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第159話 美味しい魔牛乳
しおりを挟むグレイロットに朝日が降り注ぎ、居住する人々が活気づいてくる。
だが、まだ見慣れない光景が俺の眼前にあるのは拭えない事実ーー二足歩行の大型鳥類の魔物、マヌトルスが忙しなく荷物を運んでいる。
急斜面を平面でも歩くかのように移動出来るのは、マヌトルスの脚力が為せるもの。立派なたてがみが勇ましく、ムーンファルコのように人を襲うことはない。
全ての魔物が人間に害を成すと勘違いしている者も中にはいるが、実際のところはそうではなく、ごく少数、1割程度は人間を襲わない。
そして左を見てみれば、牛の頭を持つ人型の魔物ミノタウロスが一度に6つの木箱を担いで移動していた。
本来なら洞窟の奥や深い森が生息域のはずなのだが、魔物を従属させていたライルたちがいたことから、このミノタウロスも誰かの血を投与されて従属関係にあると考えられる。
ミノタウロスを瀕死状態に出来るほどの者……勇者だろう。
「御苦労さん」
一人の若い青年がミノタウロスを見上げて言う。
「モオ」
ミノタウロスは担いでいた木箱を地面に置く。
ミノタウロス自身は平然として地面に置いていくのだが、木箱が地面に触れた瞬間、重量感たっぷりといった感じだった。
木箱はミノタウロスによって横一列に置かれて、青年が木箱を開けて中を覗いている。
ミノタウロスは、ずしっ、ずしっ、と来た方向へ歩いて行く。
「共存、か……」
魔物は人間を殺す。
いくら一部の魔物が人間を襲わないとしても、同じ魔物であることには変わりない。
いつ、何がきっかけで、大人しい彼等が暴発するか……そう考えると、リスクがあると言わざるを得ない。
ただ、俺も魔物たちと共存して暮らしている人間たちを見たのは初めてで、やはり此処には住む人々にしか分からない価値観みたいなものがあるのだろう。
青年は開けた木箱から瓶を取り出している。瓶の中は白く、あれは魔牛乳だ。魔牛乳とは魔牛から絞られて出た乳のことで、肉と同様に新鮮さはピカイチ。一般的な市場に流れているほとんどの牛肉や牛乳は魔牛のものだ。
エルピスの街よりずっと東に行けば、巨大牧場があって、其処には食用の魔物たちが育てられている。魔牛もその中にいる一種だ。
「セシル、あのミルク飲みたいなー」
「さっきジュリアの家で朝食取っただろ。我慢……出来そうにないな」
というのは、俺に訴えかける目が飲みたいと凄い強調しているように見えてならない。
結果、青年の元に俺たちは行くわけだが、まさか6つの木箱全てが魔牛乳だったとは。
青年は開けた木箱を確認していたが、俺たちが来たことに気づいた。
「僕に、何か用?」
青年は白のキャップ帽子をしており、着ている衣服の下左端に見たことがあるマークがあった。
「あ、ああ。その魔牛乳を1瓶、譲ってほしい」
俺がそう言うと、青年はニカっと笑いーー
「銀貨2枚になります!」
俺の前に両手を差し出した。
「……銀貨2枚だな」
リュックから取り出した銀貨2枚を青年に手渡した。
渡された魔牛乳の瓶はヒヤリと冷たい。それをセシルに渡すなり、直ぐに蓋を開けてぐびぐびと飲んでいく。
「そんな風に飲まれると僕も嬉しいな。よし、サービスしちゃおっかな!」
青年は俺やメアやラピスにも魔牛乳の瓶を渡していく。
「クゥン」
「アルンには私があげるから」
ラピスは青年から貰った魔牛乳の瓶の蓋を開けて、小型化中のアルンの口元へやった。
青年はその様子を不思議そうに見ていて、魔牛乳を飲むアルンの前に屈んだ。
「綺麗な毛並みだ……魔物には見えないな」
アルンを魔物と勘違いして触れ合う様子、慣れた感じだ。
「そそ、そうなの。アルンの毛の手入れは私がいつもしているから」
「だから!」
青年はなるほどといった様子で左手の掌を右手拳で打つ。その様子では、アルンが聖霊獣とは思ってもみないことだろう。
青年は特に躊躇することなく慣れた様子でアルンを撫でている。
「そうだ、名乗ってなかったね。僕はトーマス、そう呼んで」
トーマスは再び木箱の魔牛乳瓶を手に取り、別のケースに入れていく。
「トーマス、此処はいつ出来たんだ?」
気になっていたことをトーマスに聞いてみる。
「今からだともう3年も前くらいになるかな。よっと! ーー魔物と暮らしている人たちがいるなんて驚いたと思うけど、僕らにとってはこれは日常。外から来た人たちにとっては考えられないような光景だと思うけど、直ぐに慣れると思うよ」
トーマスが魔牛乳の瓶をケースに入れていると、トーマスと歳の近そうな青年がやって来て、俺たちを気にしながらも作業を手伝い始める。
「彼はフラン。僕の仕事をいつも手伝いに来てくれるんだ。フラン、挨拶くらいしたら?」
フランは俺たちを見るのだが、ただそれだけ。また、ケースに魔牛乳の瓶を入れていく作業に戻る。
「ごめんよ。彼ちょっと人見知りが激しくて」
「そんなの気にしないで。私たちもいきなり此処に来ちゃったし、直ぐに出発するわ。ねえ、シン」
「ああ。ーートーマス、少し聞きたいことがあるんだが……」
若干聞くのを躊躇う。
「何? 僕で答えられることなら答えるけど?」
トーマスは魔牛乳の瓶をケースに入れていく手を止める。
「……俺たち、今、魔王の城に行く為の旅をしてるんだが、行き方を知っていたら教えてくれないか? 金なら払う」
俺は分かりやすく金貨を数枚取り出して見せる。
「……フラン、悪いけど僕少し外れるね。直ぐに戻るから……来て」
トーマスが急斜面の途中平面に作られた家に向かって行く。
俺たちは何も言わずにトーマスの家に招かれた。
◇
「ーーなるほどな。そんな風に行くのか」
トーマスに金貨を6枚手渡し、魔王の城への行き方を聞いた。
金貨6枚と少ないと感じたが、トーマスによると魔王に城に行きたがる人間はそうそう訪ねて来ないのだそう。
だからあえての低めの価格。稀に、本当に稀にいるそうだが、トーマス自身伝えるか伝えないかの判断に迷うらしい。
自分が魔王の城への行き方を教えたばっかりに、その者の人生を終わらせてしまうかもしれない。
だけども、自分を訪ねてわざわざグレイロットまで来てくれたことや、魔王の城に行く決断をした者にとって失礼に当たる。そんな葛藤をしながらも、情報屋として活動しているのは、今は亡き母の意思を絶やしたくない、その思い一つからだという。
「君たちが何で魔王の城に行くのか、僕には関係のないことだけど……僕から言えることは一つーー無事に帰って来てほしい」
「トーマス……心配するな。これは俺自身が選んだ道だ。死ぬつもりはないが、場所が場所、覚悟はしている。俺の仲間もそうだ。だろ?」
「え、ええ」
気ごちなくそう返事をするメア。
「もちろん!」
それに引き換え、セシルはというときっぱりとそう返事をする。
ラピスは……返事も頷きもしない。やはり、レドックの仲間を辞めたとしても、俺の仲間になるっていうのはその場限りの返答だったか。
「……私は昔、レドックたちと魔王の城に行ったことがある」
……また、とんでもないことを言い出したなラピス。
「そうだったか……」
可能性がゼロだったわけではない。何せ、元仲間だったレドックが宝剣を探して旅をしているとのことだったから。レドックが宝剣を探す理由はラピスの口から魔王を討伐する為だからと直接聞いている。
「あの場所は危険。レドックの門の能力がなかったら、私たちは死んでいた……」
「詳しいな。俺たちにもその話してくれないか?」
小さく頷いた後、ラピスから魔王の城について分かることを聞くことになった。
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