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第129話 交換条件
しおりを挟む横長の石階段を登っていくと、外に通じる道があった。
月の光が照らすのは支柱が連続してある渡り廊下のような場所。
声が聞こえたのはこの辺りだが、今は全く聞こえない。
しかし、一体此処は何の為の遺跡なんだ?
渡り廊下を歩きながら、天井に彫られた奇妙な造形をした絵らしきものを見る。
人だと思われる者たちが手を上げているように見える。
「……」
その時、気配が近くに来たことに気付いた。
さっき通って来た階段から流れて来る風の音や遠くにある森の音に混じり、その気配は動かない。
アスティオンを鞘から抜いた初撃は渡り廊下を走っていく。
だが、何故だかその斬撃が衝突する音は全く聞こえない。
「いるのは分かっている。出てこないなら」
次は容赦しないつもりで斬撃を撃った。確実にメアじゃない気配。殺気は感じないが、まるで深淵から覗いているような嫌な感覚。
その時だった。
渡り廊下の先、支柱がぐにゃりと動き、人の足が見えた。
「いきなり斬ってくるとは、お前は野獣かよ。しかしまあ、1人でここまでやって来る度胸は褒めてやる」
また、変な奴が出て来た。
「お前は誰だ? 何故、こんなところにいる?」
こんな夜中の遺跡にいた目的を聞こうか。
「気になるよなぁ。そうだろう、そうだろう。ーーが、お前も薄々分かっているのだろう?」
「……」
「沈黙もまた答え。いいだろう、俺の後についてこればその答えを教えてやろう。ただし、お前にその度胸があるのならなぁ」
また、ぐにゃりと曲がる渡り廊下。
突如現れた男は曲がる渡り廊下の奥へ消えてしまった。
近くへ行くと、縦に長い空間があることが分かった。
「これは……」
能力。そうとしか言いようがないのは、こんな空間を捻じ曲げる技術、ソフィア王国が開発した巨大門くらいしか思い浮かばない。
技術ではなく能力、そう言ったのは思い当たる節があるからだ。
空間に手を先に入れた。なるほど、感覚は外と変わらない。
腕まで入れた。そして頭、次に身体と……
渡り廊下にいた筈だが、其処は闇の空間。
歩いている感覚はある。そして間も無くして外気に触れた。
「……メア」
空間を抜けて、まず視界に入って来たのは青髪の女勇者。
メアは俺に気付いたようだが、口元を布巾か何かで縛られており、言葉を発することが出来ないようだ。
「あら、可愛い坊やじゃない。レドック様、あの坊やが例のものを?」
「間違いない、俺がしかとこの目で見た」
レドック、さっき渡り廊下に出来た空間から現れた男の名。
そしてレドックの隣にいるのは髪が腰元付近まである妖艶な女。
「ほんとなの~?」
女はくねくねとした歩きで、俺の方へ歩いて来る。
「あら、本当だわ。レドック様、これでまた、夢に近づきましたわね」
「俺は運が良いなぁ。なぁ、ジェイもそう思うだろ? ちっ、相変わらず無視か」
ジェイ、その男はメアの真横に立っている。
「お前らの話なんてどうでもいい。仲間を返してもらおうか」
敵は3人。いや、まだいると考えておくべき。最善はメアを救出後、即この場を離脱。
「んん~! んんっ!?」
メアが何か叫び、真横に立っている男が拳銃を突きつける。
「あら、そんな態度でいいのかしら? こっちには人質がいるのよ? 私たちの用件を大人しく聞いてくれれば仲間は返してあげるわ」
「用件?」
またメアが何かを叫ぶ。
だがジェイが拳銃をメアの後頭部付近に突きつける。
「俺たち……、いや俺にはずっと欲しかったものがあった。知っているかぁ? 聖なる力を宿した防具のことを」
この世界には神の武器と名のつく剣、宝剣が存在しており、また、神の防具と呼ばれる装備もこの世の何処かにあると言われている。
「それがどうかしたか?」
「……お前、自覚がないわけがないだろう? ウォールノーンに行ったことを覚えている筈だぁ」
ウォールノーン、聖なる力を宿した防具か定かではないが右手にある存在を思い出した。いつしかそれが当たり前になっていたような感覚。ウォールノーンで得た籠手は装備していることすら忘れてしまっていた。
「そう、その防具だ。くっそー、嫉妬しちまうなーお前に。俺の能力でいくら試そうとも通れなかった扉をあっさりと通りやがるもんなぁ」
「嫌だわ、レドック様の能力は世界一素晴らしいです。悪いのはあの頑固な扉の方ですわ」
「レイジュ、やっぱりお前もそう思うかぁ? 俺もそうとしか思えなかったなぁ」
なるほどな。こいつら、俺の持つ籠手が目当てだったか。
「御託はいい。用件を早く言え」
一応、聞いておこう。
「やだ、怖い言い方。いいこと? 坊や。私にはそんな言い方していいけれど、このお方、レドック様にそんな言葉遣いはだ~めよ?」
レイジュはウインクをしてそう言う。
鬱陶しいことこの上ないとはこのことだ。
「レイジュ、構わないよ。こいつは余程自分に自信があるんだろうなぁ。俺も昔はそうだった。自分に自信があると、圧倒的不利な立場だとしても引くことを知らない思考になるからなぁ」
本当に長々と用件を言わない奴らだ。
狙いはメアの隣にいるジェイ1人。
速技のエネルギーを解放し、斬撃を放つことは造作もないが、多勢に無勢という現状はやはり不利。
相手の力量も分からず行動に移してしまえば助けられるものも助けられなくなってしまう。
敵側によるアスティオンの没収とかされてしまえば元も子もない。
俺は無言になる。
「あらあら、やっと状況を理解したわね。……それにしても、こんな籠手が聖なる力を宿す防具だなんて分からないものね」
レイジュは右手にはめている籠手をじろじろと見ては戻っていく。
「女は返す。だが、その籠手と引き換えになぁ」
メアと籠手の交換条件。えらく自分勝手な言い分だ。ただそうなると、さっさとこんなよく分からない籠手こいつらに渡してメアを返してもらってとっととこの場から離脱も一つの手。
……だが、籠手を得た経緯を思い返せば止まってしまうものがある。
セシルがあれほどの頭痛に襲われた挙句、手に入れた籠手。安易に渡すのは気が引ける。もちろんメアの命が最優先ではあるが、元々悪いのは相手の方。
勝手に人の仲間を連れ去った挙句、メアと籠手を交換しろ?
俺も勇者として今まで旅をして来て、対峙した相手の力量を見る目は養って来ている。
「……渡せば、メアを返してくれるんだな?」
それでも俺が籠手を交換条件に出す選択をしたのは、やはり、メアの命を最優先にしたからだ。
笑顔で頷くのは俺を遺跡の渡り廊下から此処まで連れて来たレドック。
籠手を外して俺は静かに相手側3人の元に行く。
「お前がその籠手を投げると同時にこの女も解放する。それでいいなぁ?」
「約束は守れよ」
敵側の笑顔ほど信頼出来ないものは無かった。
だが籠手を……放り投げた。
レドックは隣にいるジェイを見て、メアを解放する。
メアが俺の元に走る。
「シン!」
メアの口元を縛っていた布切れを取った瞬間の第一声。
余程怖かったのだろう。こんな怖がっているメアを見たのは初めてだった。
「レドック様、その籠手本当に本物なのですか? 私にはただの古い籠手にしか見えませんわ」
「力のある防具というのは見た目では分からないものだ。どうだぁ? 似合うかぁ?」
「似合いますけれど……やっぱりただの古い籠手じゃありませんの? ねえ? ジェイ」
分からない、というように首を振るジェイ。
「……おいお前。この籠手、偽物じゃないよなぁ?」
「知らねえよ。俺はウォールノーンでそれを貰っただけだからな」
事実しか言っていない。偽物か本物かなんて分かるはずもない。
「んん? なんか明るくないかぁ? !!?」
籠手をはめたレドックは急にその場に倒れこんでしまった。
「レドック様! レドック様! あなた! 一体レドック様に何をしたの!?」
倒れ込んだレドックの肩を必死になって揺するたびに、レイジュの長い髪がレドックの顔に当たる。
「何か分からないが今のうちだ」
「ええ。あぁ、シンどうしよう……」
メアの弱々しい声。ダークリーパー三体が行く手を阻んだ。
こんなタイミングで……こいつら、やはりグルだったか。
「お前え……籠手に何か細工をしたなあ!!」
倒れた筈のレドックは直ぐに起き上がった。
「だから知らねえって言ってるだろう。細工なんてしていないし、その籠手が偽物か本物か知りたきゃ元の持ち主でも勝手に探せ」
さあ、こんなわけの分からない連中とやり合ってる場合じゃない。セシルを1人で待たせてるのも心配だ。
「待てえ! このまま逃すわけがない! ジェイ!」
ジェイはこの場を離脱しようとする俺とメアに銃口を向け発砲。
「外した?」
だが、弾道は俺たちではなく地面。
「違うのよシン。これは……きゃあ! また!」
地面から突如出たツタはメアの両足を捕らえる。
そのツタは高速で俺の両足にまで及ぶ。
「へぇ……珍しい銃持ってるんだな」
「俺の銃は特別性、逃げるのは不可能」
銃口の照準が上がり、ジェイは引き金を引いた。
が、ジェイは俺を狙ったつもりだったのだろうが、俺が避けたことで舌打ちが聞こえた。
頭を狙うなんてどうかしてやがる。
弾は遺跡に命中すると破裂し、ツタが四方に這う。
「諦めなぁ。そのツタはちょっとやそっと斬ったくらいじゃあ斬れないからなぁ」
「そのようだな」
両足はツタで捕まっているが両手は健在だった。だが、レドックの言うようにアスティオンでいくら斬りつけようと切断出来ない。刃が通らない硬さのツタ。
「んっふ、諦めることも時には必要よ坊や。今言ったら許してあげるから、本物の籠手の在り方を教えなさい」
まず、女の質問がおかしい。そもそもその籠手が本物でないとして、あれほどーー50年以上もウォールノーンの開かずの扉奥にずっとあったというのか。
否、今、レドックが右手に付けている籠手は偽物のはずがないだろう。あれほど厳重な扉、結局、俺の能力である解錠であっさり開いたわけだが、それでも50年以上もの期間誰にも開けられなかった扉の先にあったもの。
精霊カーバンクルが扉の先にいて、俺とセシルがキューブ上の石にそれぞれ手を置いて姿を現した籠手。
偽物にこれほど厳重な管理体制があるとは考えにくい。
「その籠手が本物じゃなければ、俺は知らない」
「ジェイ、狙いを奴に合わせるんだ!」
三度目、銃口の照準が俺に向く。
なるほど、あれが噂に聞いていたプラントガンという代物か。植物エネルギーを強固に圧縮した弾丸は種のような形をしている。
動体視力がいいのは昔からだ。
「何をしたあ!?」
「何って言われてもな……瞬間移動?」
真面目に答えてやる必要もあるまい。
俺は回り抜けを発動して、ツタで捕まるメアの背後に移動。
「レイジュ!」
「任せてレドック様!」
女の方、レイジュが何かする気だ。
俺はメアの両足に絡むツタを斬った。
ちょっとやそっととか言いつつ斬れるもんだ。体制の問題だったか。
向かって来るレイジュの両手が赤く光る。
「メア!」
メアが俺に掴まった瞬間、速技を解放してその場を離脱した。
ジェイがプラントガンを撃っていたようだが、速技を解放した俺の速度には擦りもしなかった。
諦めたのか、メアを連れ去った張本人たちは俺たちを追っては来なかったのは幸いだった。
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