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第138話 七星村の狩人と傍観者たち
しおりを挟む戦闘音だろうか、徐々に聞こえて来る。
「……やっと出れたか」
俺は森の中に突如としていた。
遠くで聞こえる戦闘音、雷を裂くような音。
イクリプスドラゴンの体内から脱出出来たことを実感する。
「……」
とすれば、何処ぞの勇者が持っていったはずのモノがそこにはあった。
籠手。
それは間違いなく俺がウォールノーンで得たもの。
籠手を拾い上げる。俺が持っていた籠手だ。
それを、腕にはめた。重量を緩和出来る万能リュックはエルピスの街の仮宿泊施設に置いて来た。またいつかレドックたちのような輩に装備しているのを見られ厄介ごとに巻き込まれるかもしれないが、懐に入る大きさではない。
「メアたちのところへ」
今、籠手をどうするか。何故、森の中に籠手があったのかを考えるのは後だ。今は現在進行形で魔竜イクリプスドラゴンと交戦しているメアとセシルたちのところへ急ごう。
速技を解放し、俺はメアたちの元へ急いで向かった。
◇
「こうして見ると、魔竜というより悪魔だな」
森の中を速技で駆け抜けて行き、突出する岩の先端付近からその光景を眺めていた。燃えるように紅い皮膚、無数に生える角、眼が左右それぞれに3つずつ確認出来る。悪魔の化身が大地に降り立ってしまったか。
動きは非常に遅いが、イクリプスドラゴンが巨躯を動かすたびに地が鳴り響く。
突出する岩から飛び降り、地面に着地したと同時にまた速技を解放。その移動の最中、俺はメアやセシルが奴ーーイクリプスドラゴンに食われないかとひやひやしっぱなしだ。
速技を+5まで解放していく。
ややあって交戦の場に着くなり、メアとセシルの姿が目に入って来た。
ひとまず安心、食われてはいなかった。
「シン! 何処行ってたのよ! 私たちの方が先に戦ってるじゃない!」
「悪いな、少し寄り道してた。いや、それよりメア、イクリプスドラゴンについて何か分かったか?」
周りで七星村の者たちがイクリプスドラゴンと交戦している様子も見受けられる。
タンッと、俺とメアが話している場所にセシルが着地した。
「シンー! アイツ硬過ぎるよ! セシルの蹴りがぜんっぜん効かない!」
「セシル無茶するな。それでメア、どうなんだ?」
「ええ、話してもいいけど……!」
俺も気付いて、イクリプスドラゴンから大きく離れた。メアとセシルも離れる。
イクリプスドラゴンが火炎を放射したのだ。樹々が燃え、地面から縦に炎の壁が出来る。
「怯むなあああ! 攻撃を続けろおおお!」
七星村の者だろう。何やらさっきからずっとバリアのようなものを張って弓矢を放ち続けている。ただ、俺はそのバリアを知っている。あれは守技を体外へ出したもの。守技は主に身体の防御力を上げる為の技だが、身体から離すことで外に防御膜を作ることが出来る。利点としては身体にダメージが及ぶ前に防げること。反面、守技で守られていない身体はノーガードということになる。要は使い分けだ。
「ローレンさんからイクリプスドラゴンのことを聞いたわ」
メアが話し始める。
「シンももう見て分かると思うけど、イクリプスドラゴンは動きがとても遅いの。だけど、攻撃には触れちゃいけない」
見たままのことを言うメア。魔竜はそれぞれ何らかの特徴に抜きん出ていると言われているが、反面、著しく低い特徴も持っていると言われている。イクリプスドラゴンの場合、高攻撃力と高防御力を持つ代わりに、速さがまるでない。
「……それだけか?」
「まだあるわ。ーー後、イクリプスドラゴンに必要以上の攻撃をした場合、反射的に防衛反応が出るらしいの。……2年前、あの魔石の泉が沸いた時に、魔物討伐依頼で七星村に来ていた勇者が現れたイクリプスドラゴンに食べられたって」
「へ、へえ」
俺は既に経験済みだ。
「へえ、じゃないでしょ! その人は七星村の英雄になろうとして村の人たちの話も聞かずにイクリプスドラゴンに挑んだのよ!? 結局、その人は食べられて今も行方不明だって言うじゃない! 人ごとじゃないでしょう!?」
「大丈夫だ、俺は此処にいる」
そんな昔の話が七星村にはあったのか。
と同時に一つの疑問が俺の頭に浮かぶ。
「もうっ! シンはいつもそうなんだから! 強い攻撃なんてしないでよ! セシルも加減よ!? 分かった!?」
「う、うん」
セシルはそう小さく返事をする。
「セシル、もう戦いに出るな。メアも」
こんな危険な戦場、セシルを出させるわけにはいかない。もちろんメアもだ。
「それはそうだけど……、ローレンさんが言うには岩山を粉々にするほどの攻撃じゃないとイクリプスドラゴンの防衛反応はないんだって。だから、私たちの攻撃は攻撃のうちに入らないわ。悲しいけどね」
「とは言うがな……」
イクリプスドラゴンに食われた経験から言わせてもらうと、メアとセシルがあの体内で正常な思考回路を保てるとは到底思えない。1%でもイクリプスドラゴンに食われる可能性があるなら、むやみやたらに攻撃をするべきではない。
俺は……まあ、出られたからよしとする。俺はイクリプスドラゴンに食われた時の対処法が分かるが、メアやセシルがその対処法を実践するとはなかなか考えにくい。
メアとセシルには攻撃をやめさせるのが無難だ。
「……分かったわ。でも、シンも戦わないでよ」
「いや、俺は……」
根っからの勇者として生きて来た俺にとっては、今のステータスで魔竜に何処まで通用するか試してみたい気持ちがある。
イクリプスドラゴンに食われた時は遠くから一太刀浴びせただけ。それに体内では随分とお世話になった。
俺が俺自身を斬り刻んで外へ脱出出来たわけだが、それじゃあまだ気が収まらないところも正直なところある。
そんな状態で脱出し、今、僅か30メートルくらい先にいるイクリプスドラゴン。あの硬い皮膚を貫いた時、俺も少しは成長するだろうか。
「ダメよ! そんなこと私がさせないわ!」
俺は気付かれないように撃技のエネルギーを解放してアスティオンに流していたのだが、メアが両手を広げて立ち塞がる。
「……分かったよ。なら、黙ってあの暴れる魔竜を見てろって?」
アスティオンを鞘に戻して、そうメアに聞いた。
「撤退を待つのよ。ローレンさんたちが攻撃を続けるのは、魔石の吸収を邪魔する為ーーあっ! ローレンさん!」
話をしていると、ローレンがやって来た。
「君たちももういい! ああ、君も来てくれたのか!」
「ローレン、あの魔竜を倒す考えはないのか?」
「倒す!? 馬鹿いっちゃいけない! アイツは天を食う悪魔の化身! 私たちはアイツが帰るまで耐え忍ぶ戦いしか出来ないのだ! いくら弓矢の雨を当てようとも、びくともしないアイツを見なさい!」
「そのようだな」
あまりにも気迫めいた声で言うものだから、そう言っておいた。
だが、確かに現状は倒すのはかなり厳しいものがあるだろう。俺も本気で言ったわけではないが、無敵の魔物なんてこの世にいない。何か倒す方法はないかとローレンにイクリプスドラゴンを倒す方法を聞いたまで。
「……魔竜ーーイクリプスドラゴンは特に、自ら進んで人間を殺めることはないと私は聞いている。現に今回で三度目にこの地に来たが、そのどれもが魔石の泉を求めてだ。アイツにとって、私たち人間なんて小さな虫と同じなのだろう」
「……言いたいことは分かるが」
それでも黙って見ているのは俺の性分に合わない。動き出そうとする体を抑え、ただただ見ていることしか出来ない現状の力が悔しい。
あれほどの強大な敵、俺1人で倒せるとつけ上がるほど自惚れちゃいないが、討伐出来た時にはステータスの上昇が飛躍的に上がるのが目に見える。
……だが、現状は現状。馬鹿げた高攻撃力と高防御力を持つイクリプスドラゴンには勇者ランク8ではかなり厳しいものがある。
「今の音!?」
「砲弾か」
遠くから聞こえて来たのは砲弾音。薄暗く紅い空気の中に数発の音。
直後、イクリプスドラゴンの頭部と翼が爆発音をあげた。
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