126 / 251
第126話 言い伝え
しおりを挟む凛が指差していた写真。
それは、保育園の運動会の写真だった。
母さんは高校を卒業して、すぐに父さんと結婚した。俺は、母さんが10代のうちに生んだ子だ。
若かったから、きっと子育てには苦労も多かったと思う。だけど、子供の俺から見た母さんは、優しくて、なんでも受け止めてくれる女神のような存在だった。
保育園で母さんのお迎えをまって、一緒に買い物して。お菓子をひとつ買ってもらって家に帰る。お風呂にも一緒に入って、夜は一緒に寝てくれる。
そんな毎日が永遠に続いて。
当然、ずっと俺を見守ってくれると思ってた。
母さんは俺が風邪をひいたら、ずっとそばにいてくれたし、俺が辛い時には、さっき凛がしてくれたように抱きしめてくれた。
「凛。それは保育園の運動会の写真だよ。俺、競争で転んでビリになっちゃってさ。母さんに絆創膏貼ってもらったんだ」
「へぇ。お母さん優しそうな人だねぇ。お母さんのこと好きだった?」
「あぁ。好きだったよ」
大好きだった母さん。子供の頃の俺はちゃんと気持ちを伝えられてたのかな?
あの時はビリだったけれど。たしか、母さんは俺の頭を撫でてくれて、折り紙で作ったメダルをくれたんだっけ。
不思議だな。
母さんのこと、ずっと全然思い出せなかったのに。凛といると、思い出せる。
凛は続ける。
「じゃあ、柱の傷は?」
「それは、俺の背が伸びると、母さんが印をつけてくれたんだ」
そう。毎年、母さんが印をつけてくれた柱。その印は、俺が小1のときの傷で止まっている。
母さんは俺が小1の時に亡くなった。
病気だった。
子供の俺は、母さんはすぐに退院して帰ってくると思ってた。だけれど、母さんが家に帰ってくることはなかった。
ある暑い日。
セミがみんみんと鳴いていたっけ。
母さんは俺の手を握って、俺を見つめて言った。
「蓮、あなたは優しい子。一緒に居れて、わたしは幸せだよ。だから、君には君……」
その言葉の続きは思い出せない。こんな大切なことを忘れてしまうなんて……。
母さんは俺の頭を撫でてくれた。
「これ誕生日のプレゼント。少し早いけれど、早く蓮くんが喜ぶ顔を見たいから、渡しておくね」
そして、キーホルダーを渡してくれた。
あれが最後の会話だった。
子供ながらに思ったんだ。
俺……、僕がもっと良い子にしていたら、お母さんは病気にならなかったのかなって。お母さんが死んじゃったのは僕のせいなのかなって。
そして、つらい気持ちが、わーっと押し寄せてきて、あんなに優しかったお母さんのこと思い出せなくなった。思い出せない僕は、きっと薄情で悪い子なのかなって。
俺は、気づいたら涙がポロポロと出て、子供の時に戻ったみたいな気持ちになって。凛のスカートを汚してた。
「りん、ごめ……」
すると、凛は両手で俺を包み込むように、ぎゅーって力いっぱいに抱きしめてくれる。
そして、頭を撫でながら、その粒の整った綺麗な声で囁いた。それは凛が知るはずのない言葉だった。
「れん。君は優しい人。わたしは君といると、いつも幸せな気持ちになるんだ。今日、もしわたしが死んでしまっても、その幸せな気持ちは変わらない。君は何も悪くない。だから、君には君自身を好きでいてほしいな」
……凛。
見上げると凛と目が合った。
下から見上げた凛は、さらにまつ毛が長く見える。少し目を細めて、あの日の母さんのような顔で俺を見つめている。
きっと、あの日の母さんも同じことを言ったのだろう。
今日もあの日と同じだ。
すごく暑くて、セミがみんみん鳴いている。
涙が堰を切ったように溢れ出て止まらない。悔しかった気持ちも、悲しかった気持ちも、自分を嫌いだった気持ちも。
全部、その涙に溶け出して、身体の外に流れ出ていくようだった。
凛は、母さんがしてくれたように、俺が落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。なんだか自分の中につっかえていたものが、少しだけ取れた気がした。
その日を境に、母さんとの記憶が、少しずつ思い出せるようになった。
凛とまた目が合った。
真っ直ぐに俺の顔を見つめるその瞳は、涙で潤んでいる。
俺は凛の濡れた頬を拭う。
「なんでお前が泣いてるんだよ」
「だって……」
凛は続ける。
「ねぇ。れんくん。わたしにできることとか、なにか欲しいものとかない?」
……もう十分もらってるんだけどな。
でも、やはり健全な男子高校生なら、アレしかないだろう。いまなら無茶なお願いもいけるかも知れない。
俺は情に流されて、このチャンスを逃したりはしない。
「……パンツ」
凛はすっとんきょうな声をあげた。
「は?」
「だから、凛が脱いだパンツ欲しい」
「……」
凛は、「はぁ……」とため息をつく。
俺は殴られるのかと思い、身構えた。
しかし、凛は予想に反して穏やかな声でいった。
「仕方ないなぁ。れんくんが、わたしのもっと大切な人になったら。いつかあげてもいいよ」
「ボク。いま、ほしいの」
どうやら調子に乗りすぎてしまったらしい。
凛は、がるるーと俺を睨む。
「ばかっ。変態!! しね……とまでは言わないけれど、もう知らない!!」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

ブラック労働死した俺は転生先でスローライフを望む~だが幼馴染の勇者が転生チートを見抜いてしまう。え?一緒に魔王を倒そう?マジ勘弁してくれ~黒
榊与一
ファンタジー
黒田武(くろだたけし)。
ブラック企業に勤めていた彼は三十六歳という若さで過労死する。
彼が最後に残した言葉は――
「早く……会社に行かないと……部長に……怒られる」
だった。
正に社畜の最期に相応しい言葉だ。
そんな生き様を哀れに感じた神は、彼を異世界へと転生させてくれる。
「もうあんな余裕のない人生は嫌なので、次の人生はだらだらスローライフ的に過ごしたいです」
そう言った彼の希望が通り、転生チートは控えめなチート職業のみ。
しかも周囲からは底辺クラスの市民に見える様な偽装までして貰い、黒田武は異世界ファーレスへと転生する。
――第二の人生で穏やかなスローライフを送る為に。
が、何故か彼の隣の家では同い年の勇者が誕生し。
しかも勇者はチートの鑑定で、神様の偽装を見抜いてしまう。
「アドル!魔王討伐しよ!」
これはスローライフの為に転生した男が、隣の家の勇者に能力がバレて鬼の猛特訓と魔王退治を強制される物語である。
「やだやだやだやだ!俺はスローライフがしたいんだ!」
『ブラック労働死した俺は転生先でスローライフを望む~だが幼馴染の勇者が転生チートを見抜いてしまう。え?一緒に魔王を倒そう?マジ勘弁してくれ~白』と、13話までは全く同じ内容となっております。
別の話になるの14話以降で、少し違ったテイストの物語になっています。
転移先は薬師が少ない世界でした
饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。
神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。
職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。
神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。
街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。
薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど

無能とされた双子の姉は、妹から逃げようと思う~追放はこれまでで一番素敵な贈り物
ゆうぎり
ファンタジー
私リディアーヌの不幸は双子の姉として生まれてしまった事だろう。
妹のマリアーヌは王太子の婚約者。
我が公爵家は妹を中心に回る。
何をするにも妹優先。
勿論淑女教育も勉強も魔術もだ。
そして、面倒事は全て私に回ってくる。
勉強も魔術も課題の提出は全て代わりに私が片付けた。
両親に訴えても、将来公爵家を継ぎ妹を支える立場だと聞き入れて貰えない。
気がつけば私は勉強に関してだけは、王太子妃教育も次期公爵家教育も修了していた。
そう勉強だけは……
魔術の実技に関しては無能扱い。
この魔術に頼っている国では私は何をしても無能扱いだった。
だから突然罪を着せられ国を追放された時には喜んで従った。
さあ、どこに行こうか。
※ゆるゆる設定です。
※2021.9.9 HOTランキング入りしました。ありがとうございます。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
ヒロインは始まる前に退場していました
サクラ
ファンタジー
とある乙女ゲームの世界で目覚めたのは、原作を知らない一人の少女。
産まれた時点で本来あるべき道筋を外れてしまっていた彼女は、知らない世界でどう生き抜くのか。
母の愛情、突然の別れ、事故からの死亡扱いで目覚めた場所はゴミ捨て場、
捨てる神あれば拾う神あり?
人の温かさに触れて成長する少女に再び訪れる試練。
そして、本来のヒロインが現れない世界ではどんな未来が訪れるのか。
主人公が7歳になる頃までは平和、ホノボノが続きます。
ダークファンタジーになる予定でしたが、主人公ヴィオの天真爛漫キャラに ダーク要素は少なめとなっております。
同作品を『小説を読もう』『カクヨム』でも配信中。カクヨム先行となっております。
追いつくまで しばらくの間 0時、12時の一日2話更新予定
作者 非常に豆腐マインドですので、悪意あるコメントは削除しますので悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる