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第110話 勇者の在り方
しおりを挟む俺たちは草原を歩いている。
其処には一切の障害物すら見えず、ただただ其処に草原があるだけ。
エルピスの街へ行くまで、このだだっ広い草原を進んで行く。
地上の大半はこうした大自然で、人工的に作られた建造物は数えるほどしかない。
先人が築き上げた建造物を今も使用している人々もいるが、古く脆くなった建造物を捨て新たな生活へ移動した人々が圧倒的に多い。
そうした建造物を勇者として旅をする中何度も見て来た。
しまいには誰も住んでいない建造物に魔物が住んでいた、なんてことはザラにあった。
俺がサギニの森の奥で見た建造物もそのうちの一つ。
魔物が人間社会を侵食し始めて、その活動領域は広まっていくばかり。
もちろん世界の国々が総力を上げて魔物を駆逐していると聞くが……
その成果を知っても、数えるほどしか出ていないようだ。
「青い」
「青いね」
「青いな」
セシルが言い、メアが言い、俺が言う。
しばらくの間草しかない草原を歩いていると、ぽつりと現れた青い物体。
それは上下運動を繰り返して、びくりと反応して俺たちの方を振り返る。
スライム
LV.3
ATK.5
DEF.2
魔物の中で最も最弱とされるスライム。
青くぶよぶよとした体、攻撃性の全くない瞳。体長、およそ30センチ程度の魔物。
「ピギャ!」
スライムが俺に体当たりして来た。ふにゃりとした体がひんやりと冷たい。
「俺とやろうってのか?」
本来、半数近くの野生の魔物は、少なからず相手の力量を察知する能力を備えており、自身より勝る相手と本能的に認識すれば向かってくることは少ない。
それは魔物レベルが上がって行くにつれて顕著に見られる。
ただしスライムの知能指数は極めて低い。一度、攻撃と思われる体当たりをしてからしつこくふにゃふにゃの冷たい体を当てて来る。
「可愛い! セシルこの子飼いたい!」
「セシル、その気持ち分からなくもないけど、これでも魔物なのよ? ……確かに可愛いけど、魔物は魔物。……でも、今回はその可愛さに免じて見逃してあげる」
「ピョ?」
スライムが高い声をあげてそう鳴くが、また俺の方へ向きを変えノーダメージの体当たりをしてくる。
こんなの、討伐する気も起きやしない。
「ピギャ!!???」
その時だった。
スライムが一瞬にして弾け飛んだ。その勢いでスライムの青い一部が辺りに散乱した。
「誰かいる!」
セシルが雲一つない青空を指さした。
「あいつがやったのか」
「見るからにそーでしょ! あーもうっ! 服がベチョベチョ!」
スライムが弾け飛んだ勢いで、青い体の一部がメアの服を含めて俺やセシルの服にまで及んでいた。
そしてスライムを殺したであろうその者は、奇怪な乗り物ーー魔物と共に視界で確認出来る範囲まで降りて来た。
「ちょっとあんた! いきなり何するのよ! 私たちが見えなかったの!?」
「喚くな牝。俺がいつ何をしようと俺の勝手だ。それにその液体を殺ったのは俺じゃない、こいつだ」
その者は自らが股がっている魔物の頭を撫でる。
ワイバーン(従属)
LV.80
ATK.97
DEF.69
「へえ……だったら、勇者の俺がその鳥を斬り落とそうと文句はないな?」
アスティオンを抜く。
「それは別に構わねえがよ……その時はきっちり落とし前つけさせてもらうって話だぞ?」
ワイバーンに乗った者は、見下すような感じで言った。
「えっらそうに何よ! まず! そんなところから話してないで降りて来なさいよ! それとも何? 3人もいるから怖気ついて高みの見物ってわけ?」
メアも何でそう挑発をするかな。こいつがまだ得体の知れないうちは様子見がよさそうな感じはするが……だが、俺も俺だったな。
……しかしこいつ、人間か?
そう感じたのは、俺たちと同じ人間と思わなかったからだ。見た目は明かに人間ではあるのだが、中がどうも……
「でけえ声出すなや。だから牝は嫌いなんだ。分かった分かった降りてやる」
その者は面倒くさそうにしてワイバーンの頭を軽く叩く。
レベル80のワイバーン、その翼の力で起きる風力は強い。
メアの青い髪が大きく靡き、セシルの毛が風力に押されるように靡く。
「よっと! ほら、降りてやったぞ。にしても、地面なんぞ降りるもんじゃねえな」
ゴキゴキと首を鳴らし、着いた足でぐりぐりと草原の草を踏む。
「……お前、そのワイバーン、血の契約をやったのか?」
「血の契約ってレベルが言ってた、あの」
血の契約ーーそれは、俺とメアが大空洞パルセンロックで出会ったレベルから聞いたこと。
瀕死状態の魔物に自らの血液を与えることで、成功すればその魔物と従属関係になるというもの。
異常なほどにレベルの高いワイバーンに乗っていた者は拍手をする。
「ご名答。何処で知りやがったか……カルギアの奴、だからあれほど周りをよく見ろと……」
カルギア、こいつの仲間だろうか。
にしても言ってることやってること、レベルの言ってたこととドンピシャだぞ。
風が止み、草原の音も静かになる。
「聞くが、お前は勇者なのか?」
「ん~? 気になるか? そうだ、俺は勇者。ジバルドって言やあ、知ってる奴は知ってる」
ジバルド……記憶を辿ってみる。
「知らないな。メア、知ってるか?」
だが、思い浮かぶ者は出てこなかった。
「いいえ、悪いけど私も知らないわ。まあ! いきなり攻撃して来るような奴なんて知りたくもないけど!」
いやに高圧的だな。そんなに服をスライムまみれにされたのが気に障ったのだろうか。
「ふん、ただのスライムなんぞ殺った内に入らん。せめてボマースライムレベルのスライムじゃなきゃな」
ボマースライムーー爆弾魔の通り名を持つボマースライムは、一度爆発すれば周囲およそ200メートルのものを破壊すると言われている。
また、その爆発によって引き起こされた音はおよそ5キロ先まで届くそうだ。
なるほど、ボマースライムを話に出すところ、勇者ランクも相当高いと見える。
「まあ、魔物を殺るのに深い理由はいらない。たとえ不意打ちだろうとなんだろうと、勇者は魔物を討伐するのが仕事だからな」
「分かってるじゃねえか。ただな、さっきも言ったがスライムを殺ったのはワイバーンだからな? こいつはな、弱え奴を見ると殺したくなる性格なんだ。大目に見てくれよ」
魔物が魔物を殺す、別に不思議なことではない。
同じ魔物同士だとしても弱肉強食の世界が存在し、強者を筆頭とするピラミッドが存在している。
「だからって! そんな高いレベルのくせに、たったレベル3のスライムを殺る必要があったの!?」
「うるせえな。いいか? 牝。この腐りきった世界で生き残る術ってのはな、常に強者側に付くことだ。スライムなんぞそもそも普段から思考すらしねえクズの魔物だから、殺られても文句は言えねえんだよ。その点、このワイバーンはよおく理解している。俺が殺そうとした時、みっともない声出しやがった。しゃあねえから、俺がこうして従順なペットにしてやったまでよ」
ジバルドは草を蹴り上げ跳び、ワイバーンに着地する。
「趣味悪いわ! 私、あんたみたいなのが1番嫌いよ!」
「俺もだ、ぎゃーぎゃーうるせえ牝は特にな。本当なら、ここでてめえを斬り殺してワイバーンの餌にしてやりてえところだが、あいにく今日は急いでるんでな。それに血の契約を知っているんだ、尚更皆殺しにしたいところだが今日のところは引いてやるよ」
ワイバーンに合図を出して高く飛び上がる。
「お前に一つ忠告してやる」
「あん?」
空中でワイバーンが羽ばたきとどまる。
「強者がいつまでも強者でいられると思うな。強者なんてのは立場を変えれば意図も簡単に崩れ去り弱者になる」
「くっ……はーっ! はっはっはっ! 言うじゃねえか! 何処の馬の骨とも分からねえ奴が! お前、名を言ってみろ」
「シン」
「シンか……いいだろう。その考えが通用するかどうか、この時代の先を見て今言ったことが間違っていたと後悔するがいい!」
そう言い残し、ワイバーンに乗ったジバルドは空の彼方へと消えて行った。
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