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第106話 道しるべ
しおりを挟む翌日、ウェストランドに行くとフィラは誰かと話していた。
「来たね。てっきり、もう街を出ちゃったって思った」
「明日来ると言っただろ」
フィラは微笑し、隣にいた女に話しかける。
「どうも、ここでフィラの手伝いをしているロリスよ。昨日はフィラのおかげで命拾いしたようね」
どうやら、フィラは俺の話をこの女にしたようだ。
目か大きく、フードパーカーを袖を通さずに着ている。
「別に話しても良かったよね?」
「出来れば言わないでほしかったな」
「気にしなくていいよ少年。フィラはギルドのマスターしてるけど、1人の勇者でもある。勇者が勇者を助ける、こんな時代だからこそだと思う」
うんうんとロリスは1人頷く。
「ところでキミはナイトウォーカーなの?」
「いや」
「そう。だったらなんであんな真夜中に?」
「迷ったんだよ」
「迷ったって……魔力時計も持たないで旅をしているの?」
「行き当たりばったりの旅だからな」
方向音痴というわけではないが、空の森は霧がある分視界があまりよろしくなかった。加えて夜中だったこともあって行く道が分からなくなってしまっていた。
フィラは軽くため息をつくなり、身に付けていた物を外す。
「ほらっ、私の魔力時計あげるから。これで次からはあんな場所で迷わないでよね。あそこには雷虎の他にも危ない魔物もたくさんいるから」
フィラからブレスレットのような物を受け取った。
その中心部には丸く装飾されたケースのようなものの中に針が2つある。
「魔力時計?」
この時の俺は魔力時計という存在を知らなかった。
魔力時計はフィールドで正確な時間を確認することに加えて正しい方角を常に示す。
魔力の少ない一般人も使える便利アイテムだ。
農村で長く過ごしていると、日が登れば起きて沈めば眠る。
方角なんて村にいるからさして気にする必要もなかった。
「知らない? 時間がいつでも分かる優れものよ。行き当たりばったりの旅の勇者にはぴったりだわ」
「余計なお世話だ」
そう言って俺はフィラに突き返した。
「返品不可!」
そう言ってフィラは受け取ろうとしない。
しぶしぶ受け取った魔力時計を腕にはめると、魔力時計の右から左まで青い光が一直線に走る。
「今の光はなんだ?」
「連結したのよ。魔力時計は時間の確認と方角だけじゃない。小さいけど、少し出ているところがあるでしょ? そこ押してみて」
魔力時計のちょうど手前、6時を示すⅥの下あたりに小さく出っぱった部分がある。
「こいつは昨日の……」
それを押すと、ホログラムウィンドウが表示され、雷虎が戦う姿が映し出された。
表示されたホログラムウィンドウは目まぐるしく動き、ついにはそれを撮っているであろう持ち主は雷虎を討伐してしまった。
「そうよ。今倒れたのは昨日キミが襲われてた雷虎。そしてその雷虎を倒したのは……分かるよね?」
「お前だろ」
「少年! マスターは凄い人なんだぞ!? なんたってその魔力時計を作った張本人! それだけじゃない! フィラはーー」
「ロリスよして。私のことはもういいよ。それよりキミ、その勇者ランクで空の森……自ら望んで?」
「それ以外に何がある?」
「そう、なら良かったよ。……でも、勇者になったからって焦っちゃだめ。新人君には新人君にあったステージがある。キミにあの森はまだまだ早いよ」
「余計なお世話だ」
話も終わった、もう此処にいる必要もない。
ぶっきらぼうに立ち去る俺だったが、内心はフィラに的を突かれたようでその場所にいられなくなった。
確かにフィラの言うように俺にはまだ早かった森だった。
空の森は勇者ランク5以上でないと討伐出来ない魔物だらけ。
俺は昨夜、勇者として一皮剥けようと思い立って空の森へ飛び込んで行った。結果、フィラに助けられることになってしまったわけだが。
フィラから魔力時計を貰った翌日は空の森とは反対側のフィールドへ出て、魔物を討伐していた。
そして次の日も、その次の日も……俺はウェストランドに行った。
産まれ育った村で両親を亡くして、1人勇者として旅をして笑うこともまともになかった。
だが、フィラと話しているうちに失いかけていた笑顔という喜びの感情も取り戻し、いつしかウェストランドの常連になっていた。
行き当たりばったりの旅は誰にも相談することがなかったことも、フィラの心優しい性格を感じて相談したりもした。
フィラについてはウェストランドに行く毎に分かっていった。
別にフィラに惚れていたからではない。
フィラの言葉巧みな話術とでも言うのだろうか。まるでフィラに言葉磁石を全身につけられたように、ウェストランドへ足を運ぶ日々が続いた。
ここまでの旅で久しくまともに会話した。
ここまでの旅で久しくまともに笑った。
ここまでの旅で久しく楽しいと感じた。
魔物蠢く地上で毎日を生きて、心が闇に染まってしまう前にフィラと出逢って本当によかったと心底思う。
フィラはウェストランドのマスターでありランク6の勇者。ウェストランドに来る勇者たちからも随分と人気なようで、魔力時計を使ってフィラとツーショットまで撮る者たちもいる。
そしてそんなフィラがマスターをするギルドーーウェストランドは名前の通り荒野の中で建設されたギルド。
しかも元々ウェストランドを含めてエルピスの街自体が存在していなかったそうだ。
そんな中、勇者として様々な場所を旅して来たフィラは、荒れ果てた地に辿り着き、ギルドを建てると決めたそうだ。
元々、フィラにはギルドを建てるという夢があったそうで、それが叶ったことでより一層活動的になったそうだ。
初めのうちは同じくギルドを建てたい者たちが集まり、手を取り合って後に出来ることになるのがウェストランド。
そうしてウェストランドが出来て話を聞きつけたソフィア王国の兵士たちが訪れて、フィラの協力の元、エルピスの街が築かれることになった。
その後、勇者が作ったギルドがある街ということもあって、エルピスの街には多くの人々が移住した。
多くの勇者がいればそれだけ魔物への脅威が少なくなるからだ。
ソフィア王国が提供する黒の柱の存在によって魔坊壁もある。
100%安全と言わないまでも、限りなく100%に近づける努力をしている街は信頼も厚く、瞬く間にセイクリッドに次ぐ安全な街と認定された。
そしてそれに比例するかのようにウェストランドへの魔物討伐依頼も増え、フィラは当時の忙しさは今の比ではないと苦笑していた。
同じくしてフィラは自分が勇者であることを深く認識し、エルピスの街へやって来る人々の為にフィールドに出ることも多くなった。
その時ばかりは信頼出来る勇者たちにウェストランドの運営を頼み、自分はフィールドで魔物と遭遇してしまった人々を助けることに専念したようだ。
それにフィールドには空の森もある。
空の森は勇者ランク5以上を推薦とする場所。
フィラも危険な中、空の森へ行くのは1人でも犠牲者を減らしたからだったそうだ。
俺はフィラに助けられたその1人。
無闇に力量に見合わない場所へ行かないでと念を押されて怒られてしまった。
勇者として強くなりたい願望が一人歩きして、安易に行動に移した俺がいたのは無知以外の何者でもなかった。
自分の勇者ランクを越えてようやく討伐出来るであろう魔物が出現する場所へ行くのは、よっぽどのことが起きない限り控えるとしよう。
「ーー今日は出発の日ね。寂しくなるけど、またいつでも来てよ」
「ああ、色々話せて良かった」
「シン……勇者として生きるということは常に死を意識するということ。それは分かっているわよね?」
「分かってるよ。散々、フィラが言っていただろ?」
この数日、ウェストランドに行ってフィラには魔物と遭遇して絶体絶命の時の対処法や、肝に命じておくことなど多くのことを聞いた。
勇者は誰でもなれる職業ではないが、条件を満たしたーーつまりそれは勇者として生きて行くと決めた者なら所定のギルドで手続きをすれば勇者の肩書を得られる。
だが、勇者となる者の中には中途半端な覚悟を持ったばかりに死の恐怖に耐えられず離脱して行く者たちも多い。
「そうだったね……シン、もし生きることに絶望してもあなたには居ても良い場所があるってことは覚えておいて」
「ーーまたな」
エルピスの街にあるウェストランドを後にし、俺は次の旅へその歩みを進めた。
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