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第117話 1ファン
しおりを挟む「そうなんだよ! やっぱり俺の相棒はエルしか居ねえ! お前もいつか良い相棒見つかるといいな!」
ウェストランドへ着いて入るなり、そんな会話が聞こえて来た。
ワグナーは席を囲んでいるグループの1人の背中を軽く叩いて別の席に着く。
ワグナーの声はでかいから、風貌も目立って直ぐ分かる。
「ワグナー、戻った」
「帰って来たな! ……シン、その美人は何処の誰なんだよ!」
ワグナーは俺の元に駆けて近寄るなり小声で話す。
「俺の旅仲間のメアだ」
「メアよ。あなたは?」
ワグナーはメアを見つめ、表情が固まる。
「ワグナー、どうしたんだ? まさかメアに見惚れていたなんて冗談はやめろよ?」
そう言った時、背中あたりに痛い冷気が走る。振り返ると、表情を引きつらせて微笑するメア。
「仲が良いんだな」
「どこが」
メアが腕を組んでふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
「俺はワグナー。昔こいつがこのギルドに来た時に知り合った。言ったら兄弟? そんな関係だ」
「へえ……あなたがシンと……全然似ていないけど?」
「例えだ」
ワグナーとは勇者ランク2以来会っていない。兄弟というより、深い顔馴染みといった方がいい。
「あらシンちゃん、戻ったのね」
エプロン姿で出て来たのは、このウェストランドのマスターであるフィラだ。ウェストランドはフィラ自身の住まいでもあり、カウンター奥に続く通路から2階へ行ける。
「シンあの人は誰なの?」
「このギルドのマスターだ」
メアがこそこそと俺の耳伝いに話す様子を見てか、フィラはにっこりとした表情を向ける。
「世間は広いのね……あんなひょろっとしたお姉さんがギルドのマスターだなんて」
よくそんなこと本人がいる場所で言うな。
俺の記憶上ではギルドのマスターと言うより、猛獣雷虎を相手に帰って来た勇者という認識が強く残っている。
当時、フィラの勇者ランクは聞いていなかったがレベル56の雷虎を相手に出来る実力。それからずいぶん時間も経った。
「よっと!」
フィラがカウンターを軽く飛び越えて向かって来る。身構えるメア、俺の背後に隠れるセシル。
「フィラ=ティスア。自分で言うのも変だけど、“電光石火のフィラ”なんて呼ばれているのよ」
「電光石火……ああ~!! 知ってる~! シン、この人、魔物撲滅本部にいた人よね!?」
俺は頷いた。
「初めまして! 私、メア=ハートって言います! 昔からあなたのファンで、ず~っと会いたかったんです!」
メアはがっしりとフィラの両手を掴む。
「あ、ありがと」
まあ、メアのようなファンもいるだろう。”電光石火のフィラ“と言われていたことは当時俺がこのギルドに来た時に聞いていた。
俺も実際みたのは雷虎に襲われて助けられた時くらいだが、そう呼ばれるのも頷けるものがある。
この前アイスベルク山脈で会ったルベルトは、技のバランスを撃技に寄せていた。
”電光石火のフィラ“などと呼ばれるくらいだ。早い話、技のプラス値を速技に寄せているのだろう。
フィラが困った表情で俺に助けを求めるように見てくる。
それでもメアはお構いなしと言わんばかり、普段見せないような喜びの表情をフィラの間近でする。
「シンちゃん~」
「くくっ……なっはっはっ! いや! これは違うんだ! ……ごめんなさい」
フィラがワグナーの方を鋭い眼光で睨んだ。
フィラの困った表情、ワグナーも耐えられなかったのだろう。
メアがフィラの両手をようやく解放し、満面の笑みを浮かべる。
「やっと逢えた……シン、あなたと旅をしていて初めて良かったって思ったわ」
「はは……」
よほどフィラに逢いたかったのか。俺には誰かのファンなんて気持ち全くないからそう喜ぶ感情が理解出来ない。
フィラに憧れて勇者になった者たちも多いと聞くし、メアの気持ちも分からんでもない。
姿を一切表に見せないフィラに見えない魅力を感じるのだろう。
セシルには警戒されてメアには喜ばれる。フィラはやれやれといった様子でテーブル席に座る。
「私もね、私でいろいろあるのよ。あの所長、また私に面倒押し付けて」
1人で何か言い出した。
「……フィラ、もしかしたら俺、フィラと会うのも今回で最後かもしれない」
俺がそう言うと、フィラは独り言をやめる。
「……魔王の城ね。分かってる、それはあなたが決めた事だし、私がとやかく言うつもりなんてないよ」
「違うぞフィラ。言っただろう? 俺はシーラ王国のアリス王女」
「それは違う。私が知ってるシンって勇者は一国の姫さまに頼まれた任務だからって従うような男じゃないよ」
「フィラに俺の何が分かるって言うんだ」
アリス王女から魔王の城に眠る秘宝を盗むように頼まれてもう随分経つ。それでも、あの時のアリス王女の圧力は今でも覚えている。異常な程の殺気を昨日の事のように思い出してしまう。
「……メアさん、シンのことお願いしますね」
「はい」
メアはそうシンプルな返事をした。
「それにセシルちゃん、もしピンチになるようなことがあったら遠慮なんてしないでいつでもシンの後ろに隠れるのよ」
どこかで聞いたなその台詞。
「セシルは戦える! これからもっともっと強くなって2人を……ううん! 他の仲間も救えるくらい強くなる!」
「頼もしいのね。シンちゃん、良い仲間を持ったのね。良かった、もう1人じゃないんだね」
昔の俺は仲間など居らず、ただ1人勇者として旅をしていた。その後の旅路でメアとセシルに会って、俺に仲間が出来るなんて一ミリたりとも想像出来なかった。
1人勇者として旅をし続け、そう……そんな生活が続くと思っていた。人生とは何が起こるか分からないものだ。
そう考えると、シーラ王国の兵士たちに捕まってアリス王女から任務を頼まれなければこうしてメアやセシルと会うこともなかっただろう。
「そうだな、メアとセシルにはいろいろと感謝してる」
振り変えれば、サギニの森でスカルエンペラーに襲われて絶体絶命の時、メアがいなかったら俺はもうこの世にいなかったかも知れない。
セシルもメアにとっても大きな存在になっているはずだ。男1人と女1人の旅より、同じ性別の者が居た方がメアも安心出来るものがあるだろう。
もちろん俺もそうだ。ずば抜けた格闘センスを持つセシルがいれば、近距離戦での戦いに有利にもなる。
それだけではない。俺がもし魔王の城までずっと1人で旅をしていたら、何処かで心挫けて折れてしまうことも考えられる。魔物という負のエネルギーは、人の心をいとも簡単に飲み込んでしまう。
そういう意味で言うと、セシルも、そしてメアも居てくれて本当に感謝しているというのが本音だ。
「そんな面と向かって言われたら照れるじゃない」
メアは顔を背けるが、セシルは両手を体の前に倒してクロスするようにして握り尻尾を揺らす。
「そうだ、フィラに聞きたいことがあるんだ」
「何? 何でも聞いてよ」
「この街に犯罪者が居ると耳にしたんだが、本当なのか?」
大きく今まで話していた内容と変わってしまった。
「残念ながら本当よ。私が知っている限りではA級犯罪者が2人、このエルピスの街の何処に潜んでいるらしいのよ」
「……そうか」
やはり、居てしまったか。A級犯罪者が2人、また面倒にならなければいいが……まあ犯罪者相手では無理な話だろう。
「知ってることなら話すよ?」
「頼む」
フィラが座るテーブル席に行く。
ワグナーは壁を背にもたれるようにして、腕を組みながら俺たちがいるテーブル席の方を見ている。
「今、この街は」
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