147 / 251
第147話 精霊獣
しおりを挟むエルピスの街中を歩いていても、誰も俺たちに気付かない。こんな琥珀色の獣なんてまず目立つのに、変な感じだ。
メアとセシルがいるユリアの家は、第二区画四番街。一度、ラピスとユリアを追跡していたから道は覚えている。
「待て」
思わずそう声が出てしまった。
ユリアの家がある通路を左に曲がろうとしたら、兵士が2人歩いて来た。
……よし。
どうやら本当に俺と琥珀色の狼の姿が見えないらしい。
通路を左に曲がって、縦長の建物の5階。そこがユリアの家。もし後で来るならと、メアたちと分かれる時にユリア本人の口から聞いていた。
「やっぱり気配がする!」
「ちょっといきなりどうしたのよ!?」
慌てた様子のラピスとメアの声が上から聞こえた。
その瞬間、俺を置き去りに琥珀色の狼は高く跳躍した。
「跳ぶなら、なんか合図でも出してくれ」
急に現れた俺の姿に、街の者たちが驚き狼狽する。
上の方では、何かを言っているラピスの声が聞こえる。
建物の5階、俺もそこまで足早に登って行く。
「シン! 魔物よ魔物! ラピスを早く助けて!」
「いや、それ襲ってるんじゃなくて、ただ戯れているだけだろ」
ラピスは戯れて来る琥珀色の狼を宥める。
というか、ラピスの後ろで倒れてるの放って置いていいのか?
気は失っていないようだが、ユリアは魔物、魔物と声を震わせながら言う。
「メアさん、驚かせてしまってごめんなさい。この子は、魔物ではないの」
「魔物じゃない!? ……確かに魔物ならこんなところまで来れないよね。でも、魔物じゃなかったら」
「とりあえず中に入ろう。こんなところ、他の誰かに見られたら大騒ぎになる」
ただでさえ、既に大騒ぎになっているというのに。
「そうね、って!? ユリアさん大丈夫ですか!?」
今頃気づいたメアは、ユリアの両脇を掴んで家の中へと入れようとする。
琥珀色の狼は、シュルルルと小さくなる。
「ち、縮んじゃった……」
「いいから早く入れって!」
琥珀色の小狼が跳ねるように家の中に入って行く。
そうして、全員が家の中に入ったところで、俺は現状を確かめる為に先ず真先に琥珀色の小狼のところへ行く。
「クゥン」
相変わらず、可愛い声を出すな。いや、まだ油断は禁物だ。
家主のユリアは落ち着いたようで、壁に持たれながら形相が引きつってしまっている。自分の家の中に魔物が入って来たとでも思っているのだろう。
まあ仕方ないか。勇者でもない人間からしたら、大問題で大事件だ。
「ラピス、言ってたな。コイツは魔物じゃないんだって?」
「うん。ーーこの子はこんな姿をしているけれど、魔物でも動物でもない」
「なら、一体なんだってんだ?」
魔物でも動物でもない。
新種の生命体発見ってか?
「ーー精霊獣」
◇
世界には、まことしやかに囁かれている話が幾つか存在する。
精霊。
その名を聞けば、多くの人々は小指ほどの大きさで羽根の生やした人間が思い浮かべる。花畑で見たと言う者や、森の中を歩いていたら見かけたと言う者、中には家の中で飼っていたなんて言う者まで現れる始末。
だが、そのどれもが不確かなことで、何か見間違えたか、あまりの魔物の恐怖に幻影でも見たのだろうと片付けられてしまっている。
それはそうだ、俺だって精霊なんて信じちゃいない。
ただ、それもラピスの話を聞いたことによって、確かなものとなりつつあった。
精霊獣。
今、ラピスの隣にべったりとくっ付いているのがそうだ。名をアルンと言うそうで、ラピスの隣にいつもいた精霊獣。
こうして見ていると、ラピスに懐いているのがよく分かる。
そんな精霊獣。
俺もそもそも見るのが初めてだから、精霊獣と言われてもあまりピンとこない。
昔に見た古書によれば、『不可解な世界の現象』という項目で“山道でふわふわとした謎の光を見た”と記載があった。
他にも一夜にして消えた村の話だったり、湖の中に人影らしきものを見たなんていう話まである。
つまりだ、俺が言いたいのは精霊獣の存在は嘘ではなく事実だったということ。
この世はまだまだ解明発見されていないことがあって、事実が明るみに出てくるのは永年の歳月が過ぎた頃、誰もが噂話すら忘れて来た時なんかにころっと出てきたりする。
精霊獣、一見すると珍しい動物というくらいにしか見えないのだが、ラピスの言うように本当に精霊獣なのだろう。
「アルンとはもう長いの。私が旅を始めて直ぐに出逢った仲間」
「クゥン」
ラピスの言葉に反応するようにアルンは鳴く。
「うっ! いたい!?」
その時だった。
話を聞いていたセシルが急に頭を押さえ出した。
「セシル! また来たのか!?」
前回、ウォールノーンでは籠手があった場所で気を失うほどの頭痛に見舞われたセシル。
そのこともあってセシルが心配だ。
「セシル気をしっかり! なんでまた!?」
「俺が知るか! ……とりあえず、横にして休ませよう」
頭を抑えるセシルを横にさせて休ませる。
「私、変なこと言ったのかな? どうしよう、私のせい」
ラピスは狼狽え始めてしまう。
「……ラピス、悪いが少し離れててくれるか? そこの、精霊獣も連れて」
「……はい」
ラピスはアルンを抱え上げ、部屋から移動した。
家主のユリアはラピスの方へと行く。
「セシル、どうしちゃったのよ……」
メアが息を切らすセシルの額に自身の手を乗せる。
「……籠手、精霊獣……獣人」
セシルが頭痛を引き起こした考えられる要因を並べて口にする。
ウォールノーンでは籠手を取り出そうとしていた時。そして今は、俺たちいつものメンバー3人を除いてラピスとユリアと精霊獣が居る空間での出来事。
ラピスとユリアには以前会っていても何もなかった様子から、精霊獣のアルンが来たことによってセシルの頭痛は発生してしまったと推測出来る。
それに、何よりセシルが獣人だということ。ウォールノーンでは木こりの爺さんに宝剣の神剣化の話を聞いてから、獣人という存在の意味をずっと考えていた。
俺たち人間ではなく、別の種。初代魔王を討ち取ったとされる勇者一行の1人が獣人。
「セシル!」
横になって頭を押さえていたセシルが瞼を閉じた。
「大丈夫、眠っただけだ」
一度目は本当に死んでしまったと勘違いしてしまったが、冷静になって見ると小さく鼻息が聞こえて来る。
「だ、大丈夫なの?」
ユリアがそろそろと顔を覗かせる。
俺は頷いて返事をした。
ほっと胸を撫で下ろすように、ユリアに若干の笑顔が戻る。
ただ、ラピスは顔を出さなかった。
「ラピスにも伝えてくれ」
そう言うと、ユリアはラピスにセシルの現状を伝えてくれているようだが、私のせい、私のと暗い言葉が聞こえて来る。
メアがやれやれといった様子でラピスのいる隣の部屋に行く。
とすれば、ひょこっと顔を覗かせるのは、精霊獣とラピスがそう言うアルンだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

スキルが覚醒してパーティーに貢献していたつもりだったが、追放されてしまいました ~今度から新たに出来た仲間と頑張ります~
黒色の猫
ファンタジー
孤児院出身の僕は10歳になり、教会でスキル授与の儀式を受けた。
僕が授かったスキルは『眠る』という、意味不明なスキルただ1つだけだった。
そんな僕でも、仲間にいれてくれた、幼馴染みたちとパーティーを組み僕たちは、冒険者になった。
それから、5年近くがたった。
5年の間に、覚醒したスキルを使ってパーティーに、貢献したつもりだったのだが、そんな僕に、仲間たちから言い渡されたのは、パーティーからの追放宣言だった。

収奪の探索者(エクスプローラー)~魔物から奪ったスキルは優秀でした~
エルリア
ファンタジー
HOTランキング1位ありがとうございます!
2000年代初頭。
突如として出現したダンジョンと魔物によって人類は未曾有の危機へと陥った。
しかし、新たに獲得したスキルによって人類はその危機を乗り越え、なんならダンジョンや魔物を新たな素材、エネルギー資源として使うようになる。
人類とダンジョンが共存して数十年。
元ブラック企業勤務の主人公が一発逆転を賭け夢のタワマン生活を目指して挑んだ探索者研修。
なんとか手に入れたものの最初は外れスキルだと思われていた収奪スキルが実はものすごく優秀だと気付いたその瞬間から、彼の華々しくも生々しい日常が始まった。
これは魔物のスキルを駆使して夢と欲望を満たしつつ、そのついでに前人未到のダンジョンを攻略するある男の物語である。

誓いの嘘と永遠の光
藤原遊
ファンタジー
「仲間と紡ぐ冒険の果てに――君もこの旅を見届けて!」
魔王討伐の使命を胸に集まった、ちょっとクセのある5人の冒険者たち。
明るく優しい勇者カイルを中心に、熱血騎士、影を操る盗賊、癒しのヒーラー、そして謎多き魔法使いが織りなす物語。
試練と絆、そして隠された秘密が絡み合う旅路の中で、仲間たちはそれぞれの過去や葛藤と向き合っていく。
一緒に戦い、一緒に笑い、一緒に未来を探す彼らが最後に見つけるものとは?
友情だけじゃない、すれ違う想いと秘めた感情。
仲間を守るための戦いの果てに待つのは、希望か、それとも……?
正統派ファンタジー×恋愛の心揺さぶる物語。
「続きが気になる」って思ったあなた、その先をぜひ読んでみて!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
ヒロインは始まる前に退場していました
サクラ
ファンタジー
とある乙女ゲームの世界で目覚めたのは、原作を知らない一人の少女。
産まれた時点で本来あるべき道筋を外れてしまっていた彼女は、知らない世界でどう生き抜くのか。
母の愛情、突然の別れ、事故からの死亡扱いで目覚めた場所はゴミ捨て場、
捨てる神あれば拾う神あり?
人の温かさに触れて成長する少女に再び訪れる試練。
そして、本来のヒロインが現れない世界ではどんな未来が訪れるのか。
主人公が7歳になる頃までは平和、ホノボノが続きます。
ダークファンタジーになる予定でしたが、主人公ヴィオの天真爛漫キャラに ダーク要素は少なめとなっております。
同作品を『小説を読もう』『カクヨム』でも配信中。カクヨム先行となっております。
追いつくまで しばらくの間 0時、12時の一日2話更新予定
作者 非常に豆腐マインドですので、悪意あるコメントは削除しますので悪しからず。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

元捨て子の新米王子様、今日もお仕事頑張ります!
藤なごみ
ファンタジー
簡易説明
転生前も転生後も捨て子として育てられた少年が、大きく成長する物語です
詳細説明
生まれた直後に病院に遺棄されるという運命を背負った少年は、様々な境遇の子どもが集まった孤児院で成長していった。
そして孤児院を退寮後に働いていたのだが、本人が気が付かないうちに就寝中に病気で亡くなってしまいす。
そして再び少年が目を覚ますと、前世の記憶を持ったまま全く別の世界で新たな生を受ける事に。
しかし、ここでも再び少年は生後直ぐに遺棄される運命を辿って行く事になります。
赤ん坊となった少年は、果たして家族と再会する事が出来るのか。
色々な視点が出てきて読みにくいと思いますがご了承ください。
家族の絆、血のつながりのある絆、血のつながらない絆とかを書いて行く予定です。
※小説家になろう様でも投稿しております
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる