百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

文字の大きさ
上 下
105 / 251

第105話 ウェストランド

しおりを挟む
 朝食を終えるとわたくしは庭に散歩に、お義兄様は剣術の先生に指南に行く。お義兄様が剣術を習っているのを見ながら、わたくしは庭で蝶々を追いかけたり、花を摘んだりするのだが、今日は庭師に話しかけていた。

「薔薇の花をもらえないかしら? わたくしの部屋とお義兄様の部屋に飾りたいの」
「何色の薔薇ですか?」
「白薔薇がいいわ」

 庭師に薔薇を切ってもらって、棘も取ってもらって、わたくしはバズレールさんに花瓶を用意してもらって薔薇の花を生ける。生けた薔薇の花はわたくしの部屋とお義兄様の部屋に飾られた。
 お義兄様が剣術の稽古が終わるころにはわたくしのお散歩も終わって、わたくしとお義兄様は家庭教師のところに行く。お義兄様は学園向けた勉強を、わたくしは文字から習う。
 本当の五歳のときには勉強を嫌がっていたので文字はなかなか覚えられなかったが、今は十三歳だったころの記憶があるので文字も読めるし、書ける、はずだった。
 教本を開いてみると文字は読めた。問題は書く方だった。わたくしの小さな五歳児の手はペンに慣れていなくて、どうしても文字がぐにゃぐにゃと歪んでしまうのだ。ペンがこんなにも大きくて重くて使いにくいだなんて思わなかった。
 困りきっているわたくしに対して、家庭教師は目を丸くしている。

「アデライドお嬢様が字を書かれている。歪んではいるが、読めますよ」
「歪まないきれいな字を書きたいのだけれど」
「アデライドお嬢様、それは練習あるのみです。アデライドお嬢様がやる気になってくださってわたしは嬉しいです」

 文字を書く練習はまだまだ必要なようだが、読む分には問題がないので、わたくしは家庭教師の前で不自然にならない程度に文字を読んで見せた。

「あっておりますよ、アデライドお嬢様。どこでこんなに練習したのですか?」
「内緒にしていたの。わたくし、お手紙を書いてみたくて」
「目標があるのはいいことですね。どなたにお手紙を書きたいのですか?」
「クラリスお姉様に」

 もじもじとしながらわたくしは提案してみる。
 まずはクラリス嬢に信用されなければいけない。このころは無邪気に「クラリスお姉様」などと呼んでいたのだと思い出して言えば、勉強がひと段落したお義兄様がわたくしの話を聞いていた。

「アデリーはクラリス嬢に手紙を書きたいのかい?」
「はい。わたくし、お姉様がいないでしょう? お姉様がいたら素敵だなと思って、わたくし、クラリスお姉様と仲良くなりたいの」
「クラリス嬢がわたしと結婚したら義姉になるかもしれないから、そのときはアデリーにも義姉ができることになるかな」

 その前にクラリス嬢とお義兄様との婚約は解消させてみせますが。
 心の中だけで言ってわたくしは家庭教師に向き直る。できるだけ可愛い顔をして見せたわたくしに、家庭教師は便箋と封筒を持って来てくれた。

「何度間違っても構いません。間違って書き直すのも練習になります。クラリス様へのお手紙を書いてみてください」
「上手にできたら、クラリスお姉様に届けてくれる?」
「旦那様と奥様にお願いしましょう」

 家庭教師が約束してくれたので、わたくしは一生懸命ぐらぐらする思い通りにならない五歳の手首を固定して、歪んだ字を便箋にいっぱい書いていった。どうしても文字が大きくなるので、一枚の便箋に納まりきらない。
 四枚の便箋を使ってわたくしは手紙を仕上げた。

『クラリスおねえさま、わたくしのところにあそびにきてください。いっしょにおちゃがしたいです。アデライド』

 これだけの文章だが、細く柔らかな五歳児の手首には負担がかかったようで、腕が重くなってきている。

「初めてアデライドお嬢様が手紙を書かれた! すぐに旦那様と奥様に見せてきます」

 足早に勉強室から出て行った家庭教師に、お義兄様も勉強を終えたようでわたくしを抱き上げた。お義兄様は十歳なのだがとても体が大きくて背が高いのでわたくしを軽々と抱っこできる。

「アデリー、集中して疲れたよね。一緒にお茶をしようか」
「嬉しい! わたくし、喉が渇いていたの」

 抱っこされるのは少し恥ずかしいが、今の自分は五歳なのだと割り切ってお義兄様に甘えることにする。お義兄様は自分の部屋のバルコニーに出てメイドにお茶の用意をさせた。

「昼食があるから、お菓子は少しだけにしておくんだよ」
「はい、お義兄様」

 五歳の胃袋は小さくてすぐにお腹いっぱいになってしまうし、すぐにお腹が空いてしまうのだが、昼食のことを考えると今の時間にお菓子を食べるのは危険だった。桃の香りのする紅茶に牛乳を入れて一口飲むと、緊張で乾いていた喉が潤う。
 お茶菓子は簡単な焼き菓子が出されていたが、わたくしはフィナンシェを一つだけ食べることにした。フィナンシェを手に取るとバターと甘い香りがしてあっという間に一個食べてしまう。
 一個食べるともう一個食べたくなるが、わたくしはぐっと我慢した。この小さな体、小さな胃袋ではすぐにお腹いっぱいになってしまう。昼食がきちんと食べられなかったらお義兄様もバズレールさんも心配するだろう。

 お茶を終えて一休みしてから、わたくしとお義兄様は食堂に行った。お義父様とお義母様はバルテルミー家の当主と女主人としての仕事があるから、昼食は一緒に摂らないことが多い。
 お義兄様と二人で食卓に着くと、料理が運ばれてきた。
 アスパラガスとベーコンのソテー、サーモンの包み焼き、それにスープとパンがついている。どれも美味しかったけれど、全部は食べきれない。元々主人の料理というものは全部食べられることを考えて作られていない。残ったら使用人たちに下賜されるのが前提なのだ。
 半分も食べられずにお腹がいっぱいになってしまったわたくしと違って、お義兄様は全部食べている。成長期のお義兄様はどれだけ食べても足りない時期だった。

「お義兄様、お腹がいっぱい」
「眠くなったんじゃないかな? バズレールさんに言って、少しお昼寝をする?」

 五歳のころわたくしはお昼寝をしていた気がする。そろそろお昼寝は卒業でもよかったのだが、昨日の夜はベッドの中で色々と考えていたのでお腹もいっぱいだし眠くなってきている。
 少しだけお昼寝することにしてわたくしは洗面所で歯磨きをして、楽な格好に着替えて、髪も解いて、ベッドに横になった。五歳の体は素直でベッドに横になるとすぐに眠気が来てしまう。
 起きたらお義父様とお義母様に会えるだろうか。
 クラリス嬢に書いた手紙に、お義父様とお義母様は何と仰るだろう。
 考えていることができなくて、わたくしは眠りに落ちていた。

 目を覚ますと頭がすっきりしていた。
 起きたわたくしに、部屋の隅で縫物をしていたバズレールさんが縫い針を片付けて、わたくしのベッドにやってくる。

「アデライドお嬢様、お手洗いに行きましょうか」
「は、はい」

 中身は十三歳でもわたくしの体は五歳だった。五歳児の膀胱は小さい。眠っているときに漏らすようなことはなかったが、起きたらすぐにお手洗いに行きたいくらいには緊急性を持っていた。
 バズレールさんはさすが乳母。そのことに気付いてくれていた。
 急いでお手洗いに行って、手を洗って手を拭いて、わたくしはバズレールさんに髪を梳いてもらってハーフアップにしてもらう。生まれたときから一度も切っていない髪は長く伸びていて、腰くらいまであるのだが、三つ編みにしていると楽ではあるが、わたくしはふわふわの美しい金髪をお義兄様に見てほしかったのでハーフアップをお願いした。
 お義兄様は午後の家庭教師の授業を受けていた。勉強室にわたくしが顔を出すと、「もう少しで終わるから」と一瞬だけわたくしの方を見てから、家庭教師に向き直る。
 家庭教師もお義兄様がわたくしに話しかけたことを咎めたりしなかった。

 午後のお義兄様の授業が終わるとお茶の時間になる。
 これが正式なお茶の時間だ。午前中にしたのは正式なお茶ではない。
 この国では昼食と夕食の間が長く開くので、午後にはお茶をする風習がある。このお茶のときに友人を呼んでお茶会を開いたりもするのだが、今回はお義兄様と二人だけだ。
 苺の香りの紅茶とケーキにムースにスコーンとジャム、フィンガーサンドイッチと呼ばれる一口サイズのサンドイッチが用意されて、お茶の時間が始まる。
 お義兄様と二人きりかと思っていたらお義父様とお義母様が仕事を抜けてお茶にやってきてくださった。

「お義父様、お義母様、わたくしが書いたお手紙を読んでくれた?」
「クラリス嬢にお手紙を書いたのだね」
「アデライドの初めてのお手紙の相手がクラリス嬢だというのは少し羨ましいですが、アデライドはお姉様が欲しかったのですって? 家庭教師から聞きました。クラリス嬢を小さなお茶会にお招きしましょう」
「小さなお茶会?」
「子どもたちだけのお茶会のことです。アデライドはまだ五歳なので早すぎるかもしれませんが、昨日のマナーを見ていると出席しても大丈夫そうですね」
「クラリスお姉様が来るのね。嬉しい!」

 これは喜んでおかなければいけないところだ。クラリス嬢はずっとお義兄様を怖がっているようなところがあったし、お義兄様もクラリス嬢に歩み寄ろうとしていたが、クラリス嬢が逃げてしまうのでなかなか難しかった。
 お義兄様ならば怖がるかもしれないが、会いたいと言っているのは義妹のアデライド、つまりはわたくしなのである。クラリス嬢も少しは警戒を解いてくれるのではないだろうか。
 少しずつクラリス嬢と仲良くなって、クラリス嬢が重大な秘密を抱えたときに打ち明けられると信頼してくれる相手にならなければいけない。ジャンと出会ったら、ジャンとの恋を応援しつつ、ジャンとクラリス嬢のお付き合いの証拠を掴んで、お義兄様に渡して婚約解消を言い出してもらわなければいけない。
 前回はお義兄様に婚約破棄を申し出て、社交界を追放されたクラリス嬢を、円満に婚約解消に持って行って、お義兄様とはわたくしが結ばれるようにことを運んで行かなければいけない。

「三人だけのお茶会というのも寂しいかもしれないね。ヴィクトル殿下をお呼びするのはどうかな?」

 お義兄様の提案にお義父様とお義母様が頷く。

「ヴィクトル殿下は学園に通うようになれば、マクシミリアンがご学友ということになるからな」
「マクシミリアンと年も同じですし、従兄弟同士、友好を持っておくのはいいことですね」

 ヴィクトル殿下といえば、この国の国王陛下の第二王子で、お義兄様と同じ年ではなかっただろうか。十三歳までの記憶では、お義兄様はヴィクトル殿下の学友として、従兄弟として学園でとても親しくしていた覚えがある。わたくしは五歳年が離れているのでそんなにお会いしたことはないが、バルテルミー家のお茶会に来てくださったこともあったはずだ。
 残念ながらわたくしは十三歳までしか生きたことがなくて、十五歳で社交界デビューするのは経験したことがない。十五歳で社交界デビューしていたらヴィクトル殿下とパーティーでご一緒することもあったかもしれないが、学園では五つも学年が離れているし、ほぼ交流はなかったに等しい。
 お義兄様が招待したいのならば反対はしないが、ヴィクトル殿下も来るとなると緊張してくる。

「わたくし、ご無礼がなくできるかしら」
「アデリーはわたしの隣りに座っていればいいよ。何かあったらわたしがフォローする」

 心強いお義兄様の言葉に、わたくしは小さく頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイスクリームシンドローム

Chiot
ファンタジー
 何をやっても失敗ばかりの美女・ヴェルディアナ。気持ち新たに見知らぬ街へやって来たはいいものの、迷子になり、困り果てていた。そんな彼女を救ったのは、クレイス家に仕える従者――ルキアだった。そして、ひょんな事からメイド見習いとして働く事となったヴェルディアナだが………。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

収奪の探索者(エクスプローラー)~魔物から奪ったスキルは優秀でした~

エルリア
ファンタジー
HOTランキング1位ありがとうございます! 2000年代初頭。 突如として出現したダンジョンと魔物によって人類は未曾有の危機へと陥った。 しかし、新たに獲得したスキルによって人類はその危機を乗り越え、なんならダンジョンや魔物を新たな素材、エネルギー資源として使うようになる。 人類とダンジョンが共存して数十年。 元ブラック企業勤務の主人公が一発逆転を賭け夢のタワマン生活を目指して挑んだ探索者研修。 なんとか手に入れたものの最初は外れスキルだと思われていた収奪スキルが実はものすごく優秀だと気付いたその瞬間から、彼の華々しくも生々しい日常が始まった。 これは魔物のスキルを駆使して夢と欲望を満たしつつ、そのついでに前人未到のダンジョンを攻略するある男の物語である。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ
ファンタジー
とある乙女ゲームの世界で目覚めたのは、原作を知らない一人の少女。 産まれた時点で本来あるべき道筋を外れてしまっていた彼女は、知らない世界でどう生き抜くのか。 母の愛情、突然の別れ、事故からの死亡扱いで目覚めた場所はゴミ捨て場、 捨てる神あれば拾う神あり? 人の温かさに触れて成長する少女に再び訪れる試練。 そして、本来のヒロインが現れない世界ではどんな未来が訪れるのか。 主人公が7歳になる頃までは平和、ホノボノが続きます。 ダークファンタジーになる予定でしたが、主人公ヴィオの天真爛漫キャラに ダーク要素は少なめとなっております。 同作品を『小説を読もう』『カクヨム』でも配信中。カクヨム先行となっております。 追いつくまで しばらくの間 0時、12時の一日2話更新予定 作者 非常に豆腐マインドですので、悪意あるコメントは削除しますので悪しからず。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

処理中です...