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第89話 自由意志の有無
しおりを挟むカリダ村の人々が避難する中、俺とメア、セシルは戦いの時を待っていた。
身体を曲げたり、屈んだりして、準備運動をする。
「皆さん、スライムの討伐宜しくおねがいします」
もう一度、ルナは繰り返すように皆にそう言った。
ルナは頭を下げ、兄のウランとその場を離れようとする。
とすればいつからだろう。もう1人いた少年メルクの姿が見えなかった。
ルナたちが言う出来ることを先にしに行ったのだろうか。
「ルナちゃん! そう言えば髪の長い男の子は何処へ行ったの?」
髪の長い男の子ーーそれはルナたちと一緒にいたメルクのことだろう。
「メルクなら……今、第二の防衛ラインにいる」
ルナがカリダ村の外を指差す。
第二の防衛ライン、ルナの兄ウランからの話によると第七部隊半数がいる防衛ライン。
「メルクは勇者の子だからね。戦いの血が疼くって早々に行ってしまったよ。さあルナ、僕たちは行こう。戦場にいても僕らは何も出来ないからね」
そうだったのか。初めメルクを見た時からどうもルナとマルスとは違う感じがしていた。
ウランはルナを連れて村人が集まっている方へ行ってしまった。
「……戦闘音が聞こえる」
すると、セシルが両耳をピンと立ててそう言った。
俺には全く聞こえない程の聴力を持つセシルーー獣人の能力は高い。
「シン、あれ」
メアが気づき、顔を向ける。
その方角にはシーラ王国第五兵団第五部隊隊長と兵士数人。第五部隊隊長ロングは民家の屋根に手が届く程の身長。要するにでかい。
「まだ避難していない村人がいると思ったら、さっきの勇者さんではないか! んん? その子らは勇者さんのお連れさんかな?」
「そうだ。用はなんだ?」
「ふ、ふっはっはっは! ーー用か。用なんてない。俺がここに来たのはもちろんカリダ村の防衛にあたる為だ。カリダ村にセルモクラ鉱石がある限り奴らスライムは何度だって来る。俺たち兵士はシーラ王国の指示の元、このカリダ村を死守させてもらう」
「そう言うことなんだ、勇者の旦那。戦いたければ好きにすればいいが、俺たち兵士たちの邪魔だけはしてくれるなよ?」
ロング隊長の直ぐ隣にいた兵士ーー顔に見えるのは痛々しく斜めに入った傷跡。
「良いこと言う! さすが俺の部下だ! 勇者さん、ガンハンの言う通りだ。俺たち国の兵団と勇者は仲良くする義理もなにもない。アリス様から何を頼まれたか知らないが、俺たち兵士と勇者は生きる道がそもそも違う!」
「ロング隊長、もう行きますよ。すまないね、勇者の旦那。ロング隊長、この話しだすと長いから」
優男といった感じの兵士ガンハンはロング隊長と他数人の兵士たちと共に村の奥へと向かって行った。
「兵士と勇者の生きる道の違いか……」
「何? 気にしてるの?」
「いやな、同じことを言っていた人を思い出した」
ほんの数年前、確か2年くらい前だったか。
街で俺と同じ勇者に会って話をしていたんだが、どうやら兵士になるとのことだった。
なんでも、国の為、人々の為に戦える兵士に昔から憧れを持っていたらしい。
勇者になったのは友人の影響だったそうで、兵士になる為に自分の心に素直に従うことを決めたそうだ。
国の兵士は力無き人々と自国の為に戦う。
勇者は自らが歩みたい道を自由に行き進みながら戦う。
兵士と勇者の生きる道は全く異なる。
そんなことを言っていた。
勇者も兵士と同じように魔物を討伐する点は共通しているが、何の為に戦うのかと問われれば異なる者の方が多いだろう。中には勇者でも人々の為にと魔物と日々戦う者もいることだろう。ただ、勇者という職業は今ある職業の中でもダントツで自由な職業。反面、兵士とは自由とは無縁な職業だ。
俺が勇者になった理由は生まれ住んだ村を襲われたこと、今は亡き両親の為というのもある。兵士たちの中には俺と同じような境遇を持っている者たちもいることだろう。
だがその大きな違いは自由意志があるか無いか。
勇者は魔物を倒しながら自由に旅をして生きる者。
兵士は国に従い、国の為人々の為に生きる者。
両者の生き方の違いは考え方の違いでもある。
俺はもちろん兵士になる気なんてさらさら持っていない。そんな堅っ苦しい生活は願い下げだ。というか、兵士なんてなった日にはその日のうちに脱隊しそうだ。
決まった時刻に起床、訓練、勉学……
上部からの指令に愚直に従い、村や街の防衛ーー長期に渡る滞在を強いられる。
こんなこと、国の為に生きると誓った人間にしか無理だ。少なくとも俺には今の生活があっている。
と言っても今はシーラ王国のアリス王女から頼まれた道すがら。
まあ、その道中は決まっていないだけ自由がきく。
魔王の城に眠る秘宝を盗み出すまで任務を放棄するわけにはいかないが、旅を進めて行く中で楽しんでいる俺がいることも確か。
だから、そのおかげと言っても何だがこうしてカリダ村にやって来るスライムの大群と戦える。
戦は嫌いではない。
勇者になった当時から、生まれ育った村の為、亡き両親の為と魔物と戦ってきたが、同時に戦うことを好む俺がいたことも確かな事実だった。
魔物特攻特性を持つアスティオンで魔物を斬ることは、武器屋で売っているような鉄の剣では得られない感覚を俺に与える。
バタリアでルイとルリカから譲り受けたラフマの剣もアスティオンと近しいものはあったが、やはりアスティオンと比べると随分どころかかなり劣っていた。
武器は人を選ぶ。少なくともラフマの剣は俺の剣ではなかった。
そして今、魔物特攻特性を失ったアスティオン。
その魔物特攻特性を失ってもなお俺はこの剣を使いこなせる自信がある。
それは単に俺の元に返って来たからだなんて理由ではない。
生まれ育った村を出た時からずっと旅を歩んで来たからでもない。
宝剣アスティオンをその手に掴んだ時、俺は確信した。
勇者になるなんて微塵も思っていなかった当時の幼き俺は確信した。
この手で魔物を倒す。
地上に数多いる魔物、魔物、魔物。
そして魔物たちの頂点に君臨する魔王という存在。
宝剣アスティオンを掴んだまだ小さな俺の手は震え、だが、確かに燃え滾る炎をその心に宿した。
そんな心がまだ消えずに残っているからこそ、今に生きてこうして魔王の城に眠る秘宝を盗む旅路を歩んでいる。
さあ、スライム。俺はいつでも戦える。
メアもセシルも戦闘準備万端といった様子だ。
カリダ村を駆ける兵士たちの動きが目立って来た。
一体、どれだけのスライムが来たというんだ?
ヘリオスの村でも異常な程の魔物の数を見て来た俺たち3人だ。
ちょっとやそっとの数では驚きやしない。
「見ろ! 来たぞ来たぞ~!!」
そう、村人が声を荒げ空を指差す様子が見えた。
村人が指を指した方向、南東の空にスライムと思われる魔物の大群が確認出来る。
空飛ぶスライムなんて珍しくもない。
地上、海原、空、そのどれもを移動出来るスライムは様々な体型を持っている。
あの高さだと、第一の防衛ライン、第二の防衛ラインを抜けて来たか。
部隊の攻撃も届かない高さだったのだろう。
「第五部隊構えっ!!」
遠くの方から聞こえて来る。
あの距離では観察眼もステータスを認識出来ない。
「行くぞ」
「ええ!」
「うん!」
ルナにスライム討伐を頼まれた手前、無視して先を行くわけにもいかない。
俺たち3人はカリダ村南東方向を飛行する魔物の元へと足を向かわせた。
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