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第87話 シーラ王国、第五兵団第五部隊隊長
しおりを挟む翼を広げる鷹のシンボルマーク。
それが服の右肩付近にある。シーラ王国を尊重するシンボルマークだ。
「村人もシーラ王国の兵士たちに護られていたらさぞ安心だろうな」
俺が近くまで行ってそう言うと、村を巡回していたであろうシーラ王国の兵士が気づく。
「村の人間……ではないな。旅人……勇者か」
俺の全体を確認するように見た兵士はそう言う。
「任務の途中でな。シーラ王国も人使いが荒いよ」
「何を言っているんだ? お前は。私は今、村の者たちの心身状態を見るのに忙しい。何か用があるなら、村の東、滞在場所に行くといい」
そう言って、シーラ王国の兵士は俺の元から離れて行った。
あの様子じゃあ、俺を村で捕えた部隊ではなさそうだ。村の守備にあたる部隊ーー第五兵団には間違いはない。
王国の兵団が勇者を捕らえるなんて、よほど悪いことでもしない限りそうそうない。俺は手違いだったが、顔も知らないとなると違う部隊の兵士だったのだろう。
もしくは休みもない国の一兵士にとっては、いちいち手違いで捕らえた勇者など忘れているかもしれない。
それにさっきの兵士の反応を見る限りでは、俺の任務はシーラ王国の上層部しか知らない可能性もある。
村の東、外れに移動すると先程会った兵士と同じような格好の者たちが大勢いる。
ざっと見ただけでも50人以上は軽くいると思われる。
このカリダ村に滞在しているシーラ王国の兵団のようだ。
顔を見る限りでは俺を捕らえた兵団かどうかは分からない。
「こらこら君! こんなところまで入っちゃいけないだろう!? 君たちと私たちは、必要最低限の干渉しかしない約束のはずだ!」
「そうなのか? まあ、俺には関係のない話だ。俺はこの村の人間じゃないからな」
なるほど、と言った様子でポンと開けた手に拳を打つ兵士の男。
「って違う! 君が何処の誰だとしても同じこと! 分かった!?」
これでは話が違う。村を1人歩いていた兵士の話ではこの滞在所へ行けとのことだった。
面倒だな。
「隊長さんはいるか?」
顔を真っ赤にし今にも怒り出しそうな兵士の男。
その時、ぞろぞろと別の兵士たちがやって来る。
「なんだ? スヴェット。お客さんか?」
「隊長と話がしたいんだと!」
スヴェットと呼ばれた兵士の男はふんっと鼻息荒く腕を組んだ。
「隊長だと? ……あんた、村の人じゃないな?」
「だからそう言ったんだよ、そこの兵士に」
「勇者ね、まったく。勇者ってのはどうも自由な奴が多い。仕方ない。スヴェット、ベリー、隊長の元に案内するぞ」
別の兵士の男がそう言う。
「本気かよ!? リグナン! ……まぁロング隊長のことだ。大丈夫だろうが」
「スヴェットそんなに心配するな。あの人も忙しい身だ。1人勇者が来たくらい気にも止めないさ」
ロング隊長、この第五兵団の隊長か。
シーラ王国の兵団隊長との面識なんて、第三兵団の隊長くらいしかいない。
シーラ王国の兵団隊長は、その誰もが名のある勇者に匹敵する力を持つと言われている。噂では第一兵団の隊長は勇者ランクに換算すると9とも言われている。
兵団の隊長を勇者ランクと比べるのもどうかと思うが、それほどまでに強いということだ。
まあそもそも、一つの兵団を任されるような者だ。寛容な心の持ち主だということを祈っていよう。
そうしてカリダ村東にある滞在所の兵舎に行くと、大柄な者がいた。
明らかに他の兵士たちとは違うオーラを持つ者。
「ロング隊長! 勇者と名乗る者をお連れしました。ロング隊長と話がしたいそうです」
「ごほっ! ごほっ! ごほっ! ああ~っ! 何だ? 俺に用か?」
豪快な咳払いをしながら読んでいた本を机の上に置く。
机の上に置いた本には『兵士と渇望』と書かれている。
「あんたがこの兵団の隊長か?」
近くにいた兵士たちの顔が引きつる。
「あんた!? あんたか! ふ、ふっはっはっ! ーー如何にも! 俺が第五兵団第五部隊隊長、ロング=ハルバーグだ! そう言うお主は、何処ぞの勇者かな?」
「俺はシン。あんた達の国のお姫様から任務を預かって旅をしている」
俺がそう言うと兵士たちがざわざわとし出す。
あくまで極秘。任務とだけ言っておこう。
「ほおぅ、アリス様から……。シンか、勇者は長いのか?」
「4年くらいだ」
「4年か。勇者ランクは?」
「7だ」
隊長ロングは大きく頷いた。
「なかなか。それで、俺に用はなんだ?」
「いや、ただ兵団の隊長様に挨拶の一つでもしておこうと思ってな。失礼がないように礼儀の一つくらい守って当たり前だ」
きょとんとした表情をするロング隊長。
シーラ王国のお姫様からの任務中だ、偶然と言えど挨拶くらいしておこう。
「ふっ、ふっはっはっはっ! それはご丁寧なことだ! いや失礼! そうだな、大切なことだ。俺からも一つ、国の為に動いてくれている勇者さんに挨拶をしよう!」
椅子から立ったロング隊長は俺の身長より2倍以上あるかと思われる。
兵士たちが固唾を飲むように静まる。
だが、ロングはただ本当に挨拶をしたいだけだったようだ。
上から伸びて来た手がでかい。
「勇者さん、アリス様からの任務、宜しく頼んだぞ」
「言われなくてもな」
言われなくても、半強制的に授かった任務。魔王の城に眠る秘宝を盗むなんてとんだイかれた任務だ。
ただ、こうして長く旅をしていると少なからず魔王の城に眠る秘宝に興味が湧いて来たのも事実。
このがたいのでかい隊長も任務のことを知らないとなると、やはり、アリス王女を含め、あまり事情を知る者はいないのかもしれない。
「それにしても、スライムの討伐ってだけで大そうな部隊だな」
俺がそう言うなり、ロング隊長は深く息を吐き座っていた椅子に戻る。
「誰に聞いたか……お喋りな誰かがいるなぁ」
「村の子だよ」
そう言うとロング隊長はまた深く息を吐き出した。
「そうだったか。この村に来てはや1年、まだまだ村人と俺たち兵士の溝は深いなぁ」
「そんなことはいい。何故、たかがスライムにシーラの第五部隊が出払ってる?」
ロング隊長は黙り込み、近くにいた兵士を手招きして呼んだ。
そしてロング隊長が呼んだ兵士は何処かへ行った後、何やら手に紙を一枚持って来た。
「ご苦労。ーー俺たち第五部隊はな、一年前からカリダ村の防衛を任されている。無論、魔物の手からカリダ村の人々を守る為にな。勇者さん、これを」
ロング隊長が部下の兵士に持って来させた紙を俺に渡して来る。
受け取ったその紙には長ったらしく、文字が書かれている。
「……なるほどな。国の部隊が出るわけだ。でも、なんで俺にこの紙を見せた?」
「勇者さん、言っていたであろう? アリス様から任務を預かっていると。俺たちの国の姫君。ただの任務ではないことくらい誰だって分かる。余程、信用されていなければアリス様が頼むものか」
「買いかぶり過ぎだ」
「いや、任務を預かっているのは事実なのであろう?」
俺は頷く。
「ならばそれが、勇者さんにその紙を見せた理由だ」
兵士が俺の元にやって来て紙を返した。
たかがスライムの討伐にシーラ王国の第五兵団第五部隊総出とは大袈裟過ぎると思っていたがそうでもなかった。
ロング隊長から見せてもらった紙に書かれていたことが本当ならそりゃ勇者の手も借りたくなるのだろう。
そうして、シーラ王国第五兵団第五部隊隊長に挨拶をした後、メアとセシルが待つ場所へ戻った。
◇
「おっ! 戻ったぜ! 期待の勇者様が!」
「シン! 勝手に居なくなって心配したじゃない! 何処行ってたのよ?」
「兵団の隊長さんに挨拶をしに行ってたんだよ」
分かりやすくマルスたちが驚いた様子を見せる。
「隊長のところに行ったのかい!? なんて人だ!」
「お兄さん、1人で行くなんて度胸あるのね。でもね、私たち村の人は国の人たちと必要以上にやり取りしないって約束になってるの」
そう言えば、さっきの兵士もそんなことを言っていた。
国の兵士たちは入れ替わり立ち代わり村を守り、日夜問わず魔物の手から人々を守る。
村人と必要以上に干渉してもさほど業務に支障はきたさないと思うが、念には念を入れてのことなのだろう。
「ああ、以後気をつけるよ」
「シンってば勝手なんだから! で、どんな人だったのよ?」
「どんなって……でかい男だったよ」
第五兵団第五部隊隊長。人柄の良さそうな大男だった。
シーラ王国の兵団、それも部隊長になるような男だ。このカリダ村にどれくらいの期間滞在しているのかは定かではないが、住み慣れた地を離れて生活しているのは勇者だけではない。
兵団の部隊長も兵士たちも、魔物から人々を守るという点では勇者と近しいところがある。
勇者は魔物を討伐した報酬としてギルドよりお金を貰い、討伐した魔物の数、そして討伐した魔物のレベルによって勇者ランクも上がっていく。
勇者になる者は様々な理由があるが、魔物から人々を守る点は直接的にしろ間接的にしろ同じだ。
立場が国に仕えるか、そうでないか、その違いに過ぎない。
「はぁ……聞いた私がバカだったわ。ルナ、暇だから村を案内してくれる?」
「うん。ウラン兄さん、それにマルスとメルク。ちょっと行ってくるね」
「おう! ゆっくり回って来い!」
カリダ村はヘリオスの村ほど大きくはない。
とは言っても、ヘリオスの村の半分くらいの広さはあるだろうか。主観だが、村の中では大きい方だ。
そんなカリダ村の中にあるセルモクラ鉱石ーー熱を放出する岩やところどころに転がる石がカリダ村にある。
その所為なのか、民家のある場所もまばらだ。
そうしてメアとルナが行った後、俺はルナの兄ウランにスライム討伐の件を詳しく聞いていた。
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