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第134話 魔石の源泉
しおりを挟む紅く染まる森は、まるで業火に焼かれて悲鳴をあげているようだ。
だが、実際には燃えてなどいない。そう見えるほどに紅く染まっているだけだ。
走る地面さえも赤く染まってしまっている。
「ねえ、もうアイツが魔王なんじゃないの!? なんだか、魔物の親玉って感じだし!」
「なら、いいんだがな」
よくはないが、魔王であれば魔王の城に眠る秘宝に関する何らかの情報を得られるかもしれない。
走っている最中、ところどころに森の樹々の間から見えるイクリプスドラゴン。
確かに見た目やステータス共に化け物じみている上、月の光さえも遮る力とこの紅い放射。
イクリプスドラゴンが魔王と言われても何らおかしいとは思わない。
「うるさい声!」
再び雷を裂いたような音が広く鳴り響いた。
セシルは声と言うが、これがイクリプスドラゴンの声というなら俺たちはとんでもない敵を相手にしようとしているのかもしれない。
俺の現在の勇者ランクは8。出発前、セイクリッドではせめてと勇者ランク8以上を目指していたが、それはアスティオンの魔物特攻特性があっての考えだった。
だが、今のアスティオンには魔物特攻特性が無い。
情報屋アンナの言う通り、魔物特攻特性が解除されたアスティオンでひたすら魔物を斬っては討伐しているが一向に神剣になる気配がない。
「ーーセシル」
俺の後ろを走るセシルに声をかけた。
「なに? ーーセシルに?」
セシルにサーガ村長から受け取った碧幻石を手渡した。
「シン、どういうつもりなの? 自分が持つって言っていたじゃない」
「……もし、もしだ。俺が、今回の戦いで命を失うようなことがあっても、魔王の城の秘宝を盗み出す旅をやめないでほしい」
此処まで来た旅。途中で投げ出すのは容易く簡単だ。
「ちょ、ちょっと、いきなり何言い出すのよ? あんた言ってたでしょ? あの魔竜を追い返すだけだって」
「もちろんそうだ。ーーが、予想外のことはいつでも起きるということを俺たちは既に体験している」
俺はメアがダークリーパーに連れ去られた一件のことを思って言った。ほんの数時間前のことだ。
「だからって……だったら尚更、シンが持っておくべきじゃない! その石に命の身代わりなんて力があるのか知らないけど、1番突っ込んでいきそうなあんたが持つべきだわ! セシル、シンに返して!」
「う、うん」
セシルが俺に返そうとする。
「ダメだ。碧幻石は俺でもなくメアでもなく、セシルが持っておくんだ」
「……なんで」
メアには俺の発言の意味が理解出来ないようだ。
「……メア、セシル。ウォールノーンで爺さんから聞いた話を覚えているか?」
「お爺さんの話? ……ええ」
「セシルもか?」
反応がなかったセシルに問いた。
セシルは小さく頷く。
「この宝剣アスティオンを神剣にする。その為に……その為に獣人の命が必要だなんて馬鹿げているのは承知の上で話す。仮に今回の戦いで俺が死んでも、宝剣アスティオンを扱える勇者は何処かにいるはずだ」
「何が言いたいのよ?」
「つまりだ、その時は……俺の代わりにそいつと魔王の城の秘宝を盗み出す旅を続けてくれ」
メアとセシルの返事がない。
セシルには命を投げ打ってまで宝剣を神剣にしてほしくない。
ただ、碧幻石という代物が本物ならそうしたことも可能になってしまう。違う、誤解のないように付け加えると、セシルには生きて仲間の獣人の元に帰ってほしいからだ。
「聞いてるのか?」
かなり重要な話をしたというのになんだその無反応は。
「それが、シンの本音なのね」
「本音というか、もしもの時の話を俺はしている」
「セシルは」
「もういいわ、あんたの言いたいことはよく分かったわ。セシル、こんな馬鹿放っておいて先に行くわよ」
何かを言おうとしたセシルに割って言ったメアは、セシルの手を引いて先に行ってしまった。
メアなら分かってくれると思ってたんだがな……
「……馬鹿とはなんだ……馬鹿とは」
◇
紅い森を駆けていく最中、魔物はいつものように俺たち3人に牙を向いた。
本来、夜行性ではない魔物も紅く染まってしまった森の色に刺激されたのか、声を荒げて襲って来る。
牙を持った鶏の魔物、ファングクック4頭は俺たち3人を見つけるな否やもう突進。
体長はおよそ80センチほどだが、素早さと獰猛さで見た目より大きく感じる。
近くにいるのは木の形を成したボーンアルボル。
その無数に枝分かれした骨の枝は鋭く、長さを生かした攻撃はそこそこ厄介。
レベルはファングクックの方が60台前半、ボーンアルボルはレベル71。決してレベルが低いわけではない魔物だったが、俺たちの敵ではなかった。
そうしてまた先を急ぐわけだが、鉄の毛を持つ狼の魔物、アイアンウルフは俺たち3人のいく手を邪魔する。
だが、メアの氷魔法によって氷漬けにされたアイアンウルフは一瞬にして動くことが出来なくなった。こいつも弱い魔物ではない。
アイアンウルフはアイアンベアを敵対しており、森の中で激しい金属音を聞いた時などは割と高い確率でいる。移動範囲が広い為だ。
どちらもレベルの範囲はばらつきがあり、記録ではレベル86のアイアンウルフが確認されたようだ。
今回、俺たち3人の前に現れたアイアンウルフのレベルは58。
「急いだ方がよさそうだな」
先ほどから絶え間なくイクリプスドラゴンに向かって矢だと思われるものが飛んでいくのが見える。
イクリプスドラゴンは黒煙を出すと共に、既に聞き慣れてしまった雷を裂いたような音を出している。
防御が400越えの魔竜に、魔物特攻特性を持たないアスティオンでどこまでやれるか。
ただ追い返すだけではあるが、普段出来ないような大技を試す機会にはちょうどいい。
そんな少しばかりの余裕を残しながら騒ぎの元が見えて来ると、やはり武器は弓矢だった。
「あんな武器で無茶しやがる」
弓矢を放つ張本人等は七星村の住人たちだと思われる。
「で! 私たちはどうすんのシン隊長!」
「隊長なんてやめろ。ーー俺1人でまずヤツの様子を見て来る。メアとセシルはローレンたちと合流してくれ」
俺たち3人で行って全滅なんてなった日にはたまったものではない。
本来の魔物討伐依頼と大幅にかけ離れたことをしているが、じっとしていられる状況ではない。
それに今回の魔物討伐依頼にあがったライトイブリースの出現は深夜帯。
現在、深夜帯のようにも見えるがまだ日も跨いでいない時間。
「……必ず、私たちの元に戻るのよ!」
「シン、ぜったい、ぜーったいセシルたちのところへ帰って来て!」
2人の言葉を聞いて、俺は1人別行動となった。
2人と分かれてから、俺は地上を疾っていた。
イクリプスドラゴンが地上に到達するまで間も無くといったところ。
幸いだったのは見たところそれほど動きが素早いわけでもなさそうだ。それは、イクリプスドラゴンが巨体だからだろうか。
何にしてもそれは俺としても好都合だ。
森の中を素早く移動し、イクリプスドラゴンの背後へ周る。
こう見るとやはり巨大。大型の魔物と言えば俺の中では鬼のオーガが真っ先にあがるが、それを遥かに超える大きさ。
図体がでかい上に攻撃力が200越え、防御力400越えの相手は今まであった敵の中で最高クラス。
俺の今の力を知る絶好の機会。魔竜相手にどこまで俺の力が通用するか。
イクリプスドラゴンが体から出す黒煙は、周囲に広がっていき闇となってしまった空と同化していく。
イクリプスドラゴン自身が紅く、空から降り注ぐ紅い光によって周囲一帯が確認出来る。
俺は現時点での自分のステータスを確認する。
ATK.148
DEF.139
AGL.175
魔物を討伐するたびに微量ずつ上昇して来たステータス。
さて、敵は手強い。
どう出るか、まずは作戦を練ろう。
改めてイクリプスドラゴンのステータスを観察眼で確認する。
イクリプスドラゴン
LV.144
ATK.237
DEF.444
改めてこうして見ても、どうしたらこんな化け物ステータスになるか不思議でならない。
ボルティスドラゴンが空の支配者と呼ばれるなら、そうだな、イクリプスドラゴンは空の侵食者といったところか。
何にしても、現状はイクリプスドラゴンを追い返すことが最優先事項。
魔物討伐依頼をして来たコンセットには悪いが、先にこの魔竜をどうにかしないといけないと強く感じるのは勇者としての性。
『シン聞こえる?』
通信水晶体を通してメアから連絡が入った。
「どうしたメア」
『今ね、ローレンさんたちと合流したわ。それでね、イクリプスドラゴンが現れたのは魔石を求めて来たって』
「魔石?」
それはおかしい。イクリプスドラゴンが魔竜と言われても、魔物に属することは変わりない事実。
そんな魔物であれば、魔石なんて求める意味がない。求めても、一時的なパワーアップをしてその後は消滅するだけ。
そう、俺がオルフノットバレーで戦った魔石を食ったオークのように。
『ローレンさんが言うには、魔竜は魔石を摂取しても反動で来る消滅エネルギーを緩和させる抗体があるらしいの。だからそれを理解してる魔竜……イクリプスドラゴンはこの地に降りて来てるって」
メアが今言ったこと……それが事実だとすれば脅威以外の何者でもない。
それにメアは魔竜と言った。
「ということはなんだ? 此処には魔石があるっていうのか?」
『ええ、私も今見てる。魔石が湧くなんてこんな光景、初めて見たわ』
「……メア、一度この通信を切る。セシルと絶対に離れるなよ」
メアと繋いでいた通信水晶体の魔力を閉じた。
魔石が湧く? そんな水じゃあるまいし。
魔石と言えば、拳一つ分くらいの大きさが平均。
いや、今魔石の大きさだとか形状の話はいい。
それよりも、魔石を自ら進んで求めて来た魔竜がいることが大問題。
ポーションを一瓶飲み、戦闘態勢に入った。
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