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第109話 人間と魔物
しおりを挟む「シン! あの人助けなきゃ!」
セシルが走り出した先には必死になって逃げる人間を追っている巨人族に属するオーガ。
「ひどい!」
メアが顔を背ける。
オーガが逃げる人間を殴り殺したのだ。まるで、地面に叩きつけられた蚊のようにぴくりとも動かない。関節がありえない方向に曲がってしまっている。
オーガは地面に叩きつけられて即死した人間を拾い上げ、ギリギリと歯軋りをして投げ捨てた。
セシルは呆然と立ち尽くし、肩を落とす。
魔物が人間を襲うのは何度も見てきたが本当に気分が悪くなる。
今襲われたのは勇者でもない、ただの一般人だろう。
「魔物! くっ! 魔物なんて!」
セシルは正義感からか声を荒げオーガの方へ駆けて行く。
オーガ
LV.71
ATK.102
DEF.69
攻撃力が100越え。
セシル1人では厳しいな。
セシルはオーガの背後に回り込み跳躍、ガラ空きのオーガの後頭部を狙う。
それほど素早さが高くないオーガにとってはセシルの動きにはまるで追いつけていない。
「やった!」
と、メアがそう言った。
セシルが空中で体勢を変えて上段蹴りをオーガに打つ。
「甘いな、あの程度の攻撃じゃあオーガは倒せない」
オーガの弱点は確かに頭だ。だが、セシルの攻撃では脳震盪すらオーガは起こしていない。
オーガと距離をとったセシル。
「セシル撤退しろ!」
「でも!」
よほど死んだ人間を助けられなかったことが悔しかったのだろう。
セシルは拳を握り締める。
「私が行くわ!」
「いや、俺がやる」
別にオーガに恨みがあるわけではない。
別に1人で戦いわけではない。
ただ、悲痛な思いで死んだ人間の弔いくらいしてやりたい。
俺が出来ること。
それは地面を揺らすほどに暴れ動く巨人を葬りさること。
ここは一つ勇者として、そしてセシルやメアにも改めて魔物という存在を認識してもらいたい。
これは上から目線の物言いではない。魔物が人間を殺す、これが当たり前になっている狂気の時代に俺たちは生きているんだともう一度2人に知ってほしい。
「セシル! こっちへ!」
メアがそう呼ぶ。
悔しそうに後ろを振り返るセシル、すれ違い際にうっすら見えた涙。
気持ちは分からなくもない。もう少し早ければ救えたかもしれない。救えなかったことへの無念さ、悲しみ、怒り、いろいろな感情が沸き起こっていることだろう。
「ヴヴヴヴ……ガアアアッ!!」
俺の前に立ち止まったオーガは見下ろすように見た後、先ほど殺した人間と同じように攻撃して来た。
およそ6メートル強あるオーガから繰り出される拳は迫力が半端ではない。並の者ならすくんで動けなくなってしまう。
「ガアッ!?」
それはオーガにとっても予想だに出来なかったことだろう。間抜けな声を出したオーガは現状を理解しようと必死のようだ。
俺は守技+6を解放して、アスティオンを盾にしてオーガの拳を防いだ。
「殺せない人間がいてそんなに不思議か?」
オーガは魔物の中でもかなり攻撃的な奴で、獲物を見るなり襲って来る乱暴者。たちが悪いのは、主に狙うのが勇者でも兵士でもない一般の人々。新聞で魔物の被害が出た記事を見かけた時、たびたびオーガの名前が出る。
また村人がオーガに襲われた、そんなタイトルがついた記事を何度も見た。オーガは知っているんだ。村には弱い人間がいることを。
「手伝うわ!」
メアが自らの長剣を抜いて走り出す。
「来るな! 俺がやると言ったろ? 魔物と戦うこと……それがどういうことか。今一度その目で見ろ!」
別に1人で戦いたかったからそう言ったのではない。
メアにしてもセシルにしても、まだ感情で動いてしまうところがある。俺もそうなる時が無いとまでは言えないが、それはごく一部の状況でしかない。
魔物が来る度来る度に感情的になって動いていては、正直、それほど危なっかしい戦い方はない。
止めているオーガの拳から肩付近にかけて一閃の斬撃が迸る。
「グオオオオウ!?」
オーガが右腕を押さながら後ろへ数歩後退する。
俺はすかさず怯んだオーガの両足を一閃。そこから休ませることなく初撃の一閃から撃技のエネルギーを流しておいた破鎖の斬撃をオーガの頭へ真正面から放つ。
それはまるでゾンビが高威力の拳銃で頭を撃ち抜かれたように一瞬にして吹き飛んだ。
あたりに汚らわしいオーガのどす黒い緑の血が飛び散った。
俺も俺でここまであっさりオーガを討伐出来るとは思っていなかったが、これで今の自分の力の位置がだいたい掴めた。
まあ、最も負ける気はさらさらなかったが。
「シン、容赦なさ過ぎるわ」
「まあな。でもこれで、死んだ人間の弔いくらい出来ただろう」
さっきオーガに殺された人間の元に行くと原型が無いほどに見るも無残な姿になっていた。
顔を両手で覆うメア。セシルはそうしない。
俺たちはその場で深く穴を掘り、オーガに殺されてしまった人間を埋葬する。見た目はまだ若い男だった。その後、近くに咲いていた花を幾つか摘んでそっと地面の上に置いた。
「こんなところに埋めてごめんね。だけど、あなたの仇は彼が討ったから」
本当なら死んでしまった彼の家族の元に返してやりたいのは山々だったが、死体を担いで移動は出来ない。
「セシル、救えなかったのは残念だったと思う。でもな、襲われている人間全てを救おうなんてセシルが考える必要はない」
良心に従って行動するのはいいことだ。別にそのことに関して俺がとやかくセシルに言うつもりはない。
だが、セシルにはどうもまだ考えが甘いところがある。
助けられる人間は救う、それには俺も強く共感するが、それが出来なかった時、優しい者は強く自尊心を傷つけてしまう。
セシルは優し過ぎる。バタリアで出会って今までずっと共に旅をして来て、セシルの優しさは肌身に感じて来た。
「セシル、シンの言うことは最もだと思うの。助けられる命は助けたい、それは私も一緒よ? だけどね、セシルがそこまで落ち込む必要はないのよ。言い方が少しキツくなっちゃうけど、あなたはあなた、彼は彼なの。何の理由があって魔物がいるこのフィールドへ出たのかは分からないけど、それはセシルとは全く関係のないこと。魔物に敵わないなら、そもそも魔物がいるフィールドには出ない選択をするべきだったわ」
「そう言うことだ。死人に口無し、何かしらフィールドに出る理由があったにしろ、自己責任以外の何者でもない」
「うん、分かってる!」
セシルがそう言うなら、もう何も言うことはないのだが。
「よし、じゃあさっさと次の街へ行こうか」
気持ちを切り替えて、俺たちはエルピスの街を目指して歩みを進めた。
◇
「セシル、ほ~ら、もうすぐ美味しいものが食べられるよ。だから、ね? 元気出して」
セシルはまださっきのことーーオーガから救えなかった人間のことを気にしているのだろう。
何処の誰とも分からない人間の上、同じ種族ですらない者に心を曇らせる様子は見るに耐えないものがある。
上の空という感じで、うんともすんとも言いやしない。
「……そう言えば、エルピスの街には獣人がいると聞いたな」
嘘ではない。確かな情報だ。
「ほんとう?」
やっぱり興味を持ったか。
「シン、本当なんでしょうね? もし、嘘だったら私の手から氷が飛び出すことになるわよ?」
「嘘じゃない、確かな筋からの情報だ」
「ふ~ん、確かな筋ね。でも私、昔からエルピスの街には行ってみたかったのよね」
エルピスの街ーーシーラ王国と親交の深いソフィア王国が管理している街。もちろん魔防壁も張られており人々が移住したい街ランキング第2位となっている。
「エルピスの街……早く行こう」
セシルがいつもの様子に戻った。
歩く道からエルピスの街はまだ遠く、少しばかり歩くスピードを早めて進んで行く。
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