座をかいてどかっと座って、俺を挑発するようにちょいちょいと4本指を二度曲げる。
「どういうつもりだ?」
「見て分からんか? 行動の通りじゃ。わしゃはこの場から動かんから、拳で打つなりその剣で斬るなりしてこんか! 見てやる、お主の力を」
爺さんは胡座状態のまま動こうとしない。
腕を組んで、しまいにはあくびなんてしやがる。
「……後悔すんなよ!」
「ーー!」
◇
「ーー久しく、見たな。わしゃに傷を付けるとは、お主、勇者しとるのう」
爺さんは頬に付いた傷を拭いながら言う。
「ったり前だ。だから言っただろ、後悔すんなって」
爺さんは笑みを浮かべて、立ち上がった。
「よっしゃ。お主、名乗うてみい。いや、わしゃが先か。わしゃはヴィンス=ユーアロンダ。ホックファーの元兵士よ」
ホックファーの元兵士、この爺さんが?
「俺はシンだ」
「シンか、よっしゃ。ついてこんかい」
メアたちに視線を移すと皆、首を左右に振った。
仕方ない。怪力じじいに今はついて行くとしよう。
ややあって、俺たちはグレイロットから出た。
グレイロットの砦は見え、昨日いたノワールホークが空を旋回していた。夜行性のはずの魔物なのだが、従属されているせいだろうか。
視線を元に戻す。
「シン、わしゃのことは分かったな?」
グレイロットを出る前に、ヴィンスは自分のことを手短に話した。
「分かってるよ。大戦の英雄のお友達だろ」
ヴィンスは大きく頷く。
「そうじゃ。じゃが、分かるべきはそこではない! 魔王の城へ行くということは、わしゃと同等、もしくは超えるくらい、それくらいの勢いでなければいかんということじゃ!」
ヴィンスとは10メートル以上離れているのだが、うるさいほどに声がでかい。
「……」
「返事は!?」
「分かった! 宜しくな、爺さん!」
ヴィンスは頷く。
「よろしい。では、来なさい」
ヴィンスが身構える。
まずは俺の力量を見定めるってところか。
俺をあっさりと投げ飛ばした挙句、撃技が少なくとも+3乗った剣撃で擦り傷程度しかつけられなかった身体を持つヴィンス。
これほどの強者に指導してもらえるのは正直なところ有り難い。
ヴィンス=ユーアロンダ。
その正体は、ホックファー王国の元部隊長であり、センヴェントの旧友と言うではないか。
そう聞けば、確かに合点がいくところが多い。時代感、年配、そして鬱陶しいほどに教育熱心なところ。
俺も昔、炎の谷でセンヴェントに助けられた後、ビシビシと育てられた過去が実はある。
厳しくも優しい、紳士的な指導者だった。
ヴィンスはどうだろうか。
いや、そんなことはどうだっていいか。
わざわざ、国の英雄の友から直接指導させていただけるんだ。
宝剣、違う、神剣アスティオンを俺は抜いた。
◇
「お疲れ」
メアが軽く背中に触れる。
「ったく少しは手加減しろよ」
「何を言ってる! まずはわしゃの実力を知り、己の力量を分からせる為じゃろうが」
もう日も日も暮れどき、俺はヴィンスと数時間も戦っていた。
その間、俺とヴィンスの戦闘音に気付いたのか、魔物たちもやって来たのだが、観戦していたメアたちが相手をしていた。
余所見はするな、お前の相手はわしゃだと言い、俺と違って武器も何も持たずにヴィンスは戦闘を続ける。
結局、俺は若干の傷程度しかヴィンスにつけられなかった。
本気を出せと言われても、あえて力を抑えて戦っていたのもバレてしまい、撃技の乗った斬撃も、見たこともない技で打ち消されてしまった。
「ねえ、ヴィンスさん。さっき言ってたことは本当なんですか?」
メアが問う。
「お嬢ちゃん、わしゃはね、何もこいつだけ強くしてやろうとは思っておらん。お嬢ちゃんも、お前さん等も魔王の城に行くんじゃろう?」
セシルとラピスが小さく頷く。
「それなら強くなろうとせんでどうするというんじゃ。適当に強くなって行ける場所とでも思うておうたか?」
「そんなことないけど! けど……」
メアは怯えた様子を見せる。
ヴィンスはメアの方へ歩んで行きーー
「安心せい。痛いようにはせん。わしゃを誰だと思うておるんじゃ」
元、ホックファー王国の部隊長。俺は存じてなかったが、相当の実力者だと思われる。
「セシルはもっともっと強くなりたい! よろしくね! おじいちゃん!」
「うむ、そのいきじゃ。じゃが、獣人のお嬢ちゃん、おじいちゃんではなくヴィンス先生と呼びなさい」
「はい! ヴィンス先生!」
「宜しい。ーーお主らはどうするんじゃ?」
ヴィンスはメアとラピスの方にそれぞれ顔を向ける。
「……私も、強くなる。いえ、強くならしてください!」
ヴィンスは笑みを作り、頷いた。そして、未だ何も言わないラピスを見る。
「……私は……私は魔導士だから、強くなるとかそんなんじゃ、ない」
「攻撃技は、使えんのかい?」
「はい」
ヴィンスは少し考えるような素振りをした後ーー
「クゥン?」
アルンの近くでしゃがんだ。
「……精霊獣か」
ヴィンスは一発でアルンを精霊獣と見抜いた。
「ヴィンス、知ってるのか?」
「ああ、よおく知っている。この子もよく生きてくれていた」
ヴィンスがアルンの頭をくしゃりと撫でる。
アルンはくるりとした両眼を瞑る。
「……ヴィンスさん、私は戦えないけれど、アルンは戦える。私の代わりにアルンをお願いします」
その言葉を聞いたヴィンスは立ち上がり、口角を上げて自身の胸を叩く。
アルンは理解しているのかいないのか、上目遣いでヴィンスを見ている。
その後、俺たちはグレイロットに戻り、ヴィンスと一度分かれた後、ジュリアとラティ宅を訪れて事情を説明した。
暫くの間、ヴィンスが俺たちを指導し鍛えてくれること、そしてもちろんそうなったことの経緯ーー俺たちが魔王の城へ行くことを包み隠さずにジュリアとラティに話した。
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