百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第120話 優位性

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「準備はいい?」

「OK!」

メアの問いにフィラは準備運動をしながらそう返事をした。

「なあ、やっぱりやめないか? 技能と能力を比べるなんて、意味ないと思うんだが」

俺たちは今、エルピスの街の巨大門前にいる。
そして今回フィラとする勝負のルールーー俺とフィラ、どちらが早く橋の向こう側に着けるかというもの。

「なあに? もしかしてシンちゃん、私に勝つ自信ないとか?」

「そういうことじゃなくてだな……俺の能力、回り抜けは“速さ”とかの概念じゃないんだ」

俺の能力である回り抜けは、触れた相手の背後に瞬時に移動出来るというもの。
速さどうこうというより、時空を瞬時移動する、速さとは異なる事象。

「私は正直ね勝っても負けてもどっちでもいいよ別に。そりゃ勝ちたいけど、本音言うとね、ただシンちゃんの能力見たいってだけだから」

フィラは準備運動が終わったようで、スタートラインに着く。

「ほらっ、シンも」

「分かったよ。それじゃあ頼んだぞ、セシル」

「はーい!」

セシルは跳ねるように橋の上を駆け、忍びのように駆ける音もしない。

「セシルちゃん速いわね……彼女も後で私と勝負しようかしら」

フィラは俺の隣で独り言。

フィラも昔よりずいぶん大人びた雰囲気になっていると思ったが、心はまだ昔と変わっていないところがあるようだ。
勝負気質ーーよくウェストランドに訪れた勇者たちと速さ対決をしていた。しまいには自分に勝った者には賞品をあげるなどと、割と大きい規模で速さを競う大会をエルピスの街中で開いていた。

「フィラ、勝負は俺だけにしてくれ」

「き、聞こえてた? テヘッ!」

「……フィラ」

今のその照れをワグナーやエルが見たら大喜びしそうだ。
と、そうこうする間にセシルが橋の反対側に着いたようだ。

「着いたようね。シンちゃん、私負けないよ!」

「フィラさん頑張って!」

結局やるしかないようだ。

「フィラと勝負か……」

俺がまだ勇者ランク2だった頃、ウェストランドに来た時にフィラと速さの勝負をしたことがある。
その時はフィラが俺の実力を見てみたいということだったので快く引き受けたのだが、当時のフィラの勇者ランクは6、勝負にすらならない。
その場にいたワグナーは大爆笑し、フィラは仕方がないと言っていた。ただ、それでもランク2の勇者にしては速い方だとも言っていた。

「合図は私の氷塊が湖に落ちた時」

そう言って橋の上に向かったメアは湖側の空中に向かって手を差し出した。

「フィラさ~ん! 頑張って~!」

「お前も負けんなよ! けどあのフィラが相手じゃな。まっ! 頑張れ!」

いつの間にか巨大門の周りに大勢のギャラリーが出来ていた。
フィラはこのエルピスの街で相当な有名人らしい。俺じゃないことは確かだ。

“電光石火のフィラ”、そんな異名が付くのも頷ける事実を俺はフィラに助けられた時に垣間見ている。
それにもう一つの事実ーーフィラは俺がバタリアで対戦した魔物撲滅本部の人間であるクランと同じ組織にいたということ。そう考えるとやはり勇者フィラの実力は相当なものだと考えられる。

眼つきが変わるフィラ。メアが空中に作り出した氷塊が湖に落下していく……体感時間がスローモーションのように感じる。

氷塊が湖に落ちた瞬間フィラの姿が消え風が巻き起こった。

「なんて速さなの……」

メアが呆けるように唖然とした様子を見せる。

橋の上を行くフィラが見える者はこのギャラリーを含めて何人いるだろうか。
速技を解放しているだろうフィラは橋の中間地点に近づいて行く。

「おいあんた! なんで行かないんだ!?」

ギャラリーの中、1人の男がそう俺に言った。

「ん? まあなんだ、ハンデだな」

「はあ!? あのフィラにハンデだと!? 馬鹿も休み休み言えよ!!」

ギャラリーが大笑いし出す。

まあそうなるよな。俺が知る限り、フィラの速度は今まで会った勇者の中でもずば抜けている。最もフィラより早い老人を俺は知ってるがあの人は勇者じゃない。戦いの鬼でありながらも、地上で2番目に速い俺の師。
昔、まるで分身するかのように魔物の群れを葬ったのを見た時は鳥肌ものだった。

「シン!」

メアが叫んだ。

俺は頷き、吐く息を整える。

俺が回り抜けの能力を発動するのはフィラが橋の反対側に着く手前。曖昧な表現だが何メートルというのは見える範囲では分からない上、フィラが橋の反対側に着いてしまってからではもちろん遅い。
回り抜けの能力は、俺が触れた対象を視覚で認識して尚且つ能力発動範囲にいることが条件。巨大門から架かる橋の長さは300メートルと長いが今の俺だと十分能力発動可能範囲内。
ただし対象との距離が開くほど魔力の伝達は必然的に遅れてしまう。
その為、これらを踏まえた上でフィラが橋の反対側に着く手前という表現をした。

後何十秒……いや、何秒か。

フィラは橋の反対側に着きそうな勢い。

「悪いな、フィラ」

言って回り抜けを発動した。
流れ出る魔力……セシルがいる位置まで光の矢が放たれるかのごとく繋ぎ結ぶ。

目の前の景色が巨大門に架かる長い橋からだだっ広い草原に瞬時に変わった。
そして時を遅れて俺の横を通過した者は止まり、俺の方を振り向いた。

「はぁはぁ……え……えちょっと待って……早過ぎるよ!」

若干バテている様子を見せるフィラ。

「だから初めに言っただろ? 俺は能力、フィラのは技能、比べる対象がそもそも意味がない」

俺は魔力20を消費して回り抜けを発動しただけ。魔力の消費量は対象との距離によって増減する。回り抜けは対象との距離が遠ければ遠いほど消費量は多くなり、近ければ少なくて済む。

「それはそうなんだけど……そんな能力って有り!?」

「有りだ」

ガックリと肩を落とす様子のフィラ。本心では負けない自信があったのだろう。

「シンが勝った! シンが勝った!」

セシルが跳ねて喜んでいる。

「ゔゔゔ~、じゃ、じゃあ次はシンちゃんも速技使って!」

「また今度な」

フィラとの速技対決か。これは流石に負けるだろうな。
いや、どうだろう。やってみなくては分からないが、今それどころじゃないよな。

「皆んな~! どっちが勝った~!?」

ようやく来たメアは橋の上を走りながらそう言った。

「シンー!」

セシルは叫び喜び、フィラは残念そうにしながら俺を指差す。

「フィラさん負けちゃったの!? 私ぜっったいフィラさんが勝つって思ってたのに! シン謝って!」

「なんでだ」

確かに俺としても、正直、勝つかどうかなんて分からなかった。新聞の記事で”電光石火の勇者現る!?”なんて表紙を見てフィラだと知った時は思わず口に含んでいた珈琲を吹きそうになった。
そしてその記事の内容は『エルピスの街のギルドマスター、魔物撲滅本部に正式入隊が決定』と書いてあったのだから本当に珈琲を吹きそうになったことを覚えている。

「ははは、もういいよメアちゃん。私の負けは負け。良い勝負だったよ、シンちゃん」

「ああ」

これを勝負と言っていいものか些か疑問ではあるが、フィラがそう思うのなら俺は何も言わない。

「賞品はそうね……」

「賞品!? やったー!」

「セシルじゃないでしょ。フィラさん、そんな賞品なんていいですよ」

「そうだぞフィラ。俺は何も賞品が欲しくて勝負を引き受けたわけじゃない」

「でも……あっ! そうだ!」

何か思い付いたようにフィラが俺の耳元に近づき話す。

「何話してるのよ!」

「今夜、私と寝るってのはどう? だってー!」

獣人の聴力ってのは厄介なものだな。

「あっ! こら言っちゃダメだって! ……シンちゃん、今言ったことは冗談だからね?」

と頬を人差し指で掻きながらフィラは言う。

「分かってるよ」

フィラがたまに言う冗談は冗談に聞こえない時がある。
現に俺が勇者ランク2の頃の話ーーウェストランドには簡易宿泊が出来る2階があってフィラは寝室で寝るワグナーのベッドに忍び込んだことがあった。
翌朝、ワグナーは大喜びしていたのだが、その話を聞いたフィラはワグナーが連れ込んだと喧嘩になったこともあった。

睡眠時遊行症ーー夢遊病と呼ばれる睡眠障害をフィラは抱えていた。日頃のストレス、精神的に来る問題、そういった心の葛藤が寝ている最中に出てしまうことが原因とされている。

フィラ自身には夢遊病の自覚はなかったそうで、ワグナーと和解するのに割と長い時間がかかったと等の本人は話していた。
そしてフィラの夢遊病は俺の寝ていた場所でも起こり、初めてフィラに痛い傷痕をつけられたこともあった。夢遊病が原因と分かっていたそうだが、それでも反射的にやってしまったそうだ。今ではすっかりその傷痕は癒えているのだが、思い返す度にフィラの不安そうな表情、そして怖がる表情が思い浮かんでしまう。

元々孤児だったフィラ。過去に何があったのか今も俺は知らないが、いつかは話してくれると信じている。命を助けられた恩人だ、俺の出来ることならなんでもしてやりたい。

そうしてギャラリーたちが集まる巨大門とエルピスの街を背景に橋の上を歩いて行く。

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