百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第133話 紅き災害

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宝石をばら撒いたような星空の中に神々しく煌めく満月があった。
満月は煌々として大地を照らし、幾年この先も日輪と共に形を変え人類の前に現れる。

「見て! 月に穴が!」

セシルがそう叫んだ。

「違う! あれは……」

ローレンが歯と歯を擦らせながら穴が空いていく月を見る。
夜空にあった満月に突如として現れた一点の黒い穴。
その黒い穴は周囲にも無数に現れ始め、ついには星空すら覆い尽くしていく。

虫喰い、そう言えばまだマシな言い方だっただろうが、これは虫喰いなどと生優しいものではない。
夜の星空はまるでウィルスに侵食されていくようにみるみる黒い斑点が広がっていく。
地上にあったはずの月光により照らされた地面や家々も、黒く侵食されるように姿を消していく。

唐突にやって来た闇。
七星村の入り口付近のみが松明の炎によってまだ明るい。
その松明の炎が移動しながら七星村に入って来る。

「ローレン! ローレンはいるか!? サーガ村長に直ぐに伝えろ!」

松明の炎を持った者はローレンの姿が見えなかったのだろう。ただただそう叫んだ。
それほどの暗闇。

「誰よ! 今、私にぶつかったの!」

メアの声だけが聞こえた。

「すまない私だ。こうも暗いとさすがに前方が見えない……いや、それより早く父さんの元へ」

どうやらローレンがメアにぶつかった。
普通、例え夜だとしても何かしらの明かりがある。だが今、松明の炎を除けばまさに闇の世界。
魔物が騒つく声が何処からともなく聞こえて来るのは奴らの本能の血が騒いでいるからだ。

「儂なら此処におるーーごほっ、ごほっ……ごほおっ! 全く持って、こうも暗いとおちおち眠ることも出来ん」

「父さん! いつ外へ!?」

「儂がいつ外へ出たのかなどどうとでもよい。天を見よ、それどころじゃないことが起こっておろう。儂の命運も遂にここまでか」

いつの間にか家外に出ていたサーガ村長の言葉を聞いて空に目を移す。
漆黒の空、闇が落ちて来た、世界の終焉……そんな比喩がしっくり来る。

まさか……
心拍数が上がっていくのを感じる。

此処はまだ……
俺たち3人が目指している目的地はまだまだ遠い先だ。

あり得ない……
全身に感じる悪寒、闇の中に吸い込まれるような絶望感。


その時、突如として赤い稲妻が空に走った。
直後、鼓膜を劈くほどの音ーー雷を裂いたような音が天から聞こえて来る。
人間の俺でも強い苦痛を感じるほどの音。

「セシル! 大丈夫か!?」

セシルのうめく声が聞こえる。
手探りでセシルに触れた。雷を裂いたような音がまた鳴るたびにセシルがビクッ、ビクッと身体を震わせる。
獣人のセシルにとってこの音は俺の数倍にもなって聞こえてしまう。

「シン、嘘だよね? 私、心の準備まだ全然出来ていないよ?」

「安心しろメア、俺もだ」

雷を裂いたような音が鳴り響く中、天が赤い稲妻の嵐に覆われる。

光が見えた……紅く悍しい光が。
次に見えたのは生物のような脚と尾。
それ自体が紅く光っているのだろうか。その発光力は地上をも紅く照らす。
地上を闇に変えたであろう奴の前に言うのもおかしいが、おかげでメアとセシルを確認出来た。
だが、見るその2人の表情は恐怖の形相。

そして、胴体、手、頭部……姿があらわになった。
その生物はどす黒く赤い皮膚で覆い尽くされ、まるで燃え滾る身体から出るのは紅く光った空をまた黒く染めるような黒煙。紅く照らされた地上にゆらゆらと形影をつける。

「くそっ! 私たちが一体何をしたというんだ!」

ローレンは崩れ去り地面を強く叩く。

「ヤツの好きにはさせない! いや、地上に降りることすらさせない!」

ローレンを筆頭に七星村の住人たちも声を上げてついていく。

天を変え、禍々しい狂気を放つ生物は七星村より北東の遥か上空に現れ、尚も停滞していた。
が、ゆっくりとその巨体を地上へ向かって降ろしていく。

七星村にいた住人たちの多くがローレンについて行ったようで、残る住人たちも依然として戦闘体制を崩していないようだ。

「サーガ村長、アイツはまさか、魔竜なのか?」

そう聞くと、サーガ村長は訝しげな表情を見せて頷いた。

「左様。イクリプスドラゴンという、空をも貪る忌まわしき魔竜じゃ」

バタリアの西、庭園上空で確認したボルティスドラゴンの数倍近くの巨体。魔王じゃなかったにしても、感じる空気が異様なほどに重い。

「イクリプスドラゴン……一体、どんなステータスしてやがるんだ」

現れただけで地上を闇に変えるほどの存在。俺は観察眼を発動した。


イクリプスドラゴン
LV.144
ATK.237
DEF.444


攻撃力、防御力がともに200越え……
防御力に至っては異常値を示している。

「何よこれ……あんな化け物、私たちで勝てるわけないじゃない!」

メアも観察眼を発動していたようだ。

「シン、セシル怖いよぉ」

セシルは俺の背後に隠れそう言った。

「……2人とも、俺の話をよく聞くんだ」

偶然、必然、イクリプスドラゴンが現れたのがどちらにしても、まともにやり合って勝ち目のない戦をするほど愚かなことはない。

「何? 何か策があるっていうの?」

「ヤツを追い返そう」

「は……はあっ!? 何言ってんのよシン! それが出来たら苦労なんかしないわ!」

「セシルもそう思うけど……それしかないことはセシルでも分かるよ!」

「セシルまで! ……もうっ! どうなっても知らないんだからね!」

俺は冗談でイクリプスドラゴンを追い返そうと言ったわけではない。
本来、魔王の城にいるはずの魔竜がフィールドに出てくるのは何かしらの理由があるはず。

「サーガ村長、あいつが現れたのはこれが初めてなのか?」

「いんや、今回で三度目じゃ」

となるとやはり……

「現れた理由は?」

続いてサーガ村長に聞いた。

サーガ村長は七星村の入り口を指さした。

「旧七星村跡地、其処に魔石の源泉がある。……じゃが、心して行くんじゃよ。魔竜の逆鱗は大地をも……そして人の心をも破壊する」

人の心をも破壊……なるほど、怖いな。

「分かった。メア、セシル」

理由あってイクリプスドラゴンが現れたのなら、その理由を無くしてしまえばヤツは帰る。
魔竜相手にそんな単純な理屈が通用するかは不明だが、やらない選択肢は今はない。

「え、えええええ!? 行くの!? あんた馬鹿なの!?」

馬鹿と強調してメアは俺に言う。

「セシルは行く。弱虫メアは此処にいたら?」

セシル、たまにきついことメアに言うな。

メアがセシルの元に寄って行く。

「セシル~、誰が弱いのかな~?」

「やめろ大人気ない」

セシルを怖がらせてどうするんだメア。

「分かった行くわよ! 行けばいいんでしょ! あんな魔竜の一体や二体、とっとと追い返してやるんだから!」

とメアは言うが、目が逃げたいって訴えているように見えてならない。

「ということだ、サーガ村長」

寝たきりだったサーガ村長を一度見たからか、今、立っているサーガ村長が凛々しく見える。七星村の村長というくらいだ。何かしらの経歴はあるだろう。

俺たち3人は七星村を離れようとした。

「待ちなさい、渡したいものがある」

そう言って、サーガ村長が家の中に入って行く。

なんだろうかと、サーガ村長が出て来るのを待った。

その間も、天を我がものとするように地上を見下ろすイクリプスドラゴンは地上へ降りて来る。
その頭部はまだはっきりと確認出来ないが、ゆっくりと地上との距離が縮まっていく。

「待たせた」

出て来たサーガ村長は本当に先ほどまで寝たきりだったのかと思うほどの足取り。手に持つのは青藍の小さな球体。

「何だそれは?」

「これは儂の家に代々伝わる秘宝、碧幻石という。嘘か真実か、一度失った命を身代わりにすることが出来る。ーーさて、誰が持つんじゃ?」

「……それを、俺たちに……いや、俺が持とう。2人とも、それでいいな?」

何故サーガ村長はそんな大切なものを俺たちに渡すのか。今は余計な詮索はしないでおこう。

「いいけど……まさかシン!」

「シン、ダメだよ!? 変なことしちゃ!」

「しないさ……行くぞ!」

目指す方向は魔竜イクリプスドラゴンが降りようとしている地上。ローレンたちが向かった場所だろう。
暗く紅い地上、その先には夜の魔物も動き出す。

だが、現状を嘆く無意味さはとうの昔に知っている。
俺たち3人は急いで七星村を出た。
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