百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

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第98話 始まりの勇者

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3番ゲート行きエボルゼブラに乗ってから、数時間足らずでアイスベルク山脈を降り出した。本来ならもう3、4時間かかる雪山も最短ルートを移動するエボルゼブラに乗って行けば非常に効率が良い。

「爺さん、このエボルゼブラにはいつも乗るのか?」

「いんや、たまにじゃよ。アスルの村ってあるじゃろ? 其処に持って行くんじゃ」

アスルの村はカリダ村東に位置する集村地帯。
カリダ村のように国の兵士たちの防衛は敷いていない。

「アスルの村……」

アスルの村ーー現在そして過去、勇者たちにとってはとても馴染みの深い村。

「アスルの村って言えば、始まりの勇者が誕生した村よね。私、勇者だけど一度も行ったことないわ」

「俺もだ」

勇者になったからといって、特別行きたい場所ではなかった。

「なんじゃお主ら、勇者じゃったら一度くらい行ってもよかろうて。まるで興味無しか! ふぁっふぁっふぁ!」

「始まりの勇者が出た村ってだけだろ? そんなの俺にはどうでもいいことだ」

魔物を討伐する為にアスルの村を出た者。
大昔、その者は勇者と名乗り、その後の経緯でたちまち世に認知されたアスルの村。アスルの村は俺が生まれるよりずっと前より存在していた村で、歴史書にも記載されている。
始めはまだ勇者という職業もなく、ただ魔物を討伐する者たちがいた。
後に人々は彼らの行動ーー魔物を討伐して行く勇ましい様子を見て勇気ある者、勇者と言うようになった。
その後、彼らのうちの1人であるアスル村出身の者は、出会う人々に対して自分のことを勇者と名乗り、それが広まったようだった。

勇者を始め、数多くの人々がアスルの村に訪れたそうだ。

「セシルその人のこと知っているかも」

セシルがそう口を開いた。

「セシル、その人って始まりの勇者のこと言ってるの?」

「うん!」

これはまた不思議なことを言い出したな。何百年以上前の人物。まだ映像を記録するものもなかった時代、言葉のみで語られた来た歴史上の人物。

「どういうことだ? セシル」

「うんと……昔ね! 村のおばあちゃんから聞いた話! 獣人とその始まりの勇者の人が仲間だったんだって!」

セシル……急にとんでもない情報をぶっ込んで来たな。
そんな話、俺も初めて聞いたぞ。

「本当!? じゃあまるで今の私たちみたいだわ!」

確かに、獣人と勇者2人。その点は似ている。

「ほおぉ、そうじゃったか……。獣人と始まりの勇者が仲間……意外じゃなぁ」

「そうだな。まあ少なくとも、獣人と勇者は敵対関係になかったってことだ」

獣人は獣人のみで仲間を形成するというのが世間一般の常識ではあるが、ここに獣人と勇者2人の仲間がいる。そして遠い遠い過去、始まりの勇者と獣人が仲間関係だったということ。
セシルの言ったことが本当かどうかは定かではないが、二種族間が時を越えて協力関係にあることは感慨深いものがある。

そうして魔物と出会すこともなく、その後、俺たちを乗せるエボルゼブラは一直線にアイスベルク山脈を降って行った。





「それじゃあ達者でな。若いからってあまり無茶するんじゃないぞ」

「そうだねーそうだねー!」

アイスベルク山脈を渡り切り3番ゲートにいた。

「お前らもアイスベルク山脈に負けるなよ」

「どの口が言うっすかそんなこと! 俺たちはこれからもずっとこの仕事を続けるっすよ!」

「そうだといいな、ラッシュ、ブラウ」

ソフィア王国の兵士を辞めた彼らは、自分たちの国が生み出したエボルゼブラの運行人として割り当てられたそうだ。
他にも裏で兵士たちの補助をする側として働いてはどうかと言われたそうだが、それは断固として拒否したそう。
自分たちが心の底から向いていなかったと知った兵士の側を1日でも早く離れたかったと言う。
そうして今はこうして、アイスベルク山脈を渡るエボルゼブラと共に人々の橋渡しをしているということだ。

「でも、冬が終わったら一度国に戻るんでしょ? 辛くないの?」

下山中、カールとラッシュが話していた。
この巨大なエボルゼブラも冬を越せば一度ソフィア王国に戻るようだ。
それは長い間アイスベルク山脈を行き来し、いくら強靭な身体を持つと言っても生物である限りダメージがある。
冬が過ぎ一度ソフィア王国に戻るのは体調面を含めて休ませる為。

カールが通信水晶体を使ってソフィア王国の誰かと連絡をとっているのを聞いていた。
国だけが所有する特殊な通信水晶体。今、俺たちがいる場所からソフィア王国の距離は50キロ以上離れている。
街の道具店で売っている通信水晶体では通信が不可能な距離だ。

「辛いって言うより嫌っすね! 堅苦しいっす!」

「国ってそういうもんだろ。確かに兵士には向いてなさそうだな」

ラッシュはそうだと言わんばかりに両手を叩き俺に指を刺した。

「なあそろそろ行かんか?」

木こりの爺さんがそう言った。

「そうだぜ! 忘れてないよな? 何せ俺とこいつとの勝負があるんだからな! もう早くこいつをぶちのめしたくてうずうずしてるってのに! 場所はそうだな……向こうの開けた場所にしようぜ!」

忘れていたかった。だが、ギルが言うように、ルベルトとの一戦を見届けると約束した。
俺も自分でもよく思う。こういう何の特にもならない約束ごとを守る自分がいるのは何故なんだと。
だがそれも、ルベルトから地獄の使徒に関する情報の代わりだ。

「君らも大変だな。まあ物事にはあまり正真正銘の真面目さを持ってこないことだ。緩く流して何事も客観的に見聞して己の精神の糧にすればいい。勇者なんて職業ほど、時にはそういうことも必要だろう?」

「だな。行くか」

カール、ラッシュ、ブラウ、そして世話になったエボルゼブラと別れ、俺を含めた総勢7人が同じ方向へと向かう。


「オカマ野郎、てめえもこっちなのか?」

「そうよ。あんなに偉そうなこと言っていたんだもの。貴方がどれほど強いのか見せてもらおうかと思って」

「けっ! 言ってろ! 今に度肝を抜いてやる!」

1人ヅカヅカと歩いて行くギル。

「ねえシン。私たち、あんなやつに構っている暇あるわけ?」

「ないな。だが約束は約束だ」

ルベルトとギルとの一戦を見届けると約束した手前、それが俺たちに関係のないことだとしても無視するわけにはいかない。

「済まないな。私も私だった」

「気にするな。俺たちは別に急ぐ旅をしているわけでもない」

シーラ王国のアリス王女は特に急ぐようなことを言ってはいなかった。

「恩に着る。やはり、魔王の城を目指す者たちとなると器も大きいな」

「戯言だそんなの」

俺が魔王の城を目指す理由ーーそれはアリス王女に半強制的に任務を与えられたからに過ぎない。
もし、アリス王女と出会っていなければ、今も何処かで魔物でも討伐して暮らしていた。こんなベリーハードな任務、好きで受けるはずもない。

「ふっーー奴との一戦を終えた後、もう一つ君たちに話したいことがある」

「へぇ、それは気になるな」

魔王が地獄の使徒を地上に遣わせた。この情報だけでも十分価値がある。とすればルベルトがもう一つ話したいこと、聞かないわけにもいくまい。

歩く道は3番ゲートより北東に延びる道。
反対には南西に続く道も続いている。
アイスベルク山脈を背に俺たちは進んで行く。

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