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第140話 勇者とは
しおりを挟む「こっちか」
俺はメアの持つ通信水晶体を頼りに、魔力時計が示す南東を急ぎ足で進んでいる。また何処ぞの魔物に拉致された日には、俺もメアの危機管理能力が低過ぎると思わざるを得ない。
俺が今いる位置からメアのいる位置はそう遠くない。もう直ぐ着きそうだ。
「いた」
数十メートルくらいだった。七星村を出て森のない草原地帯。ぽつりぽつりと岩がある中で、長い髪を靡かせる者が1人。
まさか、泣いてる?
ぐすりと聞こえた鼻をすするような音。
「謝りに来たの?」
振り返ることもしない。暗さでメアの特徴である青い髪は確認出来ないが、声とシルエットが本人。
「俺が謝る? 逆だろ」
「馬鹿言わないで! 今まで私とセシルを騙して来て、どの口がそんなこと言うのよ!」
振り返って俺が見るのは、七星村を飛び出して行った女勇者はビシッと俺に人差し指を向けた。
やはり、火に油を注いだ。
だが、俺も心外だ。今まで共に旅をして来た仲間から受ける言葉でも思い当たりがない、まるで切りとったような言葉の羅列のようにしか頭に入って来ないのはいささか暴言に近い。
それほどメアの発言の意図がまるっきり掴めない。
俺は呆れて、ぽりぽりとこめかみ付近を掻いた。
「あのな、言っておくがメアは何か勘違いしてるぞ。俺がいつ、2人を騙した?」
「しらばっくれちゃって……いいわ! だったら私の口から言ってあげる! あなたは、シン! 勇者として私とセシルを利用することで名声を得、富を得、結局は自分のことしか考えていない人間なのよ! 反論出来ないでしょう!? 勇者シン!」
……本当に、メアに何があったんだ。まるで何かに憑依されたように俺に言葉を浴びせる。息を切らすほどに言いたいことを言ったのだろう。
俺は目を瞑る。怒れる女勇者を視界に入れたくないからではない。
考える、そしてメアの言葉をまず素直に受け取る。そしてまず自分に否がないか自身の心に問いただし、可能、思い付く限りメアとのやり取りを振り返る。
……だが、思いに思い浮かばなくて、俺はゆっくりと目を開いた。
「どう? 心当たりがあるでしょう? 言ってみなさい! 私の前で! ーーな、何する気よ」
俺はすっと鞘からアスティオンを抜いた。
「……メア、本当に今まで俺の旅に付いて来てくれて感謝している」
「感謝感謝って……私が黙ってやられるわけないでしょう! ーーえ……」
メアも鞘から長剣を抜いた。
だが、俺のとった行動に思わず言葉失ったのだろう。
俺は持つアスティオンをメアの方に投げた。
「ど、どういうつもりよ?」
狼狽しながらメアは俺に疑問を投げかける。
メアの足元に転がるアスティオン。メアは拾わない。
「行動の通りだ。もし、俺が知らないだけで何か俺に否があるなら、そこにあるアスティオンで俺を刺せばいい」
「い、意味わかんない! 私があんたを刺す!? 言い逃れ出来ないからって」
「勇者としてのけじめだ」
メアの言葉を遮ってそう言った。
「何のけじめよ! それは私とセシルを今まで騙して来たからって言いたいわけ!?」
「違う。俺がメアと旅をすることを了承し、そのことに関してお前がそこまで怒るほどの原因を作った俺自身の問題だ」
未だにメアが怒る理由を掴めないでいるが、勇者として旅をしていくことを了承した俺も悪い。
「……分かったわ。これで後悔後腐れなくていいわね。だってあんたが悪いんだもの」
メアは持つ長剣を鞘にしまい、足元に落ちているアスティオンを手にとった。
メアは俺にアスティオンを突き立てる。
「どうした? 刺さないのか?」
アスティオンを俺の胸付近に突き立てるものの、メアは前に両手を動かそうとしない。
「この剣が重たくて動かないのよ! 今に刺すわ!」
とメアは言うのだが、一向に俺を刺しやしない。
「……ふぅ」
「ああっ!」
俺は向けられているアスティオンを素手で掴んだ。流れる血が肘まで伝う。メアは持つアスティオンを手放し地面にへたり込んだ。
「もうっ、もう……何なのよ……」
力なき声、メアは顔を上げない。
俺はアスティオンを鞘にしまった。
「わけを話せ」
◇
「ーーそういうことか」
メアから話を聞いた。
「……それで、シンは結局どう思っているのよ?」
「まだ言うのか?」
「だって! ……だって……」
言葉小さく、メアは俯く。
メアから聞いた内容。
魔物討伐依頼を遂行する為、七星村を目指しエルピスの街を出発後、現れたダークリーパーによってメアは連れ去られた。後、俺がメアの元に駆け付けた時にいた者たち。
その3人のうちの1人、勇者レドックがメアを唆した。
『勇者の中には己の自己実現の為に言葉巧みに付け込んで来る奴もいるんだなこれがぁ。女、心当たりはないか? 例えばそう、黒髪の男、左腕に籠手をしている勇者とかなぁ』
メアから聞いた感じでは、こんな風だった。
勇者レドックの言葉を聞いて、メアは俺に疑心を覚えたのだという。
「まったく……俺たち、もう旅をして長いだろ? そんな俺より、自分を誘拐した奴の言葉を受け入れるってのか?」
心外とはこのことだ。
だがしかし、いきなり魔物に誘拐された挙句、見知らぬ奴らが3人もいる状況。不安、それが人の心をいともたやすく取り込んでしまうことは俺は知っている。その対処法を知らなければ、容易に人は他人の言葉を受け入れる傾向がある。
今回、メアが俺にとった行動や発言からするに、レドックの言葉を受け入れてしまったのだろう。残念だが、メアの行動の通りだ。
「……だって私!」
俯いていた顔を上げるメア。
「だってもへったくれもあるか」
まだ何か言いたげなメアの言葉を遮って俺は口を出した。
少し黙ってみる。
「だって私、このままシンと一緒にいていいのかなって時々思うのよ」
「……なんで、そう思う?」
「今までシンと旅をして見てきたけど、シンは1人なんかじゃない。いろんなところにいろんな知り合いがいてーーセシルにしてもそうだわ、この地上の何処かに自分と同じ仲間がいる。……それに引き換え、私は……」
「1人、とでもいいたいのか?」
メアに姉がいたことは俺も知っている。それは、エルピスの街でワグナーからメアの過去の話を聞いたからだ。
「……そうじゃないけど、私にはもう帰る場所も家族だっていない。シンみたいに知り合いだって……」
またメアは俯いてしまった。
俺とメア以外に誰もいない草原の靡く音だけが聞こえる。
「っと」
俺は近くにあった1つの岩の上に跳び乗った。メアは顔を上げる。
「俺からメアに言いたいことは3つ」
そう言って、俺はメアに3本の指を立てる。
「まず1つーーもしメアが俺の旅に着いて来たくないって言うなら、いつでも何処へでも行け」
と言うと、メアは顎を引いた。
「2つーーだからって、無理やりセシルを連れて行こうとするなよ」
そんな時、地上に出来た影。夜空に雲が通ったからだ。だが直ぐに通り過ぎたようで、月の光が地上に再び届く。
「そ、そんなことしないし! 出て行くなら私1人で出て行くわ!」
「……そうか」
どうやら、本気らしい。
「ーー3つ」
今のメアに憤慨の様子は見られない。が、それも理性でコントロールしているだけなのかもしれない。
「何よ? はやくいいなさいよ!」
「3つーーもし、本当に俺たちの元から離れたとしても、俺はメアをいつまでも仲間だと思っている」
メアははっとするような表情を俺に見せた後、俯き、そして小さく聞こえたのは鼻息。あれほど俺を疑心に思っていたのだ。その上で俺がまだメアのことを仲間だと言う。
呆れて失笑でもしたか。
「くっさい、くさいのよあんたの言葉は。ーーでも、これで私もようやく分かったわ」
そう言って、メアは身に付けている小さなウエストポーチから何かを手に取った。
「分かった? 何をだ?」
俺がそう言うとメアは微笑し、アスティオンで斬れた俺の右手をそっととって、メアは自身の右手を俺の左手の上に乗せた。
ぼうっと一瞬緑の発光が起きる。これは薬草を使った時に起きる現象。
「シンはシンだったってこと。私がセイクリッドで出会ってから何も変わらない宝剣を持つ勇者」
「失敬だな、さすがに俺も成長してるぞ」
シーラ王国セイクリッドを旅だってから、隋分と魔物も討伐した。行く街々のギルドで魔物討伐依頼をこなしたり、俺より高いランクの勇者とバトルしたこともあった。
「……そうね。ーーあああっ! 私もどうかしてた! なんであんな奴の言葉なんて真に受けたんだろ?」
メアは伸びをしてそう言った。
どうやら、当の本人はレドックの言葉を受け入れてしまっていたようだ。ただ、いつものメアに戻ったような気はする。
言葉の魔力とは時に力よりも勝る武器となることもある。今回、メアがそうだったように、仲間であるはずの俺を疑うまでに。
勇者レドックと他2人。俺の籠手を強制的に取った挙句、仲間崩壊をさせてくるとは。
まあ、今は何故かどうして籠手は俺の元に帰って来てるわけで、メアの誤解も解けたのだが……けじめは必要だ。
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